軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109.西エリア第四試合

闘技場の対角線の先、スノウがおっかない目で私を見ていた。

カナミは私のモノ。

……なんて、思ってるんだろうな。スノウ。

「――そして、西から登場するのは! ギルド『エピックシーカー』チーム! 知る人ぞ知る伝説の少女っ、スノウ・ウォーカー様をリーダーとした、とても安定感のある万能パーティーです! かの智竜の末裔は、この『舞闘大会』をどこまで勝ち進めるのか!?」

やっと『舞闘大会』の本番が始まる。

とんとんと軽く跳ねて、自分の体調を確かめる。

首を回し、手をぶらぶらと振って体の凝りを 解(ほぐ) す。

私――、ラスティアラ・フーズヤーズの体調は万全じゃない。

カナミが自分の体を苛める一方で、ずっと私は身体を休めてきた。しかし、それでも一度底に落ちた体調は回復してくれなかった。

聖誕祭の日に限界まで魔力を失い、負傷したディアを治しながら逃亡。フーズヤーズとヴァルトの二国からの追っ手を振り切り、南の国グリアードで潜伏。パリンクロンを深追いしようとするディアを力ずくで止めて、カナミの動向を把握。『舞闘大会』を有利に進めるため、グリアードから迷宮に入って修行。そして、どの勢力にも見つからず、『舞闘大会』にギリギリでの参加――

『舞闘大会』まで、ろくに休むことなく動き続けてきた。

その代償が身体の奥底に溜まっている。

まだ不安はある。

聖誕祭の儀式によって、私を縛っていた魔法の多くが解除された。

それは多くの加護と補正が失われたということでもある。例えば、いまの私は昔のように、恐怖心を無視した戦い方はできない。

つまり、聖人ティアラの器でなく、ラスティアラ個人としての力で戦うしかない。

私は自分の力を冷静に計りつつ、対戦相手に目を向ける。

チーム『エピックシーカー』の代表者は三名。

サブマスターであるスノウ・ウォーカーに、古株の戦士と魔法使いが付き添っている。

スキル『擬神の目』で実力を測っていると、彼女らの会話が聞こえてくる。

この距離でも声を拾えてしまう自分のスペックの高さに呆れつつも、声を拾っていく。

スノウが仲間を説得しているところだった。

「――ヴォルザークさんとテイリさんは下がっていてください」

「ま、待って、スノウ。私たちも一緒に戦うわ」

「駄目です。というよりも、無理です」

魔法使いが試合の参加を訴えかけたが、それをスノウは冷たく断った。

その様子を見た戦士は厳しい表情で問う。

「グレン妹……、本気でやるつもりなのか……?」

「ええ、これだけは――、この試合だけは本気です。久方ぶりに、限定的な『竜化』もするつもりです」

スノウも厳しい表情で返す。

やはり、本気で私たちを潰すつもりらしい。

『竜化』。

血の濃い獣人たちは、獣に変化する能力を持っている。うちのセラちゃんがやっている『狼化』もそれと同じだ。獣人の一種である 竜人(ドラゴニュート) スノウも、それができる。

彼女は連合国で確認されている限り、世界で唯一人『竜』になれる人間なのだ。

「スノウっ! 駄目よ、それだけは駄目! だって、あれを使い続けたら、戻れなくなるんでしょう!?」

『竜化』と聞いた魔法使いは血相を変えて、スノウに詰め寄る。

「戻れるところまでしか変化しませんから大丈夫です。けど、危険なのは確かですね。――でも、今日の私はそれだけの覚悟があるんです。今日だけは覚悟できそうなんです。だから、お願いします」

スノウは乾いた笑いで魔法使いを安心させようとする。その死相にも似た笑みを見て、魔法使いは絶句する。代わりに、戦士が話を続ける。

「……つまり、あのお嬢ちゃんらが、あのときの竜と同じくらい強いってことか?」

戦士はこちらを見る。

私は適当に笑って応えてあげた。

戦士が苦笑いしているのが見える。

「いえ、竜どころじゃないです。私が『竜の化身』なら、あっちは『神の化身』ですね」

「……はあ、それじゃあ俺たちじゃ何の手助けもできねえな。……わかった。俺はテイリと一緒に見学しておく。けど、無理すんなよ? 戻れなくなるなんてことになったら、全てしまいだ」

「それだけは注意します」

戦士は魔法使いの腕を引いて、闘技場の隅へ移動しようとする。

魔法使いは最後に言葉を残す。

「……スノウ、これがあなたの選んだ道ならもう何も言わない。けど、忘れないで。『エピックシーカー』のみんなはあなたの味方だから」

「……ありがとうございます。……こんな私を見守ってくれて」

スノウは驚いた様子で、その言葉を噛み締めていく。

けど、次には悲しそうに愛想笑いを浮かべた。

「――でも、『エピックシーカー』のみんなじゃ駄目なんです。きっと、簡単に死んでしまうから」

それは決別の意思を含んだ答えだった。

スノウは『エピックシーカー』の誰も信頼していない。その自身の強さゆえに――

「そうね……。いってらっしゃい、スノウ……」

それを魔法使いもわかってしまったのだろう。悲しそうに笑って、スノウを送り出した。

「いってきます、テイリさん。――鮮血魔法《フライソフィア》」

スノウは魔法を唱えながら、闘技場の中央へ歩き出す。

『竜化』の始まりだ。

手の甲が自然と裂け、血が零れる。その血はすぐに蒸発して、霧となる。真っ赤な霧は竜の形に変わり、彼女の身体を包む。

分厚い衣服のせいで分かりづらいが、背中が膨らんでいるように見える。

きっと背中から竜の翼が生えてきているのだろう。

スノウの目の瞳孔が開き、人間とは違う瞳に変わる。

強欲な竜の眼だ。

常人ならば眼が合うだけで凍りつくであろう視線が、私に向けられる。

「……うーん、スノウが本気だ。セラちゃん、絶対に私の後ろから出ないようにね」

「承知しています、お嬢様」

私は後ろに控えるセラちゃんへ指示を出す。

セラちゃんは理由を聞くことなく頷いた。

けれど、隣のディアは不思議そうだ。

「なあ、ラスティアラ。あいつ、そんなに強いのか?」

「まあね。大陸最強の名は伊達じゃないよ。強いどころじゃない、本当に『最強』だよ」

「ん? 『最強』って、あいつの兄のグレン・ウォーカーのことじゃなかったか?」

「それは違うよ。グレンは妹のスノウの手柄を横取りして『最強』の称号を手に入れただけ。スノウ・ウォーカーこそが、真の『最強』。連合国始まって以来の天才なんだよ」

「へえ、そうだったのか……」

「あ、あれ? 反応薄いね。結構驚きの話をしたつもりだったんだけど」

「驚いてるさ。けど、俺のやることは変わらない。相手が『最強』なら、その『最強』を超えるだけだ。むしろ、そのくらいじゃないとキリストの横に並べない」

「そういうことか。ふふ、頼もしいなぁ、ディアってば……」

ディアは無謀なところがあるけど、こういうときは頼もしい。ちょっとしたことで気後れしない。おそらく、スノウの竜の力を見ても戦意喪失しないだろう。

私は安心して、闘技場の中心へ進む。

その途中でセラちゃんには狼形態に変化してもらう。奇襲にとっておく必要はない。彼女の役割はディアの移動手段となることだ。

試合前からディアを乗せておくことで、少しでも危険を減らしておく。

こうして、私は闘技場の中央に辿りつき、スノウと向き合う。

「や、スノウ」

「今日は勝たせてもらいます、ラスティアラ様」

スノウは恭しく礼をする。

その背中では、おどろおどろしい魔力が渦巻いている。まるで触れるもの全てを潰してしまいそうな魔力だ。相変わらず――想いが、重い。

とはいえ、それは私たちの言えたことではないかもしれないが。

「うーん、前から思ってたんだけどさ。もう敬語はいらなくないかな? もう本音をぶつけあった仲だしね」

「そうかもしれませんが……、親しくする理由もありません……」

「私はスノウが好きだよ? いや、わりとほんとに」

「私は……、あなたが嫌いです……」

スノウのような不安定で悲劇的な人間は大好きなのだが、その気持ちは全く伝わらなかったようだ。簡単に振られた。

「なんで私が嫌いか聞いていい……?」

「そ、それは――……、言いたくありません……。いまは必要のない話ですから……」

悪くない反応だ。

私の生き方や性格を嫌っているようには見えない。もっと別の理由だろう。おそらく、くだらない理由だけど、スノウにとって譲れないもの。それが邪魔している。

「それよりも大事なのは『カナミ』のことです。そのためだけに、私は今日ここに立っています」

スノウは真剣な表情で本題に入る。

「わかってる。この試合、賭けるのは――」

「『カナミ』」

「『カナミ』。というか、こっちにとっては『キリスト』だけどね」

私たちは前もって決めていたことを口に出して再確認する。

「絶対に『カナミ』は渡しません……! あれは私のモノです……!!」

「うん、それでいいよ。この戦いに、それを賭けよう」

その名を口にしたことでスノウの顔は歪む。

どうやら、ここ数日の嫌がらせが功を奏しているようだ。頭が熱しに熱されている。

私は笑いながら、彼女の状態を油断なく測り続ける。

彼女の冷静さが失われているのなら、試合展開はとても楽なものになるだろう。

スノウと私が各々の思惑で見詰め合っていると、横から司会が口を挟んでくる。

「え、えっと、『カナミ』というのは人名でしょうか……?」

相変わらず、司会は私に話しかけづらそうだ。

私の立場は気にしなくていいと言っているが、そうもいかないらしい。

「そうだよ?」

私は軽く答える。

対面のスノウは目を逸らしている。

「それは北エリアのアイカワ・カナミ選手のことでしょうか……?」

「もちろん」

「つまり、お二人は同じ殿方を取り合っているというわけですか……?」

「後ろのディアを含めると三人かな。でも実際のところ、『舞闘大会』で『カナミ』を狙ってるのは三人どころじゃないんだよね。面白いことに」

それを聞いた司会は顔を輝かせる。

「わぁ……。これは司会としてお客様に知らせないといけませんね」

「構わないよ。お仕事がんばって。私もその方がすっごい楽しい」

カナミが色んな女の子に言い寄られて困っているのを見ると、なぜかとても楽しい。カナミのおかげで一度まっさらになれた私だが、まだまだ悪趣味なところは直っていないようだ。

「――さあ、大変盛り上がってまいりました! なんと今回の試合っ、賭けられるのはお互いの意中の男性のようです!! できれば、その方には会場までご足労をお願いしたいのですがっ、残念ながらその方も試合中! なんとっ、その男性の名前はアイカワ・カナミ! ギルド『エピックシーカー』のマスターであり、『竜殺し』として有名になりつつある期待の『英雄』様です!!」

司会は状況説明を高らかに宣言する。

それを無視して、私はスノウと話を進める。

「続行不能になるか、気絶したら負けで。あっ、あと死んでも負けでいい?」

「ええ、それでお願いします……。できれば、あなたたちはこの試合で亡き者にしたいので……」

「で、負けたほうは『カナミ』に関することの邪魔はしないということで」

「それで十分です」

スノウは背中から大剣を取り出す。

身の丈ほどもある巨大な鉄の塊を、苦もなく片手で握っている。

私も呼応して剣を抜く。これも名のある名剣だが、以前使っていたレヴァン教の聖遺物『天剣ノア』と比べると、少し心許ない。

スノウの剣と打ち合えば、一方的に壊されるかもしれない。

「――って、え!? デスマッチルールじゃないですか……。できれば他のルールにしませんか……?」

殺気を纏って睨みあう私たちを見て、司会は困ったような顔になる。

「駄目。これでやる。これじゃないと、スノウが納得しないからね」

「しかし、お二人ほど高貴な方が死ぬのは困るといいますか、なんといいますか……。もし、レヴァン教の現人神を死なせた試合を受け持ったなんてことになったら、私の人生が狂うといいますか、なんといいますか……」

「運がなかったね。残念っ」

私は満面の笑みで司会を諦めさせる。

このルールだけは変えるわけにはいかない。

慎重に慎重を重ね、スノウを煽りに煽って、辿りついた私に有利なルール。これをいまさら変えられたら、スノウ攻略の目処が立たない。

今日、ここでスノウは一日じゃ回復しきれない重傷を負ってもらう。

ついでに 精神(こころ) のほうも、ぽっきりと折る。

「お二人の凄まじい殺気を前に、一介の司会でしかない私では何も反論できません……。ではっ、ギルド『エピックシーカー』チーム対ラスティアラ・フーズヤーズチーム。『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』西エリア第四試合、開始します!!」

宣言と同時にスノウの首が傾き、両目が赤く光った。

分厚い衣服を破って、背中から蒼い翼が広がる。

絡みつくようなスノウの魔力が渦巻き、膨れ上がっていく。薄紫の魔力が波状となって、闘技場全体に浸透した。

対して私は、開始の宣言に合わせて横にずれる。

射線が確保される。

背後のディアとスノウの視線が絡み合い――

「――《フレイムアロー》!!」

閃光が奔る。

膨大な熱量を持った光線が、目にも留まらない速さで闘技場に線を描く。

その不可避の光速の魔法を――

「はぁあアアァアアッ!!」

スノウはしっかりと目で見て、その手の甲で弾いた。

手に当たった光線は、十数の光線に裂けて、散る。

そのいくつかが観客席に当たりそうになり、『 魔力線(ライン) 』の結界にぶつかった。

世界最高レベルの魔法が直撃したことで、結界には亀裂が入った。観戦の安全を担当している係員の魔法使いたちが、大慌てで復旧作業に入っていく。

慌てるのも当然だろう。なにせ、この結界は戦争で使われるものよりも、時間とお金がかかっている。数人の魔法使いが集まったところで、傷一つつくはずがない代物なのだ。本来は。

それが弾かれただけの流れ弾で、罅が入っているのだから恐ろしいことだ。

どれだけディアが規格外かよくわかる。

そして、それを弾いたスノウも、普通ではない。

その腕が『竜化』によって、人でなくなっているのがわかる。

空よりも青い――蒼い竜の腕。

スノウは硬い皮膚とぶ厚い魔力で、ディアの魔法を弾いてみせたのだ。表面が少しばかり焼け焦げているが、被害はそれだけだ。

「あ、ぁあっ、ぁああ、あアアアァ――!!」

スノウは吼える。

ただの咆哮ではない。それは竜の魔力を纏った振動。もはや、無属性の振動魔法と言っても差し 支(つか) えはない。常人ならば、耳にしただけで失神することだろう。

敵の硬さを確認した私は、すぐさま指示を変更する。

「ディア! 次からは、あの結界に穴が空かない程度まで出力を下げて!」

「わ、わかった! けど、それじゃあ決定打にはならなそうだぞ!?」

「大丈夫! とりあえず、連射で私を援護して!!」

ディアは最初の《フレイムアロー》を撃ったあと、大きく後退している。最も脆いディアには最初から最後まで、この遠距離を保ってもらう。

後方に指示を出したあと、私は駆け出し、スノウに斬りかかる。

スノウは大剣を片手で持ち、地面と水平になるよう真横に構えていた。

そして、その美しき青い翼を、一度だけ羽ばたかせる。

闘技場全ての風が支配され、『竜の風』という別の代物に変質する。命を持っているかのように風は蠢き、私の身体に絡みつこうとしてくる。

それを振り切りながら私は駆け抜け、スノウの身体を斬り裂こうと肉迫する。

まずは、ただの打ち下ろしの斬撃。しかし、私の筋力と速さによって繰り出されるそれは、ただの打ち下ろしの枠を超える。熟練の軍人でも防ぐことの叶わなかった一閃だ。

しかし、それをスノウは易々と受け止めてみせる。

相手もただの人間じゃないと、はっきりわかる。

すぐに私は反動のままに後方へ跳んだ。鍔迫り合いとなって、力比べになるのだけは避ける。おそらく、私の膂力は世界でもトップクラスの域だろう。けれど、『竜化』しているスノウは間違いなく、ぶっちぎりの首位だ。負けるのは目に見えている。

スノウは空いた距離を詰めようと、跳ぶ。

スノウ本人に大した速さはない。しかし、それを補助する『竜の翼』が、『竜の風』が、彼女を大砲のような速さに進化させていく。

恐ろしく長い一足の歩幅。

もはや、それは歩行でなく飛行と呼ぶほうが正しいだろう。地面すれすれの低空を飛び、後退した私に襲い掛かるスノウ。

「――ァ、アアアァア、ァアアアアアアッッ!!」

スノウの咆哮と共に、嘘みたいな重さと速度の大剣が乱暴に振るわれる。

耳を押さえたくなるほどの大声だ。その音に歯を食いしばって耐えて、大剣を避ける。

雷のような爆発音のあと、闘技場の地面が粉砕された。スプーンで果肉をすくったかのように、大剣は地面の土を抉り取った。

土砂が花火のように弾け、砂煙が舞う。

「このっ――!!」

私も負けじと、その豪快な一撃の隙に剣を振り下ろそうとする。

しかし、振るう腕が、なぜか遅い。振るう腕に『竜の風』が纏わりつき、後ろに押し戻されそうになっていた。

その結果、私の剣がスノウへ届く前に、彼女の返しの剣が襲い掛かる。

仕方がなく私は攻撃を止めて、剣を避ける。

同時に暴風が吹き荒れ、轟音が鳴る。

新たに地面が砕かれ、足場が平面でなくなっていく。

スノウの剣は嵐よりも恐ろしい天災となっていた。

それはまさしく、世界を代表する最悪の象徴。

『竜』そのものだ。

『竜の風』で私の動きを束縛し、乱暴な剣を振り回し続けるスノウ。

避けきれない一撃を剣で受け流していくうちに、徐々にこちらの剣が痛んでいくのがわかる。このままだと、剣が壊れてしまう。

すぐに私は手札を切る。

スノウが力で押してくるのなら、私は――

「――鮮血魔法《フェンリル・アレイス》!」

魔法に頼る。

その中でも、力押しとは正反対の手札を選んだ。

魔法の宣言と共に、心臓が跳ねる。

どくんと強く脈動し、視界が赤く染まる。

スノウの『竜化』のときと同じように、手の甲が裂けて血が流れる。血は蒸発し赤い霧となって私の身体を包む。

スノウが『竜化』ならば、私は『人化』と呼べばいいのだろうか。

スノウが人と竜のハーフならば、私は人と魔石のハーフ。

この魔石で練られた身体を、さらに『人』へ近づける。それが私の鮮血魔法。

血に宿る千を越える『人』の記憶から、私は剣聖『フェンリル・アレイス』を選んだ。

本当ならば聖人を降ろす予定だった身体は、近代最強の剣士を完全に再現する。

目の色は黄金からくすんだ鈍色へと変わり、金色の髪の中に栗色の髪が混ざり始める。

血から記憶が流れこみ、身に覚えのない剣術の経験が全身に馴染んでいく。

現在、齢60に近い剣聖フェンリル。その世界最高峰の老練なる『剣術』を、この世界最高峰の若き身体に降ろす。

これこそが、フーズヤーズのフェーデルトや元老院のレキたちが予定していた『 魔石人間(ジュエルクルス) 』の真骨頂。違う誰かになることだけに特化した私の魔法。その一端――

「スノウ!!」

私は反撃に出る。

いままでの自己流の『剣術』ではなく、研ぎ澄まされた技でスノウの大剣を綺麗に受け流し――そして、見違えるような一閃で襲い掛かる。

私の激変にスノウは驚きを見せた。そして、すぐに顔を歪める。

それは驚きとは少し違う感情だった。殺し合いの最中、スノウは私をとても羨ましそうに見ていた。

スノウは大剣を振り回して、私の技を押し潰そうとする。

しかし、その全てを剣技でいなし、そらし、すかしていく。

そして、ついには大きく大剣を空ぶったスノウに、私の剣が届きかけ――

スノウは叫ぶ。

「――《インパルス・ハウリング》!」

スノウの首に竜の鱗が生え、世界が歪む。

「ァ、ァア――――――――――――ッッ!!!!」

もはや、声とは言えない。凶器の振動と化した咆哮だ。

振動で闘技場内の景色が歪み、囲い込む結界がぐらぐらと震える。

船が、『ヴアルフウラ』が――いや、海が震えている。

私は咄嗟に手を耳へ持っていってしまう。

私の身体ならば耐えられなくはない。しかし、身体が反射的に鼓膜を守ってしまった。

そこへスノウの追撃が襲い掛かろうとして――炎の雨が降り注ぐ。

私が不意を突かれたと判断したディアが、後方から援護してくれたようだ。

私は機を逃したことを受け入れ、大きく後退して仕切り直す。

しかし、羽虫が跳ぶような耳鳴りが止まない。後ろではディアとセラちゃんも同じように、顔をしかめていた。

そして、スノウは――追撃してこない。

距離を取った私を羨ましそうに、恨めしそうに睨む。

「その力、明らかにあなたのものじゃない……!!」

私の剣技が明らかに変化したため、その正体に見当がついたのだろう。

鮮血魔法は彼女も得意分野だったはずだ。

おぞましい魔力が、より一層と凶悪さを増し、腹の底を揺らすかのように闘技場中を波打つ。

その波動はスノウの目の前で凝縮し、球状に変形していった。スノウは翼を羽ばたかせ、その球形の魔力を『竜の風』で安定させている。

「なんでっ、あなたたちはぁあああ!! ――《ドラグーン・アーダー》ァア!!」

『竜の風』による圧縮が解かれ、凝縮された振動が解放される。

吹き荒れる風と共に、空間を歪ませるほどの振動がこちらへ向かって襲い掛かってきた。

けれど、私は何もしない。

それを安心して見送る。

この距離の魔法戦ならば、何の恐怖もない。なぜなら、魔法の撃ち合いにおいて最強の魔法使いが後ろに控えてくれているからだ。

「――《ディヴァインウォール》!!」

ディアによる神聖なる光の壁が、私の目の前に展開される。

恐ろしい魔力の密度で構成された光の壁は、地面すらも砕く振動魔法を完全に防ぎ切った。

「 また(・・) !」

スノウは忌々しそうに叫んで、また私を妬ましそうに睨む。

戦っていく内に、私はスノウの感情が少しずつ理解できてきた。彼女は複数人の力で戦っている私たちを妬ましく思っているようだ。

「スノウ、私が妬ましいの……?」

距離を取ったまま、スノウに問いかけていく。

「……あなたはいつも、誰かに守られています。いつも、いつもっ!!」

スノウは語りながら、また振動魔法を構築していく。

先ほどの魔法を、今度は複数精製しようとしている。

それでもディアの魔法には敵わないだろう。スノウも世界最高クラスの魔法使いだが、ディアには大きく劣る。なので、私は余裕を持ってスノウと話し続ける。

「スノウも、いままでカナミに守られてきたでしょ……?」

「大事なのは、いままでじゃなくて、これからです……。これからを守ってもらわないと、意味がない……」

「そう。これから、ね……。でも、そもそもスノウは誰かに守られるほど弱くないよね? それだけの力があれば、大抵のことは一人で何とかできるのに、なんでそこまで……」

暗にカナミを諦めるように促す。

言葉だけで気勢を削げるのなら、それに越したことはない。

「私一人で何とかできたら、こんなことになってないです……! 私みたいな弱虫が一人で生きることが、どんなに辛いことか、あなたなんかにわかるもんか……。色んな人にちやほやされているあなたにっ、わかるもんか!!」

「スノウが一人……?」

私の記憶では彼女が一人だったことは少ない。

いつも、ウォーカー家の者かギルドの誰かに守られている。

あるとすれば、スノウがウォーカー家から出奔したと噂されていたときだ。

一、二年前くらいにグレンから話を聞いたことがある。

「それはスノウがウォーカー家から逃げたときのことを言ってるの?」

「……知ってるなら、手加減してください」

詳しくは知らない。

けれど、ここがスノウの根幹に関わっていると感じて、話を続ける。

「いや、手加減はちょっと……。詳しくは知らないしね……」

「……単純ですよ。最初から、逃げられるはずがなかったんです。だって、世の中一人じゃ何もできません。ウォーカー家なら、私が寝る暇もなく追っ手を出すことだってできる。金の続く限り、策謀を仕掛けられる。それに耐え続けることなんて、個人じゃできない。できるはずがないっ。みんなが死んでいく中、たった一人で耐えるなんて……!!」

どうやら、過去に出奔した際、とても惨い方法で連れ戻されたようだ。

言葉の端から全容を予測し、私はスノウの説得を試みる。

「……けど、スノウが最後まで抵抗し続けていたら、わからなかったと思うよ。採算が合わなくなれば、向こうも諦める。最後まで諦めなければ、きっと――」

「その諦めない間に、どれだけの人が死ぬと思ってるんですか? 敵も味方も、どんどん死んでいくんですよ? 私は強いから死にません。私は死にませんけど……一緒に逃げてくれた友達が、善意で手助けしてくれた誰かがっ、簡単に死んでいく! それがどれだけ苦しいことか……!」

「なら、そのみんなをスノウが守れば――」

「誰も守れなかったから! 誰も守ってくれなかったから! 私はここにいるんです!!」

スノウの叫びに合わせて、用意された大量の振動魔法の球が解放される。

ただでさえ、単発で家の一つをバラバラにできそうな魔法だというのに、それが大量に狭い闘技場内を駆け巡る。

――説得の仕方を間違えた。

どうやら、言葉では表しきれないほどの大失敗をスノウは犯している。安易な言葉では逆効果だったようだ。

「――《ディヴァイン・アロー》! 《ディヴァイン・ウォール》!!」

ディアが神聖魔法で、スノウの振動魔法を相殺してくれている。相殺し切れなかったものもあるが、そこはセラちゃんが足になって避けてくれている。

闘技場内に敷き詰められた地面は、もはや崩壊寸前だった。

荒れた岩山のような地形となり、砂埃で視界が閉ざされる。

そこへ、砂埃に紛れたスノウが突進してくる。

私は咄嗟に剣で迎え撃つ。

剣と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いとなった。

スノウの顔が私とくっつきそうなほど、近くにある。

その可愛らしい口を彼女は動かして、卑屈そうに笑う。

「―― だから(・・・) 、 お願いします(・・・・・・) 。お願いですから、ください。『カナミ』を、私にください。私と一緒に居られるのは『カナミ』しかいないんです……。『カナミ』なら、死なないんです……。むしろ、私を助けてくれる。……あなたには後ろの使徒様と、あなたを敬う市民たちがいるじゃないですか。だから『カナミ』は私に分けてくださいよ……。お願いします……。えへへ……」

愛想笑いでも心の底からの笑いでもない――とても中途半端な笑みが、スノウの顔に張り付いていた。

その気持ちの悪さに、私は汗を垂らす。

「な、何を、言って……!」

「バランスを取りましょうよ。バランスを取って、私は『カナミ』と二人。そっちは使徒様と二人。丁度いいですよね? ラスティアラ様とシス様のお二人は、とっても強くて輝いてます。皆さんにも好かれてます。もう十分でしょう? だから……、『カナミ』は私に――」

馬鹿げた理論だ。

けれど、それをスノウは本気で提案している。

「――《フレイムアロー》!!」

しかし、途中でスノウの横腹に閃光が突き刺さり、吹き飛ばされる。

「さっきから聞いてたら、この女――!!」

ディアが魔法を放ったようだ。

前もって、できるだけスノウと会話をしないように言い含めていたが、とうとう限界に達したようだ。好戦的なディアには無理な注文だったのかもしれない。

「ふざけるなっ!! そんな適当な考えで生きてるお前に、キリストは相応しくない! キリストが欲しいなら、それに相応しい強さを身につけろ!!」

「……うちのディアは絶対に嫌だってさ。うーん、私も嫌かな」

私は吹き飛ばされたスノウに、私の答えも伝える。

砂埃の中、スノウはゆらりと立ち上がり、赤い竜の目を光らせる。

「こんなにお願いしてるのに、なんで……。なんで……?」

スノウは不思議がっている。

なぜ自分の提案を断られたのかわからないようだ。

そして、ひとしきり不思議がったあと、おぼつかない足取りのまま、こちらへ近寄ってくる。呪詛のような言葉を吐きながら――

「――なら、殺します。私は殺してでも『カナミ』を取り返す」

取り繕っていた全てが剥がれ落ち、敬語でなくなる。

スノウの心のままが、言葉となっているのだろう。

いままでの卑屈な敬語より、何倍も私の心に響く。

「ここ数日、ずっと『カナミ』の音を聞いてた。ずっとあなたに聞かされた」

私と交渉するつもりはなくなったことが、その様子から分かる。

突き刺さるような殺気と共に、スノウの魔力も変質する。波打つ魔力に粘着性が生まれ、至るところに縋り付こうとしている。

「『カナミ』を『キリスト』に戻そうとするあなたたちが、私は嫌い。大嫌い」

『竜化』が進み、背中の翼は膨張する。さらに風は強くなり、砕けた地面が震える。

いまスノウは本気で私たちを殺そうと決意した。

「ここで死んでも、事故。『舞闘大会』ではよくあること……。あなたたちは私の世界に必要ない……。ここで、カナミの過去の全てを、断ち切る……!!」

もう会話になっていない。

一方的なスノウの布告だ。

スノウの殺意が肌に刺さる。

もはや、交渉の余地はなくなった――ように見える。

「――ラスティアラ! これ以上はもう!!」

後ろのディアが全力で魔法を使用する許可を求めてくる。おそらく、『獣化』しているセラちゃんも同じ意見だろう。

「あと少し! あと少しだけやらせて、ディア、セラちゃん!」

しかし、それを断る。

私はいまこそが好機だと思ったからだ。

『英雄譚』――夢物語の読み過ぎかもしれない。

しかし、私は本心のぶつかり合いこそ、解決の糸口であると信じたかった。

そう思い、スノウを睨み返そうとして――次の瞬間には、彼女が目の前で大剣を振りかぶっていた。『竜の風』を背中で爆発させ、殺人的な加速を得ていた。

同時に、移動した際に発生した衝撃波も襲い掛かる。

そういう副次的なものはディアの魔法が防いでくれるが、恐ろしい速さの乗った剣だけは私が防ぐしかない。

また剣と剣がぶつかり合う。

剣聖の技で受け流そうとするが、それでも威力を殺し切れない。体勢を崩したところに、スノウの蹴りが放たれる。鼻先で何とか避け、冷や汗が弾ける。しかし、避けたはずなのに頭が揺れる。蹴りの勢いが衝撃波となって、全く別の攻撃と化していた。

さらに襲い掛かってくる。

乱暴な剣の打ち下ろし、薙ぎ払い、切り上げ。

ときには、打撃や掴み技も混じる。

それを紙一重でかわしつつ、反撃に剣ではなく言葉を選ぶ。

「――スノウっ!! カナミの記憶が戻ろうと、キリストと名乗ろうと、カナミはカナミだよ!? スノウは賢いから、それがわかるよね!? それでもキリストであったことを受け入れないのはなぜ!?」

説得のやり方を変える。

カナミがスノウに自立して貰いたがっていたので、それに沿った説得を選んでいたが、そんな方法じゃ彼女は間違いなく納得しないとわかった。

この子は根っからの被保護者だ。

スノウは甘やかさないと止まらない。

厳しい言葉なんて、聞き入れるわけがない。

私はスノウの攻撃に耐えながら、言葉を投げ続ける。

「――それって、カナミの記憶が戻ったら、自分を選んでもらえないって自覚してるってことだよね!!」

私の言葉を聞いて、スノウの表情は強張っていく。

思ったとおり、聞き入れる様子なんて一切ない。

「もし、ここでスノウが勝ったとして、過去から逃げ続けた生活を送って……最後までカナミが何も思い出さないと思う!? ずっと何事も起きないって本気で思ってるの!? そんなことない! いつかは、絶対に記憶が戻る!!」

「そんなこと!! 聞きたくっ、ない! それでも、私のモノにしてしまえさえすればぁあああ――!!」

スノウは激昂する。

予定通りだ。

説得の基本は――

『――落としてから持ち上げる、だ。我が主』

――と、かつて私は教えられた。

絶望させてからのほうが、救い上げる手は輝いて見えるらしい。あいつの人間性は最悪だが……だからこそ、こういう性悪な教えだけは間違ったことがない。

「スノウのやろうとしていることは、その場しのぎだよ! いつかは壊れると決まっている幻を、馬鹿みたいに守ろうとしてる!」

「でも、私はその幻の中でしか、幸せになれない……! なれないんです……! だからぁああっ――!!」

スノウは歯を食いしばって、さらに力を強めて剣を振るう。

それを私は受け続ける。

スノウの乱暴な剣に隙は多い。反撃はできる。しかし、まだ攻撃はしない。

「私はスノウのことをよく知らない。けど、聞いてる限り、自分より強い誰かに縋りつきたいのはよくわかったよ。だったら――!!」

そして、『やるとすれば徹底的に』。

これもパリンクロンから教えられた知識だった気がする。

「――神聖魔法《グロース・エクステンデッド》!!」

私は全魔力を神聖魔法に変化させる。

光が溢れ、強化の魔法が全身に染み込む。

身体への反動と負担を無視して、身体能力が限界まで引き上げられていく。

長くは持たない。

けど、いま必要なのは継戦能力じゃない。

ここは迷宮じゃなくて、試合会場だ。

一瞬に全てを懸けていい――!!

「――スノウ!!」

「――ラスティアラ!!」

私の叫びに、スノウも呼応する。

私は強化された力で、スノウの剣を払いのける。

いまだけは力比べでも私のほうが有利だった。

そして、打撃にも打撃で返し、掴み技も掴み技で返し、圧倒する。

剛剣と剛剣が打ち合い、豪腕と豪腕がぶつかり合う。

互いの肉が抉れ、骨に亀裂が入る。

規格外の存在同士のぶつかり合いは、ただそれだけで互いの命を削った。

その状況にスノウは戸惑う。洗練された技で対応していたと思えば、突如、力技で対抗してきたのだから無理もないだろう。

その隙を突いて、私は手に持った剣を捨て、スノウの両腕を掴む。そして、全力の頭突きをスノウの額にぶつけた。

「がっ、ぁアッ……!!」

スノウは突然の頭突きによって、身体をふらつかせる。

そのまま、全力の飛び膝蹴りを腹に打ち、もつれるように倒れていく。

私はスノウを下に組み敷いた。

また顔と顔が近づく。

口が付きそうな至近距離で私は宣言する。

「どう!? 私は強いでしょ!?」

「――――っ!?」

その急な宣言に、スノウは唖然とする。

しかし、すぐに気を取り直し、私を振り払おうとする。

それを力で抑え込み、私はスノウを見つめて優しく囁く。

「……ねえ、スノウ。私じゃ駄目?」

「――え」

ふっとスノウの力が少しだけ弱まる。

助かった。

私の神聖魔法による強化は一時的なものだ。強引に来られたら、抜け出されていた。

これが最後の説得だと私は心に決めて、慎重に言葉を選ぶ。

いまこそ落としたスノウを拾い上げるときだ。

「―― 私が(・・) スノウの『英雄』になって助けてあげる!!」

「……あ、あなたが? 現人神であるあなたが『英雄』?」

スノウは再度唖然とする。

「私はヘタレのカナミと違って、重度の 英雄症候群(ヒロイック・シンドローム) だからね。きっと、カナミよりもスノウの力になってあげられると思うよ」

「……む、無理に決まってる。あなたはそういうのとは全然違う。現人神として完成し過ぎてて、『英雄』としてなんて見れるはずがない。誰も、あなたを『英雄』だなんて思わない!」

「大丈夫大丈夫、現人神なんてその内やめるからさっ。ラスティアラというただの人として『英雄』になる予定だから安心して。そして、『英雄』ラスティアラの最初の救出者はスノウ。ほら、これで全部解決してない?」

「――え、え? ちょ、ちょっと、待って、なんであなたが私を?」

スノウは身体から力を失う。

唐突な救いの手に混乱しているのが丸わかりだ。

「スノウの悲痛の叫びが、とっても気に入ったから! 『英雄』は不幸な人とは合うんだよ! 『英雄』と『悲劇のヒロイン』は相性抜群! 私とスノウって、すごくお似合いだと思うな!」

私の言葉がスノウに届いていると実感できる。

やはり、甘やかせばスノウは話を聞いてくれる。

「そ、そうかもしれないけど……。でも、それは、違う気がする。何かが、違う――」

「ウォーカー家からさらってあげる! スノウが選択したくないことを、全部私が代わりに選択してあげる! 追っ手も追い払ってあげる! スノウに安全と自由を約束してあげる! スノウの夢を邪魔するものがあるのなら、その全てを私が壊してあげる! 代価は私のものになるだけでいい!!」

「う、うぅ……」

スノウは顔を赤くして背けた。

流石は、いつかの私を救い上げた台詞だ。かなり効いているように見える。

このまま、スノウの依存先をカナミから私に移せば、色々と解決するはずだ。

「で、できない……。そんなのできっこない。それは『 本当の英雄(・・・・・) 』じゃない。第一、信用もできない……!」

しかし、スノウは拒否する。

私の話に魅力を感じているものの、感情が許さないように見える。

「私にはスノウを救う理由がある! 『舞闘大会』を勝ち進むためっ、カナミとディアのためっ、引いては趣味のためっ!!」

「なんで……? なんでだろ……? わ、私はカナミに助けられたい。ラスティアラ様じゃなくて、カナミに。……け、けど、なんで? なんで、私はカナミを――?」

スノウは顔を歪め、震えながら否定し続ける。

パリンクロンのあくどい方法に則り、カナミの真似までしてみたが、どうやらそれでも足りなかったようだ。

私とスノウの間に、かつての私とカナミのような絆はない。ゆえに、後一歩が届かない。

これ以上は何を言っても無駄だろう。

試してもいいが、そうなればディアかスノウの命が危なくなる。全力の戦いに発展することだけは避けたい。

――ここまでだ。

届きはしなかったが、目に見えて隙は生まれた。

新たな感情を知り、スノウは迷っている。

そこを突いて、今度は注意を戦闘から背けることに集中する。

いまこそ、誰もが気づいていながら誰も言わなかったことを暴露するときだ。

「――そう。やっぱり、スノウはカナミが好きなんだね」

「え?」

スノウは思いがけないことを言われたような顔で、完全に制止した。

その表情を見て、疑惑は確信に変わる。

スノウの性格上、「好きだから結婚したいのではなく、楽だから結婚したい」と思っている予感はしていた。反応を見る限り、スノウ本人もそう思っていたに違いない。

けれど、そうではない。そんなはずがないのだ。

ここまで執着していながら、それで済んでるはずがない。

方向性は違うが、スノウは私と少し似ている。

だからこそ、私はスノウの深層心理を読めた。

スノウの心は幼い。

身体は大きくて、誰よりも強い。けれど、心が全く育っていない。絶望の始まった日から、ずっと心の成長が止まっているのだろう。

私と一緒で、無駄にでかい図体を持っていながら、心は 幼子(おさなご) なのだ。

だから、自分のその異常な恋心に気づけないでいる。

「それはカナミが好きってことだと思うよ。だから、私を受け入れられないんじゃないかな?」

「ち、違います……。そんなことない……!」

「なら、その執着心は何?」

「た、ただ、『カナミ』は条件を満たしていただけ……。そんなはずない。都合が良くて、私に楽をさせてくれるから、私のモノにしたいだけ。妙に強いから、利用しようとしただけで……!」

スノウの意思に歪みが入る。

ただ自分のためだけに戦っていたところへ余計なものが混ざり、その信念が揺らいでいく。

その余計なものを彼女は拒もうとするが……それは、拒もうと思って拒めるようなものじゃない。

マリアちゃんもそうだった。一度気づけば、もう取り返しはつかない。

「利用しようとしただけで、他に何も……。だって、カナミは強くて、優しくて、私に甘くて……。頼り甲斐があって、隙だらけで、都合がよかったから……。だから、それは、別に……、それは……え?」

「それを人は好きって言うらしいよ。実は、私もつい最近知った」

スノウの『竜化』が緩んでいく。

思考が戦闘ではなく、別のところに飛んでいるのが丸分かりだ。

「――私は、カナミが好きだった?」

スノウは首を振りながら、そう呟く。

自分で言葉を吐きながら、その言葉を自分で信じられないようだった。

そして、全身の力が抜けていく。

もう戦いどころはではないといった様子だった。

もちろん、私はそこを狙う。

「隙あり!」

膝をスノウの腹に落とす。

飛び膝蹴りで内臓が痛んでいるところに、さらなるダメージを足してやった。スノウの身体が激痛で硬直する隙に、その背中へ回りこむ。

倒れこんだままなので、今度はスノウが上になる形だ。

私は腕でスノウの首を締め上げる。

このまま、気絶させる狙いだ。

「ぐっ――! うぅ!」

スノウは私の狙いがわかり、力を込め直そうとする。

しかし、私は耳元でさらに囁く。

「よく考えて、スノウ。カナミが好きなら、自分のことだけじゃなくて、相手のことも考えないと 本気で(・・・) 嫌われるよ? ――スノウは好きな人がいる恐怖というのを、少し知ったほうがいい」

「す、好きな人がいる恐怖――?」

スノウは初めての感情を前に、驚き戸惑っている。

いままでの彼女は自分のためなら誰かに嫌われることも厭わなかった。だから、非情に厄介だった。けれど、いま、そこに一つの枷を足してやった。誰もが持つ当然の制約を課してやった。

幼いスノウに、少しだけ大人の感情を与えた。

たったそれだけで、スノウの意思は揺らぎ、迷いで判断が鈍る。

その間も、私の締め上げは続いている。

スノウの迷いは私に攻撃の時間を十分に与えてくれた。

「う、うぅ……――」

スノウの意識は薄らいでいき、身体から力が完全に抜ける。

やっと意識が落ちたようだ。

私はスノウを優しく抱き上げて、宣言する。

「よーし、 勝(しょ) ー 利(り) っ!! ちょっと卑怯で虚しい勝利だったけどね!」

徹底して精神攻撃のみで戦ったので、気持ちのいい勝利ではなかった。

けれど、後のことを考えるとやらなければいけないことだった。

鮮血魔法で魔力を失い、骨と内臓が痛んだ状態でも、負けて 自棄(やけ) になったスノウなら夜に襲ってくる可能性はある。

しかし、この精神攻撃で生んだ迷いさえあれば、少しは彼女の行動を縛ってくれるはずだ。

「ふうー。あとは 守護者(ガーディアン) の試合が問題かな。できれば、梃子摺っていて欲しいけど……」

私はスノウを抱えたまま、闘技場の端に避難している司会へ向かう。

遠目で実況していたものの、途中からは聞こえてこなかった。激しい無差別攻撃のせいで、完全に退避していたようだ。

気絶したスノウを司会に見せて、早く私の勝利を確定してもらわないといけない。

荒れ果てた闘技場内を歩いて、スノウを運ぶ。その途中――

「――――、――――――――ッッ!!!!」

遠く南から、妙な音が聞こえた。

興奮に包まれた観客席のさらに南。

おそらく、 守護者(ガーディアン) ローウェン・アレイスが戦っている南エリアの闘技場船だ。

「……歓声? いや、悲鳴?」

遠いが、はっきりと声を拾える。

それほどまでに大きい声。

ローウェンの試合で、観客席から悲鳴があがっている。

それを私は不安に思い、試合を終わらせるべく、さらに足を速めたのだった。