軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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入城は儀式だ。

名は読み上げられ、歩幅は定められ、視線は数え切れぬほど向けられる。控室では礼の角度と言葉の順を確認し、沈黙の間合いを測った。

主塔奥の小評議の間。

黒革の手袋を外さぬ男が、王の前に立っていた。その男は言葉を飾らない。飾る必要がないからだ。彼は王の目である。

狩猟城で見たものは、そのまま王の視界となる。感情も推測も削ぎ落とし、事実だけを運ぶ。

王が言う。

「報告せよ」

「礼法に乱れはございません。酒は控え、侮りを察しつつ反応は最小限」

宰相が問う。

「懇談は」

「辞退。正式入城を理由に」

騎士団長が低く笑う。

「若いな」

王は指を組んだ。

「隙を、見せぬか」

「見せませぬ」

黒革が、わずかに軋む。

その手袋は、素手で触れぬためのものではない。王が直接触れずとも、すべてを見るための象徴だ。

王の視線が第一王女へ向く。

「エリシア、どうだ」

エリシアは顔を上げた。

長い黒髪が肩を流れ、光を受けて淡く艶めく。その金の瞳は冷ややかでありながら、王家の血に相応しい威を帯びていた。

王女は短く答える。

「報告と相違はありませんでしょう。試験と理解し、感情を出さぬとは」

「野心は」

「ございます。学院を拠点と見ております。」

沈黙。やがて王は頷く。

「よい。では見極めよ」

エリシアは静かに一礼した。

「好きなように、させるつもりはありませんわ」

午後の大広間。

王は動かず、廷臣は測り、王女は見ていた。

王の視線は重い。だが、逸らす理由はなかった。王を見るということは、王に見られる覚悟を持つということだ。

歓迎の辞は交わされたが、本音は一つも落ちない。

謁見は滞りなく終わった。形式は完璧、本音は沈黙。用意された自室へ戻る廊下は長く、足音だけが響く。

——だが、観察されることには慣れている。

視線から解放されたはずの空間でさえ、城そのものが私を観察しているようだった。

——だが、観察しているのは彼らだけではない。

私もまた、父と兄の目であり耳である。この国の深部を測るために来ている。

私は予め用意された部屋に入った。

王城の客翼。主塔の影に寄り添うように建つ石の棟。王族の私室がある高みには及ばぬが、諸侯の客間よりは主塔に近い。位置そのものが、待遇を語っている。

扉は厚く、鉄の帯で補強されている。中に入ると、まず前室があった。侍従が控えるための空間だ。その奥に主室。

石壁は白く塗られ、冷たさは絨毯で和らげられている。天井は高く、梁には紋章の彫刻。窓は縦長で、王城の内庭が見える。完全な外向きではない。監視しやすく、守りやすい位置だ。

寝台は天蓋付き。深緑の布が垂れ、王家の色と調和している。机は広く、書見台と蝋燭立てが整えられている。既に羊皮紙と筆記具が用意されていた。

歓迎だ。同時に――観察の場でもある。

壁の一角には暖炉。火は入っているが、強くはない。過不足なく整えられている。温もりというより、機能だ。

マルクは扉を閉め、室内を一巡した。

窓の留め金。暖炉の奥。寝台の裏。床板の軋み。壁の織物の裏に不自然な空洞がないか。無言で確認する。

「問題は?」

「今のところは」

今のところ、だ。

通常、側近は同室ではない。

マルクには隣室が与えられる。私達の部屋のすぐ横、内扉で繋がる構造だ。これは礼遇であり、同時に隔離でもある。常に側にいるが、常に分けられている。

従者たちはさらに外側の控室へ。夜番は交代制。王城の兵と小国の従者が同じ廊下に立つことになる。友好の形をした牽制だ。

普通、この時間にすることは三つある。

一つは衣装の調整。

一つは書簡。到着と謁見の報告を本国へ送る。

そしてもう一つは――情報整理だ。

私は机に向かった。

今日の言葉。王の声色。王太子の沈黙。軍司の反応。廷臣の配置。細部を記す。

外交は記憶ではなく記録だ。

マルクは横に立つ。

「軍司は警戒寄りです」

「財務官は計算中だな。学院の費用と利を秤にかけている」

「はい」

簡潔なやり取り。

やがて侍従が軽い夕餉を運ぶ。今度は質素だ。城の通常食に近い。試験ではない。日常だ。

夜が近づく。廊下の足音が増える。宴が別の場所で始まっているのだろう。こちらには招きが来ない。形式は終わった。次は水面下だ。

私は窓辺に立つ。内庭では兵が交代する。規律は整っている。訓練も十分だ。軍司が優秀なのか。

夜。本国への短い書簡を書き終え、封をする。

「警戒は維持。敵意はなし。ただし見極めは続く。均衡は保たれている」

事実だけを記す。

マルクは最後にもう一度扉を確かめる。

「今夜は交代を増やします」

「任せる」

灯りを落とす。

天蓋越しに、城の微かな振動が伝わる。巨大な建物は、夜でも眠らない。

ここは敵ではない。だが味方でもない。

石の匂いは主塔の部屋と同じだ。整えられ、温度を持たぬ空間。

隣室で、マルクが剣を外す音がした。

本来は文官でありながら、彼は剣も扱える男だ。飾りではない、実際に振るえるそれを。

マルクは命じられて従う男ではない。理解して動く男だ。それだけで、城一つ分の安心に値する。

それが、唯一の確かなものだった。

明日もまた、試すのはこちらだ。

夜は静かに更けていく。

隣国での、入城してからの最初の一日は、こうして終わった。