軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.火の理を盗むもの

僕が奴隷を助けてから二時間後。

フランリューレたちによるレギオン・バット戦は、あっけなく終了した。

レギオン・バットには核となる魔石が体内にあることがわかっていたので、僕が囮になって魔石探しをするだけの作業だったからだ。フランリューレたち四人の個性が悪循環しない限り、負ける要素はなかった。

こうして、大した時間もかからず9層の課題をクリアして、僕たちは10層に向かっていく。

――そう、10層へ。

どうしても、僕は昨日の出来事を思い出してしまう。

20層のボスを名乗ったティーダには、 二十守護者(トゥエンティガーディアン) という『表示』があった。それならば 十守護者(テンガーディアン) と『表示』されたアルティは、10層のボスであるという予測がつく。

ただ、5層で20層のボスに襲われた時点で、その予測にあまり意味はない。

学生であるフランリューレたちから、10層のボスは10層にいないという話を聞かされているので、その考えは間違ってはいないはずだ。

結局、迷宮では、どの階層でも危険はある。

それだけのことだ。

道中、フランリューレに趣味や特技といった質問を投げられ続けて僕の心が消耗したものの、特に問題なく10層に辿り着く。

10層は特殊な階層だった。

階段を下りた先には、迷宮にあるまじき明るさが満ちていた。

どこまでも広がる部屋に、見渡す限りの炎。

他には何もない。それが10層の全てだった。

身を焦がすほどの炎ではない。

それでも、至るところに散らばった炎は、この部屋に入ることを躊躇わせる。

『正道』の結界によって火が消えている道を選んで、僕らは歩いていく。

適当なところでスノウさんがビンを取り出して、炎を納めようとする。異様な光景だった。火が切り取られたようにビンの中に吸い込まれ、ビンの中には燃焼するものがないというのに、それは燃え続ける。

これで課題は終わりだ。

ようやく、このパーティーから離れることができる。

「おめでとう、みんな。僕の役目も、これで終わりかな?」

僕は別れを切り出すために話かける。

「いやぁー、お兄さん助かりましたー。あなたのような探索者と協力できたのは本当にラッキーでしたよ。たぶん、途中で誰かしらが大怪我して帰ると思っていましたからぁー。あ、約束の金貨です」

エルナは金貨を手渡しながら、お礼を言う。

そこにフランリューレが割り込む。

「キリスト様っ!! せっかくですので、地上までの護衛も頼んでよろしいでしょうか! そうっ、せっかくですので! ヘルヴィルシャイン家でお礼にディナーでもと思ってますの! わたくしたちはキリスト様のように若くて強くて、誠実で優しい探索者様とは縁が欲しいと、常々思っていましたの! どうか、お願いしますわ!」

フランリューレは僕にご執心なのは、人の気持ちを察することが得意でない僕でもわかる。

彼女のような容姿端麗な女の子に好かれるのは嬉しい。

けれど、彼女と距離が近づいても、面倒事が増えるだけとしか思えない。立場もあるが、考え方に溝がある。

「すみません、フランリューレさん。僕の本来の目的は10層の先にあるのです。残念ながら地上までの護衛はできません」

僕は丁寧に断る。

残念そうな演技をすることも忘れない。

「そ、そうですの……。助けて頂いた上に無理強いまでできませんわ。けれども、わたくしたちヘルヴィルシャイン姉弟は、キリスト様を我が家に招待する用意がありますわ。いつでも頼ってくださいませ」

「え、僕も? まあ、キリストさんなら遊びに来てくれるのは歓迎ですけど」

おそらくは独断でライナー君も歓迎していることにしたフランリューレ。

だが、ライナー君もやぶさかではないようだ。

「ありがとうございます。では、また機会があれば」

「はい、機会があれば! ぜひぜひ、エルトラリュー学院まで! あ、ヘルヴィルシャイン家はフーズヤーズの三番地にありますの! 番地に入ればすぐ見えますわー! どちらでもかまいませんので、何かあれば、ぜひー!」

名残惜しそうにフランリューレは最後までアピールをし続けていた。

もしも、元の世界で出会っていたならば、一生懸命で好感が持てる人だ。

けれど、冷静にいまは必要のない人だと判断する。

最後に、残りの二人とも挨拶をかわしていく。

「お兄さん、騙されやすそうだから、騙されんようになぁー。またなぁー」

「…………。あなた、迷宮に向いていません。職替えをお勧めします。それでは」

なぜか、手厳しい言葉をもって別れを告げられる。短い間だけれども協力し合った仲間なので、僕を心配しての言葉だと思いたい。

こうして、僕は学院パーティーとの別れを終えた。

フランリューレが何度も振り返って手を振ってきたのが微笑ましかった。

僕だけが10層に取り残される。

部屋を埋め尽くす一面の火が、僕に汗を滴らせる。早急に僕は11層へ進もうと、『正道』に沿って歩き出す。

ようやく一人になれたが、なったらなったで不思議な寂しさがあった。

どんな人物でもパーティーとして傍にいれば、安心感が生まれるのは確かなようだ。

しかし、今日は一人で進むと決めていたのだから、ここからは――

「――あれ。ここからは一人で行くのかい?」

一人で。

そう、僕は一人のはず。

一人のはずの空間で、僕は自分ではない声を聞いた。

咄嗟に魔法を強化する。

「――ま、魔法《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》ッッ!!」

大きく後退して、どこからか聞こえた声の主を探す。

広い空間、出入り口は二つだけ。

予期せぬ声、燃え盛る炎。

まるで、あのときと同じだ。

魔法で周囲の情報をくまなく探る。

部屋の天上、角、炎の陰、あらゆるところに敵がいないかを確かめる。

けれど、敵の姿はない。

「すまない、驚かせたか。敵意はないから、落ち着いて欲しい」

まだどこからか声がする。

だが、鋭敏になっていた僕の魔法が声の発生先を捉えた。燃え盛る炎の中から、声の振動が発生したという情報が僕に届く。

そして、炎が口を象っていることに気づく。

「――炎から?」

「ああ、炎に隠れていた。けど、君だけなら姿を現すのに問題はない。ちょっと待っててくれ」

炎が喋る。

この声色に、僕は覚えがあった。

炎は人の形に変わっていき、部屋のどこからか文字の書き込まれた包帯のようなものが集まってくる。包帯は人の形となった炎に巻きつき、服の代わりとなった。

最後に頭部が人間のものに変わり、いつかの赤い髪の少女になる。

十守護者(テンガーディアン) のアルティだ。

「……っ!!」

僕は迷う。

ゲーム的に考えれば、彼女が二十を冠するティーダよりも劣るであろうと推測することはできる。けれど、それを安易に信じていいかはわからない。

ティーダのときと違い、いまはディアがいない。火力は減っているが、そのおかげで撤退戦の自由度は高い。身体能力の高い僕だけならば、戦術の幅は広いからだ。何よりレベル10となり速さの上がった僕ならば、単純な逃亡も選択肢に入る。

迷った結果、僕は敵意がないというアルティと会話を続けることを決める。

いざとなれば逃げればいい。

いまならば学院パーティーにもすぐ追いつける。

彼女らには申し訳ないが、乱戦になれば取れる手段も増えるだろう。そのときは寝覚めよりも、自分の命をとる。

「アルティ……だっけ? 僕と戦いに来たのか?」

人型になったアルティに対して、僕は油断なく話しかける。

アルティはふわふわと浮かび、すぐに首を振る。その様子が妙に人間らしいので、僕は戸惑ってしまう。

もしも戦闘になったとき、アルティの姿は僕にとってマイナスの要因だ。ぱっと見たところ、人間の子供にしか見えないのは反則に近い。

「違う違う。いま敵意はないって言ったじゃないか」

小さい身体で尊大な物言いをするアルティ。

ひどい違和感だ。

ただ、その違和感が、確かに少女がモンスターであることを忘れさせないでくれる。

「信じられない。こっちはつい先日、愉快なティーダってモンスターに襲われたばかりだ。そのとき、君が逃げ道を塞いだのを忘れたとでも思っているのか?」

「私としては舞台作りをしただけのつもりだったが、怒っているのなら謝る。すまない」

「謝られても、信用できるはずがないだろ……」

「むむ……。どうも君が抱いている私への印象は良くないようだな。少しばかり、ショックだ。別に攻撃したわけでもないのに」

拗ねたようにアルティは口を尖らせる。

ああ、こいつもだ。

こいつも、あのティーダと同じだ。

「当たり前だ。モンスターに良い印象なんて持つわけないだろ。人とモンスターが出会ったら殺し合う。それがこの世の不文律。ティーダが言っていたことだ」

「ふふっ。そんなもの、真に受けなくていい。どうせ、ティーダがその場で考えたルールだ」

サンタクロースを信じている子供を見るかのような暖かい目で、アルティは僕を諭す。

僕よりも二回り以上は小さい少女にそんな目をされると、頭にくるものがある。

「つまり、君は僕と戦う気がない。それを信じろと?」

「そうだよ。私はあのバトルジャンキーとは違うからね、真面目にモンスターをする気なんてない。だから、この部屋はいつもすっからかんだ。探索者の皆様は、安心して火を調達して11層に臨めるわけだ」

「へえ……。でも、僕は安心して11層に行けそうにないみたいだけど?」

「ああ、安心していいよ。私が仲間になったからには、そんじょそこらのボスなど敵ではない。あ、『正道』の結界が遠いところの話だけどね」

「――待て。まてまてまて」

「ん、どうしたんだい?」

頭痛が止まらない。

この一方的な物言い、ティーダと同じだ。勝手に事を決めていく。

「なに勝手に仲間になっているんだ。ありえない」

「どうやら、私に対する信用がないみたいだからね。言葉だけでなく、行動でも敵意がないことを示そうと思っている。そこで、迷宮探索を手伝ってあげようと、いま決めた」

「やめろ。君が後ろにいて、戦えるはずがないだろ」

「前衛でもいいよ。私は剣も得意だからね」

そう言って、アルティは炎の剣を作り、宙に向かって、しゅばばっと何度も突く真似をする。

姿だけならば子供が剣で戯れているだけの微笑ましいものだ。

だが、駄目だ。

炎がすごい漏れている。手とか足とかから。

人間と同じには扱えない。

「そういう問題じゃない。君が近くにいるだけで、こっちは臨戦態勢なんだ。迷宮探索なんてできるわけない」

「ふむ。だが、私としても切実な問題なんだ。信用してくれるまで、君の近くに居ようと思う。まずは、信頼関係が大事だからね。何年でも君の傍で、君に尽くそう」

アルティは無垢に笑った。

真っ直ぐと淀みなく喋る姿に、嘘はないと僕は感じてしまう。彼女から敵意を感じないのは確かなのだ。

けど、それは僕が未熟だから感じ取れないだけかもしれない。

どうしても、不安は残る。

単純に襲ってきてくれたほうが、どれだけ楽か。昨日の夜に考えた対守護者用のプランが全く役に立たない。

「それは、つまり……僕の周りをうろちょろするってこと? 僕が君を信用するまで?」

「そうだよ」

「……えっと、いまから君を倒してもいいかな? 君、ボスなんだし」

「友好的な意思を見せている人に対して、それは酷いな。可愛い女の子が仲間になりたがっているんだ。そこは快く迎え入れてくれよ。……冷たいなぁ、本当に私は信用して欲しいだけなんだよ。私にはささやかな望みがあって、それを叶えたいだけなんだ。それには人間の協力が不可欠なんだ」

アルティは喋りつつ両手をあげて、降参のポーズをとった。

そのまま手を振って、無害であることを主張する。

僕は隙だらけのアルティを斬ろうかと思ったが、気になる言葉があったので踏みとどまる。

「――望み? やっぱり望みが?」

思い出してしまう。

あのティーダの遺言が頭によぎってしまった。

「お、聞いてくれるのかい?」

「…………」

これを聞くことは僕にとってプラスになるのだろうか?

謎の多い迷宮を攻略するために情報が必要なのは確かだ。

ただ、いまここで、アルティから情報を引き出そうとするのは本当に正解なのだろうか。

「信用の話は別として、とりあえず聞いてくれるだけでもいいよ。私は」

「……聞くだけ聞こう。前も気になることを言っていたな。疑念があるから戦わないって。それについても聞かせてくれ」

迷宮側であるアルティの言葉は、その一つ一つが、いわばネタバレだろう。

こんな状況でも僕はゲーム的な思考をしてしまうのが嫌になる。そして、その思考が、いまはできるだけ話を聞くことを薦めている。

「ふふふ。……いいよ、話そう」

「…………」

アルティは妖艶に笑い、ゆっくりと話し始める。

「そうだな。せっかくだから、まず疑念の話からだな……。これは君にとって面白い話だと思うよ。なにせ、戦わずして 守護者(ガーディアン) を殺せる話だ」

アルティは笑みを絶やさない。

話の内容が自分の殺し方であっても、それは変わらない。

「実は、私たち 守護者(ガーディアン) は、『未練』があるからモンスターとして迷宮を守るはめになっている。その『未練』を解消してしまったら 守護者(ガーディアン) はどうなってしまうのか……というのが私の長年の疑念だったんだ。ティーダがその疑念を晴らしてくれたよ。私たちは『未練』がなくなれば弱まり、望みを叶えてしまえば消えてしまう存在のようだ。あの不死身に近いティーダがあっさりと死んだのはそのせいだね」

アルティの口ぶりからすると、ティーダの死に様を見ていたようだ。

そして、その死に様が本来のティーダではありえないとも言っている。

ティーダは望みを叶えたから死んだ。

そう確信している様子だ。

――初耳だった。

誰からもそんな話は聞いたことがない。

迷宮を攻略しようとしている連合国家の誰も知らない情報のような気がする。

「ふふふ。そして、私の望みだが……。私の望みは、たった一つだ……」

そして、いまの話はただの前置きだと言うように、アルティは声を低く重くする。

語るのはアルティの望み。

つまり、訪れるであろうアルティの 死に様(・・・) 。

「―― 私は恋を成就(・・・・・・) させたいんだ(・・・・・・) 」

アルティは宙を見上げながら、恥ずかしそうに言った。ただ、すぐに「どうだ、ロマンチックだろう?」と自分の言葉を茶化した。

「…………」

僕は頭が痛くなる。

単純な痛みではない。

悩ましいのと、狂おしいのと、楽しいのと、普通では混ざりえない感情が混在してしまったための痛みだ。

アルティが真っ直ぐに僕を見ている。

僕は頭の痛みに耐えながら、一言、「厄介だ」と口にした。