軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 神殺し募集。成功報酬一京クレジット

マルナリルナの天使の一人は、山頂にいた。

特に何があるという山でもない。ただそれなりに広い場所が必要だっただけだ。

天使たちはそれぞれが好き勝手に動きはじめていた。

天使たちは全員が同格であり、マルナリルナがいなくなって統制がとれなくなっているのだ。

「さてと。こんなぐらいでいいかしら」

幼い子供の姿をした天使が、山頂の荒野に巨大な図形を描いていた。

魔力により生み出した光の線をつないで、複雑な幾何学模様を作り出している。

魔法陣の類だ。だが、この図形自体が何かの力を持つ訳ではない。これはただの目印だった。

「暗殺者かぁ。どれぐらい報酬払えばいいのかしら?」

わざわざ別の世界から呼び出すのだ。

そこらにいるようなちょっとした腕自慢を呼んでも意味がない。

できるだけ強力で、確実に高遠夜霧を始末できるような者を呼ぶ必要があった。

高遠夜霧はマルナリルナを殺している。

マルナリルナにはたかが人間が相手という油断があったのかもしれないが、それでも神殺しをなしえた相手なのだ。

少なくとも、神に匹敵する実力者を雇わねばならないだろう。

「うーんと……特に伝手はないですし。相場はどんなものかしら?」

天使は高次情報レイヤーにアクセスした。

それは、物質世界の上位に位置する、様々な下位世界と緩やかに連結されている階層だ。

天使はこの世界を含むセグメントグループへアクセスし、そこにあるフォーラムを覗くことにした。

ざっと確認したが、さすがに大手を振って常時暗殺依頼を受け付けているスレッドはないようだ。

なので、天使は自らスレッドを作ることにした。

『神殺し募集。成功報酬一京クレジット』

相場がわからなかった天使は、かなりの額を設定した。

どうせ自分の金ではないからと、やりたい放題だ。

依頼の難易度をどう指定すればいいかわからなかったので、とりあえずは神を殺せるぐらいの実力者を想定して募集を開始する。

すると、すぐさま二件の応募があった。

それからもうしばらく待ってみたが、それ以上の応募はなかった。

どうやら、報酬が巨額すぎて不審に思われているらしい。

天使はその二件の応募者を確認し、眉をひそめた。

かなりたちの悪い輩だったからだ。

世界ごとに価値観も違えば、掟も違う。世界をまたいでの統一されたルールなどは何もない。

だが、その素行からどの世界にも受け入れられない者たちがいる。

そういった輩は、各世界から出入りを禁止されるようになるのだ。

その二件の応募者はそういった連中だった。

一つは 殺神鬼(さつじんき) だ。

各世界をふらりと訪れて、その世界を支配する主神を殺していく。目的は不明。だが、恐ろしく強い。その存在が知れ渡った後、どの世界もがそれの入界を拒否するようになった。

もう一つは"海"賊だった。

"海"は天盤と呼ばれる各世界を内包したより大きな世界であり、"海"賊はその名のとおり"海"を舞台に世界を荒らすならず者たちだ。当然のように各天盤世界から忌み嫌われていて、正規の手段での入界は許されていない。

この世界もそういった札付きの悪党については情報を共有していて、門前払いしている。名の知れた悪党は天蓋と呼ばれる境界を越えて、世界の内へと入ることはできないのだ。

「えー? これどうなんでしょう……ま、いいですかね!」

こんな奴らをこの世界に呼び込めば大惨事になるかもしれない。

普通なら、選択肢に入ることはないだろう。

だが、天使は自棄になっていた。

マルナリルナが死んだ後の世界がどうなろうと、知ったことではなかったのだ。

天使はそれぞれに了承の旨を返事した。

ほどなくして、天使が描きあげた魔法陣の中心に何かが現れた。

白いコートを着込んだ、あどけない顔をした少年だった。

天使は、応募者に対して入界許可を発行し、転移先の目印として目の前の魔法陣を指定したのだ。

「こんにちは! 入れてくれてありがとう! 僕はタクミ。よろしくね」

殺神鬼のほうが先にやってきた。

「こんにちは。私はマルナリルナ様の天使で特に名前はありません」

「そう。じゃあね!」

そう言ってタクミはすたすたと歩いていった。

「ちょっと!」

天使は慌てて呼び止めた。

まだ何も詳しい話はしていないのだ。

「ああ。ごめんごめん。一応聞いとくよ。なんだっけ?」

天使は暗殺対象の名前、姿、判明している能力、おおまかな現在地について伝えた。

「成功報酬ですし、もうお一方にも依頼していますので早い者勝ちですよ?」

「そうなんだ」

「どういうことでしょう? やる気がないのかしら?」

あまりの素っ気ない態度に天使は違和感を覚えた。

「うん。どうやってこの世界に入ろうかと思ってたら都合よく入れてくれる依頼があったしこれ幸いってところだね! お金はあんまり興味ないかな!」

「そうですか……まあ、別にいいですけどね!」

どうせ成功報酬だし、これは数ある手の中の一つでしかない。一人目のやる気にこだわっても仕方がないので、天使は次に期待することにした。

「いいんだ」

「ええ。どうせあなたは様々なトラブルを引き起こして世界を混乱に陥れたりするんでしょう。それにターゲットが巻き込まれるかもしれませんし」

「そっかー。適当におちょくろうと思ってああ言ったんだけど、そう言われるとなんか申し訳ないなー。じゃあついでだけど見かけたらそいつを殺しとくよ」

「はい。お願いしますね」

タクミは歩いて山を下りていった。

しばらくして、魔法陣の中心にまたもや何かが現れた。

それは、数十体の何かとしか言いようのない異形の集団だった。

巨大な肉の塊。雑にパイプを組み合わせたような機械人形。眼球だけを寄せ集めて作られた円筒。赤い糸をより合わせたような人型の何か。

そんな、わけのわからない存在がひしめき合っているのだ。

天使は、少しばかり後悔した。

世界がどうなってもいいと自棄になっていたとしても、これだけは呼ぶべきではなかったのではないか。そんな思いが心の片隅に湧き上がったのだ。

その異形の集団から、人の形をした者が出てきた。

他の者に比べればまだ人間に近い存在なのだろう。

形だけは人そのものだ。だが、それは黒かった。そこだけ空間を切り抜き暗黒の世界を垣間見せているかのように、全ての光を吸収しているかのように、平坦な黒い影のようなものとして存在しているのだ。

見た目は黒いだけの人間で、異形というほどではないのかもしれない。

だが、天使はそれをおぞましいと感じていた。

他の異形とは比べものにならない邪悪な空気をまとっているのだ。

その存在感は圧倒的であり、この集団を牛耳る存在なのだとうかがい知れた。

「はじめまして。ご依頼ありがとうございます」

影は、抑揚のない平坦な声を発した。

「え? あ、はい、どうも。"海"賊なんですよね? こういった依頼も受けているのかしら?」

「そうですね。普段は"海"賊らしく掠奪をしておりますが、今回は報酬が魅力的でした」

共通信用通貨(クレジット) は実体としては存在しないものなので、単純に奪うことはできない。

それは取引においてのみ発生するものだった。

なのでたとえ"海"賊がこの世界を滅ぼすほどの戦力を持っていたとしても、マルナリルナの資産を奪い取ることはできないのだ。

「では、こちらがターゲットです」

天使は"海"賊たちにも高遠夜霧の情報を伝えた。

「ありがとうございます。こちらのタグ情報はそのまま使わせていただいても?」

天使が描いた魔法陣のことだ。

これは外部から検索する際の目印として機能している。

「あ、はい。それは構いませんけど、どうしてです?」

「我々は"海"賊。徒党を組んだならず者です。人数はこの程度ではありませんよ」

急にあたりが陰り、天使は空を見上げた。

そこには船が展開していた。

一つ一つが"海"を往くための巨大な船で、それが空を埋め尽くすように存在していたのだ。

「その、ここまでする必要ってあるのかしら?」

どれほど強いかはわからないが、相手は人間の少年が一人。

天使には、これほどの戦力が必要だとは思えなかったのだ。

「一京クレジットの大仕事です。出し惜しみはしませんよ」

黒い影に表情はない。だが天使には、それが嗤っているように見えた。

*****

「神々の世界は弱肉強食。そこにルールはなく、ただ強者の意思のみがまかり通る。とはいえ、子供の喧嘩に親が出てくるのは少々大人げないんじゃないかな?」

神の座。

極彩色の建物が建ち並ぶ、世界を管理するための場所だ。

そこにある広場で、降龍はある神と対峙していた。

慈愛に満ちた笑みを浮かべ、全てを包み込むような神々しいばかりの神気を放つ女神が立っている。

マルナリルナを創造した神なので当然マルナリルナよりも神格は上で、マルナリルナの半分にも勝てそうにはなかった降龍ではとても太刀打ちできる相手ではない。

なので、降龍は危機的状況にあった。ちくりと嫌みを言ってみるぐらいしかできなかったのだ。

「さて。どうしたものでしょうね。おっしゃる通り、とっくの昔に独り立ちした娘の後始末をするために親がしゃしゃり出るというのは非常に格好が悪い、とは私も思うのですが」

マルナリルナの天使たちが彼女を呼んだようだ。

この世界の入界許可の基準は以前から緩いものだった。よほどの要注意人物以外は自由に出入りできるのだ。

「これ、落とし所ってどこにあります? 僕が死ねばいいのかな?」

「まあ、その程度の感覚ですよねぇ。我々にとっての死って」

マルナリルナもそのうちに蘇ると思っているのだろう。彼女はそれほど深刻には考えていないようだった。

「私としましても呼ばれたから来ただけですし。どんな手段を使われたとしても負けて死んだほうが悪いとしか」

「だったら――」

もう帰ってほしかった。だがそううまくはいかないらしい。

「ですが、あの子の意思を継いだ天使たちの願いを無下にもできないんですよ」

「願いとはなんです?」

「世界を爆散させたいと」

「そりゃ無茶な話ですね」

さすがにそんな要求は聞けなかった。

「いえ。あの子を殺した何かを倒せなかった場合の最終手段とのことでしたが」

「そうなると、僕も仇なのでは?」

「いえ。あの子たちも神に仕える身ですからね。神を害そうという思考にはそうそうならないと思いますよ」

神が神に殺されたことは納得できるらしい。天使たちにとっては、たかが人間に神が殺されたことが重大事のようなのだ。

「ふむ……そういえばマルナリルナの片割れを殺したのは、あれなんですが、ご存じでした?」

「あれとは……あれですか?」

あれと言われても普通は何のことだかはわからないし、まともな会話にならない。

だが、あれを知る者は、言外の雰囲気から何を示しているのかを推察することができる。

「まさか……なぜあれが、こんなところに!?」

「この世界、半分ぐらいは賢者って連中が仕切ってるんですけど」

降龍は、高遠夜霧が賢者によって召喚され、この世界を旅している事情について簡単に説明した。

「……あれについては知るだけでリスクがあります。……遭遇する可能性などほとんどないのですから、知らないことによるメリットのほうが大きいはずだったのですが……」

知っていればあれについて考えてしまうこともある。

考えてしまえば神の力があれに及ぶ可能性もあるだろう。

その場合どうなるか。その力があれを害するようなものなら、即座に返り討ちにあう。

なのでこの女神は、マルナリルナにはあれについて何も伝えなかったのだ。

「ああ! こんなことを言うのもなんですが、僕、あれに接触したんですよ」

「急用を思い出しました!」

そう言い残して女神は消えた。

あれを恐れて慌てて逃げ出した。そうとしか見えない態度だったが、取り繕う暇もなかったのだろう。

「さて……夜霧くんには悪いけど、帰り方を教えるのはもうちょっと先のことになるかな」

今、この世界は実にきなくさく、降龍の力だけでは対応しきれない可能性が高かった。

だが、高遠夜霧を放置しておけば、勝手にそれらとぶつかってある程度はなんとかしてくれるかもしれない。

すでに夜霧とはかなり関わってしまっているのだ。どうせならとことんまで利用してやろうと降龍は考えていた。