軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 そこは助けようよ! 人として!

まずいことになったと夜霧は思っていた。

船での移動に伴うリスクをいろいろと想定していたが、まさにその想定どおりになってしまったらしい。

今のところ、船が沈むまで事態が悪化しているわけではないが、大海原のど真ん中で船が停止するだけでもかなりの危機だろう。

このまま船が動かなければ、いずれは行き詰まる。いくら食糧の備蓄があろうと、最終的に待っているのは衰弱死だ。

自分だけならどうにでもできるが、知千佳の安全を考えるならこの危機は早めに打開して、船には航海を続行してもらわなければならない。

夜霧はそのようなことを考えながら、焦ることなく歩いていた。

多少走ったところですぐにバテるだけで、総合的に考えれば知千佳たちとの合流にかかる時間は変わらないだろうからだ。

「クラーケン? からは殺意を感じない。中から海賊が出てきたってことは、乗り物ってことかな?」

廊下の窓から巨大な触手を確認する。生き物のように見えるが、作り物だと思えばそのようにも見えてきた。

各所の触手からそれぞれ階段が生えているので、船の様々な場所を一気に占拠したのだろう。

知千佳たちとの通話は継続中で、お互いの状況は把握できていた。

海賊の目的が身代金なら、ひとまずは知千佳たちも安全なはずだ。

夜霧は、エレベーターホールにやってきた。

ここは船の後方にある宿泊棟の十階だ。歩いて下りるのは面倒なのでここまで来たが、エレベーターは動かなかった。

海賊がすでにエレベーターの制御権を奪っているのかもしれなかった。

「実にめんどくさい」

エレベーター付近にあった船内図を見ると、少し離れた所に階段があった。船内に階段はあまり用意されていないようなので、あくまで非常用なのだろう。

また廊下を歩き、扉を開けて非常階段へ辿りつく。

下りはじめたはいいものの、三階層を下りた所で進めなくなった。

壁が歪み、階段が崩れていたのだ。どうやら触手の締め付けで壊れてしまったらしい。

「それほど船を気遣ってるわけでもないのか」

この階段が駄目なら、もっと離れた場所の階段を使うことになる。

ため息をつきながら廊下に出た。七層のはずなので一等船室のある階層だ。

あわただしい雰囲気になっていた。

突然の巨大生物の来襲に混乱しているのだろう。

何事かと廊下に出て様子を確認している者、あわてて走っていく者と、その対応の仕方は様々だ。

夜霧は次の階段を目指して歩きだした。

角を曲がると、廊下の真ん中に服が落ちていた。

おそらくは先ほど走っていった男の服だ。

脱ぎながら逃げたのかと不思議に思っていると、メイドが三人駈け寄ってきた。

近づかれる前に殺した。

手には剣を持っていて、明確な殺意を感じ取ったからだ。

「何やってんだよ、お前ら」

倒れたメイドたちの向こうに男が立っていた。

作り物のような美貌をした優男で、呆れたような、不思議そうな顔をしている。

「あんたか。何かやらかすかとは思ってたけど」

この世界をゲームだと思っている青年、柊洋介だった。

要注意人物だと思っていたが、混乱に乗じて何かをするつもりらしい。

そして、次の瞬間には洋介が倒れていた。

殺意を向けてきたので、夜霧は反射的に力を使ったのだ。

「海賊と関係あったのかな?」

夜霧は首を傾げた。

港で少し話しただけの関係でしかなく、恨まれる覚えもない。

もしや、海賊を手引きする目的で乗船していたのかとも考えたのだが、真実はもうわからないだろう。

考えても無駄なので、夜霧は再び階段を目指して歩きはじめた。

しばらく行くと、悲鳴が聞こえてきた。

夜霧の当面の目的地、非常階段の扉からだ。

「嫌な予感しかしない……」

トラブルを避けるなら別の階段を探したほうがいいのかもしれないが、あまり回り道もしていられない。

覚悟を決めて扉を開き、中に入る。

「た、助けて……」

夜霧の見下ろす先、階段の踊り場に何人かが倒れていた。

生死は不明だが、その中にあって確実に生きている者が二人いる。

夜霧へと必死に手を伸ばしている恰幅のいい紳士と、その背にまたがり紳士の髪を引き抜かんばかりに掴んでいる女だ。

何かするべきなのかと夜霧が迷っていると、何をする暇もなく紳士の顔から急速に生気が失せていった。

死んだ。

そう思うほどに紳士の顔は土気色になり、干からびたようになったのだ。

女が髪から手を放して立ち上がり、夜霧を見る。

その目は虚ろだったが、女は確実に夜霧を認識していた。

夜霧は、女からの殺気を感じとり、力を使った。

跳ぼうとした女が、足をもつれさせて倒れた。

だが、死んではいない。

夜霧が手加減に成功したわけではなく、殺気の主体はこの女の中にいる何かだったのだ。

「ずいぶんと小さいな。寄生虫みたいなものかな?」

夜霧は、力を使えば何を殺したかがなんとなくはわかる。

それは、女の頭部の中にいる、ごく小さなものだった。

それがこの女を操っていたのだろう。

寄生生物の中には宿主を操るようなものもいると夜霧は聞いたことがあった。

「大丈夫ですか?」

倒れた女のそばにしゃがみ込み、夜霧は聞いた。

生きてはいるが、意識はないようだった。

少しばかり心配ではあるが、ここで彼女が起きるのを待っているわけにもいかない。

夜霧は先を急ぐことにした。

*****

「そこは助けようよ! 人として!」

知千佳たち人質の乗客はラウンジに集められていた。

二カ所ある出入り口は海賊が封鎖しているが、中での行動は制限されていない。

なので、こっそり夜霧と連絡を取っていようと、見咎められることはなかった。

端から見れば、知千佳ともこもこの操る槐が話しているようにしか見えないのだ。

『そう言われてもな。襲ってきた相手だし、そこまで気にしなくてもいいかなって』

「そーゆーとこから、モテは始まるんだと思うよ?」

「それではとてもハーレム王になどなれぬな」

「高遠くんがなりたいって言ったことはないけどね!」

『それに、同じような人が次々に出てくるから、全員の面倒は見てられないよ』

「次々?」

「うん。何かに操られた感じの奴が、無差別に周りに襲いかかってる。当然、俺が側を通っても襲ってくる」

「それは、海賊とは違うっぽい?」

海賊たちは、今のところは乗客に危害を加えようとはしていないし、身代金が目的だと言っている。

知千佳も海賊にしては不自然な行動だと思った。

『みんな金持ちの乗客って感じだな。海賊には見えない』

知千佳は部屋にいる海賊を見た。

それぞれ勝手な格好をしていて統一感はないが、剣呑な雰囲気は備えている。少なくとも豪華客船の客層には見えないので、見間違えることはないだろう。

「じゃあ海賊以外にも何かいるってこと?」

『そのつもりでいたほうがいいと思う』

「でもまあ、ここから出られないからあんまり関係ない気もするけどね……」

他の乗客のことも考えて、知千佳たちは無理矢理脱出しようとはしていなかった。

なので、当初の計画とは異なり、夜霧が来るのをここで待っている。

夜霧が来れば、乗客の安全を図りつつ海賊を無力化するのも簡単だろうからだ。

「うーん、別に不自由はないんだけど、水着は着替えたい……」

プールサイドでも散々見られてはいたのだが、それは遠慮がちなものだった。

だが、海賊共の視線は露骨なもので、さすがに嫌気もさしてくる。

とりあえず羽織るものでも要求しようかと考えていると、何者かがラウンジに入ってきた。

眼鏡をかけた初老の男だった。

海賊の仲間らしく、出入り口を封鎖している者たちも当たり前のように通している。

「さて。私たちの目的はあなた方を人質にして身代金を得ることだと最初に申しました。ですが、そのためには皆様の商品価値を正しく判断する必要があります」

そう話しだしたのは、最初にこの船に乗りこんできた騎士風の男だった。

――あれ? そういえば用心棒の人はいないな……。

カジノの用心棒をしていたデグルはここにはいなかった。乗客がラウンジにつれてこられた時についてこなかったようだ。

海賊どもがオカシラと呼んでいたので、デグルは彼らの首領なのだろう。どうやら首領自ら先に船の内部に入り込んでおいて、襲撃の手引きをしたらしい。

「皆様の査定はこの男が行います。彼は、ありとあらゆる貴族や王族、富裕層に通じており、その財政状況まで把握しておりますので、どうかご安心を」

そう言って、騎士風の男は、初老の男を紹介した。

「いや、何をどう安心しろっての……」

知千佳がぼやいていると、初老の男は仲間を引き連れてラウンジ内を歩き回りはじめた。乗客の一人一人を確認し、査定しているのだろう。

そうするうちに、初老の男は知千佳たちの前にやってきた。

「ふむ……私の紳士録には記載がありません。……身代金を要求する相手がおりませんので、無価値ですな!」

「おおう!」

知千佳は微妙な気分になった。海賊に評価されたいわけではないが、無価値呼ばわりはないだろうと思ったのだ。

「おい、この場合、どうなるんだ?」

「オカシラは、戦闘員は殺せって言ってたよな。そのルールは絶対だ」

「けど、こいつは乗客で、オカシラからすると無価値な相手だ」

「つまりだ。こいつに何しようと、どうなろうと、オカシラは気にしねえってことだよな?」

海賊が下卑た目で知千佳を見つめた。

プールサイドで、傭兵の少女を斬り殺した男だった。

「あのー、金にならない女を相手にしている余裕はないって、オカシラさん言ってませんでした?」

「気にすんな、嬢ちゃん。周りを見てみろよ。俺たちは今特に何をするわけでもなくここで待機してるだけだ。つまり今は余裕のある時間なのさ!」

「この人、都合のいいように話を解釈しすぎだ!」

そう言うと同時に、知千佳は目の前の男の顎と心臓と股間を攻撃していた。

壇ノ浦流最速の近接手技、 三王手(さんおうしゅ) だ。

それは、正中線上の急所三カ所を瞬く間に打ち抜く技であり、相手の反撃を許さない。

知千佳は、男がカットラスを抜く前に勝負を決めた。

先手必勝だった。