軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

187.66層へ

「つまり、僕はここへ―― 落ちた(・・・) 、ってことか?」

「うんうん、そういうことだね。文字通り、本当に落ちてきたときは、びっくりしたよ」

情報の欠片を合わせていき、状況を理解する。

『世界奉還陣』は迷宮の『最深部』へと繋がっていた。それは間違いない。そして、その『繋がり』を通って、僕はここまで落ちてしまったようだ。

すぐに僕は最も大切なことを確かめる。

「なあ、ロード。僕以外に落ちてきたやつはいないのか?」

「いるよ。落ちてきたのは、かなみんとライナーの二人だね」

「他には? 女の子がもう一人いるはずなんだけど……」

「ん……? いないよ? ほんとに二人。あとでライナーに聞いたら、本当だってわかるよ」

僕は顔を歪める。

命があったことは嬉しいものの、陽滝がいなければ何の意味もない。

ロードの言っていることが真実ならば、あの大災厄とも言える戦場に陽滝だけが取り残されたことになる。もし、そうならば、いますぐにでも助けに行かないといけない。

血が沸騰しそうなほどの焦燥に駆られ――しかし、すぐに無理やり抑えつける。

そして、冷静に、こういうときのためのスキルを発動させる。

【スキル『 最深部の誓約者(ディ・カヴェナンター) 』が発動しました】

特定の感情と引き換えに精神を安定させます

混乱に+1.00の補正が付きます

この焦燥は処理しきれない。わかっている。

千年前の始祖カナミのように全てを恨んで暴走してしまわぬよう、感情を積み立てることにした。

狂乱し絶叫しながら闇に向かって走り出さないよう、上手く悪感情を切り分ける。

当たり前だが、丸ごと持っていきはしない。空にすれば楽だが、それは人間としてやってはいけないことだ。それをしてしまって、かつては痛い目に遭った。

しっかりと焦燥は残し、けれど暴走しない程度の匙加減だ。

「ふう……」

未完成だった頃のスキル『???』と違い、スキル『 最深部の制約者(ディカヴェナンター) 』は任意で調節を行える。

合理的になりすぎず、しかし感情的にもならず、最適な感情で問いをロードに投げる。

「なら、いまライナーはどこにいるんだ?」

とりあえずは仲間を確保しよう。

もしかしたら、ライナーは地上での戦いの顛末を知っている可能性がある。

「えっと……、ライナーは六十五層に向けて迷宮挑戦中だね」

「挑戦中? あいつ、一人で迷宮に行ってるのか?」

「うん。今日の朝に出て行ったから、もう少しで帰ってくるかな?」

六十五層という単語から、ライナーが地上へ向かっているとわかった。

やはり、ライナーとの合流は大事だ。ハイリに仲裁された僕たちならば、殺し合うことなく協力することができるはずだ。

「なら、あいつを待つことにするよ」

「そう? なら、待っている間、お話でもしながら城下街を散策する? お腹も空いたでしょ?」

確かにお腹は空いてきたし、『ここ』を散策もしたいところだ。

だが、できれば目の前のボスモンスターとは離れて、一人で情報収集がしたい。しかし、ロードの子供のような純粋な好意の目が、僕を掴んで離さない。

アルティやアイドのように、ロードが隠し事をしているようには見えない。

どちらかといえば、ローウェンのような純粋な 守護者(ガーディアン) に見える。先の話では、過去の僕である『始祖カナミ』はロードだけを贔屓にしたらしい。つまり、贔屓するだけの理由が彼女にはあるということだ。

未だに僕の心には、アルティとの別れが心に根付いている。

できれば、あんな別れは繰り返したくない。このロードと名乗る少女とは 親友(ローウェン) のときのように別れたい。

いまの僕に余裕はないけれど、だからといって何もかもを捨てて妹のことだけを考えはしない。それで何度も失敗した。

要はバランスが大事だ。妹のことは一番に考える――けれど、その一番以外を切り捨てるなんて 極端(アンバランス) な真似は避ける。

以前の僕ならば難しいバランス感覚だっただろう。けれど、いまの僕ならば、その繊細なバランスを取れる。それを可能にするスキルを手に入れている。

新しいスキル『 最深部の制約者(ディカヴェナンター) 』を信頼して、ロードの提案を受け入れることにする。

「……じゃあ、そうしようか。案内を頼むよ、ロード」

「うん、了解。ついてきてー」

ロードは嬉しそうに頷いて、僕の手を引く。

そして、向かうは城下街。

外へ出るため、誰もいない城を歩いていく。また長い階段と長い廊下を進み、鬱蒼としているが綺麗に整えられた庭の道を通る。その途中、僕は《ディメンション》以外の魔法を試す。

当然のように氷結魔法は構築できない。

次に試したのは《コネクション》。だが、対となる《コネクション》を保持できている感覚はない。ステータスを見た限りでも、最大MPは減っていない。パリンクロンとの戦闘で、無意識の内に解除してしまったようだ。

そして、一番手痛いのが、リーパーとの『繋がり』の切断。

多くの解除系の魔法に晒されたせいで、強固な呪いにも似た『繋がり』は失われていた。これでは僕が無事であることすら、地上の仲間たちに伝えられない。

切迫している事態を再確認させられるだけだった。

自然と顔は歪む。

試行錯誤している内に、広い庭を通り過ぎ、城門をくぐる。

管理するものがいないので門は開けっ放しだ。

最後に橋を通りきり、街へと到着する。

その瞬間、世界は変わった。

色のない静寂の城を抜けた先は、色鮮やかな喧騒の街だった。

宝石と鉱石で彩られていた迷宮連合国とはベクトルの違う活気に満ち溢れている。

『 魔石線(ライン) 』は一つもない。代わりに、石と植物で丁寧に道の縁を取っている。石ではなく、柔らかい土の道は足に優しい。なにより、僕の本当の故郷を思い出す。

自然の匂いが強く、田舎特有の安らぎを感じる。

並ぶ家屋の作りも古い。レンガの家はほとんど見られず、木造ばかりだ。高さのある二階建てのものは少なく、平たい家が多い。

自然を切り拓いて作られたであろう連合国とは違い、『ここ』は自然と一体化して作られていた。優しい国だ。

道行く人々の質も違う。

物騒な凶器を携えた人は一人もいない。迷宮連合国では絶対に見られない光景だ。

街の平穏っぷりが、そのまま人々の装いに現れている。戦争どころか、些細な争いとも無縁な国だということが、一目でわかった。

ただ、少しだけ妙な点一つだけある。

よく注意して観察しなければわからなかったが、『見る』ことが得意な僕にはすぐわかった。橋前を行き交う人々の中に――純粋な人間は一人も居ないのだ。

驚くことに、獣人しかいない。誰もが耳か尻尾あたりに何らかの動物的な特長を持っており、ときおりほぼモンスターなんじゃないかと思える人も歩いていた。

「ロード……。これ、千年前の『北』を再現してるんだよね?」

「そうだよー」

「獣人ばっかりだ」

「いまは獣人って呼ぶらしいね。千年前は魔人って言われていたんだけどねー。千年前の『北』は獣人たちの最後の楽園だったんだよ」

何でもないようにロードは言う。

その話に少しだけ影を感じ、詳しくは聞かないことにする。この街はそういうものだと思うことにする。

ロードの話が本当ならば、これが千年前の『北』の王国……。

興味深く周囲を見回しながら歩く。

「かなみん! じゃあとりあえず、何か食べに行こっか。美味しいところ知ってるから、連れてってあげる!」

慣れた様子でロードは街の中へ紛れ込もうとする。

しかし、周囲の注目は避けられない。

比較的愛嬌のある兎耳や犬耳の獣人から、全身が鱗に覆われた 蜥蜴人間(リザードマン) まで、ありとあらゆる獣人さんたちの目が僕たちへ向く。

ここでは、全うな人間である僕のほうが少数派のようだ。

だから珍しく思われているのかなと思っていると、一人の猫耳少女が走りよってきた。その後ろには親御さんかと思われる猫耳の大人の女性が立っている。迷宮連合国では、猫耳少女は一人しか見たことがない。この様子だと、ここでは獣耳は多そうだ。

「ロード様ー! こんにちは!」

「こんにちは。今日もいい天気だね、ベス」

いい天気?

いや、完全に曇ってるんだけど……。

これがゲームなら、完全に魔王とかに支配されてそうな黒い空なんだけど……。

けれど、ベスと呼ばれた猫耳少女は黒い空を見上げて、笑顔で答える。

「うん、いいお天気! ――それよりっ、ねえ、ロード様! こっちの人が例の!?」

その指は僕へと向けられていた。

「うむ。我らが魔王軍、近衛騎士団長のかなみんだ!」

「す、すごい! やっぱり本物なんだ! あの伝説の! けどすっごい普通だね! まるで人間みたい!」

「よーく、感じてごらん。かなみんは間違いなく、最強の『魔人』だから」

「うわぁ、ほんとだ。すごい魔力……!」

少女は憧れるような表情で僕を見る。

僕は愛想笑いを浮かべるしかできなかった。

「団長様が起きたって、みんなにも言ってくるね!!」

少女は猫のように走り去っていく。

入れ代わりに、他の人たちも近づいてくる。ずっと声をかけるタイミングを見計らっていたようだ。少女の純真な挨拶が、彼らのきっかけになったようだ。

モンスターのような風貌の人も混じっているため、愛想笑いが固まってしまう。鳥のような翼を持つ者や魚のような鰭を持つ者、本当に様々だった。

「へえ、この方が近衛騎士団長様……? 伝説とは、かなり姿が違うような……」

「だが、『呪術』で見る限り、人でないのは間違いないぞ」

「真の『魔人』と聞いていたが、ぜんぜん強そうには見えないな」

「何も被ってないんだな。仮面の騎士と聞いていたんだが……」

老若男女の獣人たちに値踏みされる。

それをロードが遮り、群がる人々を追い払おうとする。

「と言っても、『ここ』は平和だから騎士団長なんていらないんだけどね! ほら、珍しいからってじろじろと見ない! いつでも会えるんだから!」

周囲の人々は苦笑いと共に、それに従う。

「そりゃそうだ。騎士なんて、俺たちには関係ない話だな」

「そうね。なにせ、ここは争い一つない世界なんだから」

「それじゃあ、またね。カナミさん」

新参者の僕に軽く手を振ったあと、人々は去っていく。

珍しいけれど、ただそれだけといった様子だ。さして興味が増すこともなく、人々は散らばっていった。

釣られて僕も手を振る。

しかし、胸中は穏やかじゃない。

この幻想的な世界は歪だ。

その気味の悪さに惑わされながら、ロードに手を引かれ街中を歩く。

まるで御伽噺の中に迷い込んだかのような感覚だった。

街の外は闇。ここは存在しないはずの千年前の『北』の王国。そして、ここでは僕は『始祖カナミ』であり『近衛騎士団長』様。

パリンクロンとの戦いで『僕は僕』だと確信できていなければ、頭がおかしくなりそうだった。

「ロ、ロード、なんで僕のことをみんなが知ってるんだ?」

「そりゃあ、千年前の『北』の王国で、かなみんが有名だったからだよ」

い、一体何やってんだ。始祖の僕……。

しかし、そもそも『ここ』は千年前の『いつ』だ?

確か、思い出した記憶の中に、使徒シスと共に『北』へ向かうという話はあった。その旅の目的は『魔力を集めるため』だった。そして、魔力を集めた結果――陽滝は『化け物』になった。

『ここ』は、その間の 物語(こと) なのか、それとももっと別の時代なのか……。

ざっくり千年前と言えども、範囲は広い。

時代考察で悩んでいると、僕たちは街の中でも一際大きな家屋に辿りつく。

大きな看板を読むと、ここが『 食堂(レストラン) 』であることがわかった。

常連のごとくロードは入店し、店の奥へと案内される。

ホールの内装は酒場に近かったが、奥の個室は貴族の部屋のように豪奢だった。

「VIPルームだよ! なにせ 童(わらわ) はロードだからね!」

注文を取りにきた店員の女の子へ、ロードは「メニュー全部!」と元気に答えた。

青ざめる店員へ、にっこりと笑って追い討ちをかけるロード。

「じゃんじゃんもってきて! 回復祝いだから!」

「は、はい!」

大慌てで店員は走り去り、奥の厨房が慌しくなる。

そして、瞬く間に個室のテーブルへ料理が並べられていく。無茶な注文をすると思ったが、それにこの食堂は見事答えて見せた。同じ飲食店で働くものとして、この食堂の錬度には目を見張った。

「今日はおごりにしておいてあげるから、どんどん食べて」

「……頂くよ」

冷める前に食べようと『箸』を取る。

そこで僕は異常に気づく。

テーブルに並ぶ食事と食器が、余りに見慣れていたものだったからだ。それは連合国ヴァルトの酒場で見慣れたものというわけではない。

元の世界で見慣れていたものが並んでいることに驚く。

箸を使って、日本食のおひたしに似たものを口に入れる。

口内に広がるのは酒と醤油の味。もしかしたら、みりんも使われているかもしれない。

「美味しい……。というか、この調味料がなんでここに……」

「そりゃそうだよ。これを教えたのはかなみんだしね」

「僕が……?」

本当に何をやっているんだ『始祖カナミ』……。

懐かしい故郷の味に舌鼓しながら、僕は突っ込みを入れる。

よく見れば、店内の内装も僕の世界に近い。働く店員の衣装も、制服のように揃えられている。迷宮連合国にはなかった文化だ。

『異邦人』が地道な布教活動をしていた跡が見える。

「いや、それは置いておこう。それよりも、大事な話がある」

しかし、いまは関係のない話だ。首を振って、本題を思い出す。

やっと腰を据えることができたので、細かな確認をしていこうと思う。

「いいよ、ゆっくりと話そうか」

「ここへ来る前、僕は地上にいたんだけど……。そのとき、そこには僕とライナー、そして眠っている女の子がいたんだ。その最後の女の子を、ロードは本当に知らない?」

「んーん、本当に知らない。ここに落ちてきたのはライナーとかなみんの二人だね。もし、三人目の誰かが侵入してきたら、絶対に 童(わらわ) が気づくよ」

ロードが嘘をついているようには見えない。

その事実を噛み締めつつ、しかし冷静に話を進める。

「それでライナーだけが先に起きて、迷宮へ向かったってわけか」

「そういうこと。せっかくのお客さんだから、もっと歓待したかったんだけどね。国を挙げてのお祭りしてもいいくらい。でもライナーは拒否したんだよね。ねっ、かなみんはお祭りやらない?」

「やらない。そんな時間も余裕もない」

自然と口調は厳しいものになってしまった。

新たなスキルのおかげで冷静に努められてはいるものの、完璧ではない。

その苛立ちを見て、ロードは僕の内心に感づく。

「んー、もしかして、陽滝ちゃん関連で焦ってる?」

あえて名前は伏せていた。なのに、あっさりとロードは妹の陽滝の名前を口にした。

「……おまえも陽滝のことを知ってるのか?」

「そりゃ、知ってるよ。そのために、かなみんは世界全てに復讐しようとしてたんだもんね」

「なら、そのあとのことも知ってるのか?」

「復讐したあと? それは知らないよ。だって、その前に 童(わらわ) はかなみんに裏切られて死んだからねー」

さらにあっさりと自分の死因まで晒す。

少なくとも、もぐもぐと口一杯に食べ物をほおばった状態で言うことではない。

「そ、それ、本当か?」

「ほんとほんと」

「えっと……、もしかしてだけど、おまえは『 始祖カナミ(ぼく) 』を恨んでいるのか?」

「ううん。それはもう気にしてないよ。だって、裏切ってって頼んだのは、 童(わらわ) なんだから」

「は?」

「かなみんは 童(わらわ) の願いを叶えてくれた。そして、死後は 童(わらわ) にだけこんなにいい世界を用意してくれた。だから、 童(わらわ) はかなみんが大好き!」

「ちょっと待ってくれ、僕とお前はどういう関係なんだ? 全く見えてこないんだが……」

「んー、正直、思い出したくないから言いたくないなあ。というか記憶が完全にないなんて羨ましいくらい! あー、童も忘れたいなー……」

「でも、おまえからしか千年前のことは聞けないんだ。少しくらい――」

多くの 守護者(ガーディアン) は死に、いま千年前のことを知っているのはリーパー、使徒シス、アイドだけだ。できれば、ここで少しでも情報収集しておきたかった。

だが、ロードは潜めていた膨大な魔力を漏らしつつ首を振る。

「―― 過去なんて(・・・・・) 、 もうどうでも(・・・・・・) いいんだよ(・・・・・) 。だって、もう地上も『北』も関係ない。 童(わらわ) は『ここ』で平和を手に入れたんだからっ。だからもう、昔の願いとか世界平和とかどうでもいいの!」

笑顔でロードは言い切る

とても幸せそうに見えるけれど、けれど芯は歪だと感じた。『 世界(ここ) 』と同じように歪んでいる。

その明るさの裏に、 守護者(ガーディアン) 特有の危うさを感じる。

死ねない未練があるから、どれだけ生きようとも満足できない。けれど、その死ねない未練を自分でさえ理解できていない。悲惨で悲愴な 余死(よせい) を彷徨っているようにしか見えない。

だから、言い切ったロードにどう答えればいいのか、いまの僕にはわからなかった。

余りに僕はロードのことを知らなさ過ぎる。そして、一方的に『カナミ』を知られすぎている。刺激して、ことを荒立てないほうがいいと思った。

「わ、わかったよ……。おまえにとって、もう過去は関係ない。ここで平和に暮らしたい。それでいいんだな?」

「そういうことだね」

「それじゃあ、ゆっくり暮らせばいい。ただ、僕とライナーはすぐに出て行くことになると思うけどね」

「んもー、ライナーと同じこと言うんだからー。もっとここで遊んでいったらいいのにー」

「なら、地上でやるべきことをやったら、もう一度来るよ。そのときは一緒に遊ぼう」

「ん! 約束だからね!!」

とりあえず、穏やかに別れるため約束をする。ロードが窮を要しているように見えないので、彼女と腰を据えて向き合うのは、仲間が全員揃ってからになりそうだ。

あとは『ここ』についての確認を行いつつ、ライナーを待ち続ける。

テーブルの料理は見る見る減っていく。僕は小食だが、ロードは恐ろしい量を恐ろしい速度で消費していく。種族的な差を食事量から感じた。

聞くと「飛翼族」とロードは答えたが、迷宮連合国では聞いたことがない種族だ。スノウの親戚あたりだろうか。

ちょっと話している内に、テーブルの上のものが全てなくなりかけていた。

その健啖っぷりに釣られ、僕も付け合せのスープをすする。そして、また故郷の味に出会う。

「うわっ、本当に美味しいな。というか、これ味噌汁じゃないのか?」

「かなみんが教えてくれた料理を、さらに 童(わらわ) が街に広めたんだよ。どれも最高でしょ!」

「ああ、落ち着く……」

時間はないとわかってはいるものの、その殺人的な和み食材に圧倒されてしまう。

熱い味噌汁を胃に収め、温まった息を吐く。目を細めて、宙をぼうっと眺める。

いま僕は確かに安らぎの中にいた。

――しかし、その余韻すべてをぶち壊す音が鳴り響く。

VIPルームの扉を乱暴に開けて、金髪の少年が入ってきた。少し衣服は変わっているものの、間違えようはない。待ち人のライナーだった。

「落ちついてる場合か、キリスト……!」

開口一番に、気の抜けた僕を咎める。

ライナーは大きな足音を鳴らしながら、近づいてくる。

ロードは無礼な客人に対して、笑顔で歓迎する。

「ライナー、おかえりー!」

「ロード、城に誰もいないから焦ったろうが。書置きくらいしてくれ」

「あっ、そういえばそうだね。忘れてた」

頭をかきながら「ごめんねー」とロードは謝る。

それを呆れ顔で見つめるライナーに、僕も話しかける。

「ライナー、無事だったんだね。よかった……」

「ああ、無事だ」

僕たちが食事中だとわかったライナーは空いている席へ、無造作に座った。

「ライナー、急で申し訳ないんだけど、パリンクロンのやつを倒してからどうなったのかを教えてくれないか?」

「わかってる。すぐに説明する。早く出発しないといけないからな」

広がっている食事を摘みながら、ライナーは答える。

僕が情報を欲していることを、彼も予測していたのだろう。淀みない説明が始まる。

「あの戦いのあと、力尽きた僕たち二人は『世界奉還陣』に呑みこまれたんだ。キリストの剣を借りて、水晶で身体を守っていたから溶かされなかったけど、大陸の奥深くまで落とされてしまった。それが、『ここ』。『迷宮の裏』ってところだ」

「僕たち二人だけなのか……? 他には――」

「――悪いが、落ちたのは僕たち二人だけだ。あんたの妹は、あんたが気絶している内に地上で連れ去られた。連れ去ったのは 守護者(ガーディアン) アイドだ」

その質問も想定内だったのだろう。

ロードと違い、はっきりとライナーは疑問を晴らしてくれた。

ただ、アイドの名前が出たとき、ロードの食事が一瞬だけ止まった。『木の理を盗むもの』と『風の理を盗むもの』、二人は知らない仲でないのは間違いないみたいだ。

なにせ、アイドは『 統べる王(ロード) 』を待つと、堂々と言っていた。

「アイド……、あいつが……?」

「悪い。あの子があんたの妹だって、あのときは知らなかったんだ」

「いや、なんで 守護者(ガーディアン) が陽滝を……?」

「アイドは根っからの教師体質で、建国馬鹿だ。おそらく、建国のための人材集めだと思う。国には力が必要だっていつも言っていたからな。ロードから聞く限り、ヒタキって子はとんでもなく強いんだろ? きっと、そのせいだ」

「くっ、そういうことか……。だけど、陽滝は眠りについてる。普通じゃない呪われた眠りだ。とても戦力にはならないはずなのに……」

「あのアイドだからな……。こと戦闘用以外の魔法においては超一流だ。どうにか起こす方法があるんじゃないのか?」

陽滝を起こしてもらえるのは、別に悪くない話だ。

僕に対しては厳しい 守護者(ガーディアン) だったが、それ以外の人物には礼儀正しいやつだった。 魔石人間(ジュエルクルス) の子供たちにも好かれていたことから、ライナーの教師体質っていうのは嘘じゃないだろう。

おそらく、陽滝に対しても誠実なはずだ。

しかし、いつまでも任せてはおけない。

陽滝を守るのが僕の使命だ。

その僕の険しい表情を見て、言いたいことをライナーは察したようだ。

「ああ、そうだな。早めに地上へ戻って、全てを取り返そう。それには同意だ」

摘み食いを終えたライナーは席を立つ。

「僕も早く現人神を守りに行かないといけないからな」

そして、いままでの彼ならば絶対に言わなかったであろうことを言う。その姿は、まさしく騎士そのものだった。やっと彼は本当の自分を見つけたように見える。

「ライナー。ラスティアラとは、もう喧嘩しないのか?」

「喧嘩って、僕は殺し合いのつもりだったんだが……。まあ、あんたの言うとおり、もう喧嘩はしないさ。これからは、兄様の意思を継いで、あの女の騎士でもやる予定だ」

「よかった。それは嬉しい限りだ」

それはつまり、僕の仲間になるのと同義だ。

地上に戻ったらみんなにライナーを紹介しよう。ずっと反対していた女性陣も、いまの彼を見たら納得してくれるはずだ。

「それじゃあ、そろそろ店を出ようか。キリストにはやってもらいたいことがたくさんある。時間がないから、迷宮へ急ごう」

「ああ、そうだな。行こうか」

ライナーは部屋から出ようとするのを、僕は後ろからついていこうとする。

しかし、その途中、足がもつれて転びかける。

「っと、まだ本調子じゃないな。魔石を抜かれたのが大きい」

体調は快復したが、バランスの欠如だけはどうしようもない。二人分あった活力が、急に半分となったのだ。歩くという簡単な行為一つ取っても、不安は付きまとう。

だが、それを見たライナーは、別の理由をあげる。

「無理するな、キリスト。なにせ、一年も眠っていたらしいからな」

「ああ、そうだね。長いこと、眠ってい、たか、ら――……?」

しかし、その中の一単語が、僕の言葉を途切れさせる。

聞き捨てならない言葉だった。

「――は、一年?」

「ああ、一年だ。ロード曰く、あの戦いから、一年近く経過してる。だから、落ち着いている暇はないって言っているんだ」

咄嗟に僕は、テーブルの残り物を急いで口にかっ込んでいるロードへ目を向ける。彼女はもぐもぐと食べ物を噛み、強引にごっくんと飲み込んで説明する。

「っふう。そりゃ、いくら童でもあの硬い水晶を綺麗に割るのは時間かかるって。水晶が硬すぎるせいだよ? 童のせいじゃないよー?」

本当のようだった。

感覚的に一日くらいしか経っていないと思っていたが、そう現実は甘くなかったようだ。

命は助かったものの、それに見合う代償をいつの間にか払わされている。

一年。

陽滝やディアも心配だが、こうなると地上に残してきた仲間たちも心配だ。

数日程度なら大人しく待ってくれると思うが、一年となると話は別だ。

地上で何が起こっていてもおかしくはない。

そう不安にさせるだけの力を、彼女たちは持っている。

早急に地上へ戻らないといけない理由が増えた。

パリンクロンとの一戦を超えて、いくらかすっきりしていた頭がまた痛み出す。

やけにライナーが急いでいるわけもわかった。

「い、急ごう……!」

味噌汁を啜って、ゆっくりしている暇なんてないことを痛感した。