作品タイトル不明
第17話 こんばんは。私、賢者のシオンと言いますが覚えていらっしゃいますか?
小太りの少年、花川大門。
魔神の眷属であり、美少女の姿を模したリュート。
二人は旅を続け、ようやく王都へと辿り着いた。
「すごい人だかりだなー。祭りでもやってるの?」
王都の門をくぐってすぐ。夜だというのに街は人と活気にあふれていた。
「ぶふぅ! 田舎者丸出しテンプレですなぁ! いやいや、この程度日本ならどこにでもある光景かとは思いますが、異世界ですと珍しいのでござるかぁ?」
「君……殺されないと理解してから調子に乗りすぎだろ……」
リュートは呆れた様子だった。もう怒る気にすらならないというところだろう。ここまでの道中でも花川は言いたい放題だったからだ。
「殺さなくても痛めつける方法ならいくらでもあるけど、それはわかってるの?」
「ふふっ! 死なないとわかっているのなら、どうにでもなるのですよ。拙者ヒーラーですからなぁ。どんな怪我でも元通りというわけで覚悟さえ決めておれば耐えきれるのでござる!」
「そうなんだ。ところで、ここの地下が目的の妹神様がおられる場所なんだけど」
「ほほう? そんな人を害するような魔神の直上でよくもこれほど街を発展させることができたでござるな」
「主様が封印しているからね。そんな簡単に出てこられるわけじゃないよ」
これは人間たちが知らない情報だった。
何しろ妹神が封印されたのは千年前の話であり、詳細は伝わっていないのだ。
伝説では大魔道士が魔神を封印し、この街を作ったことになっている。だが、大魔導師は街を囲む巨大な城壁を作ったにすぎない。
地下に存在する魔界そのものは、魔神アルバガルマが妹を封印するために作りあげたものだった。
「でも封印されているのは妹神様だけだから、その眷属は地上にやってくることはできる。けど、人間たちも手をこまねいているわけじゃなくてね。特殊な血筋の奴らが、この一帯をさらに封印しているんだ。だからこの地ではスキルのランクが下がるってことなんだけど……君の回復魔法がどれぐらい通用するものなのか、試してみようか?」
花川の動きは迅速だった。リュートが話し終える前に飛び下がり、人目を憚ることなく土下座状態になっていたのだ。
「拙者調子にのっておりましたぁ!」
「君、土下座に頼りすぎだろ?」
リュートはうんざりした様子だった。
「話が通用する奴が相手でしたら、とりあえず土下座すれば、間が持つのでござるよ。間があけば、相手もすぐにどうこうしようという気は失せたりするものでして、そこでどうにかなる可能性があったりするのでござる!」
「もういいから、とりあえず立ってよ」
さすがに往来で土下座は目立ちすぎる。花川はゆっくりと立ち上がった。
「で、街には来ましたが、どうすれば?」
「そうだね。魔界に行かなくちゃならないんだけど、どこに入り口があるのか、どんな風に管理してるかがわからないから、まずは情報収集かな」
「なるほど。そうなるとこういった場合は酒場に行くのが定番でござろうか?」
ゲームや漫画の知識でなんとなく花川はそう言ってみた。
「酒場か。あれかな?」
「いや、しかし拙者ら見た目は子供でござろうが? 行くのはいいのですが、ママはどうしたんだ? とか、ミルクなら他所に行きな、とか言われ――多いですな!」
通りには、ジョッキ、酒瓶、樽などが描かれた、いかにも酒場でございと言わんばかりの看板が並びに並んでいた。
「酒場ばかり多すぎやしないでござるか!? ……ま、まあとりあえずは行ってみるでござるか」
選択する基準などないので、手近な所に行くしかない。子供だけで行くとチンピラに絡まれるかもしれないが、ここにいるのは魔神の眷属だ。花川も余裕の気分で酒場に足を運んだ。
「いらっしゃいませ! お二人様ですかぁ?」
ウェイトレスが気さくに呼びかけてくる。この二人でも門前払いということはないようだ。
テーブルに案内されたので、花川が適当に注文した。花川もこの世界での生活は長い。この手の店で何を頼めばましなものが出てくるのか理解しているのだ。
「僕は酒場なんて初めて来たんだけど、情報収集ってどうするわけ?」
「ぬぬ? そういえば、どうしたもんでしょうかね。周囲の会話に聞き耳を立てるだとかでござろうか」
「はぁ……自信満々に言うから何かいい案でもあるのかと思ってたよ。ねえ、お姉さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
リュートがウェイトレスを呼び止めた。
「おぉ! なんと自然に女の子に声を! 拙者には到底真似のできない芸当でござるよ!」
「今日はこんなに人が集まってるけど、お祭りか何かかな?」
「ちょっ! 人の話を聞いていたのでござるか!? この街の規模からするとこの程度は普通で――」
「そうなんですよー! なんでも、賢者候補の方たちが、魔界五層にまで到達したっていうんです! これまでは三層が到達限界だったのに、攻略開始して数日でいきなり五層ですよ! 千年間停滞していた、魔界攻略が進んだってことでもうお祭り騒ぎなんですよ」
「な、なんですと!?」
リュートがどうだと言わんばかりに得意気な顔で花川を見つめていた。
「なので特需ですよ、特需! 賢者候補さまさまってやつですね、ほら! 今日もこの店に来ておられるんですよぉ!」
「はぁ!?」
花川はウェイトレスの指差すほうを見た。そこには、見覚えのある制服姿の三人がいた。
牛尾真也、棟方圭一、矢立光雄。学校でもよくつるんでいるのを見かけた連中だ。
エロゲの話ばかりしていた奴らで、クラスの連中からは花川も同類扱いされていたものだが、特に交流はない。趣味が違うというのもあるが、花川はこんな奴らからもキモオタ呼ばわりされ、馬鹿にされていたからだ。
「ふざけんなでござるよ。結局やることやるんでしょうが、何が泣きゲーでござるか!」
「花川?」
唐突に彼らとの諍いを思い出して憤ったが、リュートからすれば意味不明すぎるだろう。
「って! まずいでござるよ! あいつらに見つかってしまうでござる! どうにかならんですか!」
花川は、彼らからすればいきなり逃げ出したことになる。今さら合わせる顔がなかった。
「どうにかね……まあいいけど」
リュートが軽く手を振る。
「なんとなくこちらが気にならないって程度の認識阻害を使っといたよ」
「そんな程度で大丈夫でござるか?」
「完全に姿を隠すなんてことをしようとすると、辻褄が合わなくなって大変なんだよ」
「魔神の眷属だなんて自慢してるわりには案外しょぼいですな」
「だったらあいつらのまえに放り出してやろうか? って土下座しようとすんなよ! 今そんなことしたら、折角の偽装が台無しだからな!」
花川の土下座に移行しようとする動きを見切ってリュートが制止した。
「ふふっ! しかし気付かれないというならば! もっと近づいて奴らの話を聞いてみたほうがいいのでは? 奴ら魔界に行っているそうじゃないですか!」
「そうだね――いや、ちょっと様子がおかしいな」
立ち上がろうとした花川を、またもやリュートが制止する。
三人の方を見てみると、フードを被った少女が側に立っていた。
*****
「なんなんだよ、高遠の野郎は! 途中からぽっと出てきてクラスの美少女をかっさらっていきやがってよぉ!」
酔っ払って愚痴をぶちまけているのは、エロゲマスターの牛尾真也だった。
「毎晩、二宮さんとキャロルと壇ノ浦さんとどっかに消えるんだよな。羨ましいもんだよな、まったくよぉ!」
答えるのはエロゲマイスターの棟方圭一だ。彼も何本も酒瓶を空けている。日本でなら問題になるだろうが、この世界に来てから大半の生徒たちは酒を飲むようになっていた。
「あいつなんもしてねーじゃんよぉ。たまに蟲のいるエリアに呼ばれるだけでさぁ。牛尾のほうがよっぽど活躍してんだろ。なんで俺らはもてねーんだよぉ!」
エロゲマニアの矢立光雄も同調する。彼らは日本にいたころから仲がよかったのだ。
「そりゃまぁ……エロゲ三貴族なんて呼ばれてるからだろ……こんなんでもてるかよ!」
「けど、なんで俺らだけ! 好きでこんな能力になったわけじゃねーよ!」
牛尾が憤り、棟方もジョッキを呷る。
「好みや趣味が能力に反映されるっていうけどさぁ、誰だって、時間止めてエロいことしたいとか、服を透かして見たいとか、透明人間になって更衣室に侵入したいとか、触手で絡め捕りたいとか思うよなぁ! 俺らだけ女子からゴミみたいに見られるってなんなんだよ!」
「いや、触手はないわ」
「ないな。それだけちょっと違うわ」
「なんでぇ!?」
矢立だけが否定され、納得がいかないとばかりにうめき声をあげた。
「ま、でもお前らはまだましじゃん。こっそり楽しめるわけだろ」
牛尾が羨ましげに言う。
彼らの能力は、クラスメイトに対して使うことができない。だが、それ以外なら問題はないのだ。
「まあな。さっきからウェイトレスの子の全身をなめ回すように見てるし」
棟方の能力は透明関連全般であり透視能力も持っている。物を自在に透かして見ることができるのだ。
「俺の触手も、こっそり使う分にはばれないしな。あ、そんなだいそれたことはしてねーよ? ちょっと感触を楽しむぐらいでさぁ」
矢立は任意の場所に触手を生やすことができて、触手の感覚は能力者と同調しているのだった。
「その点、俺の時間停止なんて犯罪以外に使いようがねーわ」
牛尾の時間停止は、対象物の動きを止めるというものだ。戦闘ではおおいに役立っているが、こっそりとエロいことをするにはあまり向いていなかった。止めた状態の物は完全に制止するため、女の子を触ったところで石でもなでているようにしか感じられないのだ。
「いや、もうさ。能力を使ってどうこうじゃなくて。クラスの女子を相手にするんじゃなくてさ。風俗とか行けばいーんじゃねーの? この街にはそんなの腐るほどあるみたいだぜ?」
「は? いや、それを女子に知られたらさらにゴミのように見られるんじゃね?」
「どうせ、エロクズだと思われてんだからさ、今さらどうでもいーじゃん。金はあるし、なんたって俺らは魔界を攻略中の英雄様だぜ? もてまくりなんじゃねーの?」
「そう……そうだよな! クラスの奴らなんてどうでもいいよな!」
彼らは意気投合し、乾杯する。さらに酒を呷っていると、すぐ側に誰かがじっと立っていることに気付いた。
「こんばんは。賢者候補の方たちですよね」
若い女だ。声もそうだし、フード付きのマントを着ていても体形からそうとわかる。
三人は色めきたった。
「おいおい、やっぱ英雄ってもてるんじゃねーの?」
「だよなー。俺らみたいな規格外の存在がもてないわけないよなー。普通は女のほうからよってくるもんだよなー」
「え? でも……」
棟方は透視しようとして、異常に気付いた。
『クラスメイトに対しての能力使用は、誓いに反しますがよろしいですか?』
秋野蒼空の誓願スキル。彼らはその影響下にあり、誓いを破れば死ぬ。だが、問答無用というわけではなく、こうやって警告が表示されるのだ。
女がフードを外す。あらわれたのは見知った顔だった。
篠崎綾香。
賢者候補とされた生徒たちが、囮として観光バスに置いていった少女だ。
「お前も生きてたのかよ……」
彼らが呆然としていると、綾香の左手が伸びてきて、牛尾の手首を掴んだ。
「捕まえた」
綾香が艶然と微笑む。そして、右手で牛尾の顔面を殴りつけた。牛尾は倒れ、テーブルが派手に吹っ飛んだが、綾香は掴んだ手を放さない。そのまま馬乗りになり、さらに顔面を殴りつけた。
突然のことに酒場内は騒然となった。
だが、この程度のことは日常茶飯事なのか、酒場の客たちは高みの見物という様子で煽り立てるだけだ。
「やめろ!」
矢立が叫ぶと、綾香の周囲に粘液でぬらつく触手が幾本も生えてきた。
クラスメイトへの能力使用は禁止されているが、クラスメイトに暴力を振るっている相手にまで適用されるわけではない。
触手が綾香に絡みつく。
だが、綾香はその動きを止めなかった。まったく意に介さず、触手を引きちぎりながら牛尾を殴り続けたのだ。
「ぎゃあ!」
矢立が悲鳴を上げてうずくまった。触手の痛覚は本体と連動していて、ちぎられるなどすれば地獄の激痛に苛まれる。
「な、なんなんだよ、お前! なんでこんなことを!」
棟方の透明化は、不意討ちには向いているがこんな場面では役に立たなかった。
「復讐に決まってるでしょう?」
そう言いながら綾香は淡々と牛尾を殴り続けていた。
「牛尾も何やってんだよ! そいつを止めろよ!」
「さ、さっきから、やって、ぶっ――」
言いかけてさらに殴られる。
「ドラゴンにそんなものが通用するわけないでしょう」
最初のうちこそ煽っていた酒場の客たちだったが、そのあまりの凄惨さに言葉をなくしていった。
かといって止めにも入れない。止めに入れば殺される。その鬼気迫る様子を見ていれば、そう思うのは当たり前のことだ。
静かになった酒場に、牛尾が殴られ続ける音だけが響き渡る。
しばらくして、牛尾がぴくりとも動かなくなった。
綾香は、ようやく殴る手を止めて立ち上がった。その手は、血まみれになっている。
「さて、棟方くん?」
「は、はい!」
「これから一度に一人ずつ殺していくから、せいぜい怯えながら過ごしてね? クラスのみんなにそう伝えておいてくれるかしら。あ、そうそう。死体が残ってたら蘇生とかされるんでしたっけ?」
綾香が右手を、動かなくなった牛尾に向ける。何かを唱えると、牛尾の死体ごと酒場の床が消失した。
「一人残らずこうするから」
その言葉を切っ掛けに、酒場の客たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
*****
「な、なんなんでござるか!? あれは! 綾香たん、お嬢様キャラだったかと思うんですが、いつのまにあんなことに!」
綾香のいきなりの暴虐に、花川は呆気にとられていた。
「いやー、あれはすごいなー」
リュートは感心していた。魔神の眷属から見ても綾香は相当なものらしい。
「先ほどの様子からすると、バスに置いていかれたことに大変ご立腹なご様子。だとすると拙者もターゲットな気がするのでござるが!」
「ふーん。そうなの?」
「そうなの? って拙者が殺されたらどうするんですか!」
「殺さないと言ったからその約束は守るけど、誰かに殺されるぶんには知ったことじゃないよ」
「え? その、高遠夜霧の情報については? ほら、拙者がいないと、どいつが高遠かわからんでござるよね?」
「さっきの奴らが賢者候補の仲間なんでしょ? だったらそいつらに聞けばすむ話だし」
「そうでござったぁ! いや、その、そうは言ってもですね、ここまでの旅で拙者にそこはかとなく友情を感じたりしていてですね、こんなとこで死なせてたまるかよ! お前を殺すのはこの俺だ! とかそういう感じで、リュート殿が綾香たんと相討ちになったりして『ふっ、お前との旅も案外悪くなかったよ……』みたいな感じのですね!」
「まったくない」
「ですよねぇ!」
そんな話をしながらも下手に動くのはまずいと花川はじっとしていた。
綾香もまずは牛尾を殺したことで満足したのか、すぐに酒場を出ていった。
「ま、まあ、情報収集ならとりあえず別の店に行きましょうか」
客はいなくなったし、店員たちも放心状態で、ここにいても仕方がない。
花川たちもゆっくりと店を出ようとしたが、そこにあらたな客が入ってきた。
「あら、何かあったんでしょうか?」
入ってきたのは白いドレスの美女で、面白そうに店内を見回している。
そして、花川と目が合った。
「あれ、認識阻害が通用してないな」
リュートが不思議そうに言う。
「あなたが花川さんですか? こんばんは。私、賢者のシオンと言いますが覚えていらっしゃいますか?」
引き続いてのトラブルの予感に、花川は悲鳴を上げそうになっていた。