軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.十守護者と二十守護者

この世界において、僕は強者だ。

なぜかはわからないが、この世界は僕を優遇している。

才能において、システムにおいて、魔法において、僕は強い。

この数日でそれを理解し、決闘という名の脅しでアルケンたちを言いなりにしてみせた。

――単純に言うと、調子に乗っていたのだ。

たった数日で、この世界の熟練者たちに匹敵する力を手に入れた僕は、傲慢にも、この層で敵はいないと思い込んでいた。

けど、それは間違いだった。僕の命を脅かすであろう 脅威(モンスター) が、いま目の前で、喋り続けている。

「なかなかのスピードでハングシャドウを狩っていく人間たちがいると感じてね。様子を見にきたんだ。六人パーティーなのかなと思っていたが、違ったようだね」

ティーダと名乗った黒い液体人間は、べちゃりと地面に落ちながら喋りかけてくる。

その異様さに、僕とディアは言葉が出ない。

僕の中の警鐘は鳴り続けている。

こいつはやばい。

強者特有の一方的な語り。

余りにも不敵。

危険だ。

「そして、残ったのは面白そうな子が二人。……どうかな? ここで私の試練を受けてみないかい? 人間たちは23層まで辿り着いているものの、誰もが飛ばす20層の第二十の『試練』だ。私を倒せば、英雄になれるよ」

くつくつと笑いながら、黒い能面が語りかけてくる。

その誘いは悪魔に似て、すぐにでも背中を見せて逃げ出したくなる。

けれど、僕は冷静に、この悪魔から逃げ出す算段を頭の中で立てていく。

その間、ディアが僕の代わりにティーダと話し始める。

「お、おまえが……。あの、誰も倒せなかったっていう20層のボスなのか……?」

「いかにも」

「確かに、噂通りの姿だ……。あの人類『最強』の探索者グレン・ウォーカーでさえ、第十と第二十の『試練』だけは手が出せなかったのは有名な話だ……」

「懐かしいね、グレン君か。彼とやり合ったのは数年前かな。彼は良い線いっていたのだけれど、少しばかり足りていなかった」

このティーダというモンスターのことをディアは知っているようだ。

どうやら、探索者内で伝説になっているほどの存在らしい。

そこまでわかっているのなら、もう僕たちの取れる選択肢は一つだけだ。

「――逃げるぞ! ディア!!」

ここで危険を冒す理由はない。

本当に20層のボスというのなら、堅実なレベル上げの末に、MPも体調も万全の状態で挑むのが当然だ。

まだ、ここは5層だ。

少なくとも、今日、こんなところで戦う相手じゃない。

僕は叫ぶのと同時に、部屋から出るために駆け出そうとして、

「話の途中だ、逃がさないよ。アルティ、頼む」

駆け出す先に、一人の少女が立っているのを見て立ち止まった。

「――っ!」

そのアルティと呼ばれた少女は、ティーダに負けず劣らずの異様さを放っていた。

背の低い赤髪の少女の姿を象り、その身体は文字が刻まれた包帯のようなものでぐるぐる巻きにされている。そして、何よりも、その足が、生身ではなく―― 火そのもの(・・・・・) である。

翠(みどり) がかった炎が包帯の下から噴出し、宙に浮かんでいるのだ。

「通行止めだ」

アルティと呼ばれた少女は、異様な威圧感をもって通さない意志を示す。

僕は強行せずに少女の情報を拾う。

【 十守護者(テンガーディアン) 】火の理を盗むもの

「…………っ!!」

僕は言葉を失う。

情報通りならばこいつは、10層の番人。

だから……!

ここは5層だ……!!

「キリスト、やるしかない。俺たちならどんなやつにだって勝てる。そう俺は信じてる」

背後からディアの声がする。

挟み撃ちになったことを理解したディアは、覚悟を決めた様子で剣を抜いていた。

――駄目だ。

それはない。

ディアがやるとしても、僕はやりたくない。

これはおかしい。こいつらが本当に10層と20層のボスというのなら、この5層にいるのはおかしいんだ。

「待てっ、ディア!」

堪らず、制止の声をかけた。

そして、僕は振り返り、ティーダというモンスターと話をすることに決める。

そう。

このモンスターとは話ができるのだ。ならば、戦いではない道もあるはずだ。

「あの……ティーダさん、でいいですか?」

「呼び捨てでお願いするよ。人間とモンスターだ。でないと、示しがつかない」

「すみません、ティーダ。僕たちは『試練』なんて望んでいません。いますぐにでも、迷宮から出たいと思っているのですが……」

僕はティーダと戦う意思がないことを丁寧に示した。

「へえ、戦うつもりがないと? しかし、ねえ……。私たちは人間とモンスターだ。出会ったら戦いが始まるのは、この世の不文律みたいなものだろう?」

この野郎っ――!

口では試練を受けてみないかと誘う形ではあるが、僕たちに拒否権を与えるつもりはないようだ。

黒い液体を躍動させて戦意を剥き出しにするティーダの前で、僕は声を震わせる。

「結局は戦うつもりなんですね……。問答は無用と」

僕は会話を保ちながらディアに近づいていく。

どちらにせよ、ディアと連携をとらなければいけない。

「迷宮の『試練』とは、相応しい者のためにある。君たちは相応しい。そう私は感じた」

ティーダは獲物を前に待ちきれないといった様子だった。

僕たちを讃え、そして、その僕たちを蹂躙するのは自分だと勇んでいるように見える。

「キリスト、腹をくくろうぜ。迷宮にいるんだ。こういったこともある」

ディアも同じだった。

ティーダという強敵を前に笑っている。

かの強敵を倒すのは自分だと言わんばかりに、戦意を隠そうともしない。

ディアの無謀さが、最悪の形で露見していた。

「おお、そこの可憐な君はよくわかっているね。やはり、いい。君らはすごくいい。才能もそうだが、何よりも顔つきがいいね。君らは、かの英雄たちに、とても似ているんだ」

「確かに似ている……」

ティーダはディアの戦意に喜び、アルティは後ろで小さく呟いた。

「それじゃあ、やろうか」

そして、ティーダは最終通告を行う。

すぐに僕はディアの背後にはりつき、後方のアルティに対して構えを取った。

それを見たティーダは思い出したように言葉を続ける。

「ああ、二対二は私たちの望むところじゃない。迷宮のボスは一人じゃなきゃね」

ティーダはファッションの話をするような軽さで、自分たちの利点を半減させようとしていた。その何かしらのルールを遵守しようとしている様子に、そこから突破口はないかと僕は思案する。

「先にどっちがいこうか、アルティ。順番通りなら、1層から10層を受け持っている君が先だろう」

「いや、私はいい。まだ、私はこの世界でやることがある……。あともう少しで、あの疑念が解けそうなんだ……」

「なるほど。では、私がやろう。アルティは部屋を密閉するだけでいいよ。あの炎で塞いでくれないかな」

「わかった」

僕が戦々恐々と話の流れを窺う中、二人の化け物は楽しそうに段取りを決めていく。

隙があれば逃げ出したいが、そう簡単には見つからない。

ただ、二人の言葉を聞く限り、このまま待っていれば二対二という形は避けられそうだった。

アルティは身体から炎を噴出し、部屋の入り口と出口に黒い炎の壁を作り出す。

「『 魔石線(ライン) 』の上だから、そんなに持たないぞ。それじゃあな、ティーダ」

「ああ、ありがとう」

そう言って、アルティは炎の中に姿を消す。

ボスに挟まれているという胃の中身が逆流しそうな状況が解かれる。

けれど、彼女の置き土産によって退路がなくなってしまった。

「さあ、フィールドは整った。いまから、 ここが(・・・) 、 こここそが二十層だ(・・・・・・・・・) 。『闇の理を盗むもの』ティーダの階層だ。出張の上、急造で申し訳ないが、この炎に閉ざされた空間が二十層だと思ってくれ。そして、君たちには『第二十の試練』を受けてもらおう!」

ティーダの能面は笑った。

今度こそ本気なのだろう。

ティーダの纏う魔力が脈動し、空間が痙攣する。

ティーダに残った人間味が削ぎ落とされていき、身体が変態していく。

腕に当たるところが大きな刃へ。

足にあたるところが湾曲した獣の足へ。

「――魔法《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》!」

僕は魔法を唱えた。

その発動に合わせて、ティーダの人型を保っていた黒い液体がぐにゃりと曲がり――跳ねる。

瞬く間にティーダはディアに接近し、その手の刃を振りかぶっているのを認識する。

「ディア!」

僕は突き飛ばすことで、ティーダの凶刃からディアを守る。

「――っ! やはり、見えているか!」

ティーダが楽しそうに叫ぶ中、僕は冷や汗を流す。

敵の動きは見えている。が、身体がついていかない。

魔法をもってしてでも追いつくのがやっとという事実に、僕は戦慄する。

《ディメンション》は、いまの僕の強さの根本だ。

これが通用しなければ、もう僕には何も残らないだろう。

ゆえに『逃走』を頭の中で選択肢に浮かべる。

そして、すぐに排除する。相手の速さが上回っている以上、現実的ではないし、あの黒い火の壁が、ただの炎のはずがない。逃げるのは無理だ。

「このぉっ――!!」

僕は一縷の望みをかけて、ティーダの黒い胴体に目掛けて片手剣を一閃する。

しかし、反響するのは金属音。

僕の横薙ぎの一閃は、ティーダの変質した硬い両手に阻まれていた。

そして、ティーダは動く。

僕の剣の腹に沿って両手を振り抜く。

その振り抜く先にあるのは僕の手元。

ティーダの指狙いに対して、僕は剣を手放すことでかわす。

数瞬だけ、剣が宙に浮いた。

それをすぐ空中で握り直し、そのままティーダの顔面を突く。

一瞬の攻防だ。

《ディメンション》を使った最高の神業だろう。

だが、それをティーダはしっかりと目で見て、突きをいなす。

ついでに笑う。

「ふっ、ふふふっ! その技量、速さ、人間のトップクラスだなぁ! やはり、君は相応しい!!」

「――《フレイムアロー》!」

ティーダの黒い胴体に閃光が刺さった。

僕に突き飛ばされながらも詠唱を行っていたディアによる魔法だ。

黒い胴体に穴が空き、ティーダは硬直する。

「食らえ!!」

その隙を逃さずに、僕はティーダに肉薄して肩口から袈裟斬りにした。

「やった!」

ディアは僕たちの連携がフルヒットしたことに歓喜の声をあげる。

胴体に穴を空けて身体を両断することができたのだ。

戦いの勝利を確信した様子だった。

けれど、僕は顔を歪ませて敵との距離を空ける。

尋常ではない量の冷や汗が、先ほどから止まらない。

「――は、ははっ。それぐらいじゃ終わらないよ。なにせ、こっちはモンスターだ」

にやりとティーダの能面が歪む。

穴の空いた胴体が塞がり、さらに両腕の刃が変質する。

両手がくっつき、大きな槌に変わり、勢いよく僕の身体に襲い掛かる。

「――くぁっ!!」

線や点の攻撃を紙一重でかわすことを得意としている僕だったが、面の攻撃には弱い。

唐突に変わった相手の得物に意表を突かれ、槌の面の端が身体にかすってしまう。

かすっただけだというのに、信じられないほどの衝撃によって身体が浮き、吹き飛ばされた。

数メートルほど飛ばされ、迷宮の地面を転がっていく。

久しぶりの鈍痛が身体に走る。

そして、気づく。

《ディメンション》を使い始めて、これが最初のダメージだった。

自分の魔法への信頼に、亀裂が入っていく。

「しかし、すごいな。可憐な君の魔法、私の身体をかなり持っていったよ。すばしっこい君も良い斬撃だ。計二回は死んだかな」

ティーダは両手の槌を解き、鞭のような両腕を振り回しながら楽しそうに喋る。

僕は身体のダメージ確認しながら、相手の特性について思考する。

――ああ、実にゲームのボスらしい特性だ。

本体が別にいるのか、弱点となるコアがあるのか、有効となるのは特殊な攻撃のみなのか、口ぶりからして何度も殺さないといけないのか。より取り見取りだ。

ふざけている。

倒すために用意されたゲームのボスならわかる。けれど、これはゲームじゃない。

ゲームと同じように倒し方があるって信じていいのか。

そもそも、もう詰んでいて、倒す手段がない場合だってあるんだ。

「どうやら、私の倒し方を悩んでいるようだね。本当は教えてあげたいのだけれど、それでは君たちの『試練』にならないからね。ここは内緒だ」

くそ……。

神経を逆撫でするのが上手いやつだ。

教えたいなら教えろ――!

「キリストっ、どうすればいい!?」

「そのままでいい! 隙があれば、魔法を撃ち込みまくってくれ!!」

僕はディアに指令を出して、全力で飛びかかる。

結局のところ、情報が足りなさ過ぎる。

いま僕にできるのは――

「――魔法《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》!!」

目の前のにやけ顔をバラバラに刻んでやることだけ!

「なお速くか!」

捨て身で突貫しようとする僕を、ティーダは感嘆して迎え撃とうとする。

正直、普通にやれば僕の剣は通用しない。

なにより、僕のMPは心許ない。

何にしても短期決戦でなければならないのだ。

そのためには、賭けに出るしかない。

僕は間合いを一瞬でゼロにして、姿勢を低くする。

そして、右手で握った剣を、左の腰から抜き放つ。たったそれだけだが、それだけに全ての力と速さをこめた。魔力と体力を度外視した、全力にて全速の一閃だ。

その一閃をティーダは目で見て、右の刃で叩き落とそうとしている。

それが可能なほどに、敵の動きは速い。

僕は《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》のおかげで、その世界をコンマ一秒以下で理解していた。一ミリ以下の単位で空間の動きさえも把握できていた。

時間が圧縮されていく。

身体を巡る魔力と脳内麻薬が化学反応を起こしているような気さえする。

確かな――そして、緩やかな時間の中で、僕は熟考に熟考を重ねる。

この一瞬の攻防を制するための最適行動を叩き出し――

まず、僕の一閃を叩き落そうとしてるティーダの刃の横腹を、剣を持っていないほうの手甲で打つ。

その一ミリのずれも許さぬ技が通り、ティーダの刃の振り下ろし先が僅かにずれた。

続いて、速度を保ちつつ人間の可動限界まで身をひねる。そして、ティーダの両腕の刃を僕に触れさせることなく、かわしきることに成功する。

――結果。

僕の一閃だけがティーダの腹を両断する。

「まだっ――!」

それでも、なお油断なく、僕は手を緩めない。

ティーダの顔を刻むために剣を斬り上げる。

対してティーダは両断されながら、まだ刃を振るおうとした。僕の冴え渡った感覚が、それを次々と紙一重でかわさせる。そして、ティーダの頭部を、上から横から斜めから、何度も斬り続ける。何度も何度も何度も――

「このぉぉおおおおおおおお――――!!」

斬って、斬って斬って斬りつける。

ティーダは身体をバラバラにされて、断片を床に落とした。

その果て、黒いゲル状の物体が地面に散らばって、ぴくりとも動かなくなる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ――!」

倒した。

これが倒したのでなければ、何をもって倒したというんだ。

けれど、予感はしている。

心の端に張った氷面が溶けてくれない。

黒いゲルの一つが蠢き出し、口をかたどり、喋る。

「――カッ、カハ、ハハッ、カナワナイナ……。ハヤサデモ、ギリョウデモマケル。コウイウバアイは、マほう、魔法で対抗しよう」

「ディアァア!! 撃てぇええええ――!!」

恐怖と共に叫んだ。

「塵も残るな!! ――《フレイムアロー》!!」

僕の叫びに合わせて、ディアの一際力の入った魔法が撃ち放たれる。

その《フレイムアロー》は、いつもの一瞬で貫く類ではなかった。

範囲を広く、照射時間を長くしたもので、もはや別魔法に近かった。

圧倒的な熱量が、地面に散らばったティーダの身体を焼き払っていく。

けれど、宣言通りに塵も残さないとまではいかない。

いくらかの断片は残り、それが蠢き、一箇所に集まっていく。そして、ティーダの詠唱が完成する。

「フ、フフッ。――マホウ《 心 異・闇 洗(ヴァリアブル・カーズ) 》」

その魔法を唱え終えた瞬間、僕の視界に黒いカーテンがかかる。