軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

169.逃走

「――カナミさん! いいから早くっ、そこのにやけ顔をたたっ斬ってください! わからないことは、あとで考えればいいんです!!」

冷め切っていた僕の身体を、灼熱の炎が温める。

マリアの炎だった。

シスを逃がすまいと炎を操りながら、同時に別の炎をこちらへと向けていた。

明らかに炎の勢いが急激に増していた。

もちろん、いままで手加減をしていたわけじゃないだろう。その原因は先の詠唱を聞いてわかっている。

いつかと同じように、マリアは自らの中にある『何か』を燃やし、炎を強めたのだ。

あの詠唱は『代償』を払うためのものだと、僕は知っている。だからだろうか、その炎は懐かしきアルティの魔法を思い出させた。

「過去なんて、いまは関係ありません! まずはディアを助けるんでしょう!? カナミさん!!」

マリアは叫び、いま僕のやるべきことを示す。

得意の剣で負けそうになっている僕を叱咤する。思えば彼女は、記憶が戻ってからずっと、不甲斐ない僕を叱咤し続けている。

その声に合わせ、マリアの炎は燃え盛る。

彼女の足元の炎から、『 炎蛇(ミドガルズ・ブレイズ) 』が伸びる。

以前と違い、一体や二体だけではない。八つ首の炎蛇が世界へ産まれ落ちていた。

「何を知っても、何を失っても、カナミさんはそこにいます! 誰が何と言おうと、私だけはそれを認めます! もしカナミさんがカナミさんでなくなっても、私は構いません! 一度名前を変えられたんですから、あと一度くらい変えられても同じです! だからっ、戦ってください!」

熱のこもった言葉が、パリンクロンのせいで不安定となっていた思考を一つにまとめてくれる。戦うための理由と感情が、少しずつ再構築されていくのがよくわかる。

簡単な帰結だ。マリアにだけ『代償』を払わさせ続けるのを、見過ごすことなんて僕にはできないということ。

だが闘うためには、感情の揺れは最小限に抑えなければならない。

スキル『並列思考』と『???』。

この二つのどちらかが発動してしまえば、それだけで僕は終わりだ。

だから、もう無心でいい。何も考えるな。

このくらい、もう慣れたものだろう?

だって、このくらい。ハイリと話すより前――ずっとずっと前から、

こんなふざけた世界にきたときから。

――覚悟してたことだ。

「ぁああアアァアアアアーー!!」

我武者羅な咆哮と共に、僕の剣が少しだけ力を取り戻す。

無論、『感応』は使えないままだ。ローウェンと戦ったときのような綺麗な『剣術』ではない。乱暴で大雑把な剣筋。しかし、パリンクロンを圧倒するには十分だった。

それを見て安心したマリアは、『代償』で強めた炎を少しだけ弱める。そして、こちらへ寄越した炎の蛇を手元へと戻し、シスへと襲い掛からせる。

「ディアもっ、よく見てください! キリストなんて名前にこだわらずっ、そこにいるあの人をちゃんと見てください! あの人のためにも、二人でっ、シスを抑えますよ!!」

シスの光の障壁を鷲掴むように、八つ首の炎が絡みつく。

中にいるシスの顔が歪みながら、周囲の現状を確認している。

その目はマリアだけを見ていた。もはや、僕など眼中にない。歪んだ口元を半月の形に変えて笑う。

「はっ、ははっ。なるほど、なるほどね! ……この時代最大の敵は、他の『使徒』でも『始祖』でもない……! マリアちゃんね! ――パリンクロン!!」

最後にパリンクロンの名を強く叫んだ。

シスの呼びかけを聞き、弾けるようにパリンクロンは距離を取って叫び返す。

「それはできない! 同じ『 半守護者(ハーフガーディアン) 』であるお嬢ちゃんを害するルールを足せば、それは俺にも適応される!」

「ああ、役に立たない! 仕方ないわね……。ならっ――」

シスはパリンクロンに救援要請を拒否され、顔を引き締め直した。

いいことを聞いた。『世界奉還陣』による邪魔は、マリアに対してだけはできない可能性が高い。ならば、このまま僕がパリンクロンを、マリアがシスを攻めきればいい。それで戦いは終わりだ。

パリンクロンも、その結末を予感しているのだろう。

苦悶の表情を浮かべ、焦りの色を隠せていない。

「くっ、目に見えて弱ってはいるが、前ほどじゃないな……。ここまでやっても、押し切れないとは驚きだ。いや、 このまま(・・・・) だと、押し切られるのは俺のほうか……! くっそ、あとお嬢ちゃん一人だって言うのによ!」

勢いの増した僕の剣を捌ききれなくなり、パリンクロンは別の手を考え始める。

僕は考える暇は与えまいと、剣の勢いを更に強める。

「――パリンクロン!!」

「あと一手、あと一手が詰めきれねえ。やはり端じゃ駄目かっ。当初の予定通り、陣の中心に行かないと……!」

パリンクロンの防御の剣を払い、逸らし、弾き――ついには、真上へと打ち上げることに成功する。

絶望的なステータス差がありながら、よくここまでパリンクロンも耐えたものだ。その経験と『観察眼』に感服する。しかし、これで終わりだ。

僕のとどめの剣がパリンクロンを捉えかける。

――が、そこで思いもしない方角から、第三者の攻撃が飛来してくる。

飛来してきたのは、鉄の矢だった。

『ディメンション』のおかげで、それをかわすことはできた。しかし、渾身の袈裟斬りが浅くなる。

剣はパリンクロンの身体に深く入ることなく、肉の表面を裂くだけだった。

この程度の傷では、まだ魔法を構築してくるかもしれない。

後方へ退こうとするパリンクロンへ、強引に二撃目の剣を突き出す。僕の放った突きが、パリンクロンの横腹を貫く。

しかし、そこまでだった。

横から更なる邪魔が割り込んでくることで、パリンクロンを間合いから逃がす。

「――パリンクロンさん!」

軍人にしては若い男だった。僕と比べれれば大人だが、他と比べると幼さの残る男だ。

その男が剣を振りかぶりながら、我武者羅に僕へと向かってきていた。

「――っ!」

気迫は見事だったが、致命的に動きが遅い。

戦闘にもならない。僕は 反撃(カウンター) で男の意識を断とうとする。だが、またそれを飛来する鉄の矢が邪魔してくる。

「参謀殿、行ってください! あなたは戦場に必要な人です!」

腕にボウガンのようなものを構えた男がいた。そのボウガンは『魔石』の意匠が凝らされていることから、魔法道具であることがわかる。そのボウガンの照準が僕の急所へと向けられていた。

「お、おいおい……。おまえら、俺を助けるのか?」

驚いたのは僕だけでなく、パリンクロンもだった。

刺された脇腹を押さえながら、似合わないことに呆然としていた。

そして、周囲の兵たちも、暴走した若い男たちに釣られて動き出し始める。

「――将軍殿! あなたは嫌味で最低で外道な人ですけど! それでも私たちに必要な人です!」「もう決戦は近いんです! こんなところで死んでいい人じゃありません!!」「早く最前線の本隊へ! この者らは私たちで抑えますから――」

その姿は『エピックシーカー』を思い出させた。

僕がラウラヴィアで多くの人たちと関わりを持ったように、パリンクロンもヴァルト本土で多くの人たちと関わりを持ってきたのだ。それがわかる状況だった。

その絆に感動する。平時であれば、拍手を贈るだろう。

しかし、いまは煩わしいだけだった。――仄かに黒い感情が湧く。

四方から捨て身の兵たちが襲いかかってくる。計十数人ほどの精鋭たちだ。

もちろん、全員が力不足と評さざるを得ない。

剣は弾かれ、魔法は『 次元の冬(ディ・ウィンター) 』で散らされ、迫りくる兵たちの攻撃は僕に届くことはない。僕は剣の柄を使い、兵たちを強打していって、一人ずつ無力化していく。

とはいえ、彼らも鍛えられた軍人だ。並の探索者よりもレベルが高い。そして、命をかけんとする気迫をもっているのが厄介だ。

パリンクロンが遠ざかる。せっかくのトドメのチャンスも遠のいていく。それは激しく僕の苛立ちを募らせた。

――ああ、 見たことがある(・・・・・・・) 。

身体が硬直した。

命のやり取りに慣れていない僕にとって、戦いづらい相手――ではなく、戸惑いは別のところにあった。

以前の僕ならば、それでも彼らを殺すことは選択肢になかっただろう。殺さずに目的を達成する方法を、まず考え始めたはずだ。

けれど、いまの僕は違う。邪魔をする兵が相手ならば殺すのも仕方ないだろうと、まず思ってしまった。苛立ったあと、自然に殺意が湧いたのだ。

その思考と感情の変化に戸惑い、動きに迷いが生じた。

「こちらへ将軍!」

その隙にパリンクロンは遠くへと移動していく。追わせまいと、間に兵たちの壁ができていく。

もはや見守るだけの兵は庭にいなくなっていた。

庭にいる全兵力がパリンクロンを逃そうとしていた。

そのとき、後方から叫び声があがった。

「――くっ、うぅっ、ぅあアアア!! あはっ、油断したわね、マリアちゃん!!」

「あなたっ、ディアの身体だからって! 酷いことを!!」

そこには満面の笑みのシスがいた。

左足から先を消し炭に変えながらも、白い翼を羽ばたかせて空へと浮いていた。

その様子から、シスも捨て身で逃亡を図ったのがわかる。

そして、マリアがディアの身体を 慮(おもんぱか) って、手を抜いてしまったことも――

「ふ、ふふっ、マリアちゃんがディアちゃんに優しくて助かったわ! でも、もうマリアちゃんとは二度と戦いたくないかなあ!? それじゃあね!!」

厭らしい笑顔を最後に残して、シスは背中を見せる。

「この、待て!!」

マリアは忌々しげに叫び、炎の蛇を逃げるシスへと向かわせる。

しかし、無情にも届かない。

天高く舞い上がったシスは、雲の中へと消えていってしまった。

「くっ!」

マリアは地面に亀裂が入るほど強く地団駄を踏む。

そして、すぐに僕のほうへと合流して謝る。

「すみません、カナミさん!」

「いや、謝るのは僕の方だっ。元はと言えば、僕が手を緩めたせいだ!」

お互い、強く覚悟をしてきたつもりだった。

しかし、現実はなお厳しい。お互いにまだ手を血に染めたことすらない未熟者だからだろうか、肝心なところで詰めの甘さが露呈してしまった。

ならば、もっともっと、冷酷にならないといけない――

「まだだ、マリア! まだパリンクロンのほうは何とかなる!!」

『ディメンション』によれば、パリンクロンは兵に肩を貸してもらいながら砦の外へと向かっていた。手の届かない空へ逃げたシスと違い、まだ可能性はある。

「わかりました! けど――!」

追撃せんとする僕たちを、兵たちが囲んだ。

その数は二十を越えていた。弱兵は一人もいない。

「賊どもが! 行かせはせん!!」

敵には投擲武器が多い。

背中を見せればつるべ撃ちにされるのは間違いないだろう。

僕たちが動き出す前に、迷いなく兵たちは襲いかかってくる。

後のことなど何も考えずに武器を振り下ろす兵。気を失うつもりで大魔法を構築する兵。パリンクロンに命を捧げる覚悟の兵。その迷いのない動きと決死の気迫に、僕たちはたじろいでしまう。

能力では圧倒的に上回っていると言うのに押されてしまう。なにより、シスと魔力の真っ向勝負したため、僕とマリアのMPが空に近いのが痛い。

魔法で強引に突破することができない。

「くっ、この程度の敵も燃やし尽くせないなんて!」

シス相手に魔力を空っぽにしてしまったマリアが、小さな炎を舞わせながら物騒なことを言う。僕も相手の魔法を『 魔法相殺(カウンターマジック) 』することができなくなり、身体能力の低いマリアを庇うのが難しくなってきた。

一糸乱れぬ兵たちの総攻撃が、絶え間なく続く。

兵たちの壁を突破することができないまま、一秒、また一秒と時間だけが過ぎてしまう。

『ディメンション』を見れば、パリンクロンは砦の外へと辿りつきかけていた。外には馬車が待機してある。それに乗られてしまえば、追撃は不可能に近くなる。

その間も、兵たちの特攻は続く。苛立は募るばかりだ。

だから、思ってしまう。

パリンクロンを逃がすくらいなら兵たちを殺したほうがいいのではないか、と。

彼らは兵だ。殺される覚悟で戦っている。むしろ手を抜いている僕のほうがおかしいのだ。

感情が先走り、剣を持つ手に力が入る。

パリンクロン・レガシィを守ろうとしている兵ならば――いや、 使徒を(・・・) 守ろうとしてる人間たちならば殺してしまえと、身体が勝手に動きかける。

敵対者には相応の『復讐』をすべきだと、そう思った。

焦りが殺意を増幅させ、水晶の剣が『魔力氷結化』で伸びていき、そして――

「――それは駄目ですよ、少年。『ゼーア・ワインド』」

その殺意は新たな乱入者によって掻き消される。

氷の魔剣が構築される前に、横からの風魔法によって兵たちが吹き飛ばされた。

中庭を囲む城壁の上からハイリが現れた。

なぜか、スノウの手を引いて。

「カ、カナミ、ごめんなさい……」

開口一番にスノウは謝罪を口にした。

その間も、ハイリは風の魔法を兵たちに放っていく。建物の壁へと叩きつけ、次々と失神させていく。

「落ち着いてください。せっかく、ここまで自分を保ったのです。最後まで、気を抜いてはいけません。ここは冷静に」

一瞬だけ僕は身構える。

しかし、ハイリの目に敵意は全くない。その口ぶりから救援しにきてくれたことがわかったため、僕は力を抜いた。

吹き飛ばされていく兵たちを見て、頭に上った血が冷めていく。

ハイリは冷静さを取り戻した僕を見て、微笑と共に庭の上を跳ぶ。

「パリンクロンの逃げる先はわかっています。ここで逃しても問題はありません。まずは落ち着いて、この砦を制圧しましょう」

僕の背後へと降り立ち、腰の双剣を抜いた。

そのまま、ハイリは僕の背中を守ろうとする。

不思議と、他の誰を背中に置いたときよりも安心感があった。それは聖誕祭の日、僕の背中を守ってくれたハインさんの安心感に似ていた。

僕は反論することなく、頷き返す。

なぜかはわからないが、いまのハイリには説得力があった。

まるで別人のようにも感じられた――。

そして、ハイリとスノウが加わったことにより形勢は傾いていく。

庭へ砦中の兵たちが集まってくる。だが、その全てを無力化するのに数分もかからなかった。

最後に立っていたのは僕たち四人だけ。圧勝と言っていいだろう。

だが、僕たちの奇襲作戦が失敗したのは否定しようがなかった。

パリンクロンとシス。目的の二人を取り逃がしてしまったのだから。