作品タイトル不明
第7話 封印されてたから見つからなかったってなんなんだろうね。徒労感がひどいよ
アビーのクラスは 運営者(ゲームマスター) であり、エント帝国全土を管理下においているが、そこで起こる出来事を全て把握できるわけではない。
小さな島国とはいえそこには無数の人々が暮らし、様々なモンスターが生息していて、数々の事件が次々に起こっているのだ。
それをたった一人で認識し、対応することなどできるわけもない。
なので、ほとんどは自動的に処理されていた。
些細な出来事であれば、解決に至る術を解析しそれをクエスト依頼として各地にある冒険者ギルドで告知するのだ。
それは、あるモンスターを何匹倒せ、特効薬の材料を集めろ、街から街へ荷物を運べといった具合だ。冒険者たちは報酬目当てに、それらになんの意味があるのかもわからないままクエストに挑む。
雑多なクエストが勝手に生成されて勝手に解決されていく。全自動で面倒な事件が処理されていくのが、 運営者(ゲームマスター) の優れた点だった。
ただ、全てがどうでもいい些細なイベントというわけではなく、中にはアビーの判断が必要なものもあった。
一つは王族関連のもので、これはヨシフミの指示によるものだ。王族が全滅しようと構いはしないとのことだったが、面白そうなので何かあれば報告しろと言われている。
なので、王族関連に関しては様子を見ながら難易度と報酬を調整するようにしていた。
もう一つは、巨大モンスターだ。時折、通常のサイズからはかけ離れた特殊個体が出現することがある。それらに対して、ただクエストを生成して冒険者に勝手にやらせていては、収拾がつかなくなることがあるのだ。
なのでアビーは、一定以上の大きさのモンスターには即座に気付くことができる。
もっとも、その存在には誰でも気付けたことだろう。
それは、帝都の近くにある森から地震と共に現れたのだ。帝都にいれば震源地は即座にわかるし、そちらに目を向ければ簡単にその威容を視認することができる。
自室でくつろいでいたアビーは慌ててステータスウィンドウを表示した。アビーのウインドウには 運営者(ゲームマスター) 特有の情報が表示されている。帝国全土からピックアップした映像がいくつも並べられているのだ。
アビーはその中の一つを拡大した。
これまでに誰も見たことがないであろう奇怪な化物が眼前に浮かび上がる。
「何こいつ!?」
森が破壊されていき、その全貌が現れた。
巨大な丸い胴体から、移動に使うのであろう太く短い足が生えている。
他にも足らしきものが胴体から生えているが、接地すらしていないそれらに意味があるのかはわからなかった。蹄を持つ足や、爪を持つ足などが胴体から無数に垂れ下がり蠢いている。
上部にはいくつもの頭があった。丸い胴体から長い首が幾本も生えていて、獅子や蛇や山羊の顔が揺らめいている。
それが動くと大地が揺れた。
アビーは自室の窓から外を見た。
肉眼でも視認できる距離にそれはいる。
ゆっくりと動いているように見えるが、それは巨体が故だろう。すぐにでも帝都に迫ってきそうだった。
アビーは部屋を飛び出した。
緊急クエスト『謎の巨大モンスターを倒せ!』を設定しながら廊下を駆ける。
まずは冒険者どもを迎撃に向かわせるのだ。それで倒せるのならいいが、おそらく無理だろう。敵の巨大さは常軌を逸している。並大抵の冒険者では一蹴されるだけだ。
アビーは 侵略者(アグレッサー) の可能性を思い浮かべた。
だとすれば、ヨシフミにしか対応できないかもしれないが、ヨシフミはエルフの森にでかけたまま帰ってきていない。
連絡手段はなかった。
帝国内であれば 運営者(ゲームマスター) の力で直接連絡できるのだが、エルフの森は魔法やスキルといった超常の力を撥ね付ける結界に覆われているのだ。
「なんだってこんな時にわけわかんない奴がやってくんだよ!」
ヨシフミがエルフの森にでかけている間にこんなことが起こる。
なぜよりにもよってこんなタイミングなのか。アビーは運命を呪いたくなった。
放っておいても軍部は独自に動きだすだろう。アビーは軍事には詳しくないのでそちらは任せておけばいい。アビーは四天王にしかできないことをすればいいのだ。
アビーは、ルナの部屋に駆け込んだ。
「状況、わかってる?」
「さすがにね。これに気付かないとかありえないと思うけど」
アビーは、窓から外を眺めているルナの隣に立った。
ルナの見る先にはもちろん、巨大な化物がいる。化物はもう帝都の直前にまで迫っていた。
「どうにかできる?」
「うーん。私の力は、帝都内でしか使えないから、ある程度引き込む必要はあるけど」
ルナは帝都内であれば自由に建物を作成し、消去することができる。そして建物の消去に巻き込めばどれほど強力なモンスターであろうと存在そのものを抹消することができた。ルナは帝都内であればほとんど無敵なのだ。
なので、巨大モンスターを帝都内にあえて侵入させてからなら、始末することは可能だろう。
建物は壊れたところで、すぐに作り直すことができる。問題になりそうなのは人的な損害だが、アビーにとってそれはどうでもいいことだった。
ヨシフミと四天王が行っているのは、しょせんは帝国ごっこにすぎないのだ。
「逃げないでよ?」
ルナが念を押すように言う。
ルナの力には制限があり帝都外から使うことはできない。なのでルナはどうしてもここに残る必要があるのだ。
全てを自分にだけ押しつけられてはたまらないとでも思ったのだろう。
「逃げなきゃならないほど追い詰められるとも思えないけどね」
「あれ、何しにくるんだと思う?」
「……人を食べに、とか? 森から現れたのだとして、大量の人間がいる街はここが一番近いわけだし……試してみるか」
アビーは、化物の進行方向から見て右側に集結地点を設定した。
そこに行くだけで報酬を得られるようにクエストを設定したのだ。
すると、我先にと冒険者たちが帝都から飛び出し、集結地点へと殺到しはじめた。
巨大モンスターからは離れているのでそれほど危険もなさそうということで、戦いなどできそうもない者たちも続々とそこに集いはじめた。
一見、避難を誘導しているだけの人道的な行いに見えるが、もちろんアビーの意図はそうではない。
「あいつ、人間には目もくれないね」
巨大モンスターは直進していた。
人々が次々に帝都から出ていくというのに、眼中にはないようだ。
「ここが目的地ってこと? でもなんで?」
「この城は王国時代のものをそのまま使ってる。ここに何かあるってこと?」
「でもさ。だったら、皆で逃げ出せばいいんじゃない? 街なら私がいくらでも作れるし」
多少の準備は必要になるが、まったく別の地に新たな帝都を作るのは簡単なことだった。
ルナの力は設定した領域内にのみ適用される。
その領域の設定を初期化し、別の地を帝都ということにすればいいだけのことだった。
「それは最後の手段だね。ヨシフミはここが元王城であることにこだわってる」
ヨシフミは悪の皇帝を気取っているのだ。
いつか王国の残党がやってくることを期待して、元王城を利用している。あえてここに居を構えているわけで、そんな場所をあっさりと見捨てて逃げ出そうものなら、ヨシフミにどんな目に遭わされるかわからない。
四天王などと呼ばれてはいるが、代わりなどいくらでもいるし、これまでに何人も入れ替わっている。死ねば簡単に補充される程度の存在でしかないのだ。
「じゃあ、ミッション2といこうか」
ミッション1は帝都外に拠点を作りそこに移動することだった。
ミッション2では巨大モンスターに攻撃を仕掛けさせる。
だが、ミッションクリア条件をモンスターの討伐にしてしまうと、あまりにも敷居が高くなりすぎるだろう。
なのでアビーは貢献ポイント制にすることにした。
与えたダメージや、回復、支援などの行動に応じてポイントが得られ、そのポイントを後に換金できるというシステムだ。
これならば少しでも攻撃すれば報酬が得られるし、より奮闘した者が多く報酬を得られるので、文句を言う者もいないだろう。
冒険者たちが巨大モンスターの横合いから攻撃を仕掛けた。
剣や槍で白兵戦とはいかず、遠距離から弓や魔法を撃ちはじめたのだ。
「効いてる様子は……まったくないね……」
「ちっ。少しでも気がそれればと思ったんだけどね」
矢はその表皮で弾かれ、一つも突き刺さらない。
炎の魔法は鱗を焦がし、氷の魔法が肉を抉るが、その巨体からすればかすり傷にもならないらしい。
しかも、それらの傷は瞬く間に治っていく。ちまちました攻撃を続けたところで、そのダメージが累積することはないのだ。
巨大モンスターは、冒険者たちの攻撃を意に介することなく進み続けていた。
足止めにもならない攻撃が続く中、正面からの攻撃が始まった。
帝都をぐるりと囲む巨大な城壁。その上に設置されている大砲が火を噴いたのだ。
大砲弾が全弾命中するのは当然のことだった。外しようがないほどに的がでかいのだ。だが、その攻撃にもたいした意味はないようだった。
巨大モンスターは無傷のまま、直進を続けているのだ。
帝都軍は、複数人を用いた儀式魔法による大規模攻撃も始めたが、これまでで最大の攻撃も通用しているようには見えなかった。
「これ、もうルナに任せるしかないね。何したって無駄だろ」
アビーは早々に匙を投げた。
「えー? もうちょっとどうにかできないの?」
「無理だろ、こんなの」
「まあ、ある程度踏み込んできたらどうにかなると思うけど」
巨大モンスターは、城壁の直前までやってきて歩みを止めた。
何をするつもりかと注目すると、いくつかの巨大な首を天高くもたげた。
そして、勢いよく首を振り下ろす。
これまでにないすさまじい振動が城を襲い、ルナとアビーは浮き上がった。
「ちょっ! なんなんだ、これ!」
それは巨大モンスターが初めてみせた攻撃らしきものだった。
首をもたげ、振り落とす。
他の首は炎を噴き出し、雷を放ち、棘を射出する。
瞬く間に、帝都の街並みは瓦礫と化していった。
巨大モンスターは、そうやって攻撃をしながら歩みを再開した。
目指しているのは、やはり帝都の中心にある城のようだ。
つまり、アビーやルナがいるここへと向かってきている。
「ルナ! さっさとやれ!」
「発動にはちょっと時間かかるし、もうちょいこっちにきてくれないと……」
巨大モンスターは、城壁を壊し、街を灰燼に化えながら近づいてくる。
帝国軍の全力により、多少はその歩みを遅滞させているようだが、焼け石に水といった状況だ。
「今!」
ルナが街区の消去を発動すると、巨大モンスターの中央部分が音も無く消失した。
消失したのは、巨大モンスターの三分の一ほどの体積だ。
突然、真ん中が消えてなくなれば、前後の部分は崩れ落ちるしかない。
巨大モンスターは、洪水のように血を溢れ出させ、その巨体を倒壊させた。
「やったな!」
「ま。帝都に侵入した時点であいつに勝ち目はなかったってこと」
「残ってる部分もさっさと消しなよ」
「そう言われてもね。消去はブロック単位だし、そんなに連続しては――」
アビーは目を疑った。
横倒しになったモンスターの骸。その綺麗な平面になっている断面が泡立ち、無数の管が飛び出したのだ。
管は前後の身体から飛び出して、より合わさり、太い綱状になる。そして、分かたれた身体を引き寄せ、結びつけた。
巨大モンスターが身体中から足を生やし、その巨体を支えて立ち上がる。
それは雄叫びをあげ、膨れ上がり、さらなる巨体へと変貌を遂げたのだ。
「さっさと全部消しなよ!」
「無理! あいつ大きすぎて、ブロックからはみ出てる!」
「それでもやりなよ! そうだ! 頭のほうを消せ!」
「やってみるけど!」
巨大モンスターが再び進軍を開始する。してやられたからなのか、それは興奮状態になっていた。
首を力まかせに振り回し、咆哮し、体液をまき散らし、肉片を零し、破壊の限りを尽くしながら無様に進んでいく。
その前部が唐突に消え失せ、モンスターは再び倒れた。
どちらが前なのかなどわかったものではないが、首が集中しているあたりが消失したのだ。
「急げ! 残りも消せ!」
「急げないんだって! 頑張ったって焦ったってクールタイムが短くなったりはしないんだから!」
アビーとルナは焦れながら窓の外を見ていた。
またもや、断面が泡立ち、肉が溢れ出てくる。失われた頭部は瞬く間に再生し、巨大モンスターは苛立つかのように苦鳴をあげた。
「これ……どうしようもないんじゃ……」
ルナの顔が絶望に歪む。ここから先の展開が容易に予想できたのだ。
ルナの能力は、ブロック単位でしか使えない。一度使えば再使用には時間がかかる。
これでは巨大モンスターの全てを消し去ることはできなかった。
一度で全てを消去できないのなら、残った部分が融合して復活するだろう。つまり切りがない。
「いや……あいつが無限に再生するかはわかんねぇし、繰り返せばなんとかなるかもしれねぇ!」
「やるけどさ! 弱ってる感じ全然ないよ!?」
巨大モンスターが進行を再開する。
ルナが力を使い、一部を消し去る。
巨大モンスターは動きを止めて再生し、城へ向かって歩みはじめる。
その繰り返しだった。
時間稼ぎにはなっている。だが、この繰り返しも近いうちに終わるだろう。再生に使うエネルギーは無限ではないはずだが、ここから見ている限りではエネルギーが枯渇する予兆すら見えないのだ。
「駄目だ。埒があかねぇ」
「逃げるしかないよ。後でヨシフミに殺されるか、今ここで瓦礫に埋もれるか。ヨシフミの慈悲に賭けるほうがいくらかは勝算があるように思えるけど?」
「すんげぇ強い奴が来たから尻尾巻いて逃げ出した。それで、ヨシフミが納得してくれるとも思えないけどね」
だが、対抗策がないのだからここで手をこまねいていても仕方がない。
「よし、逃げよう。後のことは後で考える! ……いや、まだアキラを試してなかったか」
「この状況だし、逃げてるんじゃないの?」
「いや、あいつのことだから、隅でガタガタ震えてるってオチかもな。とりあえず途中で拾えるようなら拾ってく」
アビーとルナは部屋を出た。
ここは城の上層階であり幹部連中の部屋が用意されている。
アキラはここに住んでいるので、逃げていないなら部屋にいる可能性が高かった。
ルナが攻撃を仕掛けつつも、アキラの部屋に向かう。
アビーがアキラの部屋の扉を蹴破って躍り込むと、アキラは窓の前に立ち尽くしていた。
「いやがったな。卑怯者」
「ひいぃ!」
振り向いたアキラは情けない悲鳴をあげた。
「おい、どういうつもりだ、こら。私を見て汚らしい悲鳴をあげるなんてよぉ」
「ち、ちがっ、驚いただけで、別に……」
「アキラくーん。こんな事態だっていうのにぼんやり突っ立ってたの?」
「その、何もしてないんじゃなくて。一応、 天空(てんくう) 城(じょう) に援軍は要請したから、防衛システムが……」
「ごちゃごちゃうっせーんだよ!」
アビーはルナの手をとり、アキラに近づいた。
そして、アキラの腹を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐえっ」
アキラが身体を折り、しゃがみ込む。
アビーは座り込んだアキラを滅多矢鱈に蹴りつけた。
すると、外からこれまでにない叫び声が聞こえてきた。
それは城を震わすような振動であり、近くにいればそれだけで死にかねない強烈な轟音だった。
「お、通用するな」
「けど、これも時間稼ぎでしかないと思うけど」
「いや、試す価値はあるんじゃねーか? もしかすると、嫌がって逃げるかもしれねーし」
アキラのクラスは 卑怯者(ダスタード) だ。
主な能力は、自分へのダメージの半分を他者になすりつけるものだった。攻撃された場合、そのダメージを攻撃してきた者にではなく、まったく関係のない第三者に与える。
今の場合、アビーが攻撃すればルナにダメージがありそうだが、手を繋いでいればアビーと一体として扱われるのだ。
そして、アキラの周りに誰もいないのなら、一番近くにいる巨大モンスターにダメージが与えられることになる。
もっとも、アビーがアキラを蹴るぐらいのダメージが巨大モンスターに通用するはずもない。では何が巨大モンスターに悲鳴をあげさせているのか。
苦痛だ。
アキラは痛みをそのまま他者に与えることもできるのだ。その相手がどれほど痛みに強いかは関係がなく、アキラがどう感じているかが重要となる。アキラが死ぬほどの苦痛と感じていれば、相手にとって死ぬほどの苦痛を与えることができるのだ。
「や、やめて、やめて!」
「せっかく役に立ってるんだからよ。もうちょっと気合い入れろよな」
アビーは、アキラの襟を掴み立ち上がらせた。
アビーは近接戦闘で使えるような特殊な力は持っていないが、単純な膂力でアキラに勝っている。
「で、どうするよ。逃げるにしてもさ」
「とりあえず腕でも折っといたら? 継続して痛みを与えられるでしょ」
「いやだああああああ! なんでこんなことするんだよぉー!」
「あのな? 今この国は大ピンチなんだよ。幹部のお前が身体を張らずにどうするってんだ?」
「そんなの知らないよ! 幹部だとか賢者の従者だとか好きでやってるんじゃないんだ! ほっといてくれよ! 僕が痛い目に遭ったってそんなの一時しのぎでしょ! あんな化物をどうにかできるわけが――」
途端にアビーの身体に激痛が走った。
わけがわからないほどの苦痛で前後不覚になり掴んでいたアキラを落としてしまったが、そんなことなどどうでもいいほどの痛みで何も考えられなくなる。
「……な、何が……」
気付けば、アビーとルナは床に倒れていた。苦痛でのたうち回っていたのだ。
すでに痛みはないが、アビーの思考はまとまらなかった。
苦痛から解放され、あまりの安堵に思考が空白になっている。
少しして、アキラの能力が自分たちに牙を剥いたのだとアビーは気付いた。
アビーたち以外の誰かが、アキラを攻撃したのだ。
「世界中を捜し回ったのに、封印されてたから見つからなかったってなんなんだろうね。徒労感がひどいよ」
アビーは声のしたほうを見上げた。
翼を生やした少年が立っていて、その手にはアキラの頭部がぶら下がっていた。