軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

197.65層まで

「やっと終わったか……」

今日一日、休みなく『ルフ・ブリンガー』と向き合っていたレイナンドさんは完成を宣言する。そして、新生させた魔剣を手に持って、工房の端で黙々と作業していた僕に話しかける。

「終わったぞ、坊主。風魔法への耐性が付きつつ、風魔法を使ったときの身体の負担を減らしてくれる剣に仕上がった。エルフェンリーズを相手にする風魔法使いにとって、これ以上のものはないはずだ。それで、坊主のほうは……」

「――ええ、こちらも完璧です。防具の彩色には、ライナーの金の髪に合う色を選びました。そして、彼の貴族としての気品を損なわぬようにエレガントな細工を施し、かといって彼の少年らしさを害せぬように全体は清廉なものに統一。最後に、風魔法を使うイメージに合わせて、翠色をところどころに散りばめました。もちろん、それだけではありません。見えないところにも注意を払い、どのようなときでもどの角度から見ても最高の姿となるように工夫しましたよ」

渾身の出来だった。

自分で自分の作品に見蕩れてしまうほどだ。

胸当てや篭手だけでなく、中に着るシャツやジーンズも手抜きなしだ。さらにアクセントとなる装飾品として、マフラーや腕貫きも用意した。

もし、ファッションにうるさいセラさんが見たとしても文句一つ出ないはずだ。正直、デザインに自信はなかったが、アリバーズさんの言葉を思い出すことでそこは何とか補完できた。

英雄のライナーを思い浮かべると、それに相応しいデザインが自然と頭から湧いて出てきたのだ。やはり、デザインで一番重要なのは、その人が着ている姿を想像することだ。

「な、何をしているのかと思っていたが、こんなものを作っていたのか。放っておくと、坊主はこうなるのだな。……まあいい。装備が直っているのは間違いない。……少し趣味は悪いがな」

「え? 趣味が悪い……?」

「いや、年寄りの趣味には合わんというだけだ。若い者なら構わんのだろう。……おそらくな。ああ、おそらくだ」

「ふふっ、着るのはライナーですからね。きっと、彼なら完璧に着こなしてくれますよっ」

確信と共に拳を握り締める僕を置いて、レイナンドさんは修復された装備のチェックをし始める。そのついでに、裁縫で作成された衣服も手に取った。

「しかし多芸だな、坊主。裁縫もできるのか?」

「ええ、簡単なものなら作れます。たぶん、僕はこっちのほうが性に合ってますね」

「いい才能だ。武具なんて物騒なものが作れるより、ずっといい」

話しながら、レイナンドさんは全てをチェックし終えた。最高峰の鍛冶師の目から見ても、僕が仕上げた装備は納得できるものだったらしい。大きく頷いて、僕の肩を叩く。

「うむ、どれもいい仕上げだ。すぐにでも持って帰って、試着させてくるといい」

「はい、そうしますね。今日はありがとうございました。レイナンドさん」

完成した武具を『持ち物』へと入れて、僕は一礼して工房を出て行く。

昨日より少し帰る時間が遅れている。おそらく、もうライナーは城へと戻って夕食の準備にとりかかっているはずだ。

昨日と変わらない街並みを歩き、昨日と変わらない声をかけられる。それにいつも通りの対応をしながら、駆け足で城へと帰っていく。

そして、辿りついた城の自室には、料理を並べ終えていたライナーとロードが待っていた。扉を開けた僕は、開口一番に『持ち物』から取り出した服を見せつつお願いする。

「ライナー! 服を作ったんだ! ちょっと着てみてくれないか!?」

「……ふ、服?」

いきなりの提案にライナーは困惑したが、すぐに一人で納得して僕の作った衣服を手にと取ろうする。

「ああ、なるほど。エルフェンリーズと戦うための特殊な服なんだな?」

「え? 服のほうは普通のだけど?」

「え?」

疑問と共に、ライナーの手が止まる。

二人で硬直していると、横からロードが冷静な疑問を飛ばしてくる。

「あれ? かなみん、じーさんのとこで鍛冶技術を教えてもらってるんだよね? なんで服を作ってきてるの? しかも、あまり迷宮とは関係なさそうなやつ」

「――っ!?」

め、迷宮とは関係ない……?

我に返る。

確かにその通りだ。

服作りが鍛冶よりも百倍楽しかったせいか、いつの間にか本来の目的を忘れてしまっていた。いま重要なのは迷宮攻略であり、仲間の見栄えに気を使うような場面ではない。

だというのに、時間のほとんどを服作りに費やしてしまった。

「ぼ、僕は一体……」

「武器防具だけじゃなくて日常生活品の服にも手を出してるってことは、かなみんってば、なんだかんだで長期滞在を覚悟しちゃってる?」

「……あ、ああ、そんなところかな。服代も馬鹿にならないからね」

ロードの話に乗っかることで、自分で自分に言い訳をする僕だった。

だが、ライナーの疑惑の目は消えない。

「キリスト……」

貴重な時間を浪費した僕を責めるような目だった。

ライナーに落胆されたくない僕は、慌てて服を放り出して、修復した武具の話へと移る。

「いや! この服はついでだよ、ついで! 今日は迷宮攻略用のアイテムも一杯作ったから! こっちも見て!」

『持ち物』から修復したものたちを取り出して、それを部屋の中へと並べていく。

それをロードは興味深そうに眺める。

「おー、それなりにいいものができてるね。これ、一からかなみんが作ったの?」

「いや、元からあったものを修復しただけだよ。ここまでのものは、まだ僕には作れない」

「……ふーん。しかし、変なものばっかりだね。なんていうか、ごてごてしすぎというか、趣味が悪いというか」

「え?」

僕がデザインした服や装備を手にして、ロードもレイナンドさんと同じ事を言う。一人だけならば感性の違いと言えるが、二人となると話は違ってくる。

しかし、その二人は千年も前の人間だ。時代遅れどころか千年遅れのセンスと言えるだろう。いまどきの流行についていけていない可能性がある。

一縷の望みを託し、きっとライナーだけは気に入ってくれると期待をこめて目を向けたものの――

「なあ、キリスト。これ、全部僕の装備なのか……?」

「え、うん。そのつもりだけど……」

「これを全部身につけたら、舞台に立つみたいな格好にならないか……? 迷宮探索で使うには目立ちすぎる気がする……」

「う、うん……。そうかもね……」

オブラートに包んでくれたが、ロードと同意見であることは表情から察することが出来た。

僕は僕の作ってきた装備の趣味が悪いという事実を受け入れ、素直に頷き返す。

「次に作るやつは、もっと大人しい装飾にするよ……」

「そうしてくれると助かる……」

ま、まずい……。

生産者として一歩前へ進んだ代償に、ライナーの僕に対する信頼が磨り減っている気がする。どうにかしなくては……。

そんな僕たちの暗い空気を嫌ったのか、ロードが声を張り上げる。

「まっ、終わっちゃったことを気にしても仕方ないよ! それよりも、いまはご飯。ご飯を食べようよ。かなみんを待ってたせいで、 童(わらわ) ってばお腹ぺこぺこだよ!」

「そうだね。早く食べようか……」

ロードの提案に従い、新しい装備の話を打ち切り、僕たちは夕食を食べ始める。

これといった特別なことはなかった。昨夜と同じように軽く談笑をしたあと、魔法の訓練をして、そのままロードは帰っていった。

その訓練のついでに、エルフェンリーズを倒したことで溜まった経験値を消化して、僕のレベルアップを行う。もし、ライナーが神聖魔法を修めていなければ、レベルまで縛られていたところだ。レベルアップできる環境に感謝しながら、『表示』を確認していく。

その途中、ボーナスポイントという言葉が目についた。

【ボーナスポイント】ボーナスポイントを1獲得しました。

【スキルポイント】スキルポイントを1獲得しました。

本当に好きだな、こういうの……。

『世界奉還陣』で過去の記憶を見たおかげで、このシステムを作ったのは自分であるとわかっている。

おそらく、『 魔力変換(レベルアップ) 』の応用で、余った魔力を臨機応変にどこにでも継ぎ足せるようにしたのだろう。その発想はわかるが、間違いなく個人的な趣味が暴走しているのがわかるシステムだ。

幼い頃の失敗を思い出す気分で、僕はポイントを『魔力』と『次元魔法』に注ぎ込む。

あとはライナーと明日の予定をすり合わせて、一日は終わりだ。

しっかりと今日のエルフェンリーズとの戦いの詳細を伝え、明日の戦いの戦法を練る。

もちろん、深夜の魔法の訓練をしない。体調を整えることに集中するためだ。

もう準備は十分だ。魔法の種類は増え、道具も装備も整い、レベルも上がった。

六十六層は偵察済み――どころか、一度エルフェンリーズを倒して、その魔石でライナーの剣の強化を行った。これ以上ないくらい万端だろう。

その完璧な状況をライナーに伝えたところ、少しだけ僕の信頼が回復したように見えた。明日は六十層まで行こうと目標を設定し、僕とライナーは眠りにつく。

そして、地下生活の三日目が過ぎ、四日目の朝を迎える――。

◆◆◆◆◆

自室に《コネクション》を置いて出発する。

仕事ではなく迷宮攻略のために、僕とライナーはヴィアイシアの街を歩いていく。

そして、迷宮の六十六層に続く扉の前で、最終確認を行う。

「扉に入ると同時に作戦決行だ。タイミングを間違えるなよ」

「わかってる。キリストの用意してくれた剣のおかげで、風魔法の調子がいい。安心してくれ」

そう言って、ライナーは双剣を抜いてみせた。

その右手には風魔法を強化する新生した魔剣。

【シルフ・ルフ・ブリンガー】

左手には水晶魔法を操れる 守護者(ガーディアン) の宝剣。

【アレイス家の宝剣ローウェン】

そして、神鉄鍛冶によって再生した千年前の軽兜と胸当て。

【コールアウター】

【アルルコンフェイス】

さらに、ライナーが元から持っていた魔法道具の数々。

ついでに、僕が裁縫した自信作の服。

まさしく、現段階の最強装備だろう。

ちなみに、僕の装備は『クレセントペクトラズリの直剣』と二種類のタリスマンだけだ。

昨夜話し合った結果、真っ向勝負するのはライナーの役目になったので、こういう配分となった。

僕の攻撃手段は不意打ちからの《ディスタンスミュート》だけだ。正直、攻撃力も防御力も必要としていない。

探索のメインはライナー。サブで僕が魔法のサポートをする形だ。

職業で言えば、ナイトのライナーが前衛で、スカウトの僕が後衛と言ったところだろうか。氷結属性の才能を失い、攻撃手段が減ったので仕方ない配置だ。

「よし、行くぞ。ライナー」

「ああ、いつでもいい」

最終確認を終えた僕は、扉へと手をかける。

そのとき、僅かな違和感を覚え、ふと空を見上げる。

いつも通りの黒い空だ。だが、色ではなく、他のところに違いを感じた。

空が揺らいでいるように見える。まるで嵐の前日に激動する雲のように、黒い空が不自然に動いていた。

「どうした、キリスト?」

扉を手をかけたまま動かない僕を見て、ライナーは疑問の声をあげる。

「いや、ちょっと空が変だなと思って……」

「ここの空は最初から変だろ?」

「そうだけど……」

ライナーも僕と同じように空を見上げた。しかし、僕と違って違和感があるとまではいかないようだ。

気にしすぎだと思い、上げていた顔を戻して扉へ向けなおす。

「ごめん、変なこと言って。それよりも、いまは迷宮だね」

「……キリスト。もしかして、緊張してるのか?」

「そりゃするよ。一回でも間違えたら、そこで人生終了なんだからね」

趣味を全開にしている迷宮製作者のせいでゲームのような真似ばかり続いているが、この挑戦に やり直し(リセット) はない。セーブもなければロードもない。

命を賭けた一回勝負だ。緊張しないはずがない。

「へえ、キリストでも緊張するんだな……」

「始祖とか言われていたみたいだけど、僕だってただの人間だよ。それも臆病で小心者だ」

「……そうか」

僕が等身大の人間であることを伝えたのを最後に、無駄話を終える。

「それじゃあ、今度こそ行こう……!」

そして、「三、二、一……」とカウントダウンをしたあと、扉を勢いよく開け放ち、僕たちは駆け出す。

六十六層の開放的な『空』の空間へ入ったのと同時に、すぐ二手に別れる。

僕は次元魔法を構築しつつ、ライナーは風魔法を構築しながら全力疾走だ。

当然、上空のエルフェンリーズは僕たちの存在に気づく。だが、まだ動かない。

エルフェンリーズの行動は単純だ。六十五層へ登ろうとして近づいてきたものを迎撃するだけ。

しかし、僕たちは六十五層の螺旋階段を壊したくない。あれがなくなると、無駄なMPを消費せざるを得なくなるからだ。

なので、螺旋階段から遠いところで勝負を決める計画を建ててきた。

上手く行けば、昨日と同じように一撃だ。

「『空から導かれる道』『天へと続く道』――!」

ライナーはロードから教わった軽い詠唱を口ずさみ、周囲の風を支配下に置いて行く。

魔法構築が進むにつれ、六十六層の風が歪んでいく。

その魔力の濃度は、かつてのライナーとは比較にならないほど濃い。

いままでライナーは風魔法を補助として使ってきた。あくまでメインの攻撃は剣にしてきたのは、単純に風魔法では攻撃力が足りなかったからだ。

しかし、いまの彼は違う。

ハイリの魂を受け継ぎ、レベルが上昇し、魔力は跳ね上がり、 守護者(ガーディアン) アイドとロードから魔法を師事し、詠唱という技術を身につけ、風魔法を補強する魔剣を手にした。

あらゆる要素が絡み合い、その風魔法は何段も上の次元に至っている――

「――『吼え唸れ、千の大剣よ』!」

ゆえに、現代にはない千年前の大魔法が蘇る。

塔のように大きな風の大剣が、数え切れないほど生成され、六十六層の平原へ立ち並ぶ。何もなかったはずの大平原に森一つ生まれたかのように見えるほど、その魔法は巨大で荘厳だ。

「――風魔法《タウズシュス・ワインド》!!」

そして、ライナーの口から魔法名が告げられる。

発射台から飛び立つミサイルのように、無数の風の大剣たちが順に空へと駆け上っていく。

「――っ!!」

放たれた千の魔法を感じ、エルフェンリーズは迎撃に移る。

まず、雄たけびと共に竜の風を発生させて、防御壁を作った。

魔法と魔法――風の壁と風の剣がぶつかり合い、せめぎ合い、 蒼空(そうくう) が歪んでいく。

だが、いつまで経ってもライナーの魔法は壁を抜くことは出来ない。確かに彼の魔法は何段も強くなったが、それでもランク67のエルフェンリーズはさらにその上をいっていた。

風の壁にぶち当たって風の剣が次々と消えていく中、僕とライナーは予定通りであることを笑う。

エルフェンリーズの作成した風の壁は下方にしか作られていなかった。意識が地上のライナーに向けられているのは間違いない。

ライナーは壁を突破することはできない。けれど、エルフェンリーズにとって無視できない存在になっていた。その一瞬が狙い目――

「――《ディフォルト》《ディスタンスミュート》!!」

魔法の衝突を確認したあと、ライナーの遠くで魔法を唱えて跳躍し、がら空きの背中へと移動する。

そして、間髪入れずに紫色に発光する右腕をエルフェンリーズに突き刺す。

あとは以前と同じ手順を踏むだけだ。

今度は完全に思慮外からの一撃だ。さらに二度目ということでエルフェンリーズという存在への理解も深まっている。

抗う時間など与えることなく、僕はエルフェンリーズから『魔石』を抜き取ることに成功する。

「――ッグ、ガアアアアアア゛ア゛アア゛ア゛ア!!」

二度目の断末魔の咆哮を聞きながら、エルフェンリーズは光となって消えていく。僕の身体が空へと放りだされてしまうが、不安は一つもない。

「――《ワインド》」

下で待っていたライナーが魔法で風のクッションを作る。いつかのスプーン浮かしと同じ原理だ。

その巧みな魔力操作のおかげで、僕は無傷で地面に足をつく。

「ありがとう、ライナー」

「ふう……。作戦成功だな。色々と不足の事態に備えてたけど、すんなりと上手くいった」

「魔法の相性のおかげだね。まあ、《ディスタンスミュート》も《タウズシュス・ワインド》もエルフェンリーズ用に身につけた魔法だから、エルフェンリーズによく効くのは当然だけど」

「その《ディスタンスミュート》って魔法があれば、でかぶつ相手に苦戦することはなさそうだな」

僕たちは成果を確認しながら、『ハイスカイベリル』を拾い、草原を進み、無傷の中央螺旋階段を登り始める。

消費したMPもきっちりと確認する。

今回使った魔法は《タウズシュス・ワインド》《ディフォルト》《ディスタンスミュート》が一回ずつ。僕のMP消費量は200程度、ライナーは50程度だ。たったこれだけの消費で安定して六十六層を突破できるとわかったのは大きい。

頭の中の計画表に、その数字を記しながらライナーとの話を進める。

そして、螺旋階段を登りきり、六十五層の手前で足を止める。

「――《ディメンション》」

まず僕が突入前に次元魔法を広げる。

六十五層へ入った瞬間にエルフェンリーズのようなでかぶつに襲われるのを防ぐためだ。

しかし、その心配はいらなさそうだった。

六十五層の造りは、六十六層とまるで違ったからだ。

六十六層は空と見紛うほど、がらんどうな層だった。

それに対して、六十五層は詰まりに詰まっている。

下地となっているのは六十六層の『空』と同じだ。しかし、いま足につけている階段と同じものが、縦横無尽に空へ張り巡らされているのだ。もちろん、螺旋状の階段だけではない。

縦横斜め方向へまっすぐと伸びる階段もあれば、曲線を描いた階段もある。

その入り組んだ階段の集合は、立体的な迷路を演出していた。

その立体的な階段迷路をまともに歩けば、日が暮れるのは間違いないだろう。それほどまでに階段は複雑に入り組んでいる。とはいえ、僕には《ディメンション》による問答無用の索敵能力があるので迷うことはない。階段から階段へ飛び移ってショートカットを繰り返すだけで、すぐに次の層へ辿りつくはずだ。

そこらじゅうに飛んでいるモンスターを無視できればの話だが――

「次は階段だけで作られた立体的迷路みたいだね……。道自体は問題ないんだけど、周囲を飛び回るモンスターが怖いなぁ……」

「どんなモンスターがいるんだ?」

まず『注視』することで名称を確認する。

【モンスター】リザードフライア:ランク61

ハエのような羽を目視不可能な速度で動かし、自由自在に空を徘徊するトカゲだ。

体長は一メートルほど。エルフェンリーズの大きさと比べると、かなり小型だ。

だが、油断はできない。なにせ、ランクは変わらず六十台。しかも、その数たるや、先のライナーの魔法よりも多い。ぱっと感じたところ、直径一キロメートルの中に十匹は飛んでいる。

六十五層のどこをどう歩こうと、絶対にリザードフライアのどれかに見つかるのは間違いないだろう。

「空飛ぶトカゲが一杯だね。特徴はないけど、ランクがすごく高い」

「外見から強さは測れないか。なら、まずは一匹だけと真っ向から戦ってみないか?」

「んー、それしかないか……」

正直、見た目だけで考えるなら勝てる気がする。

エルフェンリーズのときは、真っ向から戦って勝つイメージなんて湧かなかった。けれど、こいつならば剣だけでも勝てそうだ。

僕とライナーは臨戦態勢で六十五層へと踏み入れる。

視界の中に敵はいない。構造上、隙間だらけの階層だが、階段が入り組みすぎているため遠くの様子はわからない。

《ディメンション》で単独で飛んでいるリザードフライアを一匹だけ補足し、二人で襲いかかる。

「合わせろ、ライナー!」

「わかってる!」

ふわふわと飛んでいたリザードフライアに、挟み込む形で剣を振るった。

その剣閃は鋭い。なにせ、僕もライナーも地上では剣聖と肩を並べられる腕前だ。そして、扱う剣の数は違えど、流派は同じ。その呼吸は完全に重なっている。

およそ、生物には避けられない太刀が三つ――だというのに、それをリザードフライアは、ふらりと軽く避けて見せた。

「え――?」

「なっ――!?」

敵の動きが特別速い訳ではない。

しかし、木の葉が落ちるかのように自然な動きで、三つの刃の間を縫ったのだ。

それは軽い羽毛が、速過ぎる剣圧に押されたかのようにも見えた。

しかし、それはありえない。

僕もライナーも、スキルの値で見れば達人の域だ。

落ちる木の葉や羽毛程度ならば、容易に斬れる。つまり、リザードフライアは剣圧を利用して避けたのではないということ――目で見てから、身体を動かして避けたということだ。

「こ、こいつ!」

それに気づいた僕は、敵が遥か格上であることを直感する。

おそらく、ステータスの速さに絶望的な差がある。

しかし、リザードフライアは僕たちに考える間を与えることなく反撃へ出た。狙うのは正面にいた僕だった。その動きもまた、木の葉が落ちるに似たゆらりとした動きだった。

剣を払って追い返そうとするが、それをリザードフライアは必要最低限の動きで避ける。

ふらりと。

「や、やば――!」

悪態を言い終える前に、リザードフライアは僕の懐に潜り込み、その薄く鋭い羽が僕の肩に触れた。

相手が 守護者(ガーディアン) だろうと、そう易々と触れさせることはなかった僕の身体が裂かれる。

痛みはなかった。

紙の端で指を切ったかのように、抵抗なく肉が裂けた。

その傷の深さは二センチほど。

もし、手を狙われていたら、指二本は切断される深さだった。

動脈まで達した傷から、鮮血が噴出する。

背筋が凍るのと同時に、恐怖に駆られて叫ぶ。

「ライナァアアー!! いますぐこいつを吹き飛ばしてくれ!!」

――あと少し反応が遅かったら、腕を落とされていた。

それもあっけなく。

たったの一呼吸でだ。

その事実にライナーも気づいたのだろう。

大量の魔力を消費した風魔法を放つ。

「――《ゼーア・ワインド》!」

突風が襲いかかる。羽を使って空を飛ぶものならば、絶対に無視することはできない風の奔流だ。

ゆえに僕もライナーも安心していた。ひとまずは距離を取れると。

だが、その予期は裏切られる。

ぶうん、と。

リザードフライアは羽を動かして音を鳴らした。

それは言葉にはなっていなかったが、『詠唱』であり『魔法宣言』だった。《ディメンション》がリザードフライアの魔力構築を感じ取っていたため、それを理解できた。

そして、ライナーの《ゼーア・ワインド》が『 魔法相殺(カウンターマジック) 』される。リザードフライアの羽から発生した柔らかい風が、渾身の風魔法をあっさりと掻き消したのだ。

それを見た僕は迷いなく指示する。

「か、勝てない! 退こう!!」

「りょ、了解!」

二人でリザードフライアから距離を取ろうと大きく後退する。

しかし、それを敵は許してくれない。

僕たちの獣より速いバックステップに、リザードフライアは容易についてくる。その動きだけは落ちる木の葉ではなく、ハエを想起させる加速だった。

その緩急ついた動きに驚き、反射的に僕は剣を振るう。

しかし、当たらない。

あざ笑うかのように剣閃の横を通って、また僕の身体を裂こうとリザードフライアは再度襲いかかってくる。

《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》によって、なまじ見えるから恐ろしい。あと数瞬の後、僕の胴体は真っ二つになる。それがわかる――

「――《ゼーア・ワインド》!!」

見かねた隣のライナーが咄嗟に魔法を放つ。

あまりに乱雑な魔法構築だったが、マジックアイテムである指輪の一つを消費することで、なんとか突風の攻撃魔法としての形を成した。

その魔法に対し、またリザードフライアは羽を鳴らして魔力を練る。

しかし、ここで重要なのは、その間、リザードフライアは静止しているということだった。

羽を振動させて『 魔法相殺(カウンターマジック) 』を構築しているからだろう。

おそらく、こいつは移動と『 魔法相殺(カウンターマジック) 』が同時にできない。

「ライナー! そのまま、絶え間なく魔法を! 強くなくてもいい!!」

「――ああ! 《ワインド》、《ワインド》、《ワインド》ッッ!!」

リザードフライアの動きを縛ろうとする風が、何重にもなって吹き荒れる。それをリザードフライアは、律儀に全て『 魔法相殺(カウンターマジック) 』しようとして羽を鳴らす。

完全に敵の動きが止まった。

その隙を突いて、僕たちは全力で逃げる。

もちろん、その勢いのまま、六十六層まで駆け戻った。

六十六層の螺旋階段の上でリザードフライアを振り切ったのを確認し、僕たちはへたれこむ。

「はぁっ、はぁっ……! 死ぬところだった……!!」

「な、なんだあいつ……。まるで、攻撃が通じない……」

数秒の戦いだったというのに、まるで息切れが止まらない。

心臓が地鳴りのような音を鳴らし、冷や汗が零れ落ちる。

僕たちは身体が落ち着くまで、延々と二人で愚痴を言い合った。

「ライナーのおかげで助かった。いなかったら、死んでたかもしれない」

「いや、もっと早く反応できたらよかったんだけど……。見た目に騙された……」

そして、数分後。

愚痴を言い合った甲斐あってか、思考がまとまってきた。

「――あいつ、回避に特化したモンスターか? たぶん、剣のほうは単純に見てから避けられてる。身のこなしが速い以上に、動体視力が異常だ。僕たちの剣による防御も、見てからすり抜けてるっぽい」

「そして、安易な魔法は無効化――か。たぶん、大きな魔法を使おうとすると邪魔してくるだろ、あれ。その上、あの速さだ。もし大きな魔法に成功したとしても、普通に避けられる可能性が高そうだ」

「鉄壁だね……。あと、僕の肩を軽く裂いた攻撃力もあなどれない」

「傷は速めに治しておこう。――神聖魔法《キュアフール》」

「ありがとう、ライナー……」

「ああ……」

リザードフライアの強さの分析と腕の治療が終わったところで、僕たちは無言になる。

ならざるを得なかった。

まるで相手にならない。

単純にスペック負けしている。

そして、今度は《ディスタンスミュート》の裏技が通用しないのが痛い。なにせ、触ることすらできないのだから。

その圧倒的な敵の強さを前に、自然と顔が強張る。

ライナーも僕と同様の顔をしている。

無言のまま、数分ほど過ぎていく。

その静寂を先に破ったのはライナーだった。

「キリスト、そろそろまずい。確か、一時間ほどでボスモンスターは迷宮に再度現れるはずだ。六十六層の竜が復活するまでに動かないと」

「……仕方ない。六十五層は逃走を中心に進もう。これが無理そうなら、また準備し直しだ」

「わかった」

「作戦は単純――ここから六十四層までの最短ルートを《ディメンション》で把握。あとは突っ走るだけ。近寄ってくるリザードフライアはライナーが風魔法で牽制して止める。不測の事態が起これば、即撤退。未確認のモンスターと接触しても、即撤退。これでいこう」

その戦う気ゼロのプランに、ライナーは頷いて同意する。

そして、すぐに魔法を唱える。

「――《ディメンション・ 多重展開(マルチプル) 》!」

迷宮全てを満たすつもりで次元属性の魔力を、上層へ向けて展開する。

その無作法な魔力の侵略に反応して、六十五層のリザードフライアたちが『 魔法相殺(カウンターマジック) 』を行おうとする。どうやら、濃い《ディメンション》にも反応するようだ。

空間把握に障害が出たものの、これはいい情報だ。足止めの手段が一つ増えた。

『 魔法相殺(カウンターマジック) 』のせいで、六十五層に点在するリザードフライアの周辺は把握できなくなる。しかし、敵を避けて、さらに奥まで《ディメンション・ 多重展開(マルチプル) 》を伸ばすことで、なんとか六十四層に続く階段――いや、大穴を見つける。

ついでに六十五層の全容も見えてきた。

無機質な石の階段だけで構成されているのは中央エリアだけだ。右のほうへと寄ればたくさんの滝が天から流れているエリアに入り、左へよれば大樹が空に向かって生えているエリアに入る。

滝のほうには不気味な青い鳥、大樹のほうには不気味な昆虫が飛んでいた。どちらも好んで戦いたくはない相手だ。

最短ルートは大樹エリアに寄りつつ、上へ上へと登っていく道のようだ。

そのルートを進めば、数匹のリザードフライアと遭遇するが、それは魔法で足止めするしかない。未確認の鳥や虫と戦うよりかは、百倍ましだ。

「よし、道は見えた。ライナー、全力で走れよ?」

「これでも風の騎士だ。速さには自信がある」

「じゃあ行くか……」

お互いに覚悟をすませたあと、また同時に駆け出す。

いや、駆けるとは少し違う。ジャングルジムを登るかのように六十五層の立体的な階段を進んでいく。

階段を階段として使わず、跳躍の足場として運用することで、ゴールまでの道のりを短縮する。当然、その強引な疾走によって、周囲のモンスター数匹が僕たちに気づいた。

やはり、低階層のモンスターと比べると反応できる範囲が広い。風の動きを感知しているとしか思えない。

「後方から二匹来る!」

「わかった!」

タイミングを一度でも間違えれば、身体のどこかを切断されるかもしれない。まだ奥の手があるとはいえ、その全てが通用するとは限らない。

ただのモンスターを相手しているとは思えないほどの緊張が走る中、僕とライナーは魔法を構築する。

そして、後方から僕たちよりも数倍は速いリザードフライアが、障害物である階段の間を縫って急接近してくる。その自由自在で立体的な動きに驚きながらも、何とかタイミングを合わせる。

「――《ディメンション》!」

「――《ワインド》!」

僕は索敵魔法を一点に集中させ、ライナーは風魔法を凝縮して放つ。

両方とも効果は薄い魔法だ。だが、その魔力は無視できないほど濃い。

リザードフライアの動きが、僕たちに届く直前でぴたりと止まる。

濃い魔力を感知したからだろう。羽の動きを追跡から詠唱に変えて、魔法の迎撃に移った。

「よし! このまま魔法を当てつつ、逃げるぞ!!」

「わかってる!!」

もし二対一ならば、ライナーが魔法をかけつつ、動かないところを僕が斬ろうかと思っていた。だが、二匹相手にそんな余裕はない。それにその程度の戦術でこいつを倒せる気もしない。

安全を優先して、逃走一択だ。

敵から逃げるため、全力で空中にある迷路を駆け上がっていく。

先の二匹は置き去りに出来たものの、進む先にもたくさんのリザードフライアは存在する。リザードフライアによる心臓に悪い襲撃は、まだまだ終わらない。

「――《ディメンション・ 多重展開(マルチプル) 》!」

「――《アハト・ワインド》!」

敵襲の数は増えるばかりだ。次第に僕たちの魔法も余裕がなくなっていく。

近寄ってくるリザードフライアのタイミングは《ディメンション》で感知できているとはいえ、それでも四方八方から急接近してくる敵は怖い。

弾丸の雨の中を走っている感覚だ。

とめどなく流れる冷や汗と共に、全ての敵を順に静止させていく。

数分後、追いすがってくるリザードフライアの数は二桁に達していた。いくら静止させようとも、途中で魔法で束縛するのをやめれば、また追いかけてくるのだから、数が膨らんでいくのは当然だった。一種の 列車(トレイン) 状態だ。

しかし、その全力の逃走の甲斐あってか、あと少しで六十四層へ辿りつけるところまでやってくる。

先にある六十四層を《ディメンション》で確認したところ、待ち構えているモンスターはいない。そのまま逃げ込むつもりで、僕たちは全力で逃げ続ける。

運動会の短距離走を思い出す。ただ、追いつかれたら死ぬかけっこだ。

「こっのぉおおおおお――!!」

「――キリスト、合わせてくれ! 《イクス・ワインド》!!」

後方で風が破裂した。

その魔法の効果を僕は知っている。そして、その魔法の無茶苦茶な運用方法も知っている。その爆発に合わせて、僕たちは推進力を得る。さらに後方のリザードフライアは爆発に対して構えてくれた。

それは、あと一息というところで使うには最高の魔法だった。

ライナーの上手い魔法選択によって、僕たちは六十四層に続く天井の穴へと入っていく。

そして、層と層をまたいだことで、追いかけてきていたリザードフライアたちの足が全て止まった。どうやら、低階層でのルールは深層でも通用するようだ。

モンスターは層をまたいで行動できないというルールを作った自分に感謝しながら、僕たちは六十四層で息をつく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

息切れの中、無言で弱々しいハイタッチをかわす僕とライナーだった。

これでまず二層攻略……。