軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

133.子供以下恋愛

相川渦波は誰が一番好きか……。

その答えは――

「だ、誰だろう……? 陽滝は妹だし……、そういえば、元の世界に一人くらいいなかったっけ……? 誰か一人くらい……、あれ? いないのかな……? な、なら、残るは――」

――ラスティアラ?

可能性があるのはラスティアラだけだろう。

僕はラスティアラ・フーズヤーズが一番好き だった(・・・) 。それは聖誕祭前夜の一件から確かだ。

しかし、スキル『???』で分解と再構成を重ねたせいで、その気持ちは原型を保てていない。怒りの感情は残っていても、胸を高鳴らせる恋心までは残っていない。歪な感情の残骸が残っているだけとなっている。

ラスティアラが好きだったと理性でわかっていても、感情が追いついてくれない。どうしても、あの頭がぶっ飛んでいる少女を愛おしいとは思えない。

考えども考えども、生まれてくる感情は恋心よりも怒り。

感情を弄んだスキルへの怒りが最優先で湧いてくる。

「くっ……、思った以上に重症だ……。まずいな……」

そのせいで、相川渦波はラスティアラが好きという自信が持てない。

さらに、それを解決しても、まだ一番の問題が残っている。

僕の一番の目的は恋愛問題の収拾だ。その理想の収拾方法は、僕が誰かと恋仲になること。だが、あのラスティアラが僕を好きだとは思えない。むしろ、あいつに恋愛感情があるかどうかすら不安だ。話によれば、ラスティアラは三才なのだ。普通に考えれば、まだ情緒が未発達の段階だ。

思い悩む。

自分の恋心とラスティアラの恋心。両方とも曖昧だ。

ゆえに、この二つを早急に確認しないといけないと思った。

僕は早めに行動することを学び、胸に決意していた。そして、自分に嘘をつかないと、ありのままに話をすると、そう誓った。

意を決して、自室ではなく、ラスティアラの部屋へと向かう。

会って、話して、確かめよう。

後悔する前に動くべきだ。

足早に歩き、ラスティアラの部屋へ辿りつき、ノックをする。

「僕だ。ちょっと話があるんだけど」

「ん、んー? 入っていいよー」

眠たげな声が返ってくる。

僕は遠慮なく部屋の中に入る。

女の子の部屋だと思うと少しどきどきするが、まだ一日目だ。僕の部屋と同じく最低限の家具が揃っているだけで、女の子らしい特徴は一つもない。

その家具の中の一つ――木造の机の前に座って、ラスティアラは羽ペンを走らせていた。

机の上にある蝋燭の灯火に、ラスティアラは照らされている。その姿を見て僕は顔を赤くする。

彼女はいつもの上着を脱ぎ捨て、薄着一枚になっていたのだ。

ただ、ラスティアラ自身は気にしていないようなので、僕も気にしないように心がける。

「何を書いてるんだ……?」

ラスティアラが夢中になっているものが気になり、僕は声をかける。

「ふふー。よく聞いてくれました。これ、私の手記。まとまった量になったら、いつか英雄譚にでもするつもりなんだー」

「へえ、面白そうなことしてるな」

「というわけで英雄ラスティアラ様の冒険を後世に残すため、こうして寝る間も惜しんでいるわけだよ」

「ちょっと、後ろから見せてもらってもいいか? 話はあとでいいから」

「いいよいいよー」

ラスティアラは、むむむと眉間に皺を寄せながら書き続ける。

僕はそれを見守る。とりあえず、今日の分の手記を書き終わるまでは待っていようと思った。

僕とラスティアラは仲間でもあるが、気心が知れている友人でもある。沈黙は苦にならないし、一緒に居るだけでどこか楽しい。

待ち時間のあいだ、僕は『持ち物』から飲み物を取り出す。ラスティアラにも飲み物を薦め、ゆっくりと過ぎていく時間を待つ。

そして、短いとも長いとも感じない不思議な時間は過ぎさり、ラスティアラは書き記すのを終える。

「っはあー、やっと一区切りついた」

「お疲れ」

ラスティアラは立ち上がって、肩を回して身体をほぐす。

少し疲れているように見える。よく見れば、目の下にうっすらと隈ができており、その至高の美貌を損なっていた。

少しふらついているようにも見える。あのラスティアラがだ。

「ラスティアラ、疲れてるのか……?」

「んー、まあそこそこね」

返事も弱々しく感じる。

僕は悩む。

疲れているラスティアラに、さらに疲れそうな話はすべきでないかもしれない。

しかし、最低限のことだけは伝えておくことにする。今、ラスティアラが消耗しているのは、聖誕祭が終わってからずっと戦い続けたからだ。

まず、その原因になったことを謝らないといけない。

「なあ。その、聖誕祭のことなんだが……」

「聖誕祭?」

「ごめん、ラスティアラ。あの大聖堂であれだけのことを言っておきながら、結局、僕は何の責任も果たせなかった……。本当にごめん」

「……ははっ、そうなんでもかんでもできるわけないじゃん。カナミは英雄じゃないんでしょ?」

しかし、ラスティアラは笑って気にするなと言った。

懐かしい。聖誕祭が始まるまで、このラスティアラの明るさに僕は救われてきたのだ。

「そうだね。僕は英雄じゃない……」

「カナミは英雄じゃないけど、私の物語の『主人公』を精一杯やってくれたよ。カナミは私に『私であること』を教えてくれた。それだけで感謝が一杯」

「けど、その後、フーズヤーズの追っ手からおまえを守ってやれなかった……。それどころか――」

「――契約は『私を楽しませること』。別に『英雄』をやれなんて言ってないよ。むしろ、それは私の役目なんだから取らないでよね」

ラスティアラは僕に謝る切っ掛けを掴ませない。

彼女が謝罪を望んでいないことを悟り、僕は心を落ち着かせて頷いた。

「そっか……。わかった、もう言わない。お礼だけ言っておくよ」

ラスティアラは僕の「ありがとう」という言葉を満足そうに受け入れる。

そして、僕とラスティアラは一緒に微笑み合う。

僕は理解する。

仲間なのだから助け合うのは当然であり、謝られても困る。そうラスティアラは思っているのだ。その立派な考え方に僕は感服する。

無言で微笑み合うだけの時間が流れる。

心地良い時間だ。

やはり、僕はラスティアラと居るときが一番安らぐ。

そう思った矢先だった。

ラスティアラは天の邪鬼のような顔になって、わざとらしく声を出す。

「――あっ! そういえば、記憶なかったとき、何でも言うこと聞くって約束してた! ような!?」

「え、え? 何でも言うことを? そんな約束してたっけ……?」

僕は記憶を掘り返す。そして、見つけてしまう。

確かに約束をしていた。ローウェンと一緒に大会登録したときだ。

「私を『ヴアルフウラ』から連れ出してくれるかどうかで賭けてたよね。へへー、あれ、私の勝ちだよね?」

「あ、ああ……。言ってたけど、あれは流石に卑怯じゃないか……?」

「駄目っ、約束は約束だよ。んーと、何して貰おうかな……?」

途端に感じていた安らぎが霧散していく。

ラスティアラが提案してきた今までの前科を思い出すだけで、僕は頭が痛くなる。

「んー、なかなか思いつかないなあー……」

「思いつかないなら、なかったことにしないか?」

「待って、待って待って。今、思いつくから!」

ラスティアラは慌てた様子で、頭の中から搾り出そうとする。

僕は脂汗が止まらない。ラスティアラが悩んだ末に出す答えなんて、ろくなものじゃないに決まっているからだ。

そして、頭のぶっ飛んでいるラスティアラが、うんと悩んだあとに出した答えは――

「――じゃあ、 抱擁(ハグ) でもしてもらおうかな?」

――意外なものだった。

余りに似合わない、可愛らしい要求だ。

「は、はあ? 抱擁(ハグ) ……?」

僕は気の抜けた声を返す。

「うん、抱っこだよ。ぎゅーっと抱きしめてみて。こう、物語の主人公が、ヒロインにするようなかんじでさ」

「な、なんでだ!? なんで抱っこ!?」

ラスティアラは真剣にジェスチャーで指南を始める。その彼女らしくない要望に、僕は困惑する。

「えっと、なんて言えばいいのかな……。こういうのが英雄譚のお約束だからだよ。いつか、英雄譚を書くときの参考にしたいから、一度はやっておきたいなー、なんて?」

「ああ、英雄譚の参考か……」

テーブルの上にあるラスティアラの手記に目を向ける。

おそらく、この執筆は彼女の夢の一つだ。それに協力するということなら、恥ずかしさも少しは軽減される。だが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

僕が返答に戸惑っていると、ラスティアラは顔を少し残念そうにする。

「だ、駄目なら、無理にとは言わないけど……」

「駄目とは言ってないだろ。別にそのくらい構わない。ああ、そのくらいならっ。そのくらいなら大丈夫だ!」

自分でも驚くくらい、ラスティアラの悲しい顔が見たくなかった。

遠ざかっている間は気持ちも落ち着いていたが、いざ目の前で話していると鼓動が速まっていくのがわかる。

「そ、そこまで気合入れなくていいよ……? 試し、これは試しだからさ……」

「ああ、試しだ。試しでいこう……」

僕とラスティアラは落ち着いて確認し合う。

これは確認だ。

勘違いしてはいけない。

これは彼女の書く物語のためだ。

そう言い聞かせながら僕はゆっくりと手を伸ばし、ラスティアラの身体を胸に抱く。

上手い方法はわからない。けれど、かつて元の世界で見てきた創作物を必死に思い出して、ラスティアラの望むような英雄譚のワンシーンをできるだけ再現してみる。

左手をラスティアラの後頭部に当て、引き寄せる。

気恥ずかしいので見つめあう形を避けて、ラスティアラの頭を僕の頭の隣に置く。耳と耳が触れ合う距離で、僕たちはお互いの鼓動を聞き合う体勢となる。

指先や胴体から、ラスティアラの体の感触が伝わってくる。

ラスティアラの髪の匂いが鼻腔をくすぐり、どくんどくんと脈打つ音が互いの全身に響き合う。絹よりも滑らかでマシュマロよりも柔らかい感触が、触れる肌を通して伝わってくる。

もちろん、抱き合う形となっているため、ラスティアラの胸が僕の胸へと押し当てられている。ラスティアラの吐息が耳にあたり、脳裏に彼女の綺麗な唇が思い浮かんでしまう。

身体を巡る血液が熱を持ち始め、鼓動が大きくなっていく。

徐々に、徐々に、膨れ上がっていく胸の高鳴りは――

――これ以上は まずい(・・・) 。

勢いで抱きかかえてみたものの、もう限界だ。

気恥ずかしさのまま、僕はラスティアラを突き放そうとして――

「これで、もう……、寂しくないかな……」

凪のように穏やかな声だった。

ラスティアラは嵐を乗り越えたかのように安心しきっていた。初めて聞く声色に、僕は突き放す手を止めてしまう。

そして、僕の思っている以上に、ラスティアラが無理してきたことを知る。

笑って「気にするな」と言えども、フーズヤーズで僕と離れたあと、彼女が大変だったのは間違いない。

このくらいで彼女が安心できるのならと思い、ぎゅっとラスティアラを抱きしめ直す。

ラスティアラは僅かに声を漏らしたあと、ゆっくりと呟く。

「ああ、やっと……。これで私の物語の一章はハッピーエンドかな……」

ラスティアラの身体からこわばりが消える。

そして、その全てを僕に預ける。その重み全てを、僕は受け止める。

それは彼女の激動の戦いが、ようやく終わった瞬間だった。その戦いの過酷さを察し、ラスティアラが満足するまで、このままでいようと決意する。

何ものにも邪魔はさせないと誓い、全神経をすり減らしながらも、スキル『???』を遠ざける。

そして、抱き合ったまま、時は刻まれていく。

計りようのない幽玄のような時間は、穏やかに過ぎ去っていった。

ラスティアラは小さく「ありがと」と言い、身体を僕から少し離す。

密着していた身体が離れ、名残惜しい心臓の音が遠ざかる。

丁度、目と鼻の先にお互いの顔がある距離となる。

僕たちは鼓動でなく、視覚で互いを確認して、―― 我に返る(・・・・) 。

「…………っ!」

「…………っ!」

本当は、くだらない口約束の延長で試すだけのつもりだったはずだ。なのに、まるで恋人同士のように抱き合っていたことに、お互い気づいてしまう。

ラスティアラは目を見開き、耳を赤く染めていく。

たぶん、僕も同じ状態だ。

「え、いや、あの、なんだろ? こういうの見るのはいいけど、やるのはきついね!」

ラスティアラは言い訳するかのように、今の行為を否定し始める。

「あ、ああっ。物語だとよくやってるやつだが、終わってみると変な感じだな! やっぱり、試しだとこんなものかっ! 試しだと!!」

僕も協力して、言い訳に言い訳を重ねていく。

「うん、試しだしね! いやあ、試しにでもするもんじゃないね、これ!」

「ああ!」

その言葉を最後に、僕たちは無言になる。

ちなみに、お互いに耳を赤くして肩をつかみ合っている状態だ。

動いてしまうと暴発してしまいそうで、僕は微動だにできない。

これから、何を言えばいいか、何をすればいいか全くわからない。おそらく、ラスティアラも同じだろう。

先ほどの計りようのない不思議な時間とは別の意味で、計りようのない気まずい時間が過ぎていく。

長い時間が過ぎ、部屋のテーブルに置かれた蝋燭が揺らめく。

あと少しで蝋燭が尽きるのが見え、とうとうラスティアラが我慢しきれずに叫ぶ。

「――な、なにこれ! なにこれっ!!」

顔をりんごの様に真っ赤にして、僕の肩をぶんぶんと振る。

僕もラスティアラと同じく叫びたい。けれど、叫べない。

すぐ傍にスキル『???』が這いよってきているのだ。

少しでも気を抜けば発動してしまう。そう確信できるほど、スキル『???』が近い。

僕は動けない。

ようやく取り戻しかけている感情の火種を守るため、ここで発動させるわけにはいかなかった。

荒れ狂う感情を制御することで手一杯となり、一歩も動けず、一言も喋れない。

その間もラスティアラは存分に僕の身体を振り回し、顔を俯ける。

「 違う(・・) ……、 これは違う(・・・・・) ……! これじゃ駄目(・・・・・・) ……!!」

首を振る。

お腹から吐き出すように、何もかもを否定する。

僕は暴走し続けるラスティアラが見ていられなくなり、錆びた機械のようなぎこちなさで彼女に触れようとする。

「み、見るな! カナミ、こっち見るな!!」

しかし、ラスティアラは僕の手を払い、触れられることを拒んだ。

僕は突き飛ばされ、距離が空く。

丁度、お互いの顔が見合わされる距離だ。

ラスティアラの顔は歪んでいた。

その笑顔とも泣き顔とも取れない表情に、僕は困惑する。

「あぁあァアアーーー、ああっ、もうっ!」

ラスティアラは顔を両手で隠して背中を向けて走り出す。

そのまま、部屋の窓から外へ飛び出す。そして、器用に船の側面を駆け上って逃げ出していく。

僕は途中まで『ディメンション』で追いかけていたが、ラスティアラの逃げ出した意図を汲んで、すぐに魔法を解く。

同時に部屋の蝋燭が、ふっと消える。

僕は一人、ラスティアラの部屋に取り残されてしまった。

僕の気持ちとラスティアラの気持ち。

二人の気持ちを確認する。

当初の目的は果たされた。

これ以上ない成果だ。だが、身に余る過剰な成果なのも確かだった。

まだ僕は動けない。

今、少しでも感情を動かせば、スキル『???』が発動する。

ゆえに、僕は払われた手を伸ばしたまま、立ち尽くすしかなかった。