軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47

翌朝。

私は評議室へ招かれた。

昨夜とは違い、卓上には戦図だけでなく、銀盆に載せられた聖典と短剣が置かれている。

その意味は、言葉よりも明確だった。

宰相が告げる。

「殿下を、臨時軍務官として迎え入れます。ただし条件がございます」

室内の空気が張り詰める。

「本隊の指揮権は持たれませぬ。任されるは小規模機動部隊のみ。任務は敵補給線への攪乱」

騎士団長が続ける。

「副騎士団長が補佐につきます。進言はしますが、最終判断は殿下に委ねます」

王が静かに言う。

「これは試しではない。同盟者として、対等の責を負うということだ」

沈黙。

王は聖典を指で示した。

「ここに誓うか。 我が兵を、我が民を、軽々に賭けぬと」

一瞬の沈黙。

私は一歩、前へ出た。

銀盆の上に置かれた聖典へ視線を落とす。

重みは、紙ではない。誓約の重みだ。

マルクの気配がわずかに揺れた。――だが私は振り返らない。

短剣の柄に手を置く。

冷たい金属が、掌に現実を伝える。

王の目が、まっすぐにこちらを射抜いていた。

逃げ道はない。

いや――最初から、選ぶ気もない。私は聖典に指先を触れた。

「承る」

迷いは、ない。さらに続ける。

「兵数、任務範囲、裁量権の限度をお聞かせ願いたい」

騎士団長は一瞬、私の目を見た。

値踏みするように。やがて短く答える。

「詳細は、後程お伝えする」

「了解した」

私はうなずく。余計な言葉はない。

室内に残ったのは、私とマルクだけだった。

数拍の沈黙。

マルクが一歩近づき、低い声で言う。

「殿下……危険です」

私は窓の外、遠く霞む城壁を見ている。

「当然だ」

「試されています」

「分かっている」

マルクの声がわずかに硬くなる。

「成功すれば利用され、失敗すれば切り捨てられる。これは好意ではありません」

私は静かに笑った。

「仕事というものは、だいたいそういうものだ」

マルクが顔を上げる。私は振り向いた。その目に迷いはない。

「受けた以上、やるだけだ」

短い言葉だった。だがそこに、覚悟がある。

「条約を書き換えた以上、私は“机上の男”ではいられない。あの王は、それを確かめたいのだろう」

マルクは唇を結ぶ。

「……では、勝つおつもりで」

私は即座に答える。

「勝算を作る」

そして続けた。

「まずは情報だ。敵の補給路、地形、兵の質。感情で動くな。数字で考える」

マルクの目がわずかに和らぐ。

「承知しました」

私は最後に言う。

「怖いか」

「……少し」

「私もだ」

一拍。

「だから準備する」

部屋の空気が変わる。

試練は始まった。

だがそれは、王に試される戦ではない。

自分の立場を、掴みに行く戦だった。

私は自室へ戻ると、静かに息を吐いた。まさか、本当に必要になるとは。

――私は、軍議に加わるだけだと思っていた。盤面を読み、選択肢を示し、最適解を提示する。それが私の役割だと、どこかで思い込んでいた。

だが違う。これは議会ではない。戦争だ。

軍議に出るということは、戦場に出るということだった。

前世の常識が、どこかで私を鈍らせていた。

会議で責任を負うことと、矢が飛ぶ中で責任を負うことは、同じではない。

私は、そこまでの意識が薄かった。

護衛の騎士たち。マルク。

彼らは命を懸ける。私の判断で。

胸の奥が、わずかに軋む。

机の上の数字なら、修正できる。だが命は、戻らない。

……甘かった。

私は、彼らを戦争に加担させる。

それが、王族という立場だ。

だが一方で、その立場が私を前へと押し出してもいる。

あのとき、なぜエリシアの背に声をかけたのか。今なら分かる。立場は、重荷であると同時に、勇気でもある。私は騎士団長ではない。宰相でも、商人でもない。

だが――王子だ。

始まってしまった戦争に、無関係ではいられない。たとえ居合わせただけの来賓であっても。私は、私にできることをやる。

王族として。

国の代表として。

同盟を結ぶと誓った者として。

扉が叩かれる。

「殿下」

入ってきたのはマルクだった。その腕には、磨き上げられた鎧と剣。

「最終確認を」

差し出される。私は手に取る。自分特製の鎧。軽量化され、可動域を優先した造り。

前に立つためだけではなく、生きて指揮を執るための設計だ。

剣を抜く。鈍く、確かな音。

……ああ、そうか。今の人格が宿る以前。

私が「私」になる前。“目立たぬ王子”と呼ばれていたレオンハルトに、いまは感謝すべきだろう。

彼は影で努力していた。人知れず、鍛錬を積んでいた。その証が、この体に残っている。

剣を握る。

柄を締めた瞬間、理屈ではない感覚が走る。

踏み込みの角度。重心の移動。刃の軌道。

考えずとも、体が知っている。

柄から伝わる熱が、自信となって全身に広がる。

刃に映る自分の顔を、私は静かに見つめた。

そして、わずかに頷いた。

「……問題ない」

鞘に戻す。剣の重みが、決意の重みと重なる。

……この重さの中には、彼らの命も含まれている。

私は顔を上げた。

「護衛を呼べ」

マルクが一礼し、すぐに手配に動く。ほどなくして、六人の騎士が入室した。五人は王家直属の近衛。幼少より選抜され、鍛えられた精鋭たち。

そしてその中央に立つ一人。王家近衛騎士団副長――かつて私の剣の教師でもあった男。

年齢は重ねたが、背筋は揺るがない。視線は鋼のように静かだ。

旅路を共にしていた。だから、挨拶は不要だ。私は短く問う。

「もう聞いているか?」

副長は一歩進み出る。

「臨時軍務官の件、承知しております」

声は低く、揺れない。

「一隊を預かり、前線指揮を執られるとか」

「そうだ」

視線が一瞬だけ交わる。試されているのは、私だけではない。副長は静かに続ける。

「護衛は六。通常の陣形ではなく、機動重視で組みますか」

「当然だ。守るだけでは意味がない」

副長の目がわずかに細まる。昔、木剣を握っていた頃と同じ目だ。

「……よろしい」

五人の近衛が片膝をつく。副長も続いた。

「殿下の命に従います」

胸の奥が、わずかに重くなる。

彼らを戦場に連れて行くと決めたのは、私だ。

私は剣を鞘に収めた。

「前に出る。だが無駄には出ない」

副長の口元が、ほんの僅かに上がる。

「承知」

戦場へ向かう空気に変わった。

……戦は誉れだと人は言う。

私には勘定にしか見えない。

兵を減らさずに勝てるか。それを見たいのだろう、あの王は。

ならば、結果で語ろう。それが私の戦いだ。

できるのか。

……やるしか、ない。