軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 とりあえず揉ませるなり吸わせるなり

この街のホテルに宿泊を始めてから、丸二日が経過していた。

その間、夜霧は自分の部屋でずっと寝ていて、知千佳は部屋にこもりきりだった。

今のところは平穏無事に過ごせている。

常に適切な気温が保たれているし、照明も自在に調節できる。食事も電話でフロントに頼めばよかった。

ちなみに街中には電話網が整備されているが、街間での通信はできないとのことだ。無線通信までは発達していないらしい。

トイレは水洗で、蛇口を捻れば水も出るし、トイレットペーパーまである。異世界感などまるでなく、ここに引きこもっていれば元の世界と同じぐらい快適に過ごせるだろう。

「いつまでこうしてればいいのかねぇ」

ぼんやりと窓の外を眺めながら、知千佳は誰にともなく言った。

この部屋はホテルの五階にある。ここから見えるのは殺風景な建物ばかりで景観はあまりよろしくない。

さすがに狭い部屋に閉じこもりきりでは、気分も沈んでくるというものだった。

『小僧が起きるまで、だろうな』

すると、隣に浮いていた壇ノ浦もこもこが答えた。もこもこに単独行動は危険だと諭され、知千佳も納得はしたのだが、だからといって退屈なのはどうしようもない。

「もこもこさん様子見てきてくれない? 壁すりぬけたりできるんでしょ?」

『その程度は造作もないがご免だな。怖いし』

「ちょっと覗いてくるだけだよ?」

『あの小僧は寝ておるときの方が性質が悪い。無断で部屋に入るなど言語道断じゃ。何が起こるかわかったものではないわ』

「別に起こすなとは言われてなかったけど」

『自然に起きるのを待つのが一番よいな。触らぬ神に祟りなし、寝た子は起こすなということじゃ』

「でも、起きたところで待ちなのは変わりないでしょ?」

この街にはクラスメイトと合流するためにやってきていた。他に用事があるわけでもないし、しばらくは特にすることがない。

『二人おれば部屋の中でできることがあろうが、ん?』

にやついた顔でもこもこが迫ってくる。

何を言いたいのか察した知千佳は、顔を赤くした。

「な、何言ってんの! 高遠くんとはそんなんじゃ!」

『何を言っておる。小僧に捨てられぬようにしっかりと捕まえておくしかなかろうが』

「捨てられるって……別に付き合ってるとかそういうことじゃ……」

今の二人の関係をどう言い表していいのか、知千佳にはわからなかった。

『幸いお主の胸に興味があるようなことを言っておるわけだし、まずは揉ませるなり吸わせるなりすればよいではないか』

「あほか! なんでそんなこと!」

『そうか? 体で籠絡するのが手っ取り早いと思うがな。それでこそ小僧のほうにも守りがいが出てくるというものだろうに』

「いや、その守ってもらいっぱなしなのは悪いと思ってるし、私にも何かできればとは思ってるよ」

『だから、女子高生肉体接待でよいではないか』

「発想がおっさんくさいな!」

『そう怖がることでもないのだがな。我なぞ、強者の血を求めて、片っ端から夜這いをかけたものじゃぞ』

「逆だよね!? うちの先祖がなんかごめんなさい!」

思わず知千佳は、歴史上の偉人に謝りたくなった。こんな横にばかり大きい女が迫ってくるのはさぞ恐ろしかったことだろう。

『まあ、あれだ。初めてであっても手取り足取り我が教えてやろうではないか!』

「守護霊を除霊ってキーワードで検索したい気分だよ!」

最悪の光景が頭に浮かび、知千佳は叫んでいた。

『ふむ。どうしてもというのであれば席を外すのもやむをえないところだが』

「それ、どうしてもってことなんだ!?」

『守護霊がそうほいほいと守っている相手から離れてどうする』

この話を続けても愉快な気分にはなれない。知千佳は再び窓の外を見つめてため息をついた。

「さすがにずっと部屋にこもりきりってのもね。ちょっと外を見にいっても……ってあれ何だろ?」

窓の外を見ていた知千佳は異変に気付いた。

眼下の大通りが何やら慌ただしくなってきているのだ。

通行中の馬車が慌てて路肩へと移動し、次々に急停車していた。

悲鳴に怒号。歩行者たちは蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げまどっている。

何から逃げているのかと見てみれば、何かが道路上をまっしぐらにやってきていた。

「え? トラック?」

巨大な車だった。

それが、道路上の馬車などお構いなしに直進してくるのだ。

進路上の馬車がはね飛ばされ、歩道に激突する。逃げ遅れた歩行者は巻き込まれてぐちゃりと潰されていた。

『ふむ。兵員輸送用の装甲車があのような感じであったか』

巨大な車が三台、大きな音を立てて通過していった。

角張った頑丈そうな車だ。兵員が乗っているのかはわからないが、何かを運んでいるのだろう。

『あれは……マトモなものではないな。死の臭いが充満しておる』

「そんなの私でも見たらわかるって!」

外には死があふれかえっていた。

装甲車は一切の躊躇なく、死をばらまきながら突き進んでいったのだ。

『いや、中身のことだ。装甲車の物理的な威力などどうでもいいほどの死の気配が、あの中に詰まっておる』

「てか、何なのこの世界! おかしいよ! 人が簡単に死にすぎる!」

異世界特有の厳しい環境が故にということならまだわかる。だが、これは違う。汽車の時も今回も、そこには何者かの、人などどうなってもいいという意思が感じられた。

『あれも賢者関連かもしれんな。あの装甲車は、明らかに元の世界の技術を参考に作られたものだろう』

知千佳はカーテンを閉め、ベッドに移動して腰掛けた。

これ以上見ていても仕方がないし、気分が悪くなるだけだ。

『そういえば外を見にいきたいとか言っておったな?』

「あ、はい。結構でございます。いやー、高級ホテルの綺麗な部屋は快適だなぁ!」

さすがにあの光景を見た後でのんきに出かける気にはなれなかった。

『確かにそれが無難ではあるのだがな』

なぜかもこもこは含むことでもあるような物言いだった。

「何? 歯切れ悪いけど。これからも引きこもりライフを楽しもうっていう私に何か?」

『いつまでもここでこうしておるわけにはいかんのだろうな』

「いやいやいや、道歩いてるだけでトラックにひき殺される世界だよ!?」

『だが、そのトラックが部屋につっこんでこないとどうして言い切れる?』

「えー、それはさすがに考えすぎというかさぁ」

『ま、それはたとえだ。実は、少し前から敵意剥き出しでこちらの様子をうかがっている者がおる』

「……え? なんで? 私たち何かした?」

『しとるな。クラスメイトやら、チンピラやら、賢者やら、盗賊やら、魔物やら殺しまくっとるな。どれかで目をつけられたとしても不思議ではあるまい?』

呆れたようにもこもこが言った。

知千佳は不可抗力だと思っていたが、相手からすればそうではないのかもしれない。

「その相手って何者?」

『部屋の外、廊下のあたりで我らが出てくるのを待ち構えているようだが姿が見えぬ』

「見えないのになんでもこもこさんはわかったの?」

『我は守護霊ゆえにお主への敵意には敏感でな。なので小僧ほどの精度はないが、怪しげな奴の気配はある程度わかるのだ。ただ見張っているだけならこのままでよいかと思っていたのだが、どうやらしびれをきらしてきているようだ。そのうちこの部屋に襲撃をかけてくる可能性もある』

「って、いったいどうしたら……よし! 高遠くんを電話で起こそう!」

『清々しいぐらいの頼りっぷりだな』

姿が見えない相手とあっては知千佳では対応のしようがない。だが、それでも夜霧ならどうにかするだろうという安直な考えだった。

さっそく知千佳は電話に飛びつき、隣部屋を呼び出した。

『もしもし?』

「早っ! 起きてるじゃん!」

『今起きた。枕元で呼び出し音が鳴ってうるさかったから、すぐに目が覚めたよ』

知千佳は事情を説明した。

『なるほど。じゃあそっちに行くよ』

「って、呼び出してる私が言うのもなんだけど、大丈夫? 見えない奴がいるらしいんだけど」

『見えないぐらいなら大丈夫じゃないかな?』

何の根拠もなさそうだが、なぜか知千佳は夜霧の声に安堵を覚えていた。