軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63

医者の家を離れてしばらく歩いたところで、私はマルクに声をかけた。

「マルク」

「はい」

「先ほどの医者だが……少し調べておいてくれ」

マルクはわずかに笑った。

「調べるまでもありません。既に耳にしております」

私は眉を上げた。

「ほう?」

マルクは歩きながら続けた。

「医者は元々、ある男爵家の次男だそうです」

「次男か」

「若い頃は戦に出ていたようですが……どうやら自分には剣よりも、負傷者の手当ての方が向いていると悟ったらしいです」

私は思わず苦笑した。

「変わった男だな」

「戦場では修道士や外科師の手伝いをしているうちに、医療を覚えたとか。もっとも、大学で学んだ学問医ではありません」

「古典語は?」

「少し読める程度のようです」

私は頷いた。それならば、薬草の書くらいは読めるのだろう。

マルクはさらに言った。

「ですが、経験と勘で人を診る腕が妙に当たるらしく……」

「ほう」

「この温泉地では、ちょっとした名医扱いになっているとか」

私は小さく息をついた。

「なるほどな」

私はマルクに聞いた。

「温泉地では、医者の免許は不要なのか」

マルクは肩をすくめた。

「免許を持っている者は、ごく僅かです」

「そうなのか?」

「ええ。大学で医学を学んだ学問医は、ほとんどが大きな都市か宮廷におります。地方に来ることは稀です」

私は少し考えた。

「では、地方の病人は誰が診る?」

マルクは指を折りながら答えた。

「修道院の僧、薬草師、外科師など。あるいは経験だけで人を診る者です」

「経験だけで?」

「戦場で覚えた者もおります。修道院で薬草を扱っていた者もおります。散髪屋が外科をすることさえあります」

私は小さく唸った。

「散髪屋が医者とは」

マルクは肩をすくめた。

「髭を剃る手が器用だからでしょう。膿を切ったり、骨を繋いだりするのも彼らの仕事です」

私は小さく頷いた。

「つまり、先ほどの医者もその類いか」

「そういうことでしょう」

マルクは続けた。

「もっとも、地方では腕の良い者が一人いれば、それで十分です。学問があるかどうかより、実際に治るかどうかが大事ですから」

私は温泉の湯気の向こうを見ながら言った。

「理屈より結果、というわけか」

そう言って歩みを進めた、その時だった。

向こうから一人の男が走ってきた。

旅装のままの若い男で、息を切らしながら坂道を駆け上がってくる。靴は泥だらけで、肩には粗末な外套を引っかけている。顔色は青ざめ、何度も後ろを振り返りながら走っていた。

私たちの横を通り過ぎると、そのまま先ほどの医者の家の方へ駆けていく。

……随分、慌てているな。

私は足を止めて、振り返った。

男は医者の家の扉を叩き、ほとんど叫ぶように声を上げている。言葉までは聞き取れないが、ただ事ではない様子だった。

しばらくすると扉が開き、先ほどの医者が外に出てきた。

男は必死に何かを説明している。

医者の表情が、わずかに険しくなった。

やがて医者は家の中に戻り、すぐに革の袋を手にして出てきた。どうやら薬や道具を入れているらしい。

男に急かされるようにして、二人は通りを下っていく。

……何かあったのか?

私はその背を見ながら言った。

「マルク」

「はい」

「様子が妙だな」

マルクも同じ方向を見ていた。

「ええ。急患でしょう」

男と医者は温泉街の中心の方へ急いでいる。

そこには、旅人がよく泊まる宿が並んでいる。

私は少し考えてから言った。

「行ってみるか」

そう言った途端、マルクの表情が変わった。

「お待ちください」

私は足を止めた。

「何だ」

「殿下が直接向かわれる必要はありません。私が様子を見て参ります」

マルクの声は落ち着いていたが、はっきりとしていた。

「ただの病人なら、それで済みます。ですが……」

彼は少し言葉を選んだ。

「もし疫病であれば、殿下が近づくべきではありません」

私は腕を組んだ。確かにもっともだ。

だが、先ほどの男の慌てようが頭から離れない。

「遠くから様子を見るだけだ」

私が言うと、マルクは小さく息をついた。

「……承知しました」

そしてすぐに後ろの護衛に目配せする。

「二人、先に行け。宿の様子を見て、戻れ」

護衛たちは静かに頷き、足早に通りを下っていった。マルクは私の隣に戻る。

「殿下は報告が来るまで、お待ちください」

私は苦笑した。

「私を縛るつもりか?」

「いいえ。ただ守るだけです」

私は苦笑した。

以前、私を庇って矢傷を負ってからというもの、マルクは以前にも増して慎重になった。

……だが、その用心深さは嫌いではない。

むしろ頼りになる。

私はもう一度、男たちが消えた方を見た。