歴ヲタ令嬢の婚約破棄
作者: 6969
本文
「エズメ、もうお前にはうんざりだ! お前との婚約は破棄することにした。俺を解放して、自由にしろ!」
「えぇ、もちろんです。承りましたわ」
婚約者、いや元婚約者ルーベンの言葉に私は素早く頷く。
なんなら、少し言葉を被せてしまったかもしれない。
婚約破棄が宣言されたのは、人目も多い学園の食堂であった。
そこに、取り巻きと【恋人】たちを侍らせてやってきたのだ。
浮気複数(証拠あり)の上に、人目のあるところで婚約破棄。
王子にここまでされれば、王命といえど反故にできるだろう。
いや、王命反故したのは、ルーベンの方であると証明できる。
そもそも、この婚約に乗り気ではなかった私はいっそ満足だ。
「そういうところが本当に可愛くないんだよ、お前は。婚約破棄だぞ? お前は俺に捨てられたんだ。捨てられた女は捨てられた女らしく、惨めに泣きすがればいいのに、本当にお前は自分の立場というモノが全く分かっていない。
強がっているとしても、ここまでくると可愛げがないんだよ。お前は本当に女として終わっているな」
ルーベンが態とらしく溜め息と共に吐き捨てる。
王子といえども、第五王子であったルーベンは、かなり自由に育てられてきた。
王位とほぼ関係ない継承順位と程よい無能だった為、甘やかしやすかったのだ。
だが本人は「自分は優秀だから、他の兄弟よりも愛されている」と考えている。
王候補たちとは教育内容が違うのに「俺は兄たちより優秀だから、勉強もすすんでいる」と言ってはばからない。
頭が悪いというのは、幸せなことである。
だが、もっと可哀想なのは国王陛下からそんな無能を、何年も婚約者として押しつけられていた私だろう。
ルーベンと結婚したら、巻き添えを食らって、処刑されるんじゃないかと婚約してから恐怖していた位だ。
「可哀想に、エンデ侯爵令嬢はルーベン様に愛されていないとよく知ってらっしゃるせいで、可笑しくなってしまったのよ」
「本当におかわいそう。いくら侯爵令嬢といえども、王子殿下からの愛は手に入らなかったなんてね。
でも、元々勉強ばかりで、女を捨ててらっしゃるんですもの、諦めるしかなかったのよ」
ルーベンの恋人たちがクスクスと私を嘲笑う。
それが、ルーベンの気分を良くさせたらしい。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて見せた。
それにしても、仮にも侯爵令嬢という身分の相手に、よくそんな口をきけるものである。
ルーベンにしても、王位継承はできず、一貴族になる身。
そのようにふんぞり返っていては反感を買うだけだ。
思わず説教じみた言葉がでそうになるが、我慢する。
彼ら三人のおかげで、王命である婚約を破棄できた。
ここは聞き流しておこう。
それにしても、陛下が愛息に無理に作った侯爵家入りの機会──これを自ら蹴るなんて、次の婿入り先はよほどいい家なのだろう。
「確かに、コイツは俺に愛されないと分かって、もうとっくに諦めていたのかもな。まぁ、そういうところは、自分の身分を弁えているよな。評価してやるよ。
だが、そもそも、お前はいつも書物を読むか、何か書いているだけで面白味がないのが悪い。
俺がお前を誘ってやろうと思えるように、女としていろいろと努力するのが、俺の婚約者に選ばれたお前の役目だろう! 俺はいずれこの国を背負うことになる国王になるんだ。お前は俺に選ばれるよう、常に努力するべきだったんだよ。なのに、婚約者に選ばれたからといって、お前は慢心し、努力を怠った。
これはその重大な役目を放棄し続けた、お前の過失だからな!」
ハンと、ルーベンの鼻が鳴る。
どうやら、本人は本気で王位を継ぐつもりのようだ。
ただの戯れだと、他の王子殿下たちは聞き流しているのだが、堂々とそう宣言して回るせいで、次の国王はルーベンなのではと勘違いしている者もいる。
もしかして今いるお取り巻きたちも、そう勘違いした貴族たちなのだろうか。
だとすれば、貴族として重要な情報収集能力がなさすぎる。
そう考えると、ルーベンの後方で勝ち誇ったように嗤っている彼らに同情すら覚えてしまう。
「はぁ、そうですか」
私は手を止めず、ルーベンの言葉に頷く。
とにかく、ルーベンの取り巻きを一人一人確認しなければならない。
それが重要だ。
「おい、こういう時くらい、勉強するのをやめたらどうだ!」
そんな私の様子に、ルーベンが舌を打つ。
「お前はいつもそうだ! 俺が話しかけてやっても、いつも紙に何か書いてばかり!」
そう言って、私から羊皮紙を奪い取った。
「一体、何を書いて・・・・・・」
何を書いているのか、その目で見たらしい。
言葉を失い、羊皮紙の言葉を凝視しだした。
「もちろん、王国史ですわ、ルーベン王子殿下。殿下は我が侯爵家が歴史書編纂をまかされ、いかなることも記録するお役目があることをご存じでしょう?」
そう、私が記述していたのは王国史だ。
我が侯爵家は一人一人、この国の歴史を書き留める義務と権利がある。
しかも、今はルーベンが婚約者(私)に婚約破棄を申し渡す大事な場面。
その歴史的瞬間はどうやって起こり、一体誰が立ち会ったのか、しっかり記録しておかねばならない。
食堂にいる人間全ての名前は無理だが、ルーベンに付き従った貴族くらいは残しておきたいのだ。
「王国史!? 王国史だと!? これが!?」
「はい、そうですわ」
顔を真っ赤にしているルーベンに頷く。
彼の顔は茹で上がったロブスターのようだ。
一体、どこの記述を見ているのだろうか。
確か、本日の記述は──
「昨晩から本日明朝にかけて、ルーベン殿下はイーヴァ・クレア男爵令嬢と同衾。そして、三人分の朝食を持ってきた、グレイス・ケヘル子爵令嬢が殿下の部屋を訪れ、その後は昼食前まで三人で裸になられ・・・・・・」
「うわー!! うわー!!!」
本日の記録の一部をそらんじると、ルーベンが大きな声を出した。
ルーベンの恋人、隣にいるイーヴァとグレイスは声も出せないらしい。
ひくひくとイーヴァの口角が引き攣り、グレイスは今にも倒れそうだ。
「一体、一体、何を! これのどこが王国史なんだよ!!」
真っ赤になったルーベンが羊皮紙を破り捨てようと引っ張る。
しかし、この羊皮紙には、特別な魔法がかかっている。
破り捨てることはできないし、燃やすこともできない。
「もちろん、ルーベン殿下の下半身事情も大切な王国史の一部ですわ」
「はぁ!??」
「数十年、数百年後、王家の血をひくという者が現れたとき、これを参考に照らし合わせることになりますから」
「お前・・・・・・っ!」
「これも大切なことですよ、殿下。
ちなみに、最後に王家の血をひくと偽証した者は今から七十五年前、港町に現れております。百年ほど前に王族であった者の中に、処女の平民を抱くのが趣味のお方がおりまして、彼の血をひくのではないかと平民たちは考えておりました。また、貴族の中にもそれを信じる者が現れ、国を二分する危機が訪れたのです。
ですが、私の一族の者が記した、抱かれた者のリストに彼の血統はおりませんでした。また、その王族が平民の娘を抱いた後は、必ず腹を割って殺害するという記述が・・・・・・」
「いい! 言わなくていい!!」
ルーベンの顔が真っ赤になり、ついには真っ青になった。
口角が引き攣りすぎて、逆に笑っているように見える。
「き、記録が必要としてもだな。こ、この記述はなんだ!」
「え? もしかして、間違っていましたか?」
「い、いや・・・・・・お前・・・・・・」
「イーヴァ様から「ルーベン殿下は赤子の真似をして、お世話されるのが好きなの。膝に抱かれて私の胸を吸うのが本当にお好きで・・・・・・ごめんなさい。貴方のように、胸のないご令嬢にはできないわよね。少しでも、貴方がルーベン殿下に好かれるよう、アドバイスしたかったのだけど・・・・・・」というご申告を頂いたので、そう記しただけですが」
「・・・・・・こ、これはいらないだろ!!」
「そうです! いりませんわ!!」
ルーベンとイーヴァが必死になって叫ぶ。
元々、ルーベンが大きな声を出したせいで注目を集めていたが、もはや食堂中が私たちの一挙一動に注意を払っているのが分かる。
「いいえ、詳細なプレイ内容を記述するのも、また後に重要な資料となります」
「なってたまるか!」
「いいえ、なります。殿下と同衾したというのが偽証かどうか、それを確認する際などに、殿下の身体的特徴やプレイ内容は重要になります。
本当であれば、殿下が同衾する際に、その様子を目視しながら記述するのが一番良いのですが」
「一番良いわけないだろう! むしろ、一番悪い!!」
「歴史書とはそういうものです」
ルーベンは段々と熱くなっているようだ。
真実を書いてあるだけなのに、どうしてこうも狼狽えているのだろう。
「・・・・・・っ、こ、こんなこと、父上が知ったら!」
ルーベンが唇をかむ。
「そう、父上が知ったら、お前はただじゃ済まないぞ! 不敬罪だ!! だから、はやく、この記述をどうにかしろ!!」
「私たち侯爵家が歴史書を記述するのは、初代聖女様の御意向であり、何を記述したとしても【不敬罪】に問うことはできません。そういう契約です」
「なっ・・・・・・!」
ルーベンの顔からついに色がなくなった。
その顔色はまるで羊皮紙のようだ。
そう、私たちが【歴史】を記述しても【不敬罪】には問われない。
だが、王家がそんな(歯に衣着せぬ)私たちを嫌がっているのは事実である。
今回の婚約も「王子を侯爵家に押しつけるついでに、歴史書編纂に口を挟めるようにならないだろうか」という意図が見え隠れしていた。
画策というより、だったら良いなくらいの考えだったのかもしれない。
しかし、そもそも我が侯爵家は一人一人が歴史を記述している家だ。
一人の手を止めることはできても、侯爵家の一族全ての手を止めることはできない。
それこそ、一族の人間全てを処刑しなければならないだろう。
いや、一族の人間全てを処刑したとしても、歴史を記述する人間は絶えることはない。
仮に、侯爵家の歴史書を全て破壊しようとしてとしても、それを守ろうとする者が必ず現れる。
正しい歴史とは醜くも美しいものだ。
正しい歴史を残すよう取り決めを作った始まりの聖女。
彼女は聖女でありながら、歴史家であったのだろうか。
それとも、偽の歴史に苦しめられた被害者だったのか。
彼女は何を食べ、好み、心を動かされて生きていたか。
──その思考が記述され、残ってないのが残念でならない。
「ルーベン殿下がどういう女性が好きで、どういうふうに女性と夜を過ごされていたのか、私はそこも記述しておきたいのです。歴史の記述は私以外にもしていますが、ルーベン殿下をここまで詳細に書き残せる人間は私以外にはいないと自負しています」
ルーベンとの婚約が不快だったのは事実だ。
歴史を記述する時間が減るから、とても乗り気にはなれなかった。
しかし、父から「折角なら、王子殿下のすぐ側から見た【歴史】を記述してみたらどうだ? それはお前にしか書けない」と言われたとき、目が覚めた。
そう、何事も経験である。
そして、この婚約も【歴史】の為と思えば、得難い物だった。
それから、私はしっかりとルーベンを観察した。
ルーベンという【第五王子】が、どのような【性格】で【思考】で【女色】で【性癖】か。
しっかりと観察して、記述していった。
これからは婚約者でなくなるので、今までのように詳細な記述はできなくなるだろう。
歴史を記述する為の時間は増えるが、そこだけは惜しかった。
「我ながら、ルーベン王子殿下とその恋人たちを、しっかりと歴史に刻むことができたと思います!
──後世で貴方たちの事をよく知りたいと願う方に、きっと届いてくれるでしょう」
私がルーベンたちにそう宣言すると、ついにイーヴァが泣き出し、グレイスが倒れてしまった。
その数日後「ルーベンが廃嫡され、北塔に軟禁されているらしい」という噂を聞くことになる。
「廃嫡! これは、ルーベン殿下、いえ、ルーベン元殿下に詳しいお話を聞かなければなりませんね!」
「その通りだな! 実に三十七年ぶりの廃嫡だ! どうして廃嫡したのか・・・・・・は、恐らく醜聞が過ぎたのだろう。しかし、廃嫡された当人との会話記録を残すことができれば、よりよい歴史資料になるぞ!」
私と父は喜び勇んでルーベンの元へ行こうとしたのだが、城門で止められ「頼むから、もう勘弁してください」と、多額の慰謝料と共に家に返されてしまった。
そういうわけで、今の私に書けるのはここまでだ。
学園にイーヴァ・クレア男爵令嬢とグレイス・ケヘル子爵令嬢が来てくれたら、もっと詳しい話を聞けるだろうか。
婚約破棄して以降、私の為にルーベンの情報を沢山教えてくれた二人の姿が全く見えないので、本当に心配である。