軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

242.これがスノウ

本土の東端にあるコルクへ寄港した僕たちは、すぐに『リヴィングレジェンド号』の船舶の手続きを取る。

ただ、それはクロエさんのおかげで、とてもスムーズに進んだ。本当は『リヴィングレジェンド号』ほどの大きな船となると色々な審査が必要だったのだが、その立場を上手く使って免除してもらえた。

そして、船から降り、港町に足をつけた僕たちは各々の目的に沿って動き出す。

とはいえ、船上でのお茶会で仲間の居場所の当たりはついている。街中に繰り出すことなく、すぐ近くのクロエさんに案内を頼むことにする。

「――え、スノウ様と会いたいのですか……?」

「はい。早急に彼女と会わないといけないんです。一応は知り合いなので、僕が来たと言ってくれれば、大丈夫だと思うのですが……」

「ええ、確かにカナミ様とスノウ様が知り合い……どころか只ならぬ仲というのは、例の噂から知っております。しかし、早急にですか? スノウ様は北部戦場全体の総司令官という扱いですので、そう簡単には――」

「連合国のほうで紹介状を貰ったんですけど、これでなんとかなりませんか?」

「ああ、国から正式な手続きがあったのですね。それでは確認させて頂きます」

慌しく船員たちが荷下ろしを行う中、僕はセラさんから預かった紹介状を手渡す。

それをクロエさんは眺め……次第に顔が青くなっていく。

「え……、これ、スノウ様の『解任状』……? なんで、こんなに早く……?」

ラスティアラはスノウを連れて行ってと僕に頼んだ。つまり、それはいま行っている役職から解任することに他ならない。

その紹介状には、スノウは僕たちに同行させ、その穴の埋め合わせは追って補充されるという旨が書かれていた。

「……えっと、補充される人員はフーズヤーズから選りすぐった人たちらしいので、安心してください。スノウほどの人材はいないかもしれませんが、かなりの数を融通してくれると聞きました」

「そ、そんな……、スノウ様の代わりなんて、誰にも――」

クロエさんはショックで僕の話が聞こえていないように見えた。

船上にいたときからスノウが自慢の上司であることは伝わってきたが、これは少し異常だ。もっとすんなりと話が進むと思っていたのだが、一悶着あるかもしれない。

「――クロエ様! ご報告が!!」

そのとき、街の方から一人の男が叫びながら走ってきた。

船の人間ではなく、このコルクの兵のようだ。

「す、すみません、カナミ様。この話はもう少し後で……」

その慌しい様子から、僕は首肯して一歩下がる。

すぐに兵からの報告が行われていく。

「西から例のモンスターがこちらへ向かってきています! 十体ではなく一体だけですが、それでも脅威です。いま『サントコルク砦』にいる人員で迎撃を計画していますが、できればクロエ様の指示もお願いいたします」

「あのモンスターがですか?」

「はい。スノウ様が迎撃に当たっていたはずなのですが、それでも撃墜漏れが出たようです。スノウ様のほうは、まだ戻ってきていません」

「……冷静にことに当たりましょう。きっとスノウ様は一匹だけならば、私たちで対応できると信じてくれたのです。その信頼に応えましょう」

クロエさんは表情を崩さずに答えた。だが《ディメンション》の使える僕には彼女の動揺がわかる。いま、この街は危険にさらされている。

すぐに、兵の報告した方角にあわせて《ディメンション》を広げ――見つける。

【モンスター】センチドレッドノート:ランク32

空を泳ぐ巨大な百足だ。

見たことのあるモンスターだと思った。確か、本土中央でパリンクロンと戦ったときに空を飛んでいたやつだ。

確かに、あれと普通の人たちが戦うとなると一大事だ。ランクは32――連合国の迷宮探索者の上位陣が十人くらいはいる。果たして、それだけの戦力がこの街にあるのか疑わしいところだ。

広げた《ディメンション》を使って、僕は街の戦力を測ろうとする。そのとき、すぐ後ろにいたクウネルちゃんが話しかけてくる。

「んー、雲行きが怪しいですねー。でも会長ならどうなってるのか、そこの報告より詳しくわかりますよね?」

「ああ、大型の飛行モンスターが街に向かってる。西南西の方角、十五キロメートル先に一体だ」

情報を欲していたので、軽く教えてあげる。

それを聞いた彼女は、うんうんと頷きながら呟く。

「あて知ってた。会長と一緒なら、この程度のハプニングなんて当然やって」

そして、ゆっくりと摺り足で僕から離れていく。

その台詞はどういう意味かと思って振り向いたとき、クウネルちゃんは正統派お姫様を抱きかかえて、脱兎のごとく走り出していたところだった。

「――しかし、これはチャンス! いましかない! あては逃げるんで、あとはよろしく! もう二度と会うことのないよう、あては遠くの地で祈っておりますー!!」

その突然の疾走に、護衛と思われる人たちも慌てて続く。

クウネルちゃんの奇行には慣れているか、またかといった感じだ。

その見事な逃亡に僕は嘆息し、ティティーは憤慨する。

「あっ! あやつ、とうとう逃げおった! ……どうするのじゃ、かなみん。モンスターは童が相手をして、あやつはかなみんが追いかけるか?」

追跡ならば僕のほうが向いている。ただ、そこまでして本気で逃げたがっている彼女を追いかけようとは思わなかった。

「いや、放っておこう。本当に僕たちが苦手なんだろ。今回は千年生きてるやつがいるってわかっただけで十分と思おう」

「むー。ぜひ、あやつは欲しかったのじゃがなー」

その判断にティティーは不満なのか、ぷくーと頬を膨らませる。

「我慢しろ。それよりもいまは例のモンスターに集中しよう。こっちは死人が出る可能性がある」

「そうじゃの。童たちで軽く撃墜してやらねばの」

頬を膨らませたが、あっさりと退く。クウネルちゃんが本気で嫌がっているのをティティーは知っているのだろう。すぐさま、モンスター討伐の算段をまとめ始める。

「それじゃあ、童がモンスター退治に行ってこようかの。飛行モンスターならば、童が向いておる」

「いや、僕がやるよ。次の大型は任せてって言っただろ。僕もモンスター相手に試したいことがあるんだ」

あと、口には出さないが街の被害も心配だ。ティティーが戦えば、余波でどうなるかわからない。正直、静かに戦うならば、僕のほうが向いている。

すぐに僕たちは作戦を決めて、それを周囲の兵たちに指示しているクロエさんに伝えようとする。とても忙しそうだったので、間に兵士さんを挟む。

「――あの、クロエ様……。その、カナミ様が協力を申し出ていますが……」

「カナミ様がですか? それは嬉しい話ですが、しかし……」

客人である僕たちに頼るのは誇りが許さないのかもしれない。

仕方なく僕は、できるだけ『英雄』っぽく訴えることにする。

「心配しないでください、クロエさん。こういうときのために『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』は存在しています。僕が行ってきて、処理してみせます。あなた達は無理する必要ありません」

このまま傍観するのは耐えられない『英雄』という演出だ。

それを見たクロエさんは呆け、声を漏らす。

「ま、また、スノウ様と同じ――」

彼女が呆けていたのは一瞬だった。

すぐに軍人としての自分を取り戻し、深く頭を下げた。

「ではお願いします……。もちろん、後方にこちらの兵は待機させますので、任せきりには致しません」

そして、見上げるように僕へ向けられるクロエさんの瞳。

それは何かに期待するかのような、何かに憧れるかのような瞳だった。

もしかしたら、英雄観覧が趣味のエルミラード・シッダルクと同属なのかもしれないと思いながら、僕は頷き返す。

「では、行きましょうか。急いだほうがよさそうです」

「はい。こちらも大体の編成指示が終わったところです」

クロエさんは兵たちを集める。いまの短い間で、街に残る兵と迎撃に向かう兵を分けたようだ。

その迅速な手腕を心強く思いながら、近くの地理や状況を口頭で確認しつつコルクの最も広い大通りを歩いていく。

自然と、物々しい装備の兵による列が大通りにできる。さらに、クロエさんの伝令を受けた『砦』からも増援の兵が途中で加わっていき、長蛇の列となっていく。

作戦を考えながら歩いていると、すれ違う町民が僕を指差して何かを話しているのが見えた。軽く《ディメンション》で確認したところ、「例の開拓地の英雄が訪れた」と噂しているのがわかる。あの英雄が『境界戦争』に参加してくれるのだと期待の目を向けている。

確かに、この状況は僕とティティーが兵を率いているように見えるかもしれない。余り時間をかけないほうがいいと思って、クロエさんたちを急かして街の外まで出る。

次に《ディメンション》で計算した迎撃に最も適する平原に移動を開始し始める。兵たちの錬度が高かったおかげか、その移動は短時間で行われた。

こうして、コルクの街の南西一キロメートル先に陣が張られる。

「――クロエさん。ここで待ち構えましょう。みなさんは後方に控えてください。まずは僕が戦いますが、何かあったときは協力をお願いします」

「了解です。カナミ様」

ゆっくりと歩いて、張られた陣から離れていく。もしものときの協力を要請はしたが、はっきり言って出番はないだろう。そのときはティティーの出番であって、それは平原が吹っ飛ぶということだ。

歩きながら空を見る。

モンスターが飛行している方角は正確にわかっている。

現在位置も高度も、その飛行速度も、到着時刻も、不確定要素となりえる風の向きと風速も、温度も湿度も、何もかもを《ディメンション》が把握している。

その情報を吟味し、これから使う魔法と装備について確認していく。

街の一大事と思ってる後ろの人たちには悪いが、僕にとってはアイドという 守護者(ガーディアン) 戦前の準備運動程度だ。

「――次元魔法《シフト》」

新しく得た魔法《シフト》。

そのずれを起こす魔力の線を、右手に持った『アレイス家の宝剣ローウェン』に纏わせていく。これで――

「――魔法『 次元断つ剣(ディ・フランベルジュ) 』」

――いつかの高難度の魔法が使いやすくなっている。

パリンクロンのときは強い意思と大量の魔力が必要な魔法だったが、とてもすんなりと成功した。多くの魔石を飲み干したことが、既存の魔法にも影響している。

「よし、いい感じだ。あとは装備のほうだ」

そして、このタイミングで歩く先の空から大きな黒い影が見える。

予測とぴったりの時間にモンスター・センチドレッドノートは現れた。

少しずつ歩く速度を上げ、平原を駆け出す。そのとき、僕の意識は敵でなく、自分に集中していた。正確には手と足――『クロームグローブ』と『メギストゥスブーツ』だ。

二つとも、ずっと使っていた愛着ある服のように馴染む。

その手袋と靴に編みこまれた魔石の糸が、僕の魔力に反応しているのがわかる。

動きやすい。

足が土を踏みやすく、手は剣を握りやすい。

アリバーズさんに感謝しながら、走る速度をどこまでも上げていく。

一瞬で空の影は確かな輪郭を帯び、巨大な百足であることを視認する。それは向こうも同じようだった。センチドレッドノートは爪のような牙に覆われた口を動かして、敵である僕を見つけて吼える。

それに合わせ、僕は大地を蹴って――跳んだ。

それは高跳びであって、走り幅跳びのような感覚。

だが、これは現代で行われるようなまともなものではない。跳ぶのは異世界の『 魔力変換(レベルアップ) 』で変質した別生物。ともなうのは異世界の魔法の力だ。

「――魔法《ディフォルト》!」

その高飛びと走り幅跳びの測定に、反則が足される。

空間が歪み縮み、ただの跳躍が瞬間移動のような別の移動手段に昇華される。

そして、一瞬にして一キロメートル先の上空を飛んでいたセンチドレッドノートに僕は肉薄する。同時に、魔法の剣が白い線で弧を描く。

まずセンチドレッドノートの腹部が横に斬られ、身体が二つに分かれる。もちろん、まだ剣閃は止まらない。続けて、十を越える袈裟斬りが、あらゆる方角から放たれる。

抵抗する間も、悲鳴をあげる間もなく、敵は空から堕ちるしかなかった。

堕ちながら斬り刻まれ、大地に身体をぶつけたときには、その巨大な身体は百分割にされていた。

トンッと、僕も着地する。

その衝撃は足に響き、脳天まで届いた。しかし、耐えられないほどではない。この丈夫過ぎる肉体と『メギストゥスブーツ』の力のおかげだろう。

「……ふうっ。上手くいってよかった」

一息ついて倒したモンスターを確認する。

バラバラにされたセンチドレッドノートは、まだ生きていた。

当然だ。《シフト》と《 次元断つ剣(ディ・フランベルジュ) 》はずれを起こす魔法であって、物理的な攻撃力はない。よって、敵の身を斬るのではなく、ずらすことで飛行の感覚を狂わせただけだ。

センチドレッドノートがそのずれを正しく認識して計算できれば動けるだろうが、このモンスターの知能では不可能のようだ。

頭だけとなったセンチドレッドノートは弱々しい泣き声をあげ続ける。

「これ、殺していいのかな……? いや、せっかくだからこのままでいいか……」

少しかわいそうだが、聞けば何度も街を襲っている種だ。

生存競争だと割り切って、僕は後方のクロエさんたちを待つことにする。

センチドレッドノートが地に落ちたのを見て、すぐに兵をともなって全員がやってきてくれた。そして、モンスターの状況を見て、クロエさんは驚く。

「カ、カナミ様……。これは一体どういう状態なんですか……?」

「次元魔法で身体をずらしたんです。とりあえず、生きたまま捕獲してみましたが駄目でしたか?」

「捕獲ですか……? 確かに、捕獲はありがたいかもしれません。この厄介なモンスターの弱点を調べることができます。しかし、こんなことは初めてですので、これを上手く活用できるかどうか怪しいものですが……」

危機が去った安堵と共に、これからのことをクロエさんと話し合う。

ただ、その途中で面白そうにセンチドレッドノートを眺めていたティティーが、急に空を見上げた。猫のような俊敏な反応だ。

平原の風を感じて、険しい表情となっている。

地上に出てから初めて見る顔だった。

「――かなみん!」

そして、僕の名を呼んだ。

僕はティティーにそんな顔をさせる存在がいることに驚きながら、クロエさんとの話を打ち切って彼女の話を聞く。

「急にどうした?」

「童と同じレベルの飛翔能力者がこちらに向かっておるぞ!!」

「ティティーと同じ? 方角はどっちだ」

戦闘が終わったため、《ディメンション》の範囲を絞っていた。すぐに広げようとするが、それは否定される。

「もう《ディメンション》で確かめる時間はない! とりあえず、構えよ!」

その言葉を吐き捨て、ティティーは服の隙間から翼を広げて飛んだ。

空に舞い上がるティティーによって、突風が上に向かって吹く。

続けざまに、さらなる突風が吹く。それはセンチドレッドノートが現れた方角から――横に向けての突風だった。

「ちと止まれい! おぬし、何やつじゃあ!」

センチドレッドノートを上回る速度で、小さな物体が空を駆け抜けてきているのを視認する。

その物体の進行方向にティティーは立って、停止を促した。

急ブレーキをかけて、その現れた存在は空中に停止する。

そして、その姿を全員に見せる。

「翠に輝く翼……? この急いでるときに……!」

それは懐かしい声に、懐かしい顔だった。

少女が青い翼を広げていた。ティティーの羽毛を中心とした翠の翼と違って、その青い翼は 竜種(ドラゴン) に酷似している。それを何重にも重ねた民族衣装と荘厳な大きいマントの間から生やしている。

その少女の長い髪は少し薄めの青。目元は少し気だるげだが、その瞳に宿る桜色からは燃えるような強い意思が感じられる。

すぐに僕は叫ぶ。

「待て、ティティー! そいつがスノウだ! スノウ・ウォーカーだ! 僕たちの敵じゃない!!」

両者に聞こえるよう、大地から叫ぶ。

それを耳にして、ティティーは「なんとっ」と戦意を萎ませ、スノウは口をぽかんと開く。

「――え?」

スノウは信じられないものを見るかのように僕を見た。

まだ状況を受け入れ切れていないのが丸わかりで、クロエさんが続けて説明の声をあげる。

「スノウ様! お帰りなさいませ! しかし、もう急ぐ必要はありません! スノウ様のご友人のカナミ様が、敵を討ち取ってくれました!!」

自らの同僚の言葉を聞き、これが幻想の光景でないことがわかってきたのか、少しずつ完全停止していたスノウが動き出す。

「え、え……? あれ? あれれ……?」

何度も何度も疑問符を口にして、ぱたぱたと翼の動きを緩めていき、地上へ降りてくる。

そして、地面に足をつけ、ゆっくりと僕のほうへ近づいてくる。

――そして、いま、一年の月日を間に挟み、青き竜人の少女スノウ・ウォーカーと僕は再会する。

スノウは確認するように名前を呼ぶ。

「カ、ナミ……?」

「ああ、僕だよ。ごめん、スノウ。帰って来るのが遅れた」

僕も名前を呼び返して、まず謝罪を口にする。

何よりもまず、そうすべきだと思った。それは次の瞬間にスノウの目から流れる涙で確信に変わる。

スノウは両目一杯に涙を溜める。

もはや、僕以外は見えていない。

他に何もないと言うように、名前を繰り返し叫び出した。

「う、うわぁぁ、うわああああああああああ!! カ、カナミ――! カナミカナミカナミ! 私のカナミ! カナミだぁああぁあ――――!!」

泣き叫び、嗚咽を漏らしながら、スノウは僕の目の前までやってくる。

「うっ、うぅう……! 信じてた! 私、信じてたよ! もう諦めないってカナミに誓ってたから、一年ずっと信じて頑張り続けたよ! 私、すごいすごい頑張ったんだから――!!」

その叫びから、一年間の苦労の一端を知る。

ただ、周囲の同僚たちは、別の一端を知ったようだ。

「ス、スノウ様……!?」

クロエさんを初め、多くの兵たちが自らのトップの醜態を見て驚いていた。その反応から、スノウの情けない姿を初めて見たことがわかり――この一年、どれだけスノウが立派に戦い続けたかもわかる。

だから、彼女が抱きついてくるのを避けることなんてできるはずがなかった。

「カナミ、褒めて! 頭撫でて! 撫でて撫でて撫でてっ! 一杯撫でて、褒めてっ!!」

その叫びが一年分ならば、その甘え方も一年分だ。

身体全てを僕に預けて、下から見上げるようにスノウは求める。

それを拒否なんてできない。

けど、僕は周囲の目を完全に無視することはできないわけで――

「あ、ああ、撫でるよ。ほらっ、撫でてる。だから、少しだけ落ち着いてくれ。いや、僕が悪かったのは間違いない……! 間違いないけど、落ち着いてくれたら助かる……!」

あやすようにスノウの頭を撫でる。

それを見る周囲の視線が痛い。

ただ、ティティーだけは面白がっている表情で空から降りてくる。

「お、おーう? なかなか奇抜な娘じゃな。警戒して損したのう。しかし、うーむ……。どことなく、セルドラのやつに似て……ないか。余りに性格が違う。どっちかと言えば童寄りじゃの」

その間もずっと、スノウは身体を押し付けて甘えてくる。その怪力のせいか、いまにも後ろへ倒れこんでしまいそうだが、それでも必死に足に力をこめて耐える。

「カナミぃー! えへ、えへへへっ!」

「うん、偉い。本当に偉い。頑張ったな、スノウ。実際、本気で思ってる」

心の底からスノウを褒める。

別れ際、スノウにはみんなを任せると言った。そして、ラスティアラからの話を聞く限り、それを彼女は立派に果たした。さらに、色々なところで一生懸命自分に出来ることをやってきたこともわかる。

立ち止まることも怠けることもなく、前へ前へ進んできたのだ。

―― あのスノウが(・・・・・・) 。

ちょっとした感動に包まれながら、僕はスノウの頭を撫で続ける。

そこで、やっとクロエさんが我に返り、弱々しい足取りで近づいてくる。

「ス、スノウ様……、その方とは一体……」

「うん! ずっと探してた私の旦那様だよ。えへへー」

それにスノウは満面の笑みで答えた。

流れる涙も拭わず、だらしのない笑顔で、自らの部下に僕を自慢する。

この一年、スノウが積み上げてきた色々なものが崩れる瞬間だと思った。

少し惜しいと思いながら、しかし仕方ないとも思った。

その積み上げたであろう威厳は、このスノウに余りに似合わないものだからだ。

逆にクロエさんたちは、いまのスノウが似合わないと思っているようだ。大声を張り上げて、詰め寄ってくる。

「旦那様!? き、気をしっかりもってください!」

「え、え? 私は正気だよ? クロエも開拓地の英雄譚は知ってるでしょ? カナミは私を束縛から解放してくれた人なの。家も婚約者も何もかもぶっ飛ばしてくれた人なの。だから、旦那様。えへへっ」

過去に封印されていた愛称を復活させ、スノウは僕のことを皆に紹介する。

そのはっきりとした話し方は彼女の正気を証明し、周囲をただただ絶句させる。

ただ、絶句する中、一人だけ怒りの感情を見せる人がいた。最も近く、最もスノウを敬愛していたであろうクロエさんが、僕を睨んでいた。

「これが、あの伝説の天然女たらしの英雄『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』――!」

うん。やばいこれ。

できるだけスノウを褒め続けてあげたいと思ったが、そろそろ限界であることに気づく。

「ねえ、カナミっ。一杯お話しよ、お話! そして、私の頑張りを聞いて! 聞いて褒めて! 褒めて褒めて褒めて! そして、惚れ直して! できれば結婚して! もしくは子供!!」

そして、スノウのほうも色々と限界突破し始めてる事も気づく。

「よ、よーし、もう一度落ち着こうか、スノウ。深呼吸だ、深呼吸。そろそろ、僕の社会的地位がやばい。とてもやばい」

「え、落ち着いてるよ? 落ち着いてるから、早く街の方に戻ろう?」

僕とのおしゃべりを待ちきれず、うきうきとした様子でスノウはコルクに戻ろうとする。

「いや、色々とやるべきことがあるだろ。そこのモンスターとか」

動けないセンチドレッドノートを指差す。

するとスノウは、少しだけ迷ったあと、ゆっくりと近づいてその拳を振り下ろした。

「……えい」

べちゃりとセンチドレッドノートの頭部が潰れた。

「あっ」

「はい、終わり。お仕事終わり。だから、まずはコルクに戻ろうよ。そこならゆっくり話せるから」

モンスターの返り血を頬につけたスノウは笑う。

その迷いのない行動に、僕を除く全員が息を呑んだ。

成長したけれど、ちゃんと相変わらずなところもあるみたいだ。

しかし、なんで僕の仲間たちって、こんなに人の背筋を凍らせるのが上手いのだろう。

ただ、もう自分はこういうのに慣れてきたので、この程度では動揺しなくなったが……。

そんな冷静な僕の手を引いて、スノウは兵たちをかき分けてコルクに向かっていく。その途中、上司らしくクロエさんたちに指示を出す。

「あ、今日から私の部屋に無断で入ってこないように。これは総司令の命令です。破ったら極刑。もしくは私が泣きます」

「スノウ様が泣くんですか!? ……いや、入ってはいけないと言われましても、これからモンスター討伐の報告書やらセスティア国とレギア国の姫の歓待などが!」

そのわけのわからない命令にクロエさんはうろたえる。

「んー。じゃあ、朝までです。明日の朝までですから、どうかお願いします。特に夜。夜だけは入ってこないように!」

「スノウ様っ、そういう発言は控えてください! いまあなたは『コルク』のトップで、『南連盟』全てを担う総司令で、人々の憧れる『英雄』なのです!!」

マイペースに歩いて帰ろうとするスノウを止めるため、クロエさんは全力だった。

その声と顔から、彼女が全霊をもってスノウを元に戻そうとしているのがわかった。

ただ、スノウのほうは――

「え、えーと、そのー。んー……」

唸り、迷い……そして、ついに面倒になったのか、笑顔のままで。

「じゃ、じゃあ、もう総司令も英雄もやめていい?」

――自らの部下たちの前で、退職を願い出た。

「スノウ様ぁあああああああ――――!?」

クロエさんは悲鳴をあげて、兵たちにどよめきが走った。

自分たちの頼っていた英雄が英雄をやめると言ったのだ。当然だろう。

その悲鳴の中、ただただ僕は懐かしかった。

ラスティアラのときは感じられなかった感情が湧く。

これこそがスノウ。

怠け者で奔放で逃亡癖があって、根っこのところは駄目人間。それが彼女らしさだ。

クロエさんたちにフォローを入れなければいけないのはわかっている。

しかし、いまやっと仲間の一人が帰ってきたのだと思い、つい僕は笑ってしまった。