軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120

大国の王宮、その奥。

厚い絨毯の敷かれた執務室に、一人の男が膝をついていた。

幾つもの宿場を経由してきた使者だ。外套には旅塵が積もり、革靴は擦り切れている。

王は、机の上へ置かれた第三王子の封蝋付きの書簡を見下ろした。

静かに封を切る。

中には、整然とした記録が入っていた。

阿片の不正使用による医官の処分、伯爵家への対応、阿片管理体制の変更。

すべてが、淡々と記されている。

感情はないが、それが逆に重かった。

「……下がれ」

低く言う。

側近たちが一礼し静かに退出していった。扉が閉まる。王は、再び書簡へ目を落とした。

そこには、“怒り”がない。

見せしめも、感情的な断罪も、神への祈りもない。ただ、危険だから切る。崩れる前に止める。その論理だけがある。

「……そこまでするのか」

ぽつり、と漏れた。

伯爵家だ、地方貴族ではない。古くから続く家門。普通ならば、穏便に済ませようとする。教会へ預ける、病と称して隠す、あるいは、内々に処理する。

だが、第三王子は違った。躊躇なく、切った。

「……いや」

王は、ゆっくりと目を閉じる。

違う。そうせざるを得なかったのか。阿片というものは、そこまで危険なのか。書簡を読む限り、話は通っている。

症状は依存、禁断、錯乱。そして“求め続ける”。

国王は、深く息を吐いた。嘘には見えない。

いやらあの第三王子は、こういう件で虚飾を混ぜる男ではない。むしろ厄介なのは必要以上に語らないことだ。

「……」

王は、書簡を机の上に置いた。

もし供給に不備があれば、粗悪品が混ざれば、横流しがあれば。あの男は、感情ではなく“管理不備”として処理するだろう。

怒鳴る相手なら、まだ交渉できる。しかし、黙って切る者は、止まらない。

「……検査を増やせ」

誰もいない部屋で、王は呟いた。

阿片の保管庫、輸送、加工、量、全部だ。

担当貴族にも通達する。

誤魔化すな、混ぜるな、流すな、少しの狂いも許すな。隣国の伯爵家が、ああなったのだ。自国で同じことが起これば、阿片交易そのものが危険になる。

それだけは避けねばならない。

「……なるほどな」

小さく、呟く。

第三王子は、何も要求していない。脅してもいない。だからこそ、誰もが勝手に怯え、勝手に管理を厳重にし始める。

「これが……統治か」

低く落ちた声は、誰にも聞かれることなく消えた。

数日後。

大国全土へ一通の通達が出された。阿片の保管、加工、輸送において、不正・横流し・記録改竄が発覚した場合、厳罰に処す。簡潔な文面だった。しかしその末尾には、国王自らの印璽が押されている。

阿片は、王家管理の品だ。南の属国に栽培を担わせ、収穫された阿片は、王家直属の管理庫へ送られる。取り扱える者も限られている。だからこそその通達は、関係者たちの背筋を凍らせた。

各地の管理庫、役所、輸送拠点、通達は瞬く間に広がった。

「……本気か」

羊皮紙を読んだ役人が、思わず呟く。隣では、帳簿係が青ざめていた。

「再検査だ。全部だ、全部確認しろ」

「ですが、この量を……」

「やれ。今すぐだ」

声が荒くなる。別の管理庫では、既に混ぜ物を始めていた監督官が部下を睨みつけていた。

「混ぜ物の量は?」

「い、いえ!ほんの少し――まだ始めたばかりなので」

「黙れ」

空気が凍る。

「混ぜたものは破棄。品質不十分とでもしておけ。今後、一切混ぜるな」

「しかし、増やして横流しすれば利益が……」

「言うな。首が飛ぶより安い」

吐き捨てるように言った。

港でも、空気は変わっていた。

阿片を積んだ箱が一つずつ開けられる。封蝋の確認、重量の測定、記録との照合。役人たちの目は、異様なほど厳しかった。

「最近、急に厳しくなったな」

南の属国から来た運搬人が、小さく漏らす。

監督役の役人は、低く返した。

「……小国の件を知らんのか」

その一言で、周囲が静かになる。

伯爵家の没落、医官の追放、阿片中毒という症状。噂は、既に国を越えていた。

しかも恐ろしいのは、第三王子が怒鳴り散らしたわけでも、軍を動かしたわけでもないことだ。淡々と調べ、 淡々と切った。大国の国王がそれに倣うのだとしたら。

だからこそ、人々は思う。

……次は、自分かもしれない。

管理官たちは記録を何度も見直した。輸送役人は、封を自ら確認するようになった。保管庫では、鍵が増やされ、夜番まで置かれ始める。

そして、少しばかり量をごまかし、 差額を懐へ入れようと考えていた者たちは、静かにその考えを捨てた。

「やめておけ」

古参の役人が、小声で言う。

「今はまずい」

それだけで、十分だった。

こうして大国における阿片の取り扱いは、かつてないほど厳重さを増していく。

誰も命じていない。それでも皆、自ら進んで締め付け始めていた。

ただ一つの実例が、国一つ、そして南の属国の空気を変えてしまったのだった。