作品タイトル不明
199.60層
いままでの迷宮とは違い、六十層は過去最高に整然としていた。
例に漏れることなく、ボス層である六十層は広々としていて開放的だ。
確か、十層の特色は『炎』だった。三十層は『水晶』、四十層は『草原』――そして、この六十層は『光』に全てが支配されていた。どこに目を向けても、光、光、光。大理石のような地面の上には光しかない。
ただ、六十一層の痛々しい光と違い、この層の光は優しい。
空間一杯に光が満たされているというのに、目を開けることができる。先の暴力的な光と違い、迷宮の中なのに安らぎすら感じるほどだ。
そのおかげで周囲を目で確認できる。白い地面は、タイルと見間違えそうになるほど磨き上げられている。凹凸は一つもなく、完璧に均されていた。
その美しい地面から、蛍が飛んでいるかのように無数の白い光玉が昇る。
よく見れば、光にも僅かな色の差があることがわかる。薄い光から濃い光、輪郭が虹色の光もあれば暗い光もある。
光の中に光が織り成している空間は、まるで夢の中を漂っているかのような気分だ。
それは暖かな日向の下でまどろんでいる感覚。
天国だと間違いそうになってしまうな――それが六十層。
その中央。
夢から覚めるかのように、一人の少女が立ち上がろうとしていた。
合わせて、少女の足元まで伸びた髪がふわりと舞い上がる。その髪は周囲の光と同じように、多様な色彩を宿していた。赤青黄から始まり、紫橙緑までもが混ざっているように見える。
ただ、その目を眩ませる無限の色彩は、次第に一つの色へ収束していった。色と色が混ざり合い、補色に近い茶色を通り過ぎて、奇妙な栗色に辿りつく。
見る角度によって色の深みが変わる栗色だ。不思議な髪質と髪色だと評さざるを得ない。
そんな幻想的な髪を垂らした少女の身体は幼かった。
背丈はディアくらいだろうか。その小さな身体を包むように、袖と裾にフリルのついた真っ黒な服を着ている。
肌は白く、瞳は黒い。一見すると日本人に近いが少し違う。僕の世界で言うところのハーフかクォーターのように見えた。
まず第一印象で、綺麗だと思った。しかし、それは人を賞賛する言葉でなく、自然や風景を賞賛するに近い『綺麗』だ。それほどまでに少女は人離れしていた。
その衝撃はラスティアラと出会ったときに似ている。
全ての造りに無駄がないのだ。
長い睫毛に切れ長の瞳、すっきりと鼻筋は通っており唇は小さい。ラスティアラが光り輝く少女だとすれば、この少女は闇に引き込むような少女だった。全く別種の魅力だというのに、同じ感想を抱く。そう、つまり――
――綺麗だけど、すごく胡散臭い……。
そう感じたゆえに、油断なく臨戦態勢を取りつつ『注視』する。
【 六十守護者(シックスティガーディアン) 】光の理を盗むもの
間違いない。
彼女こそ、この迷宮の六番目の 守護者(ガーディアン) だ。
「……ここが、迷宮?」
立ち上がった少女は目を細めながら呟いた。
そして、この光溢れる空間の中を見回し、六十層に侵入してきていた僕の姿を見つける。その瞬間、光を拒むため半分落ちていた少女の瞼が見開かれる。
「――あ、あぁっ、わたくしを迎えに来てくれたのですねっ」
少女は立ち上がり、僕に近づこうとして躓いた。しかし、すぐにまた立ち上がり、こちらへ向かってふらふらと歩く。
それはまるで赤子が母を求める姿に似ていた。
その余りに弱々しすぎる姿が、僕にそう思わせた。
けれど、油断はしない。
確かに弱々しい姿だが、それでも彼女はロードやローウェンと肩を並べる存在だ。
腰に下げた『クレセントペクトラズリの直剣』に手をやりつつ、少女の動向を見守る。
だが少女は僕の警戒に構うことなく、ただ近づいてくるだけだった。
感極まった様子で呟きながら――
「ああ、お会いしたかったです……。ずっと、このときをお待ちしておりました……」
その言葉を聞く限り、ティーダやアイドのような好奇心や敵意はないように感じる。近づく距離に比例して警戒は高まっていったが、その少女の漏らす言葉に比例して安堵も深まっていた。
「予定通り、あのときの渦波様の姿ですね。そして、その身体に、この身体……――ようやく、証明できます。このときを、わたくしがどれだけ待ち望んでいたことか……」
少女は僕のことを『渦波』と呼んだ。そして、僕を見る目は優しい。
知己の間柄であり、さらに友好的でもあると確信し、剣にやっていた手を離す。
「では、お願いします。わたくしに触れて撫でてください。たった一度、渦波様に撫でて頂ければ、それだけでわたくしは消えることができるでしょう。ええ、わたくしの望みはそれだけです」
少女は両手の手を組み合わせ、自らの消失を願った。
同時に僕と少女の距離はゼロになる。
その性急過ぎる展開に、息を呑む。だが、すぐに思い直して、身体に力を入れ直す。
このまま少女を撫でて六十層がクリアならば、それは嬉しいことだ。
少女の望みは叶い、僕の望みも叶う。
「わかった……」
誰も損することはないと思い、了承の返答と共に手を伸ばす。
手のひらを少女の頭の上に乗せて、その肌触りのいい髪をゆっくりと撫でる。
「ああ、ありがとうございます……」
少女は礼を言いつつ、目を細める。
撫でられている感触を噛み締めているようだ。
つま先を立てて背伸びして、心地よさげに撫でられ続ける少女。その表情から、確かに消失の予兆を感じとれた。
この日、このときこそが少女の本懐であると、何の事情も知らない僕でもわかった。
少女の細めた瞳から薄らと一粒の水滴が落ち、とある物語の幕が引かれる。
それをスキル『感応』が直感した。
――ようやく、永い永い戦いが終わった。
その確信を僕は得た。おそらく、少女も得た。
あとは彼女の成仏を看取るだけ。
そう思って僕は撫で続け、撫で続け――撫で続けること 十五分ほど(・・・・・) 。
彼女の余韻を邪魔したくないと思った僕だったが、とうとう耐え切れなくなり言葉を漏らす。
「……き、消えないね?」
その言葉に対し、少女は少し恥ずかしそうに返す。
「そ、そうみたいですね……」
少女も僕と同じ状況だったようだ。
いまにも消失するような流れだったが、全くそんなことはなかった。彼女の身体は力を失うことなくそこにある。
いそいそと少女は僕の手のひらから離れ、「なぜ……?」という言葉を繰り返す。そして、存分に疑問を繰り返したあと、必死な様相で僕の両手を握った。
「信じてくださいっ、渦波様! 決してわたくしは嘘をついてなどおりません! わたくしは、ずっと――」
「ま、待って。とても言いにくいことがあるんだけど、先に聞いてくれるかな?」
少女の言葉を遮る。
このまま幸せそうに消失するのなら、何も言おうとは思わなかった。だが、それは叶わなかった。
ならば、彼女の言葉を聞く資格が僕にはないことを告げないといけない。
僕の真剣な眼差しを見て、少女はこくりと頷いた。
彼女を刺激しないようにゆっくりと説明を始める。
「実は、いまの僕に千年前の記憶はないんだ。だから、君が誰なのかわからない。正直、何のことを言っているか全くわからない状態で……」
「え――?」
ぽかんと口を開ける少女。
「だから、改めて自己紹介して欲しいんだ。僕の名前は相川渦波。君の名前は?」
「わ、忘れてしまったのですか……? 全てを……?」
自己紹介に答えることなく、少女は事実の確認をした。
無理もないだろう。もし僕の仲間の誰かが記憶を失えば、僕も同じような顔で同じようなことを言う自信がある。
「ごめん……、ほとんど覚えてないんだ……」
だから、少女が落ち着いて考えられるように、多くは説明せず、言葉少なく頷き返すだけにする。
その首肯を見た少女は戸惑う。
ただ、戸惑いながらも、その瞳の中に理解の焔が灯っているのが見えた。
状況を受け入れ、それでも前に進まんとする意思があった。
少女が我に返るのに長い時間はかからなかった。
大きく深呼吸を一回したあと、一歩だけ退き、服のすそをつまんで一礼し始める。その所作はロードに負けぬほど 恭(うやうや) しく、気品に満ちていた。
「――理解しました。では、もう一度だけ自己紹介させて頂きますね。わたくしの名前はノスフィーと言います」
そこからの彼女には、戸惑いどころか――迷いもなかった。
◆◆◆◆◆
「――わたくしの名前はノスフィーと言います。かつて、南側の『御旗』となって戦争をしておりました。そのとき、渦波様は北側の『騎士隊長』様でした。それはまるでロミオとジュリエットの関係、悲劇的な運命が私たちを敵と味方に引き裂いたのです。その果て、わたくしは死に、渦波様は生き残って迷宮を作りました」
忘れたと言った僕のためか、確かめるようにノスフィーは自分の身の上を語り続ける。
その話と僕の知っている情報に大きな齟齬はない。
嘘をついているようには見えなかった。
「戦争の間も、ずっとわたくしは渦波様を探しておりました。死ぬまで想い続けていました。ゆえに渦波様は死したわたくしを迷宮の 守護者(ガーディアン) に選んでくださいました。そしていま、千年の時を越えて、積年の願いが果たされた――はずなのですが……。わたくしの 守護者(ガーディアン) としての役目は終らないようです。……なぜでしょう。……ええ、本当になぜなのでしょう」
言葉の端々から、僕を慕っていたことがわかる。
だが、妙だ。
僕の記憶喪失に大したショックを受けているように見えない。消えられなかったことにショックを受けているようにも見えない。
スキル『感応』をもってしても、彼女の感情の底がわからなかった。
太陽を見つめているかのように、光の奥にあるものが見えない感覚だ。
いままでの 守護者(ガーディアン) の誰とも違うと思った。
「記憶のない渦波様には関係のない話でしたね。申し訳ありません」
まるで、色々な言葉を投げかけては僕の反応を見ているかのように見える。
守護者(ガーディアン) として新たな人生が始まったというのに、余裕すら感じるのは気のせいだろうか。
一度謝ったあと、ノスフィーは特に気にした様子もなく話題を変えた。
「しかし、なぜ渦波様の記憶がないのでしょう? 直前の話では何もかも上手くいっているとのことでしたが……」
ノスフィーの未練については何もわからないが、僕についてのことは答えられる。慎重に言葉を選んでから返すことする。
「えっと……、千年前の最後、使徒レガシィのやつに邪魔されたみたいで、不完全な状態で迷宮に呼ばれてしまったんだ。あと、この時代にティアラはいなくて、眠ったままの妹が地上にいる。それで僕は迷宮を逆走中ってところだね」
「……ティアラがいなくて、妹様は眠ったまま地上に?」
「ああ」
「そうですか。それは一刻も早く地上に行かなくてはなりませんね」
お互いの状況を確認し終わったところで、遠くで様子を見守っていたライナーが近づいてくる。
「キリスト、大丈夫か……?」
穏やかに話し合っていたのを見て、戦いにはならないと察したようだ。
「このお方は?」
ライナーを見てノスフィーは紹介を促してくる。
「僕に協力してくれている騎士、ライナー・ヘルヴィルシャインだ」
「ヘルヴィルシャイン?」
名前を聞いて、少し驚いた顔を見せた。しかし、すぐに淑やかに礼をしてみせる。
「初めまして、ヘルヴィルシャイン。わたくしは南の『御旗』――ではなく、迷宮の 守護者(ガーディアン) 『光の理を盗むもの』ノスフィーです」
右手を差し出して、握手を求める。
ライナーは敵意がないことを用心深く確認したあと、その手を握り返した。
「……よろしく、ノスフィー。僕のことはライナーでいい」
握手によって互いが敵でないことを二人は証明した。
「あの……、ライナーではなく、ヘルヴィルシャインと呼んでは駄目でしょうか?」
そして、ノスフィーは握手しながら、呼び名の変更を求める。
「――っ!?」
下から覗き込むように上目遣いで聞いてきたノスフィーに対し、ライナーは過剰な反応を見せる。握っていた手を離し、天敵を前にした獣のように後方へと跳んた。そして、その両手は、いまにも腰の双剣を抜きかけている。
只事ではない反応だった。釣られて僕も剣を抜きかけたほどだ。
ライナー自身、何が起こったのかわからないようだ。険しくも困ったような表情でノスフィーに聞く。
「ノスフィー……。いま、僕に何をしようとした……?」
ただ、ノスフィーも似たような表情だった。しおらしく謝罪し始める。
「も、申し訳ありませんっ。もうわたくしの『呪い』は完全に消失したのかと思いましたが、残滓が残っていたようです。決して、あなたを害そうとしたわけではありません。どうかわたくしを信じてください……!」
「『呪い』の残滓?」
「ええ、生前のわたくしのものです。一度死という浄化をくぐったことで消えたと思っていましたが、そうでなかったようです。本当にごめんなさい、ライナー。もう二度と残滓を表には出さないと誓います」
『呪い』という言葉からリーパーの顔を思い出す。
彼女には童話に出てくる死神と同じ『呪い』がかかっていた。その内容は『認識されている間は存在できない』というものだった。それと似たものをノスフィーは抱えていたらしい。
リーパーの解除条件は『ローウェンの死亡』だったが、ノスフィーの解除条件は『自らの死亡』だったのだろうか。
ライナーは謝り続けるノスフィーに絆され、再度握手するためノスフィーに近づく。
「いや、それなら構わない……」
「ふふっ。『呪い』を失ったせいか、とても新鮮な感覚です。誰かとまともに握手できるなんて……」
長い握手だった。
「……ちょっと頭を撫でてもよろしいでしょうか?」
そしてなぜか、その末にノスフィーは撫でることを所望する。もちろん、ライナーは顔を赤くして再度逃げようとする。
「は、はあ!? なんでだ!?」
「もしかしたら、未練を果たして消えられるかもしれないのです。どうかお願いします」
だが、ライナーの手をノスフィーは掴んで離さない。強く手を握り、じっとライナーの目を見つめている。その圧力に負けて、ライナーは頷いてしまう。
「少しだけなら……」
「では」
許可を得たノスフィーはすぐに手を伸ばす。僕がしたのと同じようにライナーの頭を撫で始める。
奇妙な光景だった。気を抜けば死んでしまう迷宮の深層で、握手をしながら少女が少年の頭を撫でている。
数秒後、その奇妙な光景は終わる。
「ありがとうございます……。しかし、これも未練とは違ったようですね……」
「そりゃ違うだろうよ。僕はあんたと何も関係ないんだから」
呆れつつも恥ずかしそうな顔をしてライナーは距離を取る。いまの一連の交流で、すっかりノスフィーが苦手となったようだ。
彼の代わりに僕がノスフィーと話を進める。
「なあ、ノスフィー。君には色々と聞きたいことがあるんだ。……いや、ここじゃなくて、一度戻ったほうがいいか」
今日は六十層へ来られただけでも大戦果だろう。
まだ挑戦は一回目。焦るような段階ではない。探索を切り上げるのに丁度いい時間だと思い、《コネクション》の用意を始める。
「戻るとはどこへですか?」
「ああ、かつての北を再現した街が迷宮の裏側にあるんだ。そこを拠点に僕たちは地上を目指している途中なんだ。そこには五十層の 守護者(ガーディアン) のロードもいるぞ」
「かつての北の街……、ロード……!」
ずっと穏やかな笑みを保っていたノスフィーの表情が曇る。
「な、何か問題あるのか、ノスフィー」
「……渦波様、わたくしをロードと会わせてください」
「ま、待て。おまえがロードに何をするつもりかによる。場合によっては連れて行けない」
その変化に不吉さを感じ、《コネクション》の生成を中止する。
北の味方だった僕と親しげだったので油断していたが、彼女は千年前だと北の敵にあたる南の人間だ。『 統べる王(ロード) 』とは相容れないのかもしれない。
「お話がしたいだけです。彼女と」
「そのお話とやらの内容を先に教えてくれ。じゃないと連れて行けない。ロードは――『友達』だ。彼女に手を出すつもりなら、いまここで僕が相手になる」
もちろん、相手になるとは言っても、戦いになれば《コネクション》で六十六層の裏へ逃げるつもりだ。
僕がロードの味方であることを理解したノスフィーは、表面的には冷静さを保って語る。
「……恨みがないとは言い切れません。なにせ、わたくしを殺したのは彼女ですから。それなりに思うところはあります。ですが、それは些細なこと。蒸し返す気は全くありません。お話をしたいのは、彼女の現状についてです。場合によっては、彼女こそわたくしの未練を解消できる存在かもしれませんので」
真摯に内心を吐露しているように見える。
全ては未練を解消して消えるためだと言われると、僕も断りづらい。
ここまでのノスフィーの友好的な態度を加味して、僕は二人を会わせることにする。
「……わかった、案内するよ。けど、話すときは僕が立ち会うから」
「ええ、それで構いません。渦波様、そんな顔をしないでください。別に再び争おうとしているわけではありません」
確かに戦意は微塵も感じられない。
少なくとも、戦うために会いたいわけでないことはわかる。
「わかった。――魔法《コネクション》」
六十一層へ続く階段まで戻って、魔法の扉を生成する。
そして、僕たちは城へ続く《コネクション》をくぐり、帰る。
自分の未練がわからない 守護者(ガーディアン) を連れて――
問題なく自室に帰った僕は、すぐに《ディメンション》でロードの位置を確認する。もう今日一日の仕事は終っていたのか、ロードは城の庭に一人でぼうっと立っていた。
二人の 守護者(ガーディアン) を引き合わせるため、僕たちは城の中を進む。
途中、歩きながらノスフィーは長すぎる髪を三つ編みにしていく。器用なことをすると思ったが、地につくほど長いからこそ出来る芸当のようだ。後ろ髪を前にもってきては、手際よくまとめていく。そして、どこからか取り出したかのわからない黒のリボンで結び纏めた。
彼女の後ろ髪が大きな二房の三つ編みになったところで、僕たちは庭へと辿りつく。
ロードは来訪者に気づいて、顔を明るくする。その顔からして、ずっと僕たちの帰還を待っていたようだ。
「あっ、かなみんとライナー、お帰り――って、げぇっ! ノスフィー!?」
だが、僕の隣を歩くノスフィーを見て、下品な叫び声をあげる。
「ただいま、ロード。六十層に辿りついたから連れてきたんだけど、まずかったか?」
「ええ、もう六十層!? いやっ、というかっ、ハズレ中のハズレ引いたな、かなみん! かなみんはいいだろうけど、 童(わらわ) がやばい! やばいやばいやばい!」
叫びながらロードは全身から魔力を噴出させながら、頭のポニーテールを解いた。ふわりと翠色の髪が広がっていくのに合わせて、小さく丸めていた背中の翼もはためかせる。
そして、同色である魔力と髪と翼の三つは絡み合い、溶け合い、一組の巨大な翼へと変化した。
まるでエメラルドの粒子を噴出させているかのような星屑の翼となり、庭の木々全てを乱し揺らす。
さらにロードは尋常でない量の魔力を身からひねり出す。その魔力も、また翠色だ。翠の魔力はロードの右腕に集まっていき、一つの形を取った。
それはロードの身の丈をも超える『銃』だった。
いや、先の鋭さを見るに、正確には銃剣なのかもしれない。
この世界に銃器が流通していないことは知っている。しかし、完全に銃としか思えない形状だった。
巨大翼と巨大銃剣を身につけたロードは、まさしく五十層の 守護者(ガーディアン) と呼ぶべき怪物だった。
初めて見る姿だ。
だが、確信できる。
いまロードは完全に臨戦態勢に入ったと――
「ロード、久しぶりです。あなたに殺されて以来でしょうか」
その殺人的な魔力の波動を受けながらも、ノスフィーは怯える子猫を見るかのように優しく語りかける。
ロードは顔を引き攣らせ、銃剣の先を突きつけながら言い返す。
「い、いやーっ、殺してはないよね!? あれはそっちが勝手に自爆しただけじゃん! こっちだっていきなり呑み込まれていくノスフィー見て、びっくりしたんだからぁ!!」
「自壊するほど魔力を使わねば、あなたに勝てる気がしなかったのですから。あなたが殺したようなものでしょう?」
「でもさっ、戦争ってそういうものだよね!? 恨みっこなしだよね!?」
「ええ、もちろん。もう恨んではいませんし、戦う気もありません」
「――え、あれ? ほんとに?」
「本当ですよ」
「あ、あっれぇー……?」
ぷしゅんと、ガス欠のような音と共にロードの魔力が霧散する。
右腕の銃剣は消え、背中の翼は小さくなった。
本当に見た目でわかりやすいやつだ。
「確かに、あなたのせいでわたくしは大陸に呑みこまれました。しかし、そのおかげで助かったこともあります。あのあと、大陸に呑みこまれたおかげで、ようやく渦波様と落ち着いて話すことができたのです。なので、さほど恨んではいません」
「あー、戦争も何もかも終わって、迷宮作成中のときかな? そこできちんとかなみんと話し合えたんだ? な、なーんだー、解決済みなら解決済みって先に言ってよー」
戦闘にならないとわかった瞬間、ロードは旧知の友を迎える体勢に入る。広がっていた髪を纏め上げてポニーテールに戻し、ノスフィーに擦り寄る。
「全てのわだかまりは消えました。あなたと争う理由はありません。……何より、いまのわたくしと貴女とでは、もはや別人すぎるでしょう?」
「いやぁ、よかったー。また泥棒猫扱いされて殺されそうになるのかと思ったよー」
「いまやあなたは北の代表でなく 守護者(ガーディアン) 、私も南の代表でなく 守護者(ガーディアン) 。同じ 守護者(ガーディアン) 同士、仲良くいたしましょう?」
「は、話がわかる! ノスフィーと会話が成り立つ! いやーっ、お姉ちゃん、感激だよぉお! うんうん、平和が一番だよね! いやぁ、やっぱりやり直しっていいなー! そうだよ。くっだらない立場さえなかったら、みんな分かり合えたんだよ! いま、それが証明されたときだね!!」
「ですので、わたくしもここで暮らさせて欲しいところなのですが……」
「いいよいいよー。この魔王城の好きな部屋で好きなだけ滞在していいよー」
「……魔王城。やはり、ここはヴィアイシア城なんですね」
ノスフィーは周囲を見渡し、この城の本来の名を当てた。やはり、生前に訪れたことがあるようだ。
「やっぱり、南の救世主様として、『 ここ(ヴィアイシア) 』は許せない? ヴィアイシアの平和なんて見たくない?」
「…………? いえ、そんなことはありませんよ。平和はよいことです」
「ん、んー? ならなんで、前はあんなに北へ戦争ふっかけてきたの?」
「世界平和のためです」
「世界平和のためなら、なんで 童(わらわ) の邪魔したんだよー。こっちだって、世界平和のためにがんばってたのに!」
「世界平和の形なんて人によって違うってことでしょうね。おそらく、最後の一人になるまで世界平和なんて実現しないものだったのでしょう。ふふっ、本当に無駄な戦争でしたね」
「い、言っちゃう!? 当時のトップがそれを言っちゃう!?」
「わたくしは正しいと思ったことをやっていただけであって、そこまで世界平和に対する熱はありませんでしたから……、北や南の国に対する未練は特にありませんね。どちらかと言えば……」
ノスフィーはヴィアイシアの城でなく、ロードを熱心に見つめる。そして、また下から覗き込むようにして、甘えた声で頼む。
「ロード、わたくしのことを褒めてくれませんか?」
その要望は誰も予期せぬものだった。ロードは首をかしげて確認を取る。
「褒める? 童(わらわ) がノスフィーを?」
「ええ、貴女がいいのです。貴女にこそ、あの戦いでのわたくしの頑張りを褒めて欲しいのです。そうすれば、わたくしは未練を果たすことができるやもしれません」
ライナーにねだったように未練を盾にしてお願いする。
守護者(ガーディアン) のルールを知っている以上、ロードはそれを断ることができない。
「が、頑張ったねっ、ノスフィー。超強かったよー?」
「…………」
ぎくしゃくとした賞賛をロードは口にして、それを笑顔でノスフィーは受け入れる。ノスフィーは何も言葉を返すことなく、少しの間、その賞賛を噛み締めていた。
ロードは自分の賞賛に自信がなかったのか、おろおろとしながら次の言葉を探していたが、先に言葉を見つけたのはノスフィーだった。
「ロード、ありがとうございます。少しだけ浮かばれました。……しかし、これも未練とは違うようですね」
「そりゃそうじゃないかな? 敵である 童(わらわ) が褒めても……」
「敵である貴女にこそ、最も褒めてもらいたかったのです。ずっと誰かに認めてもらいたかったので」
「いや、誰もがノスフィーのことは認めてたでしょ! 童(わらわ) だってノスフィーのことを認めてるよ! 本当に強かった! えぐかった!」
「ふふふ……」
ロードとノスフィーは両手を握り合って、かつての因縁を解消していく。いまここにいるのは友達になったばかりの女の子二人にしか見えない。
これが千年前の戦争のトップ同士の和解であり、歴史的瞬間であることはわかっていても実感が全く沸かない。
正直、子供のままごとのようにしか思えない。
放っておけば、どこまでもいちゃいちゃし続けるだけだと思い、僕は二人の話に割り込む。
「ロード、仲直りしているところ悪いんだけど、色々とノスフィーには聞きたいことがあるんだ。千年前の僕との関係や『呪い』についてとか――」
「えぇええっ!? か、かかかかなみん、もしかしてノスフィーのことを忘れてるの!?」
信じられないものでも見るような目を、ロードは僕に向けた。
千年前のことは覚えていないと、すでにロードには言っている。なぜそこまで驚いているのか、僕にはわからなかった。
「あ、ああ。でも、千年前のことはほとんど忘れてるから仕方ないだろ?」
「かなみん、妹ちゃんのことは覚えてるんでしょ? な、なら、ノスフィーのことも覚えてないと、その、駄目でしょ……?」
「そう言われてもな……。僕が思い出せたのは、妹と使徒たち、あとはティアラくらいだし……」
僕がわかる千年前の人物の幅は狭い。
それを聞いたノスフィーの顔色が変わる。
「―― ティアラ(・・・・) 」
その呟きを聞いたロードは慌てながら批判を続ける。
「わ、 童(わらわ) を忘れているのはいいけどさっ。せめて、ノスフィーのことだけは思い出そうよっ。ティアラは覚えてるんでしょ? なのに、ノスフィーは忘れちゃったの? ほ、本当に何も覚えてない? 少しも?」
「いいのですよ、ロード」
問い詰めるロードをノスフィーが制止する。
場の空気が張り詰めていくのがわかる。けれど、その理由がわからない。千年前のことを覚えている二人の目だけが厳しく、僕はわけがわからず置いていかれている。
「よくないよ! 同じ女の子として、こればっかりは見過ごせないよ! 他の何を忘れようと、かなみんはノスフィーだけは忘れちゃ駄目でしょ! だって、だってさ――!!」
初めて見る形相でロードは叫ぶ。
そして、食い違う認識を正す一言が奔る――
「ノスフィーはかなみんの『お嫁さん』じゃん!!」
「……は?」
――およめさん?
度重なる戦いで百戦錬磨となってきている僕の脳でも、その五文字を理解するのに時間を要した。
時が止まったかのような錯覚と共に、爽やかな風が大庭を駆け抜ける。
葉と葉の擦れる音だけが聞こえる静寂の中、僕は立ち尽くす。
あ、あぁ、つまり――ノスフィーは始祖カナミの妻だったってことか。
その言葉の羅列は理解した。
しかし、内容が難解すぎるためか、その意味までは理解できない。
なぜか、死の間際で大活躍するスキルたち――『感応』と『 最深部の誓約者(ディ・カヴェナンター) 』が久しぶりに同時発動する。
親友と始祖のもたらした最高のスキル二つは、凶悪なモンスターたちと戦っていた迷宮攻略中ではなく、このタイミングで最大の警告音を鳴らす。
目の前には、頬を膨らませて怒るロード。
その隣には、物悲しそうに微笑むノスフィー。
僕の背後には、大口を開けて「うわぁ……」と漏らすライナー。
徐々に難解な方程式が紐解けていき、意味の理解に近づいていく。
―― ノスフィーは僕の嫁(・・・・・・・・・) 。
突飛で脈絡がなさすぎる話。それが何かの暗喩か隠語か、数千の憶測が一瞬で頭の中を飛び交ったが、いまの状況に適する答えは一つしかない。
しかない――のだが、その意味を理解するのが怖くて、僕は硬直するしかなかった……。