軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 お迎えに来てくださったのですね

どこをどう歩いたのかはわからない。

気付けばアインは、見慣れた道を歩いていた。

町外れに続く、細く寂れた道。自分の家へと続く道だ。

ボロボロの体を引きずるようにしていたはずだが、それはいつの間にか治りつつあった。

特に何をしたわけでもない。

類いまれな治癒の力が、賢者にやられた傷のほとんどを塞いでいた。

驚異的な力だ。高層階から落とされようと死ぬことはなく、こうしてすぐに復活している。

だがアインは自嘲した。だからどうしたと思う。結局賢者には勝てなかった。

好機だったはずだ。

賢者どもは気まぐれで、神出鬼没。どこにあらわれるかなどわかったものではないが、衛兵に潜ませていた手の者からうまく情報を得ることができた。賢者のやってくる場所、時期を特定できたのだ。

アインは勇者の力に多大な自信を持っていた。対峙することさえできれば勝てる。そう確信していた。

だが、結果はこれだ。

何もしていない賢者を一方的に攻撃しつづけ、それでも痛痒すら与えることができなかった。

魔王なら倒せた。いくつもの国を救ってきた。賢者の従者を始末することも簡単だった。

だが、賢者そのものには勝てなかったのだ。手も足も出し尽くして、それでも攻略の糸口すら見つけることができなかった。

――いったいどうすればいい?

自分は抵抗軍が待ち望んだ勇者だった。その期待に応えられるつもりだった。だが、今はその希望があまりにも重く、押しつぶされるような心地だった。

完全に回復するころには、家の前に辿り着いていた。

今は誰も住まなくなった倒壊寸前の掘っ立て小屋、とうに捨てたはずの家だ。なぜここに戻ってこようと思ったのか、自分でもわからなかった。

人の気配が、した。

誰もいないはずの家の中に誰かがいる。気のせいではない。勇者としての感覚がそう訴えていた。

アインは立ち尽くした。

まさかと思う。

だが迷ううちに、扉は勢いよく開いた。

アリエル。

いなくなったはずの、探し求めていた妹がそこに立っていた。

希望に満ちた笑顔を浮かべ、やってきたアインに向けて口を開く。

「ミツキ様! お迎えに来てくださったのですね!」

誰だそれは。アインがそう思うのと、彼女の顔が落胆に曇るのは同時だった。

「すみません。てっきり大賢者様かと……あの! もしかしてミツキ様の使者の方ですか! 私変なんです! 気が付いたらこんな汚い家にいて、いったい何がなんなのか、わからないんです!」

そしてすぐに期待に目を輝かせた。ころころとめまぐるしく表情を変えるところなど、昔と何も変わってはいない。

「アリエル……」

アインはアリエルを抱きしめた。様子がおかしいのは気になる。だが構いはしなかった。生きて戻ってくれたのならそれでいい。

「や、やめてください! 放して! 誰か! 助けて!」

しかし、アリエルは途端に暴れはじめた。信じられないような力で、勇者の抱擁から逃れようと必死になっている。

このままではアリエルは自らを傷つけてしまう。アインはアリエルを解き放った。

「いやだ! いやだ! いやだ! この身はミツキ様のもの! 他の何者にも触れられるわけにはいかないのに!」

アリエルは自らを抱きしめてうずくまる。その様子を呆然と見ていると、もう一人の人物が家の中からあらわれた。眼鏡をかけた、冷たい眼差しの女だ。

「こんにちは。私、大賢者様の秘書をやっております、アレクシアと申します」

大賢者。

その名を聞いた途端に、アインは臨戦態勢に入った。聖剣は失ったが、それは勇者の力の一部でしかない。素手だとしても戦闘力はあまりある。

「大賢者様は彼女に飽きられたご様子でしたので、お返しにあがりました」

「な……」

「大賢者様は大変にお優しい方ですので、飽きたなどと、ひどいことは口にはされません。ですが毎日見ていれば、そんなことは一目瞭然なのです。そこでお返しにあがった次第です。もちろん、いらなくなったとはいえ勝手に殺したりはいたしません。そんなことをすれば大賢者様は悲しまれますからね。ですのでこうしてちゃんとお返しして、彼女は実家に帰りましたとご報告するわけです。もっとも、大賢者様から引き離された奴隷は、その喪失感からこのようになってしまうわけですが、こればかりは仕方がありませんね。これも大賢者様があまりに偉大なためでしょう」

一方的にまくし立てられ、アインは言葉が出なくなった。

目の前が白くなるほどの怒りにかられ、反射的に拳を振るう。

だが、拳は女をすり抜けた。そして気付いた。ここには妹以外の気配はないのだと。

「残念ながら私はここにはおりません。事情をお伝えしておかないと、今後のアリエルさんの生活に支障が生じると思ったまでのことです」

言うべきことは言ったということか、大賢者の秘書を名乗る女の姿は唐突に消え失せた。

「ミツキ様! ミツキ様はどこ! お前! お前がミツキ様を隠したのか!」

アリエルが立ち上がり、アインを殴りつける。棒立ちだったアインは鼻っ面に拳を食らい、吹き飛ばされた。

アインはすぐに立ち上がり、信じられない思いでアリエルを見つめる。

油断していたとはいえ、勇者を吹き飛ばすほどの力がアリエルにあるはずもない。

だが、アリエルの右腕は異常なまでに膨らんでいた。

怪物の腕を無理矢理つなぎあわせでもしたかのような歪な姿。

アリエルは、息を荒らげ、右腕を振りかぶり、血走った目でアインを見つめていた。

恐怖を覚え、アインは踏み込んだ。瞬時に間合いを詰め、腹部を殴りつける。

妙な感触に怖気を感じ、さらなる一撃をアリエルに加えた。

アリエルは更なる変貌を遂げようとしていたのだ。

それからどれぐらい妹を殴り続けたのか。

気付けば、アリエルは足元で動かなくなっていた。

アインの膝から力が抜ける。崩れ落ち、アリエルに覆い被さるように倒れ込んだ。

アリエルはかろうじて生きていた。

だが、だからといってどうしろと言うのか。

アインは途方に暮れるしかなかった。