作品タイトル不明
第11話 こんなに大きくはなかったのだがな
枢軸教会。
それは、この世界において最大の勢力を誇る宗教団体だ。
信仰対象はその名の通り枢軸なのだが、厳密にいえばそこからあらわれる何かということになる。枢軸は天軸とも呼ばれ、世界の中心を貫く巨大な柱であるとされていた。
ただ、その軸は普通の人間には見ることができないとも言われている。一部の人間にしか見えないとなればその存在は懐疑的なものとなるが、魔法が飛び交い、魔物が蔓延るこの世界で、そんなあやふやな代物を中心に信徒をまとめることなどできはしない。
だが、この教団には確実な現世利益が存在する。治癒と魔の調伏だ。
治癒は、通常の医療手段では回復不可能な病状を、枢軸から与えられたとする奇跡により治療するものだ。この世界には回復魔法の使い手も少なからずいるのだが、確実性に乏しく、それほど効果的なものではなかった。
魔の調伏は、魔物や魔神の眷属などと呼ばれる邪悪な存在を退治することだ。各地の教会を基点に一帯を防衛し、魔物の排除を行っている。しかも国家では対応しきれない寒村をもその保護対象としていた。
その総本山は、マニー王国の王都にあり、魔界の封印の一助となっている。聖職者たちの階級は、主にその担当範囲の広さに応じていて、その頂点には聖王が立っていた。
*****
夜霧たちと別れた聖王一行は、無事王都へと辿り着いた。
馬車で峡谷を抜け、汽車で水晶平原を通過してきたのだ。
王城近くの駅でリックとお付きの者たちは降り、残りの者たちはそのまま王都の北へと向かっている。
聖王の座と呼ばれる宗教施設がそこにはあるのだ。それは、枢軸教会の総本山であり、王都で二番目に大きな建築物だった。
汽車の先頭車両は貸し切られていて、今は三人だけが乗っている。
向かい合わせの席の窓側に座っているのが聖王だ。ドレス風の白い鎧を着ている美女で、生真面目な雰囲気を漂わせている。常在戦場ということなのかこんな時でも気を抜いてはいないらしい。
聖王の向かい側に座っているのが、ライニール。とにかく運が悪いことで一部では有名だったが、塔での事件により世界水準で運が悪いことが露呈した青年だった。
ライニールの隣に座っている少女がフレデリカだ。右肘から先が失われいているが、これは塔にあらわれた魔神の眷属の攻撃によるものだった。傍らに置いてある杖からもわかるように、魔法を得意としている。
並んで座るこの二人は塔の試練に合格したことで、ともに聖王の騎士となっていた。
「あの、先に家に帰らなくていいのかな。お父さん、ずいぶん心配してるんじゃないかと思うけど」
フレデリカは家出同然の形で、王都を出て塔の試練に挑戦していた。当然家族は心配しているはずだったが、フレデリカはその点はあまり気にしていないらしい。
「あのね。こんな姿を見せたらお父様は卒倒しちゃうに決まってるわ。先に治さないことには帰るに帰れないわよ」
フレデリカが聖王の座に向かっているのは、治療のためだった。ライニールは特に用事はないのだが、付き添いを強制されているのだ。
フレデリカの腕は、呪いで失われており、通常の回復魔法では治らないとのことだった。
「すまないな。私が治癒の力も修めていればよかったのだが。だが、解呪ができれば再生は可能なはずだ」
枢軸教会のトップは聖王であり、教会が使える全ての力を使いこなすように思われがちだが、聖王の力は戦闘に特化しているとのことだった。
「いえいえ。そんな恐れ多いです。同行を許してくださっただけでもありがたいです。ほんと」
「なに。君たちはもう聖王の騎士なんだ。堂々としていればいい」
聖王がそう言うのは、ライニールがいるからだろう。ライニールは聖王を見るといまだにおどおどとしてしまうからだ。
「そういや、詫び石とかってさ。どうなったの?」
「そういうのは全部使えなくなりました」
ライニールは女神から与えられた力を全て失っていた。
もう星結晶は手元にないし、支給もされなくなっていた。おそらく、死に戻りの能力もなくなっているはずだが、こちらは試すこともできない。
「それ大丈夫なの? 死んじゃわない?」
「あー、どうなんでしょ。運の悪さも改善されてるような……」
なんとなくライニールはそう思っていた。塔以降、極端にひどい目にあっていないのだ。
「でも、それじゃ魔界になんて行けないじゃない。今のあんたって特になにができるわけでもない凡人以下なわけでしょ?」
「え? なんで僕まで魔界に行くことになってんですか!?」
「聖王の騎士なんだから、行くに決まってるでしょ」
王都にいる限り、聖王の騎士の活躍の場は魔界以外にはありえないだろう。
フレデリカが聖王の騎士を目指したのはこれが目的だったのだ。
彼女は魔界に入ることを父親に許されていなかった。魔界への入界は厳重に管理されていて、貴族であり魔界入界権の一部を扱う立場の父親がそうと決めたのなら、無理矢理に入ることもできなかったのだ。
だが、聖王の騎士であるなら、魔界への入界は自由に行うことができる。それは貴族の魔界利権とは関係のない話だからだ。
「そう言われても……今からでも聖王の騎士ってやめられないでしょうか……」
「どのような経緯にしろ、試練をクリアしたことには間違いない。あの試練で確認しているのは主に運命力とでもいうのか。普通ではない特別な人間を探しているのだ。なので、君には何かがあるということになる。なに、今の時点で力がないということはさほど問題ではない。この聖王自らが、ギフトを与えようではないか」
「えー! なに、その特別扱い!」
フレデリカがふくれっ面になった。ずるいと思うのは仕方がないが、その態度は問題だろうとライニールは思う。それは聖王を批判することになるからだ。
「いや、本来聖王の騎士とはそういうものなのだ。千年の間にいろいろと変わってしまったようだがな。私が復活した以上問題はないだろう」
本来、聖王の騎士とは、聖王から直接ギフトを与えられた者のことだった。
ギフトは特定の条件のもとに他人に与えることが可能だが、世代を経るごとに劣化していくため、より系統の上位者から受け継ぐほうが効果的だ。聖王はギフト保持者の頂点に近い位置にいる。受け継ぐには申し分のない相手だろう。
「フレデリカ殿は、すでにギフトを持っているのか?」
「はい。クラスは炎術士++です」
炎術士は魔法使いの一種で、炎の魔法を得意とするクラスだ。それだけならそう珍しいクラスでもないのだが、++が付加価値をあらわしている。ただの炎術士にはない要素が二つあるということなのだ。
ちなみに、一見よくわからないクラス名と、+付きは驚異的な力の持ち主だと判断されることが多い。通常のクラスにはない不可思議な能力を使ってくる可能性が高いからだ。
「適性もあるが、二つ目ぐらいなら問題はないだろう」
「では、私にも頂けるということですか?」
「希望者には全て与えるつもりだが、そのあたりは各自の判断ということになるだろうな」
発現するクラスによってはデメリットもあるらしい。現状で問題なく運用できているなら、ギフトを追加するのも善し悪しということなのだろう。
「しかし、汽車か。便利になったものだな」
聖王がしみじみと言う。千年前に汽車はなかったのだろうし、街もこれほど発展してはいなかったのだろう。
汽車が減速をはじめている。目的地である聖王の座はもうすぐだった。
*****
聖王の座の巨大さに、聖王は圧倒されていた。
白黒模様で円筒形の建物が林立し、それぞれが複雑に繋がり、交差し、積み重なっている。その幾何学的な配置の意味は聖王にもわからないが、それは見る者に畏怖の念を抱かせる光景だった。
「こんなに大きくはなかったのだがな」
過去には神殿と呼ばれていただけの自分の家が、複雑怪奇な建築物となり目の前に立ちはだかっている。しかも聖王の座などと呼ばれているのだ。これには聖王もうんざりしてしまった。
「たかが自分の家に帰るだけのことと思っていたが、フレデリカ殿たちと一緒にきてよかった」
こんな様子では入り口がどこからすらわからない。案内なしでは途方にくれてしまうところだった。
「あの。千年も経っているわけなんですけど、その、聖王様のことってわかるんでしょうか?」
「それはわかるだろう? いや、わからないのか?」
聖王の気を感じ取れない者が信徒にいるわけがない。そう思っていたのだが、なにせ千年もの間不在にしていたのだ。気配で聖王とわかれと言うのは無理な話にも思えてくる。
「申し訳ないんですが、僕には聖王様が聖王様だってことがよくわからないです……」
ライニールが本当に申し訳なさそうに言う。一般的な信徒であれば同様の反応だろうと思われた。
「ふむ、そうか。だが、行ってみるしかないだろう。この場合どこへ向かえばいいのだろうか?」
「あそこでしょうか。最も古く、教会にとって重要な場所だと聞いたことがあるのですが」
「……私の家だな……どうやってあそこまで行けというのだ……」
最も高い円筒の先頭。そこに、見覚えのあるこぢんまりとした建物が載っていた。
もともと枢軸を模して作られているので、それも円筒形ではあるのだが、後から作られた部分と比べるとずいぶんと貧相に思えた。
十全な状態であるならそこまで飛んでいくぐらいは可能だが、聖王はほとんどの力を失ってしまっている。
回復には休息が必要で、そのためには自宅へと戻る必要がある。なので、結局は歩いていくしかないのだった。
「そうですね。入り口はいっぱいあるんですけど……貴族向けの入り口があるのでとりあえずはそちらに」
フレデリカが案内する。
聖王は黙ってその後をついていった。
手入れの行き届いた庭園を歩き、小さめの円筒形建築物に到着する。そこから他の建物に繋がっているのだろう。
入り口には槍を持った僧侶が立っていて、聖王は少しだけ安心した。
ゆったりとした布を巻き付けたような服に、要所を皮製の防具で覆った姿は、見知ったものだったからだ。
「これ、聖王様が帰ってきたなんて言ったら、馬鹿みたいに思われたりしないでしょうか……」
「事実なのだからそのように言うしかなかろう」
聖王は堂々と歩いてく。
すると入り口の警護に当たっている僧兵が怪訝な顔をしているのが目に入った。
やはり怪しいと思われているのかと一行は思ったが、すぐに僧兵の意識は中に向けられていると気付いた。
かしこまる僧兵の間を通り、一人の男があらわれる。
モノトーンの司祭服を着た壮年の男だ。その厳粛な雰囲気からすると、位階の高い人物だろう。
「お帰りなさいませ。聖王様」
「ほらな? わかる者にはわかるのだ」
聖王は満更でもない顔をしていた。
「私、大司教を務めさせていただいている、ホラリスと申します。まさかとは思いましたが、聖王様のご威光を見まがうわけもなく。こうしてお迎えに上がった次第です」
「そうか。この二人は聖王の騎士でな。少女のほうが戦いで腕を欠損してしまったのだ。治療を施したいのだが」
「そうですか。ではお二方は治療院へと向かってください」
ホラリスの背後にいた手下らしき者が、二人を治療院へと連れていった。
「とりあえず家へ帰ろうと思い、ここに来てみたのだが勝手が違っていてな。少々困っていたところなのだ」
「なるほど。確かに聖王様がご活躍されていた時代とは様変わりしていることでしょう。ではまず、そのご自宅。聖王の座の中心部へとご案内いたしましょう」
聖王はホラリスとともに建物へ入った。
内部も精緻を尽くした作りになっていて、宗教建築特有の荘厳な雰囲気を醸し出している。
外観からもわかるように内部は恐ろしいまでに広大だったが、移動は動く通路や、エレベーターで補っているらしい。
時間はかかるが、歩き疲れるということはなかった。
しばらくそうやって移動して、中心部、最上階の建物へと辿り着く。
やはりみすぼらしい建物ではあるがこうやって間近にして、ようやく帰ってきたという実感を聖王は抱いていた。
中に入ってみれば、若干古びてはいるものの、記憶のままの様子だ。
礼拝堂を抜けて、聖王の居室に入る。ベッドとテーブルがあるだけの部屋は綺麗に掃除されているようだった。
「さて。ここで話ができるということでいいのか?」
聖王がテーブルにつき話を促す。ホラリスも向かいの椅子に座った。
千年もの間不在にしていたのだ。聞いておかなければならない話はいくらでもあるだろう。
「はい。ここへ来ることができる権限を持つのは、大司教の十名のみであり、現在この王都にいる大司教は私のみとなります」
「ふむ。ではこの部屋を掃除していたのは大司教なのか?」
「はい。十名で持ち回っております」
「ほう。大司教などという大層な役職でありながらも、掃除をしているのか」
「見習いから、大司教まで例外はありません。掃除は義務としておりますので」
勝手にそんな教義が追加されているようだが、悪いことではないだろう。聖王は素直に感心していた。
「さて。聖王様のご帰還は大変喜ばしいことかとは思うのですが、聖王様は峡谷で魔神を封じ続けておられたはず。いったい何があったのでしょうか?」
「峡谷の魔神は滅びた。とりあえずはそういうことだ」
ある少年がなんとなく殺してしまったと説明しても理解するのは無理だろう。なので結果だけを端的に伝えた。
「なるほど。では封印の鍵については?」
「なんのことだ?」
峡谷の魔神を封印するのに鍵など必要ない。それとも、塔の機能のことかもしれないが、今それを訊く意味がわからなかった。
「とぼけているわけでもなさそうですね」
何かがおかしい。意図を問いただそうとして、聖王は異常に気付いた。
いつのまにか手足が動かなくなっているのだ。
「聖王が戻ってくるなど万が一にもありえないと思っていたが、何事も準備はしておくものだ」
ホラリスの様子が一変していた。そこには聖王に対する敬意など一欠片もありはしない。
「政争の類か。うかつだったな。千年も経てば腐りもするのか」
現状では大司教による合議により、教会としての意思決定が行われていると聞いていた。だが、それはあくまで聖王の代理でしかない。現在も、枢軸教会の最高位聖職者は聖王であり、聖王が戻ってきたなら、全ての権限は聖王に委ねられることになる。
「いや。教会のありようは何も変わらない。今も昔も世のため人のため、己が身を削って奉仕している。大司教たちも純粋に、聖王様の代理を務めているだけのことだ。聖王が帰還したのなら喜んで、その権限を返すことだろう。私もその点に異存はない」
「ならばなぜだ!」
最後の力を振り絞り、問いかける。もう麻痺は全身に及んでいた。会話ができるのもあと少しだけのことだろう。
「何も心配する必要はない。これまでと同様に聖王は象徴として扱わせてもらうだけのことだ。なにも変わりはしないのだよ」
ホラリスは聖王を殺さずに封印しようとしている。それは、聖王は死んでも転生することを知っているからだろう。
もう指先一つ動かせず、喋ることもできない。
――千年の刻を甘く見すぎていたか……。
万全の状態になってから戻ってくるべきだった。千年の間に教会が変質していることを考慮すべきだったのだ。
疑問と後悔が脳裏を渦巻く中、聖王は完全に動きを止めた。