軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

210.56層から

まだ迷宮は半分以上も残っている。数にすれば五十六層――それを、たった一度の迷宮探索で終わらせるなんて正気の話ではないように聞こえる。

ライナーは僕の正気を疑った。だが、これはスキル『感応』で――何より今日までの経験全てを総動員して決めたことだ。その予感は、ある種の確信にまで至っている。

「今日、城を走り回って、何とか取り繕ったけど……もう限界だ。二人と話して確信した。ロードはまたいつ崩れてもおかしくないし、ノスフィーはまたいつ気分が変わるかもわからない。たぶん、もう時間なんてない」

道を先導しながら断言する。

ロードと出会い、ノスフィーを呼び出し、二人の『救世主』が『ここ』に揃ったことで、この停滞した『 世界(ヴィアイシア) 』の何かが動き出している。

「けど、ロードは元気になったし、ノスフィーのやつと仲直りできるようにお膳立てもしてきたんだろ? それなのに、そこまで焦らないといけないのか?」

「表面上だけだと思う。いままで色んな 守護者(ガーディアン) たちと戦ってきた経験からの推測だけど、明らかに二人ともおかしい……」

昨日の迷宮探索の終わり際とは違い、二人とも表情は明るくなった。

ロードの癇癪は収まったし、ノスフィーも大人しくなった。

上手くいっている――ようにも見える。が、それで楽観できるような人生を僕は送ってない。

むしろ、『上手くいっている』の逆。

追い詰められている感覚すらあるほどだ。

だから、僕は早く地上に出ようと思う。

何をするにしても『ここ』は余りに閉鎖的過ぎる。

「……キリストの言いたいことはわかった。けど、絶対に一人では行かないでくれ。地上に向かうなら、僕にも手伝わせて欲しい」

僕が思いつめているように見えたのか、ライナーは釘を刺す。

柔らかく首を振って、自分の未熟を伝える。

「ああ、無茶なんてしない。というか、むしろライナーがいないと厳しい。手伝ってくれないと、たぶん今日中は無理だ」

それは間違いなく本心からの言葉だ。

何度か殺しあった仲だからこそ、僕とライナーは本音でぶつかり合えている。さらにこの数日ほど迷宮探索を共にして、ライナーの考え方も理解できてきた。その強みを最大限に活かしたい。

迷宮の底へ落とされ、急遽結成したパーティーだったが、ようやく本当の仲間になれてきている気がする。

ライナーも僕と同じことを考えたのか、僕の言葉を疑うことはなく、安堵で肩を撫で下ろした。

「行こう、ライナー。ここから先は休みなしだ」

「はあ、人使いの荒いパーティーリーダー様だ……。――了解した」

後悔しないためにも、五十六層へ続く階段を上っていく。

その足取りに微塵も油断などない。

もちろん、昨日までの探索で手を抜いていたつもりはない。けれど、いまこのときこそ、五十層と六十層の『試練』を受けているつもりで、気を引き締めなおす。

正直、パリンクロンとの戦いを終え、身体の中にあった『魔石』を失って僕は弱くなっただろう。『素質』は磨り減り、特定のスキルは弱体化した。

しかし、その代わり、心は強くなった――そう信じて疑わない。

もう二度と畏れはしない。この世界から逃げだしもしない。自分の願いを間違えもしない。一人で悩み続けて自分を見失いもしない。

その心の強さを頼りにして、五十六層に入っていく。

そして、目の前に広がるのは慣れ親しんだ石造りの回廊。

ここにきて迷宮の造りは通常のものに戻ってきたようだ。

低階層のごつごつとした岩肌と違い、まだ僅かに壁は発光しているものの、入り組んだ迷路が軸となっているのが《ディメンション》でわかる。

迷路という特色は次元魔法使いの僕にとって、あってないような障害だ。その慣れ親しんだ回廊に安心しながら、僕たちは《ディメンション》で把握した最短ルートを早足で進んでいく。

その途中、数体のモンスターと邂逅したが襲われることはない。ノスフィーの話していた通り、光属性の特色が残っているうちは好戦的なモンスターは現れないようだ。どうやら五十六層は、まだ安全圏のようだ。

余裕がある間に、僕たちは先の無茶な提案の細かなところを話し合うことにする。

「しかし、キリスト。今回で地上まで行くと言っても、食料はどうするんだ? あともう一食分くらいしかないぞ?」

ライナーが現実的な部分を確認する。

いま『持ち物』の中には、ろくな食料が入っていない。昨日、ロードに無駄食いされたという理由もあるが、根本的に食料が足りていないのだ。

「食事は――もう我慢しよう」

「た、単純明快な解決法だな……」

その根本を覆す答えにライナーは声を震わせる。

格好つけて「手伝う」と言ったものの、その乱暴すぎる計画に少し後悔しているように見える。

「いや、何の計算もなしにこんなことを言っているわけじゃないから安心して。お腹が空くことによる体調の悪化は防げないと思うけど、ここから先の階層なら、そんなに大きな痛手にはならないと思う」

「確かに、ここから先、敵は弱くなるばかりだろうけど……」

僕にとっては数日前(現実には一年前らしいが……)、四十層付近でラスティアラたちとモンスターを狩ったとき、敵が強いとは感じなかった。四十層台に入りさえすれば、六十層台のようにモンスターに怯えることはなくなる。

「あと、ちゃんと時間計算もしてるよ。僕は地上から四十層までの道を完全に暗記してるから、実際のところ残りは十六層分だけ。で、この十六層分は一層クリアするのに二時間ほどかかると考えれば、必要時間は三十二時間ほど。そして、道のわかってる四十層は、無駄なく進めば二十時間ほどでいけると思うから、合計で……――」

「む、むむむ……」

「んー、簡単に言えば、二日ほど不眠不休で進めば終わりだね」

細かい数字の話をするとライナーの顔が歪んだため、ざっくりとした時間――二日という数字を伝える。

そう。

たった二日ほど我慢すればいいだけの話なのだ。前向きに考えれば、一気に地上へ戻ることで食糧問題も解決できているように見える。

多少の無茶をしてでも、四十層に辿りつきさえすれば、ほとんど勝ちだ。もし三十層に《コネクション》を置けたら、間違いなく地上に 帰還(ゴール) できる。

勝算のある挑戦だ。

ただ、いつもの僕ならば絶対にやらない挑戦だろう。

損得を第一に考えてしまえば、こんな 危険(リスク) を負うのは合理的じゃないからだ。

小心者の僕は、百パーセントの『勝率』と絶対の『安全』がなければ、迷宮を進むのが怖くて仕方ない。

しかし、それももう やめ(・・) だ。

百パーセントの『勝率』と絶対の『安心』なんて幻想だ。

身に滲みてよくわかった。世の中に、百パーセントなんてものはない。ありえない。

そうやって、安全マージンとか余裕とかを考えるから、いつもいつも一手遅れるのだ。それどころか、その最善だと思ってやったことが裏目に出てしまって、色々な人に迷惑をかけてしまうことのほうが多かった。

だから僕は危険を背負ってでも、道を急ぐことに決めた。

かつては怖くて走ることすらできなかったけれど、いまの僕ならば駆け抜けることができるはずだ。

ああ。残り十六層程度――、飛ばして飛ばして飛ばしまくってやる。

「ふ、二日間……、寝ずに進むのか……」

ただ、僕の覚悟を決めた顔を見て、ライナーは不安そうだった。

「いや、多く見積もってそのくらいって話だよ。いまの僕たちの身体能力で本気で走れば、色々と短縮できるからね。上手くいけば一日で終わると思ってる。……僕は『舞闘大会』でそれ以上のことをやったから余裕あるけど、ライナーのほうは厳しい?」

「いや、こっちも寝ないのは得意なほうだ。……だけど、寝ていない状態で集中力を保てるかと言われると、ちょっとな」

僕の場合、眠気が一週回ってしまえば逆に神経が鋭くなる。眠いほうが強かったと、ラスティアラに言われたほどだ。

だが、ライナーはそうでないらしい。

眠気との相性は人によるようだ。

しかし、それは予想通りだったため、すぐに用意していた代案を説明する。

「……なら、ライナーはいくらか休んでもいいよ」

すぐさま前言を撤回した僕を見て、ライナーは困惑する。

「いや、迷宮で休むのは無理だろ。というか、休まずに行くって話じゃなかったのか?」

「厳密には、仕切り直しはしないってことかな。一度ヴィアイシアへ戻って、また五十六層からやり直し――というのはしない」

「けど、ヴィアイシアに戻らないと休めないだろ。流石に迷宮の中で気を抜くのは無理だ」

「ああ。だから、片方だけ《コネクション》でヴィアイシアに戻って休憩を取ろう」

「片方だけ?」

「ああ、休息を必要としている片方だけがヴィアイシアに戻る。で、残っているほうは迷宮で《コネクション》を一人で守る」

「ああ、そういうこともできるか……」

ようやくライナーは納得の表情を見せる。

危険の高い方法だが、成功したときの見返りは大きい。それを彼も理解しているのだろう。

「上に戻れば戻るほど、《コネクション》の防衛は楽になるから、そんなに難しい話じゃないと思うよ」

もちろん、失敗の可能性はある。

しかし、もし僕が防衛に失敗して迷宮に取り残された場合は、もう一つ《コネクション》を作って帰ればいいだけだ。ライナーが取り残された場合は、ヴィアイシアにいるロードとノスフィーに頭を下げて救出を手伝ってもらうしかないが……。

「この休息方法が上手くいけば、今回の探索で確実に地上へ戻れると思う」

「一応、色々考えてたんだな。けど、あのキリストがここまで危険な方法を選択するってことは、よっぽど本気なんだな」

「うん、本気で急いでる。……いや、本当は最初からこうするべきだったんだ」

『 最深部の誓約者(ディ・カヴェナンター) 』には感謝しているものの、気の緩みを誘発したのは間違いない。かつて、不眠不休で最深部まで走り出しそうになったときの焦燥感を、久しく忘れていた。

やはり、完全に信用できる力なんて、この世にはない。

どんなものも使い方次第で毒にも薬にもなる。

「キリスト、ちょっと道が暗くなってきたぞ……」

今回の探索方針を話しているうちに、僕たちは五十六層の奥深くまでやってきていた。依然として光属性のモンスターが中心だったため、戦闘になることなく順調に進むことが出来た。

しかし、ここにきて目に見えて回廊の明るさが変わってきた。

進めば進むほど光量が減少し、ときおり切れかかった電球のように点滅しているところもある。それは光属性という安全圏が途切れることを示しているように見えた。

「ああ、気をつけて進もう。ノスフィーが言っていたように、そろそろ敵の属性が変わってくるかもしれない」

襲ってこないのは光属性のモンスターだけだ。

より警戒を強めて、暗がりの中へと突き進む。

そして回廊の明るさが、いつもの薄暗さまで落ち込んだところで五十五層に続く階段へと辿りつく。階段を上る前に、軽く《ディメンション》を飛ばす。

五十五層に待ち受けていたのは光輝くモンスターではなく、六十六層付近に出てきたかのような獰猛な風属性のモンスターたちだった。少し天井は高めで、見慣れた岩作りの不衛生な回廊だ。

「ライナー、ここから先はモンスターが襲い掛かってくると思う。できるだけ敵は避けるつもりだけど、それでも全部は避けられないから頼む」

「ああ、わかってる。いつも通り、前衛は任せてくれ」

ライナーを先頭にして、僕たちは五十五層へと下りていく。

そして、《ディメンション》で算出した最短ルートを通って地上を目指す。敵の知覚範囲は上層のハイグリーンエレメントを目安にしている。十層近く浅いこの階層ならば、あの広い知覚範囲を超えはしないだろうという予測だ。

その途中、当然だが光の階層と違って順調に進めないところが出てくる。どうしても、避けて通ることの出来ないモンスターが立ちふさがっているのだ。その場合は、二人で奇襲をかけることになる。前の探索とは違い、様子見なしだ。安全よりも時間の節約を優先し、強引に押し通る。

相手となるモンスターは狼に似た獣型のモンスター。通常の狼と違うのは、その四本の足だろう。肉の脚ではなく、魔力の密集した脚で空を踏み抜いて歩いている。

【モンスター】スカイランナー:ランク52

名前はスカイランナー。

その名の通り、空を走る狼。

僕たちはスカイランナーの死角から襲いかかる。

ライナーは一直線に敵へ向かって走り、その後ろを僕が追従する。

その道すがら、余裕を持って前衛の騎士に語りかける。

「さっきの不眠不休の話、一つだけ訂正するけど……、ライナーが心配するほど僕は危険だとは思ってないよ。だって、僕たちは強くなってる。特にライナー、そっちはもう――」

襲撃を察知したスカイランナーは振り返る。

その反応速度は速く、不意打ちは成功することなく迎撃されることになる。敵を認識したスカイランナーの前脚二本が、禍々しい形の鉤爪に変形する。

ライナーは地面を走り、スカイランナーは宙を走り、交錯する。

その初撃――ライナーの双剣はスカイランナーの鉤爪と牙がぶつかり合い、お互いに後方へ弾け飛んだ。そして、続く二撃目。ライナーとスカイランナーが同じように突撃したのを見て、僕は無詠唱で魔法を発動させる。

最初の交錯を観察に徹していたことで、僕は二撃目の動きを予測する。

その情報を元に、本当に軽くだが――《ディメンション・ 曲戦演算(ディファレンス) 》で両者の攻撃の軌道を変更する。おそらく、ずれたのは一センチにも満たない距離だけ。だが、その効果は絶大だ。

「――《ワインド・フランベルジュ》!」

ライナーの全力の魔法剣だけが直撃する。

業物の双剣の鋭さが風の魔力で増幅されている。その結果、大した抵抗もなく、スカイランナーの身体は切断され、光となって消えた。

戦闘が終わり、確信を持って続きの言葉を告げる。

「――もう別次元の強さだ」

この深層であっても、ライナーの攻撃力は足りている。使っている剣の影響もあるだろうが、このあたりの一回り弱くなったモンスター相手なら、先手を取って最大の一撃を叩き込めば勝利できる。

ライナーは落ちた魔石を僕に放り投げながら、疑問で首をかしげる。

「そんなに強くなったか? ただ敵が弱くなってきてるだけの気がするんだが……。例えば 守護者(ガーディアン) たち――ロードやノスフィー、パリンクロンやローウェンさんたちと比べると、まだまだじゃないか?」

「いや、比べる相手が悪いんだって、それ……。もっとライナーは自分に自信を持っていい」

ライナーと初めて出会ったとき、彼は一桁の階層のモンスターに食われかけていた。

しかし、次に会ったときは捨て身ながらも僕に切迫して見せ、その次に会ったときは仲間たちと協力してだが僕を追い詰めた。そして、最後のパリンクロンとの戦いでは完全に才能を開花させて、肩を並べて見せた。

その上、いまは千年前の魔王であるロードから魔法を教わり、千年前の『神鉄鍛冶』持ちのレイナンドさんによって装備面を充実させ、さらにレベルが上がっていっているところだ。

これで強くなっていると言わなければ、誰が強くなっていると言うのだろうか。

「風属性の騎士として、ライナーほど完成されているやつはいないよ。例えば、こういう地形が出ても……」

話しながらも迷宮を進む足は止めない。

障害だったスカイランナーを倒し、僕たちは次のエリアに入っていた。石造りの回廊は姿を変え、さらに荒削りな道となる。壁と言うよりは崖に挟まれた状態となり、険しい岩道となっている。

もはや、平坦な道のほうが少なく、ときには断崖絶壁を乗り越えなければならない場面が出てくる。

そのとき活躍するのがライナーの魔法だ。

「――《ワインド》」

「ありがとう、ライナー」

風の浮力のおかげで、カモシカが崖を駆け上がるかのように、すいすいと崖を登っていくことができる。

ロードによって鍛えられた繊細な魔力 操作(コントロール) により、無駄な魔力と体力の消費を抑えている。自然回復で賄える範囲の風魔法なので、実質ライナーのMPは減っていない。

いまのライナーの応用力ならば、完全に水中だった三十五層でも自由に行動できるだろう。

「こうやって、上手く対応できる。対応の幅の広さは強さだって僕は思うよ。ライナーなら、やり方次第でどの 守護者(ガーディアン) とも戦えるはずだ」

これは少し言いすぎかもしれないが――そう僕は願っている。

なにせ、いま世界に存在している 守護者(ガーディアン) はアイド、ロード、ノスフィーの三人。場合によっては、同時に複数の 守護者(ガーディアン) と戦う場面もある。そのときは……――

「ほ、本当か?」

「……まず、僕と違って基本ができてる」

僕から見たライナーの強みを説明していく。

片手で数えられるほどの基礎魔法しか持っていない僕と違って、ライナーは基礎の風魔法と神聖魔法を揃えている。

学院とやらの教育の成果だろう。もちろん、その教育のせいで固定観念に囚われてしまうこともあったが、それはもう解消済みだ。

ライナーは多種の魔法を多様に扱えるようになった。

ついでに言うと、僕直伝の魔法運用(ルビを使って全力で叫ぶ)も身に付けた。

「色々できるから、相手の嫌がるところで戦える。僕は接近戦しかできないから、すごく羨ましいよ」

「相手の嫌がるところで戦う、か……。騎士としてあまりやりたくない戦い方だけど、負けられない戦いのときはそうも言ってられないしな……」

「ぶっちゃけ、後衛から援護したり指示を出す身からすると、すごくライナーは便利だ」

「初めて言われたな、そんなこと」

いままで完全特化型か性格問題型の仲間しかいなかったから、特にそう思う。

昨日身につけたスキル『指揮』を最大限発揮できる仲間はライナーだろう。というか、そのライナーと一緒に戦っていたからスキル『指揮』が手に入った気がする。

「この調子で次も戦おうか。間に光の階層を挟んだおかげで、ずいぶんと楽になってる。えっと……、次のモンスターは鳥っぽいな。さっきと同じようにやろう。ライナーは全力でやってくれ。もし下に落ちても、僕が《ディフォルト》で引き寄せる」

「了解!」

話しながら崖を登る途中、新手の鳥型モンスターに襲われる。

【モンスター】リオシェスイーグル:ランク53

二十層付近のリオイーグルに名前と姿が似ている。おそらくは上位互換だろう。

そして、足場どころか、体勢の悪い状態での戦闘となったが、僕たちに焦りはない。魔力さえあれば、落下で死ぬことはないからだ。なにより、お互いがお互いのフォローを心から信頼している。

特に警戒すべき能力を持っていなかったリオシェスイーグルは、先のスカイランナーと同じように短時間で処理される。襲い掛かってくるところをライナーが迎撃し、後ろから僕がずらすだけでいい。単調だが、敵にとっては防ぎようのない戦術だ。

こうして心臓を貫かれたリオシェスイーグルは光となり、その魔石は崖下に落ちていった。

崖での戦闘だと魔石が回収できないことに腹を立たせながら、僕たちは続く敵の襲撃もさばいていく。リオイーグルと同じで敵を呼ぶタイプだったため、結局は近辺のリオシェスイーグル全てを倒すことになった。

そして、迎撃と崖登りを繰り返すこと二十分ほど、やっと五十四層に続く階段の前に辿りつく。

慣例の《ディメンション》で軽く次層を把握したあと、すぐに突入する。崖での戦闘に苦労はなく、そして次の層はもっと楽になるとわかっているからだ。

上を目指して迷宮攻略する際の独特な感覚に包まれながら、僕たちは五十四層を進んでいく。ここも崖といった特殊なエリアがちらほらあったが、基本的には石造りの普通の回廊だ。

さらに敵の弱くなった迷宮の最短ルートを通り、最速で駆け抜けていく。こうなってくると、僕たちが気を使うのは体力と魔力の分配だ。楽になったとはいえ道のりは長い。できるだけMPは消費せずに行きたい。

その一環として、武器の変更を促す。

この一時間で何度も戦ったリオシェスイーグルが相手のときは、観察に徹していたことで確信した情報を前方に伝える。

「――ライナー! 明らかに風属性の通りが悪い相手だ! 『シルフ・ルフ・ブリンガー』を『片翼』に持ち変えて戦え! あとこいつ相手なら風魔法は節約しよう!」

「そういえば三本目があったな! そうする!!」

ライナーは器用に片方の剣を鞘に戻し、昨日新たに手に入れた剣に代える。

『片翼』は本来の力を取り戻していない武器だ。『シルフ・ルフ・ブリンガー』より数段は劣る剣だろう。単純な切れ味だけでなく、風魔法に対する 耐性(ぼうぎょりょく) もライナーは失ってしまう。

だが、それでも『片翼』のほうがリオシェスイーグル相手には向いている。

リオイーグルと同じく、風魔法は一切使ってこず、嘴と爪の攻撃が主体だからだ。ライナーの攻撃で即死せずに逃げようとしたときは、風魔法で追撃せずに、控えていた僕が投擲でとどめを刺せばいい。

魔力を節約したことで、少し戦闘時間は延びたが特に問題なく撃破する。この戦闘、僕たちはMPを全く使用していない。

「キリストが指示してくれると、すごく戦いやすいな……」

「いや、まだまだだと思うよ。スキル『指揮』の数値はまだ低いっぽいし」

「いや、前は素人のシア・レガシィがリーダーで、その前はフラン姉様がリーダーだったから……」

「その二人と比べたら、流石にね……」

おそらく、まともなリーダーと共に戦った経験がないのだろう。安心して前衛をできる状況にライナーは感動していた。

それを苦笑いで見守りながら、さらに奥へと進んでいく。

そして、後方で索敵しながら、ライナーの「戦いやすい」という言葉を反芻する。

敵のランクが下がり、崖といった独特な条件もなくなったことで、その言葉が自然と口に出たのだろう。油断は禁物だが、正直僕も同じ感想だ。

「……よし」

これから先のモンスターは何であれ、まずは 無視(スルー) することを決める。相手の能力の確認もすることなく、体調だけを気にして全力で駆け上がっていく。それが可能な領域に入ったはずだ。

「ここからは僕も前で剣を振るう。ここからは、もっともっと先に進むのを急ごう」

『クレセントペクトラズリの直剣』を抜いて、体力もMPも充実している僕が前衛に加わることを告げる。

「了解、 主(リーダー) 。異論なんてあるはずない」

全幅の信頼を置いているライナーは間髪入れずに同意した。

こうして、本格的な強行軍が始まる。

地形も敵も、何もかも無視。

珍しいモンスターや神々しい武器のある祭壇を見つけても無視。

脇目を振らずに無視、無視、無視だ。

速く。もっと速く、もっともっと速く――

そう心を繰り返しながら進み、僕とライナーは五十四層を駆け抜ける。

その後、間髪入れずに五十三層に突入し、また同じように進む。

当然だが、道中ではモンスターに背後から襲われる場面もでてきた。そのときは魔力を躊躇なく消費して、強引に先に進む。そうするだけの魔法が僕たちにはあった。

もっともっと『速く』――、『速く』『速く』『速く』――!

詠唱のように、速く地上に戻ることを願う。

その『加速』に対して、失われる『代償』は『安全』だろう。

しかし、その詠唱の効果は劇的だった。

息は切れてしまい、何度か敵の攻撃を受けはしたけれど、本来の探索時間の半分以下で攻略できているのは間違いなかった。

こうして、僕たちは迷宮探索の加速に成功する。

おそらく、理論上は最速で――

◆◆◆◆◆

そして、この強引な迷宮探索開始から四時間ほど経過した。

地上を目指す迷宮探索は、進めば進むほど楽になる。六十層台では全く思わなかったが、ようやくその恩恵を実感でき始めた。

異様な回避力を持ったモンスターもいなければ、異様な移動力を持ったモンスターもいない。特に問題なく、五十三層と五十二層も同じようにクリアした。

しかし、問題があったのはそのあとの五十一層。

またあるとは思っていたが、ここまでなかった層。

完全なる空洞の層が待っていた。

そして、六十六層と全く同じ広さと高さだと言うのに――中央に螺旋階段がない。

迷宮の半分である五十層と五十一層の狭間は、折り返しを拒む構造となっていた。

おそらく、本来は降りるのが難しい層なのだろうが、迷宮の逆走という状況が、また別の難しさを発生させていた。六十六層と違って草木一つ生えていない地面に立って、この迷宮を作ったやつに心の中で文句を呟きながら、僕は空を睨む。

睨み……少しの思考のあと、すぐに最適解を出す。

「はあ、仕方ない。《ディフォルト》を使おうか」

問題は問題だが、まだ易い問題だ。むしろ、僕たちにとっては追い風だと思おう。

上手くいけば、ものの数分で五十一層はクリアできる。このペースならば、この一日目で地上に出るのも夢ではない。

「それでいいのか? 飛ぼうと思えば、風魔法で飛べるけど」

「いや、僕のほうがMPが余ってるからね。それに途中でモンスターがうろついてるから、移動は一瞬で終わらせたいんだ。……ちょっと待ってて。――魔法《ディメンション・ 多重展開(マルチプル) 》」

次元魔法を上空へと伸ばす。

しかし、広範囲に拡げるのではなく、五十層に続く穴まで線を引く感覚だ。

魔法のイメージは『定規』。

《ディフォルト》の魔力消費を抑えるために、ミリ単位の正確さで距離を測っていく。

目を瞑り、意図的に触覚も聴覚も嗅覚も遮断し、距離を測ることに思考を特化させる。

別に上空の風や魔力の影響を考える必要もないので、測定はすぐに終わった。

石の地面から、上空の空洞の縁までの距離は……二千二百七十四メートル七十八センチ三ミリ――いや、四ミリ前後。コンマ以下の誤差は許容範囲内のはずだ。

これで準備はオーケー。

「ライナー、掴まってくれ。すぐに『飛ぶ』」

「えっ、も、もうか?」

「――魔法《ディフォルト》」

ライナーの手を取って、算出した距離に合わせて《ディフォルト》を発動させる。

かつてない長距離の空間の圧縮だが、MPの消費量は大して多くはない。この魔法の肝は空間の圧縮にあり、最も魔力を消費するのもそこだ。そのため、距離を伸ばすだけならば痛手にならないのだ。

身体が引っ張られる感覚のあと、一瞬にして距離がゼロになる。

そして、浮遊感と共に上空に放り出される。

まずライナーを大穴に投げて放り込む。僕のほうは大穴の縁を掴んで、五十層によじ登る。

こうして無事に五十層へ辿りついた僕たちは、周囲の様子を窺う。

「で、ここが五十層……。ロードの層か……」

広がる世界は一面の草原だった。

弟のアイドの層である四十層――あと、『ヴィアイシア』直近の六十六層に似た構造で、目新しさは特になかった。

風属性であることを主張するように、身体を叩くように突風が吹き荒れているが、それだけだ。

ライナーは周囲の危険を確認したあと、歩き出す。

「けど、キリスト。いまロードのやつは六十六層の裏にいるんだ。この場合、 守護者(ガーディアン) はどうなるんだ。誰も出てこないのか?」

「たぶん、そうだと思う。できれば、ここで少し休憩してから進みたいけど……」

守護者(ガーディアン) がいなければ、五十層は休憩に丁度いい層になる。

もう何時間も歩き詰めだ。できれば、小休止を挟んで足を休めたい。

層の安全確認のために歩き続けていると、徐々に雲行きが怪しくなってくる。それは比喩的な表現でなく、現実的な表現だ。五十層の中央へ近づくにつれ、迷宮内だと言うのに雲が天井に溢れ出したのだ。

そして、ついには雲から雨粒が落ちてくる。

迷宮の突風も相まって、まるで嵐の中にいるかのようだった。地面に生え並ぶ草が、大海の激流のようにうねっている。

「真ん中は雨が降ってるみたいだ。休むなら端に行ったほうが――」

休憩に適していない中央から抜け出そうとしたときだった。

嵐の中――五十層の中心に人影があった。

膝を突いていた人影が、いま丁度立ち上がろうとしている。

その光景には既視感があった。

それは 守護者(ガーディアン) の層に人間が侵入した際の『召還』にしか見えなかった。

「ロ、ロード……?」

すぐに《ディメンション》を拡げながら、思い当たる人物の名を呟く。

しかし、そこにいたのは――