作品タイトル不明
第52話 不器用なサプライズと、君のための花畑
ヴァレリオ子爵が嵐のように去ってから数日。
オルステッド城には、再び穏やかなスローライフが戻ってきていた。
「ふふっ、なんだか静かですね」
「……ああ。空気が澄んでいる」
執務室で温かい紅茶を飲みながら、私とジークハルト様は顔を見合わせて笑った。
騒がしい(そして香水のキツい)来客がいなくなり、城の家具たちもすっかりリラックスしているようだ。
『ご主人様、あのキザ野郎が帰ってからずっと機嫌がいいぜ! 「俺の妻の純潔は守られた……! いや、そもそも俺の妻が他の男になびくはずがなかった!」って、毎日内心でガッツポーズしてるからな!』
立てかけられたグラムが、いつも通りの調子で実況を飛ばしている。
私はクスッと笑いながら、ティーカップを置いた。
すると、ジークハルト様が少しそわそわとした様子で立ち上がった。
「……コーデリア。少し、時間が空いているか?」
「はい。午後の予定までは空いておりますが」
「……なら、少しついてきてくれ。見せたいものがある」
◇
彼に連れられてやってきたのは、城の裏手にある中庭のさらに奥。
以前は雑木林と雪に覆われていた、手付かずのエリアだった。
だが、そこには真新しい木の柵で囲まれた、見慣れない空間が広がっていた。
「ここは……?」
「……入れ」
ジークハルト様が、ぎこちない手つきで木の扉を開ける。
その先に広がっていたのは――一面の花畑だった。
まだ外は肌寒く、雪も残っているというのに、その空間だけは色とりどりの花が咲き乱れている。
淡いピンク、鮮やかな黄色、そして澄んだ青色。
『わーい! 奥様いらっしゃい!』
『綺麗に咲いたでしょ! 旦那様が毎日お世話してくれたのよ!』
花たちが元気よく揺れて、私を歓迎してくれている。
私は驚きのあまり、言葉を失ってしまった。
「これは……ジークハルト様が?」
私が振り返ると、彼はバツが悪そうに視線を逸らし、首の後ろを掻いた。
「……あいつ(ヴァレリオ)が言っていた言葉が、少し引っかかっていた」
「え?」
「『こんな雪に閉ざされた退屈な城より、一年中花が咲き乱れる領地の方がいい』と。……確かに、ここは王都や南の領地に比べて華やかさはない。お前にも、寂しい思いをさせているのではないかと思ってな」
だから、ガイルさんやポチに手伝ってもらいながら、魔鉱石を地下に埋め込んで地熱をコントロールし、冬でも花が咲く特別な庭を造ったらしい。
『不器用すぎるだろご主人様! 「コーデリアに花を見せてやりたい……!」って、夜中にこっそり土いじりしてたんだぜ! おかげで最近、軍服の袖から土の匂いがしてただろ?』
私は胸がいっぱいになった。
私のために、あの強面の彼が、不器用な手で一生懸命土を掘り、種を蒔いてくれたのだ。
本物のダイヤモンドや、純金の剣を与えられるよりも、何万倍も嬉しい贈り物だった。
「ジークハルト様……」
「……お前の、専用の花畑だ。……気に入らなかったら、全部ジャガイモ畑にするが……」
「いいえ! そんなのもったいないです! とっても綺麗……世界で一番素敵な場所です!」
私が感極まって彼に抱きつくと、彼は一瞬驚いたように体を強張らせ、そして大きな腕で私を優しく包み込んでくれた。
「……本当は、不安だった」
彼が、私の耳元で低く囁く。
「あいつが持っていたような金や宝石を、俺はお前にうまく与えてやれない。……俺は、戦うことと、領地を守ることしか知らない、面白みのない男だからな」
「そんなことありません!」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、強く首を横に振った。
「偽物の宝石なんていりません。ジークハルト様のこの温かい両腕と……私のために一生懸命になってくれる、その真っ直ぐなお心が、私にとっては何よりも尊い宝物です」
私が顔を上げて微笑むと、彼の青い瞳がわずかに潤んだように見えた。
「……コーデリア」
彼の手が私の頬を包み、ゆっくりと唇が重なる。
花々の甘い香りと、春のような日差しの中で、私たちは静かに、深い口づけを交わした。
『ヒュー! ご馳走様! 絵になるねぇ!』
『きゃっ、恥ずかしい! みんな、見ちゃだめよ!』
グラムと花たちの賑やかな声が聞こえるけれど、今は全く気にならない。
キザな隣領主が置いていった波乱は、結果的に、私たちの絆をさらに強く深く結びつけてくれたのだった。
◇
……さて。
幸せな時間は存分に堪能したけれど、領主の妻としての仕事も忘れてはいない。
あの見栄っ張りな子爵が抱えている借金と、ラムール領の財政問題。
あれをうまく利用すれば、オルステッド領にとって大きな利益を生む新しい事業を展開できるかもしれない。
「ジークハルト様。あとで、セバスチャンさんを交えてご相談があるのですが」
「……ん? なんだ?」
「ラムール領の芸術・服飾技術と、我が領の魔鉱石を使った、新しい経済協力についてですわ。あの領地の技術を、うちの特産品に組み込めないかと思いまして」
私がふふっと悪戯っぽく笑うと、ジークハルト様は少しだけ呆れたように目を細め、そして優しく私の頭を撫でた。
「……お前は、本当にたくましいな。……いいだろう、お前の好きにしろ」
愛する夫の全面的なバックアップを取り付け、私は次の計画へと意気込んだ。
北の大地の春は、もうすぐそこまで来ている。