軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

221.四騎士

世界に頼る――?

違う! このライナー・ヘルヴィルシャインは――!

「――この僕はっ、世界なんてものに頼ったことなんてっ、一度もない!!」

その答えを出したとき、僕の身体から風が吹き荒れた。

「――っ!?」

その風によって棒の先端は押し返され、ノスフィーが初めて困惑の表情を見せる。

「ああ、 僕は(・・) おまえに届かない! けどっ、届かないからって、負けるわけにはいかないんだよ!!」

そして、勝てないからと、世界なんてものに頼りはしない。

都合のいい世界などない?

そんなこと、とうの昔にわかってる。

だから、僕が頼っているのは――兄様にキリスト! そして、ローウェンさんにロード! そしてそしてっ、姉様に学院の友人たち!

こんなゴミクズの僕を助けてくれた『人』たちの力を頼って、いま、僕は戦っているんだ!!

僕から発生する風の動乱は最高潮に達し、上に立っていたノスフィーを吹き飛ばそうとした。当然だが、彼女は光の魔法で対応しようとする。僕の『血』に働きかけ、同じ魔法を発動させようとして――ノスフィーは混乱する。

「こ、この風は魔法じゃない――!? いや、それどころか――!」

僕の肩に風が収束していき、形を得ていく。

その風の形状は『腕』。

どこか見覚えのある風の腕が生成されたのだ。

「腕!?」

風の腕は、目を見開いて驚くノスフィーを捕まえようと動いた。その正体不明過ぎる腕に触れられまいと、ノスフィーは跳躍して僕から離れる。

風の腕のおかげでマウントが解除され、僕は自由になれた。

そして、警戒するノスフィーを前に、ゆらりと立ち上がりながら剣を握り直す。

いつの間にか、世界は闇と翠の燐光の混ざった幻想的な空と化していた。世界は壊れ、瓦礫だけが浮いている。まるで星屑の空だ。

空から落ちているときに似た浮遊感のせいか、その瓦礫の一つに足をつけるのも一苦労だ。

もし足を踏み外せば、奈落の底まで真っ逆さまだろう。

だけど、不思議と怖くなかった。

世界は崩壊したけれど、風が、吹いているのだ。

柔らかな風が吹き、その音色が声のように聞こえてくる。

(――ええ、それでいいのです。ライナー)

肉声とは程遠い風の音なのに、なぜかはっきりと言っていることがわかる気がした。

とても懐かしい声が、両耳を通り過ぎる。

(世界なんて胡散臭いものではなく、その『人』の繋がりこそが少年を助けられる力となるのです。さあ、では共に行きましょうか。私の意思を継ぐ騎士――ライナー・ヘルヴィルシャイン! 私たちと共に、光の 守護者(ガーディアン) を打ち倒しましょう!!)

そして、吹き荒れた風は僕の身体へ戻ってくる。

そこが帰る場所だったかのように、自然と僕の魔力に還元されていった。

「この魔力は――ハイリさん? それとも兄様? いや、もっと別の――……女性?」

懐かしい声だったが、魔力のほうは覚えのない感触だった。

複数の属性と特性の混ざった魔力のせいか、その源となった人物を特定できない。

しかし、それは重要でないとすぐにわかる。

「いや、変わらないか……。ああっ、どちらにしろ変わらない! みんなっ、そういうことでしょう!?」

僕が頼りにしている不特定多数のみんなに呼びかける。

すると、

(――、――――!!)

答えが返ってきた気がする。

風は魔力に還ってしまったため、もう声は聞こえない。

けれど確かに、僕の中で頷き返されたのを感じた。

それを証明するかのように、キリストから預かっていた『次元の指輪』が勝手に砕ける。

さらに僕の意思とは関係なく、魔法が構築されていく。

それを見たノスフィーは探るように魔法名を呟いていく。

「この魔法、《ワインド》ではない……? もしや、《コネクション》……?」

聞かれても、僕も知らないさ。

これは僕の魔法じゃない。

ただ、これは僕を助けてくれる魔法だ。それだけわかっていれば十分だ。

「そんな……。どうして、次元魔法を……?」

風の腕が次元属性の魔法を発動させた。それをノスフィーは驚愕の表情で見る。

僕の肩から伸びた風の腕は、『何もない空間』から一つの剣を引き抜いたのだ。

見たことのある光景だった。それはキリストが『持ち物』ってやつを使っているときと同じ光景だ。

そして、その引き抜かれた剣も見たことがある。当然だ。白銀に輝くそれと同じものを、僕は腰に下げているのだから。

――いま、欠けていた聖双剣が揃う。

「はっ……、ははははっ! そういうことだったんですね! もう一つの『 片翼(つるぎ) 』はハイリさんが持っていたのか! いや、僕の中にあったのか!!」

僕が笑っている間も、まだ魔法の効果は続く。

次は、もう一つ、風の腕が逆側の肩に生えてくる。その新たな風の腕は、すぐに僕の腰に下げている予備の剣を抜いた。

風の両腕は『ヘルヴィルシャイン家の聖双剣・片翼』を、正しい意味での双剣として手にしたのだ。

「ええ、そうですね! 僕たちヘルヴィルシャインは双剣の騎士! 二本と二本こそ真骨頂でしょう! 『ヘルヴィルシャイン家の聖双剣』はそちらで!! 僕はローウェンさんから受け継いだ双剣を使います!!」

僕は『アレイス家の宝剣ローウェン』と『シルフ・ルフ・ブリンガー』――魔の双剣の方を構える。

そして、その魔の双剣の裏に、風の腕は聖なる双剣を隠す。必然と、僕の腕に風の腕はぴったりと重なった。その構えは、一見では一組の双剣にしか見えないほど完璧に合わさっている。

僕の腕を邪魔しないように気を使ったのだろう。

あくまで僕の補助をする気であることがわかる。

そう、わかるのだ。

いま、確かに僕は風の腕と通じ合っている。

その奇跡に心が震える。

ただ、その奇跡を見るノスフィーの目は険しい。

「…… おかしい(・・・・) 。これはおかしすぎます。まさか、風魔法で次元魔法を再現したとでも言うのですか? いや、いまの会話は鮮血魔法の使用? ……どちらにしろ、なんて滅茶苦茶でっ、なんて欲深い魔法構築を――!!」

納得の出来ない現象を前に、苛立たしげに唇を噛んでいた。

僕も理解なんてできていないが、それでもノスフィーとは正反対の表情で一歩前に出る。

「――行くぞ、『光の理を盗むもの』。これぞ真なる共鳴魔法、『血と魂の共鳴』『世界を切り裂く命の双剣』! 名づけて――《ヘルヴィルシャイン・ 二重奏剣(デュオロトクス) 》だ!!」

そして、教えられたとおり心のままに叫び、瓦礫の地面を蹴った。

「おかしい……! こんなこと、おかしすぎます……!」

戦闘は再開された。

だが、まだノスフィーは信じられない様子だ。呟きながら、光の棒だけで迎撃の態勢をとる。

そこに僕の双剣が左右から襲い掛かる。

ノスフィーは器用に光の棒の両端で、それを防いで見せた。

だが、僕の双剣を防げど、まだもう一つの双剣が残っている。

僕の双剣の影から、新たな双剣が滑るように出てくる。

「――確かにおかしいっ、ですが! まだこの程度ならば!!」

その新たな双剣の動きを、ノスフィーは見破っていた。瞬時に光の棒で僕の双剣を弾き、迫り来る三本目四本目の凶刃をも、また光の棒の両端で防いで見せる。

流石は 守護者(ガーディアン) だ。一筋縄ではいかない。四倍もの手数があれど、まだ突破口は見出せない。

ならば次は――!

「――《ワインド・アロー》! 《ディヴァインアロー》!」

魔の双剣の先から基礎魔法を二重に飛ばす。なんてことはない牽制だ。だが、ここで重要なのは僕の放った魔法ではない。

本命は、僕の魔法に続く魔法だ。

その僕の期待通り、隠れた双剣からも三つ目四つ目の魔法が発生する。

そして、《ワインド・アロー》は二つ、《ディヴァインアロー》も二つ。

――二重の魔法が、さらに二重となる。

「ま、魔法も四重!? 器用な真似をしますね! だがそれが魔法の類なら……、――っ!?」

魔法を見たノスフィーは、旗の光で僕の『血』に働きかけて『相殺』をしようとする。しかし、同じ魔法を用意できたのは僕の《ワインド・アロー》と《ディヴァインアロー》だけだった。『ヘルヴィルシャイン家の聖双剣』から放たれた三つ目と四つ目の魔法は『相殺』に至れていない。

慌ててノスフィーは魔法の矢を棒で叩き落す。

「無駄だ、ノスフィー! こっちの力は『血』から溢れ出てなんかいない! 『血』よりも奥深く、このヘルヴィルシャインの魂から溢れ出てるんだぁあああ――!!」

僕の魔法でないのだから、僕の『血』では処理できない。

そんな当たり前のことを、とてもわかりやすくノスフィーに説明する。

「は、はあ!? 意味がわかりません――!!」

だが、ノスフィーは困惑顔で理解不能であると言い返し、迫り来る魔法を体術でかわしていく。

ようやく、受けに回った彼女を、僕は容赦なく一気呵成の勢いで攻め立てる。

左右どころか、上下からも振るわれる二対の双剣は、ノスフィーの顔から余裕を奪っていく。

「くぅっ、太刀筋一つ一つに個性がありすぎる! まるでわたくしの騎士を三人同時に相手しているかのような……! もしや、この剣の機能はっ――、な、ならば――!!」

ノスフィーの旗の光を別の箇所に集中させる。次の対象は僕でも『血』でもなく、いま僕たちが手に持っている四本の『剣』たちだった。

だが、それならば関係ない。

全ての剣に、確かな意思が宿っていると僕は確信している。

誰かは確信できなくとも、それがノスフィーと敵対する意思であると知っている。だから、僕は遠慮なく剣を振るい続ける。

「……ひ、光が剣に通らない!? なぜ、ただの剣がわたくしに抗えるのです!? ぁあ、あぁああ! あぁあ、もう! アレイス、ランズ、ヘルヴィルシャインですね! あの忌々しい三騎士たちっ! 相変わらず、主であるわたくしの言うことを全く聞かない!!」

ノスフィーは剣を掌握できず、珍しく悪態をついた。彼女のそんな姿を見たのは初めてだ。自然と僕の口元は緩む。

アレイス、ランズ、ヘルヴィルシャインか……。

僕の知らない剣の名前まで教えてくれて、どうもありがとう。

このシルフ・ルフ・ブリンガーに宿っている発狂しそうな意思は『ランズ』さんと言うのか。その情報、これから剣を使うときの足しにしてやる。

ああ、いま、おまえを殺す足しにしてやる――!!

「死ぃいいいいっ――ねえええ――――!!」

命を刈り取らんとするため、腕が引き千切れるまでに剣を振る。

それに合わせて、喉が枯れるまでに魔法を叫ぶ。

「《ゼーア・ワインド》ォオオオオ!」

「くうっ!」

その剣と暴風をノスフィーは汗を滴らせながらさばいていく。

自らの絶対的な優位性を失い、さらに正体不明の力を前にして、及び腰となっているようだ。

追い詰めるなら、いましかない。そう思った。

いまの僕は単純に腕が増えただけでなく、魔法の数も段違いに増えている。

手札が増えたいまこそ、キリストの助言を思い出せ。

とにかく、相手の嫌がることをするんだ。常識的な手札を引き出すのではなく、ノスフィーが困惑しそうなものを選べ。

この状況ならば、光魔法での『相殺』が通用するものとしないものを混ぜて使うのが一番だ。

「――《クォーツバレット》《ゼーア・ワインド》!」

ローウェンさんから水晶魔法を引き出し、もう一方の手からは『血』から引き出した風魔法を放つ。風魔法は囮にして、的確に水晶魔法を当てる作戦だ。

この作戦を風の腕のほうも、きっとわかってくれるはずだ。

「届けぇええええ――!!」

その僕の期待に反応して、自動的に魔法が追加される。

水晶と風の弾丸に続いて、風の腕から次元の歪みと神聖なる矢が放たれる。

結果、四属性の二重の双魔法がそれぞれ意思を持って、ノスフィーに襲い掛かる。

いかにノスフィーと言えど防御しきれず、光の矢が敵の頬を掠めた。

あと少し――!

「いける! みんな、ありがとう!」

やっと攻撃を当てることができた。

そのお礼を叫ぶ。

そして、勝利の確信を持って攻め立て続ける。

双剣の影から、別の双剣を。

二重魔法の影から、別の二重魔法を。

絶え間なく、振るい続ける。

剣質は一つ一つ違い、魔法も一つ一つが独立している。

これこそが僕の真の強み。

借り物の力だからこその優位。

それはライナー・ヘルヴィルシャインは一人じゃないということ――!

「はははっ、ははははは! 次は当てるぞ――!!」

強気に攻め続ける。もうノスフィーに反撃などさせない。このまま押し切ってやる。

瓦礫を蹴って、さらに風魔法も利用して、この狂った空を縦横無尽に飛びながら、僕は笑った。

なにせ、ノスフィーに対する強みは、まだ他にもある。

いまのあいつの顔を見れば、それは一目瞭然だ。僕の猛攻に混乱し、次の一手を決めかねて顔を歪ませている。

やっぱりだ。

間違いない。ノスフィーは拮抗した戦いに弱い。

おそらく、相手を殺さない戦いでは最強クラスだろう。圧勝を完勝に昇華させることにおいて右に出るものはいないだろう。

それはフーズヤーズの伝承から予測できる。フーズヤーズに伝わる歴史では、千年前の戦争で南側は無血開城を何度も行っている。そのとき南を率いていた将は全て『光の御旗』であるノスフィーだったはずだ。

無意識の内に、まず相手を捕縛しようとしているのが彼女の戦い方からわかる。なにせ、扱っている武器も殺傷が目的ではない『旗』だ。正直、武器ですらない獲物だ。

つまり、殺し合いより捕縛。戦いよりも対話。

きっとそれが『光の理を盗むもの』の特性だ。そして、綺麗な試合から遠くはなれた――泥臭くて血生臭い殺し合いが苦手なのも、『光の理を盗むもの』の特性――!

ならば、そのノスフィーの得意分野から遠ざかればいい。

もっと相手の土俵から少しでも遠ざかれ。振りでもいい。

振りでも、目の前の敵は、きっと嫌がる。

戦闘の優位だけでなく、精神的な優位も得られる。

だから――、もっともっと笑え――!!

「はっ、ははっ、はははははっ! 死ぃねぇええええ、ノスフィー!! ――《イクス・ワインド》ォオ!!」

脚ごと、風を炸裂させる。

捨て身で攻撃だけに集中する。敵を道連れにするつもりで笑う。

その戦い方は、恥ずかしくも慣れたものだった。

そう。

慣れているおかげで、スムーズに動ける。あれこれ考えて戦うよりも、こちらこそが僕の本性なのだから、それは当然のことだった。

少し楽しくなってきた。

さあ、もっと命を燃やせ。リスクを犯せ。

刺し違えるべき敵だけを見据えろ。

どうせ、僕という命はゴミクズ!

ゴミクズゴミクズゴミクズ、ゴミクズだ――!

ゆえに燃焼するには丁度よすぎる命――!!

「ははっ、はははは! あははははははハハハ――! 殺すっ、殺す殺す殺す、ぶっ殺す! 我が主キリストの敵はっ、主の騎士であるこの僕がぁっ、鏖殺してやる――!!」

かつて、ラウラヴィアの劇場船でキリストと戦ったときと同じテンションを、あえて再現する。

さらに、成長により上手く制限していた動きを使っていく。叱られて抑えていたものを、全て解放していく。

自然と、刃を届かせるためならば、手段を選ばなくなってくる。

間違いなく、誰かを守護する騎士としては退化してしまっているだろう。だが、いまはその退化が好手となりえる。

目の前のノスフィーの顔を見れば、それは間違いない。

こうして、ノスフィーにとって、あらゆる苦手な要素が重なってしまい、彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。

「――あ、相変わらず、気持ち悪い! ヘルヴィルシャイン、また滅茶苦茶な動きを!!」

ノスフィーは防戦一方から抜け出せない。

命知らずの特攻に慣れてはいても、苦手なことには変わりはない。さらにロードとの約束のせいで、僕を傷つけづらいのもあるのだろう。反撃の手が完全に止まった。

こっちも悪いとは思ってる。

騎士にあるまじき戦い方だとも思う。

しかし、この殺し合いこそ、僕の土俵なのだから仕方がない……!

だって、最悪、相打ちでも僕は満足できる……! ははっ!

ああ、本当に懐かしい。そして、清々しい。誰からも悪い癖だと貶された自分の本性が、ノスフィーという強敵相手に有効という事実! それが愉快で堪らない……!!

そして、その愉快さが口からこぼれ出てしまう。

「死ぃいいいい――ねえええええええええ――――!!」

ノスフィーと僕の打ち合いは、どこまでも苛烈さを増していく。

そして、本当に少しずつだが、僕がノスフィーを押し始めていた。

僕はノスフィーより弱いのは間違いない。

けれど、色んな人の力を借りて戦うだけだからこそ、幅広い手札から相手の嫌がることをできる。

かつてのように自爆特化に固執するのではなく、かといってキリストの教え通りに命を大事にするだけでもない。

力も、属性も、特性も、心も、何もかもを――状況によって使い分けることこそ、僕の真の力なのだ――!

そして――その強引な猛攻の末、とうとう押し切ることに成功する。

「くぅっ――!!」

ノスフィーは不利を認め、大きく飛び退いたのだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! は、ははっ、ははは……!」

血の匂いがする吐息を吐きながら、逃げたノスフィーに笑いかける。

悠然と相手の出方を窺い、僕が有利であることを誇示する。

そんな僕を忌々しげにノスフィーは睨み返した。

「……くっ。とても戦いにくいです。そして、その目。やはりヘルヴィルシャインの末裔ですね。どれだけ止めても止まらない。止まる気など最初からないから、主の命など、ことごとく無視。主のためにと言って、主に平気で逆らうっ。――狂戦士の目です!」

どうやら、ヘルヴィルシャイン家のご先祖様も似たような性格をしていたようだ。僕は養子で血は繋がっていないのに、面白い偶然だ。

不思議と腹の底から笑いがこみ上げてくる。

「くくっ、くはっ、ははははは!」

その僕の笑顔を見たノスフィーは顔をしかめる。どうやら、狂戦士と呼ばれて僕が喜んだと勘違いしたようだ。汚物を見るような目になり、さらに一歩僕から遠ざかる。

「その滅茶苦茶な殺し合いに付き合ってもいいですが、不得手なのは事実……。万が一にも殺されるのだけは避けたい……」

遠ざかりながら、ぶつぶつとノスフィーは現状を整理する。

万が一にも僕には殺されたくない……か。

当然の思考だろう。 守護者(ガーディアン) 一人と相打てば大戦果だと思っている僕と、ノスフィーは違う。あっちからすれば、ここで死んでしまえば、ゴミクズ一つと相打つことになるのだ。そんな最期、誰だって嫌に決まってる。

「……それに戦闘スタイルの相性も悪いです。相手の力を利用するわたくしの魔法は、 他所(よそ) から力を引き出すタイプに、すこぶる弱い。その上、あなたには精神汚染の耐性がある」

呟けば呟くほど冷静になっていく。どうやら、これが彼女の精神を安定させる方法のようだ。

「しかし、『光の理を盗むもの』の『呪い』を使えば、渦波様への想いが証明できなくなります。それは絶対に駄目です。けれど、光の『詠唱』をしてしまい、せっかく削った 良心(モラル) を取り戻すのも駄目。『半死体』になってしまっても駄目。かと言って、ここで奥の手は出せません。……ああ、これはもう――」

ノスフィーは大きく息を吸って、大きく吐く。

そして、自らの武器である旗を瓦礫の一つに突き刺して、いま思っているであろう一番の言葉を口にする。

「ああもうっ、 おかしいです(・・・・・・) 。こんな万が一の勝ち筋を取られるなんて……、余りに おかしい(・・・・) ……!!」

敵である僕ではなく周囲を見回して、その おかしさ(・・・・) の原因を探そうとする。そして、その原因の取っ掛かりを見つけたのか、最終的にその視線は手のひらの上にある魔力に固定される。

「やはり、何らかの魔法の干渉を薄らと感じます……。この属性の色は、どちらかと言えば、ヘルヴィルシャインでなく渦波様? それも魔法の対象は人でなく空間……? いつ、どこで――いや、わたくしに察知できないなんて、どのような魔法を……?」

僕の知らぬところで、キリストの援護があったようだ。思い当たるのは、戦闘前に行った『詠唱』と次元魔法《 次元決戦演算(ディメンション・グラディエイト) 『 先譚(リアライズ) 』》とやらだ。主は強化魔法と言っていたあれが、この状況まで導いてくれた可能性が高い。

本当に頼りっぱなしの戦いだと、僕は笑う。

だが、いまはそれを恥じるより、なぜか誇らしく思った。

「そして、その顔ですか……。理解できません。ああ、やはりわたくしは戦いに向きませんね……。戦闘狂たちの思考が、全く理解できません」

ノスフィーは嫌悪を通り越して、呆れた顔を見せた。

その台詞のあと、ちらりと後方を確認する。

その仕草を見て――僕は焦る。

もしかしたら、少しやりすぎたかもしれない。いまのが退路の確認だとしたら、少し面倒なことになる。

「え、お、おい……。まさか、僕如きから逃げるのか……?」

迂闊にも、その発想がなかった。

ノスフィーほどの人物ならば、僕のようなゴミクズを恐れるということはないと信じきってしまっていた。

「はあ。いまさら、自分を如きとか言わないでください。……認めましょう。ライナー・ヘルヴィルシャインは強いです。少し色は違いますが、あのファフナー・ヘルヴィルシャインの再来と言っても過言ではありません。ですので、ここは逃げの一手を打たせてもらいます。絶対に勝てる戦い以外は、わたくしは関わりたくありませんので」

予想外にも、僕は『光の理を盗むもの』に認められてしまった。

そして、その発言と同時に、ノスフィは瓦礫を蹴って戦場から離脱しようとする。

「待てっ! 逃がすか!」

慌てて僕はそれを追いかける。

「――《ライト》」

それに対し、ノスフィーは旗を振って、光を放つ。

単純な目くらましだったが、逃亡においては有効な手段だった。

一瞬だけだが視界を奪われ、その間に距離を取られてしまう。

重力の狂った世界の中、ノスフィーは器用に瓦礫を蹴って移動していく。その向かう先は、おそらくロードとキリストのいる戦場だろう。

このままだと、せっかく分断に成功したのに合流されてしまう。

慌てて、僕は移動用の魔法を構築しようとして――

――そのとき、遠くで『流星』が落ちる。

この広くて暗い世界が、青い線によって切り裂かれた。

続いて、身体を浮かせるほどの衝撃に襲われる。強風だけでなく、次元の歪みによる波動が波紋のように世界へ広がったのだ。

「なっ――!?」

「くっ――!!」

その衝撃に襲われたのは前方のノスフィーも同じだった。

どうやら、これはノスフィーにとっても予想外のものだったようだ。

また僕にとって有利なアクシデントが起きたことに喜びつつ、すぐさま僕は体勢の崩れたノスフィーに飛び掛る。

「おまえの相手は僕だっ! ノスフィー!!」

「あなたは気持ち悪いのです! わたくしに近寄らないでください!!」

僕の双剣とノスフィーの光の棒が打ち合わされる。

ノスフィーがまともに戦ってくれないのならば、もう勝利は諦めて足止めに徹するしかない。捨て身で倒すのではなく、道を塞ぐように戦うため、戦闘スタイルを切り替えて打ち合う。

こうなってしまえば、優位は逆転する。

ノスフィーの撤退戦は手際よく、じりじりと僕たちの戦場はキリストに近づいていく。

しかし、まだ僕の幸運は終わらない。

――『流星』の次は、『竜巻』が巻き起こったのだ。

キリストたちがいるであろう方角に、巨大な竜巻のような何かが発生した。

竜巻と言い切れないのは、余りにその光景が奇妙だったからだ。

竜巻は翠色に発光し、世界のあるゆるものを寄せ付けまいと次元が歪み始めている。

そう。

風が吹いているのではなく、魔力が世界を跳ね除けている結果、あの竜巻に似た何かが生まれているのだ。

それを見たノスフィーは血相を変える。

「まさか、ロード! そこまでは必要ないでしょう!? それは未完成っ、危険です!!」

戦闘を中断してまで叫んだ。

そして、その敵のノスフィーの意見に、僕も同感だった。

「これは、ま、魔法、なのか……?」

危険(・・) ――誰が見てもそう思えるほど、あれは異常だった。

間違いなく、あれは竜巻ではない。

表現するならば、風の繭? いや、筒?

風の騎士だからわかる。

あれはもう、風なんて生易しいものではなくなっている。

風の魔力が濃すぎて、物質化している。その存在が重すぎて、世界が歪んでいる。

――あれではまるで……。

そうだ。似たものを僕は知っている。

あれではもう、あの繭は星ほどの大きさの――『魔石』だ。

「ロード! わたくしが行くまで、堪えてください!!」

先に我に返ったノスフィーが、翠星の『魔石』に向かって駆け出そうとする。

それに続いて僕も我に返る。

推測だが、あの巨大な『魔石』の中でキリストとロードは戦っている――両者共に余裕なんてないだろう。あの大魔法を見れば、それは確信できる。

そんな状況に、この悪意溢れるノスフィーを介入させるのは、もっと危険だ。

何より、キリストは僕に足止めを命じた。ロードは自分が何とかすると言った。

騎士として、主の言葉を僕は信じている。

ならば、いまの僕がすることは――!!

「主に頼まれたんだ!! 絶対に行かせるかよぉお! ノスフィイイイイイー――――!!!!」

あそこに逃げ込まれるのだけは許さない。

「ああ、あなたは本当に気持ち悪い! 邪魔です邪魔です邪魔です! ライナァアアアアアア――――!!!!」

心の底からの嫌悪を露にしたノスフィーが叫び返す。

――そして、僕の『光の理を盗むもの』への挑戦が終わりに近づいていく。