作品タイトル不明
第12話 助けられ方に文句を言うほど野暮な女じゃないですよ
こんな状況で寝られるわけがない。
そう思っていた知千佳だが、いつの間にか眠っていたらしい。
そして、気付けば夜霧が抱きついてきていた。
「なっ!?」
一気に目が覚める。だが、それは冷静になれたということではなかった。
確かに状況は把握できた。だがそれは、夜霧が知千佳の豊かな胸に顔をうずめているという現実を知ったに過ぎず、そんな状況で落ち着いてなどいられるわけがない。
知千佳は密着した状態からでも有効な技をいくつか知っている。夜霧を手痛い目に合わせて、ふりほどくことは可能だろう。
咄嗟にそうしようとして、だが知千佳は思い直した。
夜霧は眠ったままなのだ。つまり、無意識にやっていることで、悪気も、いやらしい気持ちもあるわけがない。
ただ何か柔らかいものがあったので、寄り添ったに過ぎないのだろう。
そう思えば、あまり手荒な真似をすることは躊躇われた。
うっすらとした明かりの下、夜霧の顔をそっと確認する。
相変わらず無邪気な顔をしていて、だんだんと騒ぎ立てるのも馬鹿らしくなりつつあった。
それに、夜霧がよく眠るのは力を使った反動なのではないかという気もしていて、それはつまり知千佳のために疲れているということだろう。。
この程度のことで夜霧に何らかの安らぎを与えることができているのなら、まあいいか。と、知千佳はそんな気持ちになり、ふと視線をそらすと、何かと目が合った。
「きゃあああああ!」
何かが壁から顔を出している。混乱しかけたところで、その何かが声をかけてきた。
『我だ! いちいち驚くでないわ!』
「って、もこもこさん? あれからずっとそのままだったの!?」
『そういうことだが』
「……ん?」
騒ぎすぎたのか、夜霧が目を覚ました。知千佳は慌てて飛び退いた。
「てかさ! 忘れたころに見ると、壁から半分突き出てるってマジで怖いからやめてよ!」
『いや、それがな。出るに出られなくなってだな』
「どういうこと?」
『うむ。塔が霊の類を吸収しようとしていると言っただろうが』
「ああ、言ってたね。我ぐらいになると大丈夫って自信満々で」
『塔の壁やら床やらを介して霊魂を集めておるようでな。壁に重なってしまうと、結構な吸引力があってだな。まあそのうち出られるかとのん気にしておったのだが、段々とこれはまずいとひしひしと感じるようになってきてだな』
「短い付き合いだったけど忘れないから。てか、忘れようのないインパクトだったよ、ご先祖様」
知千佳はもこもこに手を合わせた。
一応役に立っていたとは言えるが、ずっと周囲に居続けられるというのも鬱陶しい存在だ。それほど未練は感じなかった。
『あっさり見捨てないで欲しいのだが!』
「でもさ、どうしようもなくない? 霊魂を吸収するとか言われてもさ」
『小僧がおるだろうが! なあ、なんとかしてくれんか!』
「ん……」
夜霧はまだ寝ぼけているようだった。
「ねえ。どうにかなると思う?」
さすがにこのまま見捨てるのも寝覚めが悪い。知千佳は一応夜霧にこんなことになってしまった経緯を説明した。
「そうだな……その吸引機能みたいなのを殺せばどうにかなるかな。けど、何か理由があってやってるんだろうし、勝手にそんなことするのもどうかと思うんだけど……」
夜霧がもこもこを見る。すぐに覚悟を決めたようだった。
「ま、この塔の連中よりも、もこもこさんを優先するよ」
「できるの?」
「俺が狙われてるわけじゃないから、対象が絞りにくいけど……」
夜霧が壁に手を当てる。
「確かに何か生気を吸い取られるような感じがするね。だったらどうにか」
途端にもこもこが壁から飛び出してきた。
『おおう! 死ぬかと思った!』
「とっくの昔に死んでるけどね」
『お主は、自分の先祖に対してずいぶんと冷ややかだな!』
「けど、ますます気まずい感じになってきたな」
夜霧が少しばかりうかない顔をしていた。
「どうしたの?」
「魔神を殺した上に、塔の機能を一部とはいえ壊したわけだろ? 文句を言われる前にさっさとここを出た方がいいかなと思って」
「それはそうだよね。なんとなくこんなとこまで来ちゃったけど、あんまり長居するもんでもないし」
窓から外を見る。日が昇りつつあった。
今日の内にさっさとケリをつけてここを出ていきたいと知千佳は考えた。
*****
「状況的には落ち着いてるし、今後のことでも相談しとこうか」
「へぇ。ベッドの上で向かい合ってるこの状況が落ち着いてるんだ?」
知千佳が何やら不満そうに言う。
そう言われても、ぐっすりと眠って頭もすっきりとしているし、他に誰もいないこの状況は相談事をするには最適だろうと夜霧には思えた。
「まあいいけど。相談って何?」
「まずは大目標の確認からかな。元の世界に帰る。最悪は俺たち二人だけでもね」
最悪と言うなら、知千佳だけでも帰せればと夜霧は思っている。だが、そう言ってしまえば知千佳は反発するだろう。
「中目標は元の世界に帰る方法を知ること」
「そのために王都を目指してるんでしょ。賢者のシオンって人に会って話を聞きたいってことだよね。だから、みんなとの合流を目指してる。二人だけでもって言ってたけど、クラスのみんなで帰れるならそうするってことだよね?」
クラスメイトたちは賢者シオンに課せられたミッションを遂行している。ミッションを上手く進めることができれば、いずれシオンは姿を現すことだろう。この世界に夜霧たちを呼び出したのはシオンだ。帰還方法について聞ける可能性もある。
「わざわざ見捨てるようなことはしないよ。だけど、みんなと合流したからってうまくいくとも限らない。だからこそこんなところにまでやってきたんだけど」
「え? なんで?」
「賢者に会える保証はないし、会えたとしても相手が素直に話すとは限らない。それに召喚しっぱなしで帰る方法なんて知らないかもしれないだろ。だからどんなことでもいいからとりあえずはこの世界について情報を集める必要がある。剣聖ってのは有名らしいし何か手がかりにならないかと思ったんだよ」
剣聖は賢者に並び立つようような存在らしい。何か話を聞ければと思っていたが、ここで繰り広げられているのは試練という名の殺し合いだ。夜霧はこれ以上付き合う必要もないかと思いはじめていた。
「あ、そうなの? てっきり峡谷を抜ける方法を教えてもらうためなんだと思ってたんだけど」
「それについてはだいたい見当は付いてる。屋上から峡谷を見渡せたから大まかな地形は把握できたんだ。もこもこさんはどう?」
『うむ。我はさらに上空に飛んで見ることができるからな。峡谷を抜ける道筋はほぼわかっておる』
「え? もしかして屋上でぼーっと景色を見てたの私だけ? ……あ、そういえばロボが座標がわかれば帰れるみたいなこと言ってなかった?」
愕然としていた知千佳が、ごまかすように言った。
『元の世界に戻るには、座標に加えてエネルギーが必要だな。あのロボは自分の世界に自分の一部をアンカーとして残しておるのだ。そのため最小限のエネルギーで元の世界に帰ることが可能なのだが、我々はそうはいかぬ。たとえるならばここは世界のどん底、谷の底なのだ。落ちるのは簡単だが、浮上するには莫大なエネルギーが必要となる』
「アンカーって船の碇のことだよね。紐みたいなので繋がってるってこと?」
知千佳が疑問を口にする。確かにそう説明されてもイメージはしづらい。
『そうだな。これはあくまでたとえだが、あのロボはもとの世界と命綱のようなもので繋がっておるのだ。そしてそれを引っ張ってもらうことで帰ることができるのだな』
「エネルギーか……。そう言われてもな」
用意の仕方も、どの程度必要なのかもわからなかった。
『それについてはこの塔にヒントがあるやもしれぬな。我もただ壁に埋まっておったわけではないのだ。力の流れを探ったりしておったのだよ』
「えー? なんかそれ、後付けくさくない?」
『やかましい! それでだ。死者の魂を一カ所に集めているようだったな。おそらくだが結界の維持に使っておるのだろう。魔神とやらがどの程度の力を持っているのかはわからんが、時が止まっているかのように見えるほどの結界で拘束し続けるには莫大なエネルギーが必要となるだろうて』
「けど、人を殺して集めるようことはさすがにしたくないな」
だが、そういった手段でエネルギーを集めたり、溜めたりする方法があるのなら何かに使えることもあるのかもしれない。夜霧は心に留め置いた。
「さすがにそれはね」
「だから今のところの小目標はやっぱり王都を目指してクラスのみんなと合流することなんだけど、そのためにはまずこの塔を下りないといけない」
剣聖から話を聞くことにこだわっても時間の無駄だろうと夜霧は思いはじめていた。
「当たり前の話になったね」
「で、覚悟しといてほしい。今後出会った敵らしき奴は問答無用で殺していく」
「それっていつもどおりじゃないの?」
知千佳がきょとんとした顔になったので、夜霧は少し気分を害した。
「いつもは殺さなくていいのはできるだけ殺さないようにしてるよ。けど、この塔で聖王の騎士を目指してる奴らは他の参加者を殺す気満々だろ。躊躇してたらこっちが 殺(や) られる」
「今さらだよ。覚悟ならできてる。高遠くんが力を使うなら、それは私がやってるも同然なんだよ。と、最初っからそう思ってる」
『うむ。武家の娘をなめるでないわ!』
こんどは夜霧がきょとんとした顔になった。まさか、そこまでの覚悟を持っているとは思ってもいなかったのだ。
「助けられといて、助けられ方に文句を言うほど野暮な女じゃないですよ、ってね。ま、ほどほどにしといてね、とは思うけど」
さすがに全肯定ということでもないのか、付け加えるように知千佳が言う。
「……そういやお腹がすいたな。昨日から全然食べてないし」
信頼されているということなのか、さすがに照れくさくなった夜霧はごまかすようにそう言った。
*****
「あの、こんなところで何の手がかりもなしに人を探すなんて、どだい無理な話のように思えるのでござるが」
うっすらと空が白みはじめるころ。花川大門は、自信満々に歩いていくアオイの後ろをついて歩いていた。
高遠夜霧たちについては、円盤の中で知りうる限りのことを伝えたのだが、それでも解放してくれなかったのだ。
円盤は峡谷の中ほどに着地し、そこから二人は歩いていた。
夜霧たちが峡谷に向かったことは、途中で立ち寄ったハナブサの街で調査済みだ。出立からそれほど時間は経っていないので、ここにいるだろうことはわかっていた。
だが、そうは言っても峡谷は広く入り組んでいる。少なくとも円盤で上空から探しただけでは手がかりは見つからなかった。
「大丈夫だよ。ボクには運命値の高い場所、つまりイベントの起こりそうなところがわかるんだ」
「むっちゃメタな話でござるな! 頭大丈夫でござるか!?」
『おい。あまり調子に乗るなよ?』
その声はアオイの腰あたりにあるナイフポーチから聞こえてきた。中のナイフが喋っているのだ。
「ふ、ふふん! 自分で動けないナイフに脅されたって怖くもなんともないでござるよ!」
「まあ、メタと言えばメタな話だよ。ボクは運命を俯瞰することができる。つまりこの世界が映画だとするなら、その台本を覗き見ることができるってわけだ」
「いやいやいや、だったら拙者なんかに話を聞く必要も、連れてくる必要もないでござろう!」
「そう単純な話でもないんだ。映画にたとえると複数の主人公がいて、同時進行で様々なシナリオが動いているようなカオスな内容っていえばいいのかな。そう簡単に読み解くことはできないし、状況に応じてシナリオは複雑に様相を変えていく。ボクにわかるのは、この目で見ることのできる範囲内のことだけなんだ……っと、ほら来たよ」
アオイが空を指差す。薄闇の中、そこだけが光り輝いていた。
そこには稲光を纏う巨大なドラゴンが浮いていたのだ。
「ってなんなんでござるか! あの明らかに強者の風格を纏ってるのは!」
見た瞬間に花川は格の違いを感じ取った。
どうあがいたって勝ち目はない。
ブレスでも吐かれればそれだけで終わりだ。見たところ雷系の攻撃をするのだろう。そんなもの避けられるはずもなく、花川の防御力では即死するに決まっていた。
「逃げるでござるよ! アオイ様の能力じゃあんなのに勝てないでしょうが!」
この距離で相対している時点で逃げることは難しい。だが、空に浮かんでいる相手に戦いを挑む手段などアオイも持っていないはずだった。
「え? なんでボクだと勝てないの?」
「アオイ様の力じゃ、原生生物には勝てないでござろうが!」
花川は魔獣の森におけるアオイの戦いを目撃していた。そこでアオイはチート野郎のリクトと同じ力を使い、また打ち消していた。
それは後付けの力に対して対抗するためのものだろう。最初から強い生き物に対して通用するとは思えなかった。
「ああ、何か勘違いしてるよ。この手の奴は簡単なんだ」
そして、アオイは言った。
「こんな巨大な生き物が空に浮かぶわけないだろ?」
途端にドラゴンは落ちはじめた。ドラゴン自身も何が起こっているのかわかっていないのだろう。
ドラゴンはどうにか滑空して崖に激突した。崖下に落ちることだけはどうにか避けたのだ。
「ボクの能力は単純だよ。ジャスト・ワールドは、ボクの世界に他者を巻き込む能力だ。つまり、ボクが信じたように事象を改変するだけの能力なんだよ」
「って、だからチートすぎるでござろうが!」
無茶苦茶な能力だとしか花川には思えなかった。それでは何でもありの究極の能力だろう。
「そうでもないよ。ボクが信じ切れないことは実現できないわけだし、運命値の高い相手だとうまく巻き込めない。その場合は、運命の誘導が必要になってくる」
「そ、そうなんでござるか? ま、まあ、とにかくこいつは倒せたってことでござるな?」
花川はドラゴンに近づいた。
その巨体はどうにか崖際の道に乗りかかっている。
頭部は巨大で花川など一呑みにできそうなほどだったが、目を回しているのか、だらしなく口を開いて舌を放り出していた。
「ふ、ふふん。こうなってしまえば巨大な蜥蜴にすぎんということでござるな?」
「あ、不用意に近づくと危ないよ?」
バクン。
唐突にドラゴンが起き上がり口を閉じた。
花川の右肘から先が一瞬で消え失せた。
「ギャー! な、なんなんでござるか!」
だが花川もこの程度の怪我には慣れたものだった。ヒーラーとして修羅場をくぐってきた経験は伊達ではない。
すぐさま右腕を修復して、一気に飛び下がった。
「君がさっき言った通りだよ。巨大な蜥蜴だけど、巨大な蜥蜴ってだけで危険だろう?」
「そこは、その能力でどうにかならんのでござるか!」
「ならないよ。このぐらいの大きさの爬虫類っぽいものならいてもおかしくないってボクが思っちゃってるんだから。そこは否定できないよ」
「じゃあどうするでござるか!」
「後は地道に戦うしかないね。ま、ボクもそれなりには強いから大丈夫だよ」
そう言ってアオイがナイフを抜く。
小ぶりなナイフだけで巨大なドラゴンとどう戦うというのか。花川には想像もつかなかったが、結局はそれなりに強いと言うアオイの実力を見ることはできなかった。
アオイが戦うまでもなく、ドラゴンの首が千切れ飛んだからだ。
「え? その、いま何かをしたでござるか?」
「いや。けど、これはまずいな。ボクにとっては最悪の状況かもしれない」
何かがドラゴンの首のあったあたりに立っていて、激しく吹き出す血潮を浴びている。
それは異形だった。
人の姿をしてはいる。
だが、その血に濡れる体は黒光りする金属で覆われていて、体の節々からは針とも刃ともつかないものが飛び出していた。
その細身の体では中に人が入っているとは考えづらい。つまりそれはそのような存在なのだ。
「 針鼠(ヘッジホッグ) ……」
アオイがぼそりとつぶやく。
それは、賢者たちが 侵略者(アグレッサー) と呼んでいる存在だった。