軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話 氷を殺すってなんなの!? 哲学的な話なの!?

知千佳は部屋に戻るとすぐに荷物をまとめた。

荷物はリュックに収まる程度のものしかないのでそれほどの時間はかからない。

『少しいいか?』

部屋を出ようとしたところで、守護霊のもこもこが声をかけてきた。

「何? すぐに行かないと高遠くんを待たせると思うけど」

夜霧の準備にもそう時間はかからないだろう。部屋を出たところで集合することになっていた。

『なに。女の身支度には時間がかかると言えば男はそれで納得するものだ。それにたいして時間がかかるものでもない』

「いいけど」

この状況でする話だ。意味はあるのだろうと思い、知千佳はベッドに腰掛けた。

『今回、どういう目論見かはわからぬが敵はお主を狙ってきた。こうなると小僧にばかり頼ってはおれんだろう。小僧は己に向けられる殺意には敏感だが、お主に向けられる殺意に対してはそれほど感度が高いわけではないようだ。むしろ我の方が敏感なぐらいだな』

「まあね。高遠くんは安全かもしれないけど、私はそうとも限らないってのはわかるよ」

『それに小僧と常に一緒にいられるとも限らぬ。つまり、お主も自力でこの世界に対応できねばならんということだ』

「それはわかるんだけどさ、どうしようもなくない?」

知千佳は、他のクラスメイトが手に入れているようなギフトの力を得ていないし、夜霧のような特殊な力を持っているわけでもない。これは努力でどうにかなる類のことではないだろう。

『お主を強化する手立ても考えてはおるが、今すぐにできることではない。とりあえずはお主の力のみで切り抜けていくしかないのだ』

「て言われてもさ。実際のところ私ってどれぐらいの強さなわけ?」

実家が武術の伝承を行っているので、知千佳もそれなりに嗜んではいる。

だが練習相手は家族のみだし、平和な日本で武術を使う機会などそうあるわけもない。そうなると他者と比較しての実力がわからなかった。

『力だけが自慢の者なら楽勝だな。ナイフを持った殺人鬼程度なら軽くあしらえるだろう。達人級が相手でも、それなりに時間を稼いで逃げる機会を窺えるぐらいか』

「それって結構すごくない?」

『元の世界基準ならな。だが、いくら壇ノ浦流を使えたとしても、この世界のスキルやら魔法やらが相手ではどうしようもない』

「じゃあどうすんの? どうにかできるからこんな話してるんだよね?」

『お主の封印を解く』

「一気にうさんくさくなったよ! けど興味はあるかな!」

馬鹿にする気持ちと、期待とが半々というところだった。何か秘められた力があるというなら、自分も役に立つことができるのもしれない。

「で、その封印を解くとどうなるわけ? 私にも何か超能力みたいなのが? 昔の私なら馬鹿にしてたと思うけど、高遠くんを見た後だと、そんなのもあるかなって思えるし」

『あー、興味津々のところ悪いが、特段力に目覚めたりということはない。ただ、人を殺せるようになるだけだ』

「それだけ!?」

確かに人を殺す覚悟があれば強いだろう。だが、それは知千佳が期待していたものとは違い、その分落胆は大きかった。

『それだけとは言うがな。人を殺すつもりで攻撃できるならそれだけで格段に強くなれるものだ。普通人は人をそう簡単には殺せん。どれだけ覚悟を決めたとしても、無意識に急所を外そうとしたりするものなのだ』

「でもそれって心構えとかそういう問題だよね? 封印って何なの」

『憑きもの筋というものがあるだろう。壇ノ浦も似たような家系でな。物のように人を壊せる精神性を生まれつき持っておる。お主にもそれがあるのだ』

「あるのだ、って言われてもさ、むちゃくちゃ疑わしいんだけど」

知千佳にすればまるで納得できない話だった。家族はみんな武術の修業をしてはいるが、それほど過激なものではないからだ。

『お主は十の時に祖父の片眼をえぐっておるのだがな。その点で我は、姉よりもお主のほうが優れていると思っておる』

「おじいちゃんの両目は健在なんだけど!?」

『えーと、それはあれだ、とっくの昔に義眼だったりするのだ』

「とってつけすぎだよ! その話今作ってるよね!?」

『うむ、お主の中に獣が棲んでおるという話をそれっぽい感じにしようと思ったのだが、なかなか面白くはできぬな』

「今、エンタメ性はどうでもいいから!」

『まあ、下手に武器やらスキルやらを手にするよりは、生まれ持った才能のほうが余程役に立つであろうということだ』

「それはそうかもだけどさ、それをやると私の性格が変わっちゃったりするわけ? それは嫌なんだけど」

『性格自体は変わらん。ただ、攻撃に躊躇がなくなるだけだな。ま、無理にとは言わぬ。一割ほど生存確率が上がる程度のものだろうしな』

「……わかった。それで、封印ってどうやって解くの?」

何もしないよりはましなのだろう。知千佳は覚悟を決めた。

『この手の封印はたいてい暗示による条件付けだ。解くには特定のキーワードが必要となっておる』

そう言ってもこもこが唱えたそれは、次のようなものだった。

三界(さんがい) の 狂人(きょうじん) は 狂(し) せることを知らず

四生(ししょう) の 盲者(もうしゃ) は盲なることを 識(さと) らず

生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、

死に死に死に死んで死の終わりに 冥(くら) し

「それ、中二病ってやつじゃないの!?」

ものすごくうさんくさかった。

『空海が表した秘蔵宝鑰の一節でな。武術にはよくあるやつだ、密教の真言を唱えたりとかな。とにかくそれを唱えればよい』

「てか、長すぎない?」

『早口でどうにかするがよい!』

「短くしてよ!」

『まあ今のところ話はそれだけだ。発動すればしばらくは持つから、事前に唱えておくといい』

知千佳は今聞いた呪文をぶつぶつと唱えながら立ち上がった。特に何かが変わったとも思えないが、これでいいのだろう。

部屋を出ると、夜霧が待っていた。

*****

荷物をまとめ終えた夜霧たちは、非常階段へと向かった。

このままここに居続けるのは危険なので、まずはホテルを出る。今後のことはそれから考えるということになったのだ。

『エレベーターよりはましかもしれんが、敵も非常階段を使うぐらいは考えるだろうな。いっそのこと窓から飛び降りるというのはどうだ? さすがにそこまでは読めまい』

「ここ五階なんだけど?」

突拍子もない提案に知千佳が驚いた。

『これぐらいなら飛び降りても平気な奴を知っておるが』

「それ人間なの!?」

「ま、飛び降りるのはともかく、非常用の脱出袋みたいなのはあるかもな。探してる時間が惜しいのと、外から見てむちゃくちゃ目立つから、こそこそ逃げ出すのには不向きってのが問題だけど」

「まあ、非常階段が無難だよね」

廊下はL字型になっていた。部屋を出て右へ行けばエレベーターホールが。左に行けば角があり、そこを曲がって真っ直ぐに行けば非常階段があるはずだった。

二人は周囲に気を配りながら廊下の角へと向かっていた。そのため、それに気付くのは簡単だった。

足音が聞こえてくる。角の向こうから何かがやってきていた。

「あらあら。そんなに焦ってどちらに行かれるのかしら?」

現れたのは、柔和な笑みを浮かべた女だった。

ふわりとした白いドレスを着て、手には過剰なまでに装飾が施された杖を持っている。

その姿と、物腰の柔らかい喋り方を夜霧は覚えていた。

橘裕樹の親衛隊の一人、リーザという女だ。

今のところ、殺意はない。だが、このタイミングで現れて無関係なはずもなかった。

「何か用?」

「うふふ。こんな用事です」

リーザが、トン、と杖の底で床を叩く。

すると、透明な何かが夜霧たちの目前に現れた。

氷の檻とでも言えばいいのか、細い氷柱で形作られた柵が、夜霧たちの四方を封鎖したのだ。

「そちらの壇ノ浦さんを連れてくるようにとユウキくんに言われたのです。大人しくついてくるなら危害は加えま――」

夜霧は氷柱を蹴った。

数本があっさりとへし折れ、人が通れるだけの隙間が空いた。

「へえ? 結構もろいの、これ?」

知千佳がうかつに氷柱を叩く。

「うっぎゃぁ!」

知千佳は、途端に手を跳ね上げ、大げさな悲鳴を上げた。

「つめた! 何これ! 無茶苦茶固いじゃん!」

「蹴った部分の氷柱を殺してみた。やればできるもんだな」

魔法で生成された物体に対しても夜霧の力は通用するようだった。

「氷を殺すってなんなの!? 哲学的な話なの!?」

驚く知千佳を連れて夜霧は氷の檻から抜け出した。

リーザはその様子をただ呆然と見つめていた。脱出されるとは思いもしなかったのだろう。

リーザが刺客なのは間違いない。ならば殺してしまってもいいが、それでは事情が何もわからない。

「いったい何なんですか! わけがわからない!」

リーザが混乱の声を上げながら、杖を夜霧たちに向けた。

杖の先端が輝き、その前方の空間に巨大な氷塊が形成されていく。それを飛ばしてくるつもりだろう。その鋭利さと重量があれば人など軽く肉塊に変えることができるはずだ。

話を聞こうと考えていたが故に、夜霧の対応は遅れた。

この状態で魔法使いを殺しても、魔法はそのまま放たれるかもしれない。そう思った夜霧は氷塊に対して力を放った。

氷塊はたちまち砕け散り、その場に霧散した。

「ひっ!」

リーザは小さな悲鳴を上げて後退った。

攻撃をしかけてきたのだからこのまま殺してしまってもいい。

だが、夜霧は杖に目を向けた。わざわざ巨大な杖を持ってくるぐらいだ。魔法を使うにはそれが必要なのかもしれない。

殺すのはいつでもできる。夜霧は試しに、杖を狙って力を放ってみた。

杖は中途からぽきりと折れて輝きを失い、宝石で彩られた先端がことりと床に落ちた。

リーザが床にへたり込む。その目は恐怖に見開かれていた。自分が何か得体の知れない者と相対していることを、今さらながらに理解したのだろう。

「杖がなくても魔法って使えるの?」

「つ、使えません!」

即答だった。

そして、それはリーザにとって正しい行動だった。

夜霧は手間をかけるつもりはなく、回答を拒むようなら殺そうと考えていたからだ。