軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 世界の敵って君みたいなのを言うんじゃない?

「そうねー。まずどこから話せばいいのかなー。ま、なんにしろ行方不明のアルバガルマ様を連れて帰るのが最終目的ってことなんだけど」

その名を聞いた瞬間、ライニールの背筋に怖気が走った。それは忌み恐れられ、誰も口にしなくなった魔神の名なのだろう。

「ダーリンたらさー、ふらっとどっか行っちゃって。けど、いつものことだし、しょーがないなー。なんて思ってたらいつまで経っても帰ってこないしさー」

「その、ご結婚されてるわけですか?」

とにかく話を引き伸ばして時間を稼がなくてはならない。

ライニールはそれほど関心がないことを、さも興味があるかのように訊いてみた。

幸い、話をしている間は、魔神の眷属どもも大人しくしているようだ。

「あ、ごめん、ちょっと気安すぎた?」

「いえ。位階こそ違いますが、ヴァハナト様との仲です。お気にされないかと」

跪いたままのオルゲインが恭しく答えた。

「うーん。押しかけ女房的な? ま、人間と違って、法律的なことじゃないんだけど、お互いに認め合えば、それでおっけーって感じかな。ま、もうちょっとってところかなー。ダーリン照れ屋さんだからさー」

「なるほど」

ライニールは実に空虚な相づちをうった。

「で、さすがにおかしいと思ってさ。探したわけ。別の世界に行くらしいとは聞いてたからさ、いろんな世界に使者を送り込んで、ようやくいるのかなーってわかったのがこの世界。で、それからはこの世界を集中的に探索したんだけど、直接干渉できないからまどろっこしくてさー。基本的には送り込んだ奴が死んだ時にもたらされる断片的な情報だけがたよりなわけ。解析も一苦労なのよ」

その苦労を誰かに語りたいという思いがもともとあったのか、ヴァハナトは結構な勢いで語っていた。

「はあ、その、今は干渉されているようですが」

「これは結構回りくどいやり方なのよ。この世界のシステムに、星結晶拡張をアドオンしてさ。君自体はこの世界の人間として、整合性がとれるようにしてあって、私は追加コンテンツ部分の運営管理者みたいな感じで干渉してるの。だから、メッセージのやりとりもできたし、建前上は君が召喚するという形を取ることで、私がここにやってくることもできたの。ま、これもここにダーリンがいるのが確実で、封印が解けるのも確実だからよ。そう何度もこんなことできないって。ここぞって見計らってやってきてるのね。で! そんなことを繰り返して、この世界に封印されてるらしいとかわかって、剣聖ってのが管理してるらしいってのがわかって、じゃあ、その剣聖っての始末しちゃおうって思ったんだけど、そっからがもう最悪の展開なのよ。何を送り込んでも勝てないわけ」

ヴァハナトが恨めしそうに剣聖を見る。女神の使者がいつから送り込まれているのかはわからないが、千年単位の話だ。さぞや思うところがあるのだろう。

「なんせさぁ。人類の運命を一身に背負っちゃってるから、運命値が馬鹿高いの! スペックでは圧倒的に上回ってるのになんでか勝てないのよ」

「あの、ちょっといいですか?」

「何?」

「その強い人に、 千鳥足の漂流者(ランダムウォーク) を使わせるとかはしなかったんですか? 何度もやり直せばそのうち勝てるんじゃ?」

「ああ、それ無理なの。運命値の高い英雄はさ、死に戻りでやり直すとかできないのよ。だってかっこわるいでしょ、そんなの? だからあれは、ゴミ雑魚専用の能力なの」

「ゴミ雑魚……」

ライニールはちょっとへこんだ。

「あ、いや馬鹿にしてるわけじゃないのよ? 結局、最悪の運勢のあなたがいたから、うまくいったんだから。結局ね、剣聖打倒のためにいくら強い奴を送り込んでも敵わないの。だって、それは人類の敵ってことになっちゃうし、剣聖は人類の敵に対して無類の強さを発揮する。だったら、発想を変えて、ほっといたらすぐに死んじゃうぐらい最悪の運勢の存在を、人類の味方として送り込んだらどうなるのか?」

「まさか……」

「そう! 最悪の運勢のあなたが人類側にいれば、人類が滅亡する! つまり、封印されし魔神が復活するなんて最悪の展開になるんじゃないかってことなのよ!」

「いやいやいや、だって、僕すぐに死んじゃうんでしょ? そんな計画うまくいきっこない……」

だが思い至る。そのための星結晶と 千鳥足の漂流者(ランダムウォーク) なのだと。

「運勢が最悪の君をどうにか生き残らせる。すると運命は必ず君を殺そうとする。どうしても殺せないとなれば、どんどんと状況は悪化していき、最終的には人類絶滅クラスの災害が発生する。と、まあ、こういうわけなのよ。何がどうなって、今、封印が解けそうになってるのかは私も知らないけど、君の運が悪いから、なんかいろいろと不味いことが連鎖的に重なってこんなことになってるんじゃない?」

「な、なんなんですか、それは……」

ライニールは膝から崩れ落ちた。

もともと運が悪いことは自覚している。だが、人類を巻き添えにして絶滅させるほどに運が悪いなどとは思ってもいなかったのだ。

「だ、だったらここで僕が自殺すれば……」

「別にいいけど、ただ死ぬだけよ? だって、これは私が欲した未来。ここまではもう確定させちゃったし、念のために君の能力は消しちゃったしね。どうせ死ぬのなら、ダーリンの復活を見てからにすれば?」

「わ、わけがわからないですよ! 死んで元に戻るのは僕視点だとそうですけど、僕以外の人からすれば、ただ死んでるだけにしか見えないはずですよね!」

「まあそこらへんは神だからね。望む結果が得られるまでサイコロ振り続けて、いい感じのところで確定させるってのができるのよ。ま、この辺の感覚は人間に説明するだけ無駄かなって気もするけど」

時間を稼ぐつもりだったが、ライニールは話す気力もなくなってきていた。

特に何をしたわけでもないのに、何もかも自分が悪く、自分が生きているせいで世界が滅ぼうとしているのだ。そして、今さら死んだところで何も変わらないときている。

ライニールが 項垂(うなだ) れ、床を見ていると、何かが下り立つような音が聞こえてきた。

ゆっくりと顔を上げて前を見る。

地獄のような光景があらわれつつあった。

見るもおぞましい化け物の軍勢。それらが続々とこちらに向かってやってきているのだ。

「結界はもう、中心部以外は解けてるかな。もうちょっとだと思うけど、さすがに要の部分はそう簡単にはいかないみたい」

少年姿の眷属、リュートが言う。結界から解放された魔神の眷属が、この地に集結しつつあるのだ。

「そうね、ここまで来てただ待ってるってのもなんだから、ちょっと調べて見るわ」

そう言うとヴァハナトは額を抑えて考える素振りを見せる。そんな仕草はまるで人間のようだ。

しばらくそうしていた女神だったが、唐突に吹き出した。

こらえきれないという様子で笑い、涙目でライニールを見つめてくる。

「いやあ、君は本当に運勢が最悪なんだね。笑っちゃうしかないわ。あのね、実は結界の制作者がここに来てるの。そいつがいたら、いつでも結界は元通りってわけなのよ」

それの何がおかしいのか。ライニールにはわからなかった。

「こんなこともあろうかと、運命が呼び寄せたのね。けど、その人は死んじゃってます! なんかわかんないけど! あと、女神殺しも来てたわ。結構な凶状持ちね。要注意人物だし、下手したら私でも殺されかねないけど、もちろん死んじゃってます! スゴイネー君。ここまでやってくれるとは思わなかったわ。世界の敵って君みたいなのを言うんじゃない?」

ライニールは、もう何も言う気になれなかった。

「それで、結界は?」

しびれをきらしてリュートが訊いた。

「ああ。もうズタボロになってて結界の核はむき出しだったわ」

女神が手にしていた剣を放り投げると、剣は背後に浮いている武具の群れへと合流した。

そして右手を前へ伸ばす。空間が波打って水面の様になり、手はその中に消えた。

何やら探るようにごそごそとしたあとに、手を引き戻す。

あらわれた手には、脈打つ赤紫色の塊が掴まれていた。それからはいくつもの千切れた管が生えていて、どす黒い液体を垂れ流している。

先ほどの話からすれば、それが結界にとって最重要な核なのだろう。

「なんで持ってきたの? そのままつぶしちゃえばいいじゃない」

「それはほら。いつの間にか結界がなくなってました。だと、これまで守ってきた人たちがかわいそうじゃない。せっかくだから、ダーリンが復活する瞬間を見てもらおうかと思って」

ライニールは、隣にいる剣聖とリックを見た。両者ともに絶望をにじませた表情をしていた。

剣聖は塔の力を吸収すれば対抗できるようなことを言っていた。だが、この魔神の軍勢を前にしても同じことを言えるのか。それにいくら力を溜めようが、もうすでに結界の核は敵の手にある。

つまり、女神が出てきた時点で打つ手はなくなっていたのだ。

「そういや聖王はどうするの? 主様と曲がりなりにも戦いが成立していたわけでしょ。強いんじゃないの?」

「奴は、大量の生贄の力を束ね、全てを振り絞って一瞬だけ主様を抑え込んだのだ。結界が解ければもう力は残っていないだろう」

リュートの質問にオルゲインが答えた。

「けどあの女、見ようによっては千年もの間ダーリンといちゃついてたともとれるわね。何あれ、抱き合ってるように見えない? ちょっとむかつくから、それなりの報いを受けてもらいましょうか。聖王は生け捕りにしましょう。ああ、あんたらは邪魔だからちょっとそこをあけてね。ほら、あの子たちによく見えないから」

魔神の眷属が女神に従い散開した。

女神が宝輪を持った手を軽く振る。

それだけで、一階に残っていた壁や部屋が消し飛んで更地と化した。その先には、峡谷が、結界が見えている。

女神と人型の眷属が、塔の端へと近づいていった。結界がよく見える位置へと向かっているのだ。

「ほらほら。そんなところでいいわけ? もうちょっとこっちへ来たら?」

誘われたからというわけでもないが、ライニールたちも自然と前へと歩いていた。このままぼんやりともしていられなかったのだ。

塔の一階から少し見下ろした位置に、それはあった。

球状に 抉(えぐ) れた崖の中心部。そこに二つの人影が浮いている。

黒い男が魔神。白い女が聖王なのだろう。両者は抱き合うような形で向かい合い、同じ位置で静止し続けていた。

*****

知千佳たちが階段を上りきるとそこに小部屋はなく、一階は更地になっていた。

「うお! なんか状況が悪化してる気がするんだけど!」

魔界もかくやという光景だった。

悪鬼としか思えないような化け物どもがそこにはひしめいている。

何がおかしいのか、化け物どもは体を揺すり、ゲラゲラと耳障りな声で笑っていた。

それらが発する瘴気のためなのか、知千佳の目にもあたりが暗く見えるほどだ。

知千佳があたりを見回すと、事の中心地はすぐにわかった。

一人、雰囲気の違う女が、崖際に堂々と立っていたからだ。化け物でもないし、魔神の眷属でもないようだが、その女がこの状況の一端であることは誰にでもわかることだった。

女の周囲には人型の化け物どもが 侍(はべ) っている。中には、知千佳がラスボスと評した翼の生えた眷属もいた。それらは化け物の中でも上位の部類なのだろう。

その化け物の一団と向かい合っているのが、剣聖たちだ。

剣聖とリックとライニール。たったの三人であり、他の者たちは殺されたり、重傷を負ったり、跪いたまま動けなくなったりしている。どう考えても敗色濃厚という雰囲気だ。

だが、状況は膠着しているようだった。

多種多様な者たちの注目は結界の中心、魔神に向けられていて、その動向を見守っているのだ。

「これ、どうしたもんだろうね……」

知千佳は呆然となっていた。どうしていいやら何も思い付かないのだ。

「世界の終わりといった光景だな。周囲にいる魔物の一体にでも勝てる気がしない」

テオディジアが率直な感想を述べた。

「そういや、壇ノ浦さんが見たっていうバケモノはどうしたんだろう?」

「あ、そういえば。結構前のことだし、ここに来てるはずだけど……」

だが、その姿は見当たらなかった。

「さあ! 今こそ永きにわたる封印が解かれる時! ダーリン復活の時ですよ!」

あまり威厳のない、だが朗々と響き渡る声で女が宣言する。

手に持っている、気味の悪い塊を頭上に掲げ、そして見せつけるように握り潰した。

どくん。

鼓動のような音がした。

魔神を中心に凍り付いていた空間が、脈打ったのだ。

空間が揺れる。すると、何もなかった空間に 罅(ひび) が入った。

ぴしり。

ガラスのように固まっていた空間に微細な罅が入っていく。

罅は瞬く間に広がっていき、すぐに限界を迎えた。強烈な輝きとともに、空間が弾け飛んだのだ。

今ここに、結界は消え去った。

凍り付いていた時は解放されたのだ。

「うふふふふっ! ああ、ダーリン! 会いたかったわ! 待ってて! 今すぐ飛んでいくから!」

女が恍惚とした、歓喜の声を上げる。

結界の中心部から白い女が飛んできて、剣聖の側に下り立った。リックから聞いた話からするに聖王と呼ばれる存在だ。

そして、もう一人。魔神はといえば、落ちていた。

「へ?」

誰の声かはわからない。だがその場にいたほとんどの者は、そうとしか言えなかっただろう。

魔神はまっすぐに、重力に引かれて落ちていく。

ぽちゃん。

そんな音が聞こえた気がした。峡谷を流れる川に落ちたのだ。

「はい?」

誰も彼もが固まっていた。

「なんか、ごめん」

夜霧が申し訳なさそうに謝った。