軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第45話 抵抗だけが減っている

研究棟の試験室に入った瞬間、俺は少しだけ笑いそうになった。

机の上に、座が並んでいたからだ。

座、と言っても椅子ではない。

軽身の札車から外した下札を働かせるための、受け座だ。

最初に作った第一試作座。

アルミ系軽量合金を使った第二試作座。

CFRP系の積層材を使った第三試作座。

セラミック複合材の第四試作座。

花崗岩由来複合材を混ぜた第五試作座。

そして、EEL-TC系の熱安定化複合材を部分採用した第六試作座。

全部、見た目は地味だ。

低い受け台。

金属と樹脂と複合材で作られた、小さな荷台の土台。

中央には、複製下札を収めるための薄いスリットがある。

たったそれだけ。

だが、ここでやろうとしていることは、かなりおかしい。

拾った異星文明テクノロジーを、地球側の材料で作った座へ載せ替える。

そして、“運ぶ”という当たり前の動作を、少しだけ書き換える。

「……こうして並ぶと、だいぶ研究っぽくなったな」

俺が言うと、天城が端末を見ながら頷いた。

「研究ですから。少なくとも、外から見える部分は」

「外から見えない部分は?」

「下札です」

「身も蓋もないな」

「蓋は必要です。身は見せられません」

うまいこと言ったつもりなのか、それとも本気なのか。

たぶん両方だ。

試験室には、天城のほかに神代、柏木、高坂がいた。佐伯は壁際。いつものように、いるだけで少し空気が締まる。

神代は試作座の一つを見下ろしながら、腕を組んでいる。

「前回は第一試作座で、どうにか反応を拾いました。今回は材質と荷重経路を振って、どこまで作用が伸びるかを見るわけですね」

「そうです」

天城が答える。

「完全再現は狙いません。今日は、座材と構造を変えた時に、押し出し抵抗と振動がどう変わるかを見ます」

柏木が測定機器の前で手を上げた。

「試験条件、確認します。複製下札は眠り板で浅くした状態で挿入。各試作座に同一重量の金属箱を載せ、初動押し出し力、転がり始めの抵抗、微振動、荷の揺れを測定します。重量は毎回確認。荷重計も同時に見ます」

「重量は変わらない前提だよな」

「はい。そこが変わると話が別になります」

柏木の声には、少しだけ疲れが混じっていた。

たぶん、もう何度も“重量は変わらないのに押しやすい”という気持ち悪いデータを見ているのだろう。研究者にとって、理由の分からない再現性ほど嫌なものはないらしい。

「始めましょう」

天城が言った。

最初は、前回も使った第一試作座だった。

眠り板で複製下札を浅くする。

スリットへ差し込む。

眠り板を一定距離まで離す。

金属箱を載せる。

俺は試験用の低い搬送フレームを押した。

軽い、というほどではない。

だが、普通よりは明らかに押し出しが楽だ。

札車のような、あの嫌になるほど滑らかな軽さではない。

でも、最初の一歩だけ、重さの角が削れている。

「第一試作座、初動抵抗は基準比で九・二%低下。微振動も少し減っています。荷重値は変化なしです」

柏木が数字を読み上げる。

「前とほぼ同じか」

俺が言うと、神代が頷いた。

「再現性はありますね。効果としては弱いですが、札車の外で働いているのは間違いない」

天城は端末へメモを入れながら言った。

「ここが基準です。次から材質を変えます」

第二試作座。アルミ系軽量合金。

見るからに軽そうだった。

台座そのものの重量は第一試作座よりかなり減っている。

だが、複製下札を挿して荷を載せ、押してみると、効果は弱かった。

「あれ?」

思わず声が出る。

「台座は軽いのに、下札の効きが鈍いな」

柏木が数値を見る。

「初動抵抗低下、四・八%。台座そのものが軽い分、総合的には扱いやすいですが、下札由来の変化は弱いです」

神代が眉を寄せた。

「軽い材料にしたから押しやすい、ではない。むしろ座としては受けが浅い。下札との噛み合いが弱いんでしょう」

「軽ければいいわけじゃないのか」

「ええ。厄介ですね」

天城は淡々としていた。

「次へ行きましょう」

第三試作座。CFRP系積層材。

振動は明らかに減った。

だが、押し出しの軽さにムラがある。角度によって効きが違う。荷重の乗せ方を変えると、反応が微妙にズレる。

柏木が嫌な顔をした。

「初動抵抗低下、平均で一二%。ただし、ばらつきが大きいです。荷重方向によって効果が揺れています」

神代が試作座の断面図を見る。

「構造材としては優秀ですが、作用を受ける座としては素直ではない。繊維方向が効きすぎるのかもしれません」

「つまり、実用品には怖い?」

俺が聞くと、天城が頷いた。

「現時点では。軽いのは魅力ですが、座としての癖が強いです」

第四試作座。セラミック複合材。

これは重かった。

押し出し自体はやや重い。

だが、反応は安定していた。初動の抵抗低下は派手ではないが、何度やっても数字が揃う。

高坂が初めて少し前へ出た。

「商品としては重すぎますが、研究座としては良いですね。反応のばらつきが少ない」

「基準器向きか」

俺が言うと、神代が頷いた。

「そうですね。量産品というより、下札の反応を見るための座としては優秀です」

そして第五試作座。

花崗岩由来複合材を混ぜた座。

見た目は地味だった。

灰色がかった複合材。いかにも重そうで、いかにも売れなさそうな色をしている。

だが、押した瞬間、分かった。

「……これ、来てるな」

金属箱は重い。

重いままだ。

だが、押し出しの最初だけ、明らかに抵抗が抜ける。軽くなっているのではない。重さの角が、さらに削られている。

柏木が数値を見て、一瞬だけ黙った。

「初動抵抗、基準比で二十六・四%低下。重量は変わっていません。荷重計も変化なし。振動もかなり減っています」

神代が低く唸る。

「材の硬さや摩擦では説明しきれない。花崗岩由来複合材が、座としてかなり合っている可能性があります」

「また石か」

思わず言うと、天城が少しだけ口元を緩めた。

「この作品、石に縁がありますね」

「作品って言うな」

「失礼しました」

本当に失礼したと思っている顔ではなかった。

最後に第六試作座。

EEL-TC系の熱安定化複合材を部分採用した座。

これは、かなり良かった。

押し出し抵抗は第五試作座より少し落ちる程度。

だが、振動が少ない。

荷が暴れない。

押し出しから停止までが滑らかだ。

札車の気味悪い完成度にはまだ届かない。

それでも、地球側の試作座としては明らかに一段上だった。

「初動抵抗低下、三一・七%。微振動、基準比で四割以上低下。荷の揺れ幅も小さいです。重量は変わっていません」

柏木が読み上げながら、最後に小さく呟いた。

「数字が綺麗すぎます」

「綺麗だと駄目なのか」

俺が聞くと、神代が答えた。

「駄目ではありません。ただ、理由が分からないのに綺麗だと、研究者は嫌な気持ちになります」

柏木も頷く。

「壊れているならまだ分かるんです。偶然なら再現しない。でも、これは再現している。なのに、分析しても“抵抗が減っている”以上のことが分からない」

「嫌な材料だな」

「嫌な材料です」

柏木は即答した。

そこから、重量確認が始まった。

荷物単体。

座単体。

下札あり。

下札なし。

眠り板で眠らせた状態。

複製下札を外した状態。

何度やっても、重量は変わらなかった。

荷重計の数字も変わらない。

床への負荷も変わらない。

質量が減っているわけではない。

浮いているわけでもない。

なのに、押し出し抵抗だけが減る。

作業者の腕や腰にかかる負担も減る。

荷の揺れも小さい。

神代が腕を組んだまま、かなり嫌そうな顔をした。

「重力制御と呼ぶには雑すぎる。慣性制御と呼ぶには止まり方が安定しすぎている。摩擦低減なら、荷の振る舞いがもっと滑るはずです」

「じゃあ何なんだ」

「分かりません。現象としては、搬送時に人間が嫌がる抵抗だけが減っている」

柏木が続ける。

「つまり、分析して分かるのは“抵抗が減っている”ということだけです。理由は分かりません。下札を抜くと異常な低下は消えます。でも、座材そのものの性能で普通に高性能な搬送台にはなります」

「非科学的過ぎてツッコミしにくいな。札を抜いて壊したら作用しなくなるって、どう説明するんだよ」

俺が言うと、天城が即答した。

「説明しません。社外には下札という概念を出しません。製品としては、座材と内部構造を一体化した高機能搬送ユニットです」

「分解されたら?」

高坂が答える。

「通常製品としては分解不能構造にします。開封時は保証対象外。中核部材は社外に出さない設計が必要です。完全版は売り切り禁止にした方がいいでしょう」

「つまり、外に出すのは劣化版か」

「はい。少なくとも初期は」

天城がホワイトボードの前に立った。

「では、販売するならどうするかを整理します」

会議は、そのまま商品化の話に移った。

ホワイトボードの左側に、天城が禁止ワードを書いていく。

重力制御。

質量軽減。

軽くなる。

異常物品。

札。

機能札。

異星文明。

「この辺は全部禁止です」

「まあ、そうだろうな」

「特に“軽くなる”は駄目です。実際、重さは変わっていませんから」

「嘘じゃないのが逆に面倒だな」

「ええ。嘘ではありません。言っていないことが多いだけです」

次に、使える言葉が並ぶ。

荷重負担低減。

初動抵抗低減。

高安定搬送。

微振動抑制。

荷崩れリスク低減。

作業者負担軽減。

特殊座材。

多層荷重バランス構造。

高機能搬送フレーム。

いかにも技術資料に出てきそうな言葉だ。

そして、だいたい嘘ではない。

天城が続ける。

「表向きには、新素材座材と荷台構造による荷重バランス制御。初動抵抗と微振動を抑制する高機能搬送フレーム。この辺りが妥当です」

「長いな」

「長くて地味な方が通ります」

「またそれか」

「またです」

高坂が商品名候補を出した。

LBFユニット。

Load Balance Frame。

東都ハンドリング・アシストフレーム。

EEL-HBF。

荷重負担低減搬送ユニット。

俺は一覧を見て、少しだけ顔をしかめた。

「またアルファベットが増えるのか」

「増えます」

天城は迷いなく言った。

「地味な名前の方が通りますから」

神代が少し考えてから言う。

「ただ、“抵抗を減らす”だけだと従来技術に見えすぎませんか」

「それでいいんです。従来技術の延長に見える方が、最初は扱いやすい。高機能ベアリングや特殊床材、荷重分散フレームの延長に見えるくらいでちょうどいい」

高坂も頷いた。

「販売先も絞るべきですね。一般物流ではなく、精密機材搬送、医療検体搬送、研究施設内搬送、重量物の短距離移動。まずは東都グループ内と、提携先の限定現場です」

柏木が試験データを見ながら言った。

「現場が一番価値を理解すると思います。数字より、押した瞬間に分かるタイプです」

「現場向けか」

「はい」

天城が答える。

「派手な発表より、まず使わせる方が早いです」

そこから、線引きの話になった。

完全版。

準完全版。

劣化版。

完全版は、複製下札あり。EEL-TC系座材。効果大。社内・東都グループ限定。統合室管理。分解不能構造。

劣化版は、下札なし、あるいは中核部材を使わない座材と構造だけの高性能搬送台。効果は普通の技術範囲。外部販売可能。

準完全版は、下札入りだが封止構造。重要顧客向けのレンタルのみ。メンテナンスは東都回収。売り切り禁止。

天城が最後に整理した。

「売るなら、まず劣化版です。完全版は社内で実証。準完全版はレンタルかサービス提供。物を売るより、搬送サービスとして出した方が安全です」

「奇跡を売るんじゃなく、搬送を売るわけか」

「そうです。台車を売るのではなく、特殊搬送環境を提供する」

高坂が続けた。

「重いものを軽くする、ではなく、重いものを安全に運ぶサービス。これなら通せます」

「だいぶそれっぽくなってきたな」

俺が言うと、天城は頷いた。

「ええ。これなら商売になります」

最後に、もう一度だけ実演した。

第六試作座。

複製下札あり。

EEL-TC系熱安定化複合材採用。

重い金属箱を載せる。

秤の数字は変わらない。

荷重も変わらない。

だが押すと、軽い。

軽いという言葉は正確じゃない。

重さはある。

重いままだ。

でも、運ぶ負担だけが削れている。

腰に来る嫌な立ち上がり。

押し始めの抵抗。

荷が揺れた時の怖さ。

その辺りだけが、すっと薄くなっている。

「これは売れるな」

思わず言うと、天城が隣で頷いた。

「売れます。ただし、売り方を間違えなければ」

「間違えると?」

「軽くなる道具として売れば燃えます。重力制御や質量軽減の話になれば終わりです。あくまで、荷重負担低減と搬送安定性の改善です」

「嘘ではない」

「ええ。嘘ではありません」

その言い方が、妙にこの作品らしかった。

夜、工房に戻ると、作業台の上には眠り板と祖父の手帳が置かれていた。

札車は壁際。

複製下札は研究棟管理。

試作座も向こうだ。

だが、今日の感触はまだ手に残っている。

重さは変わっていない。

なのに抵抗だけが減る。

理屈は分からない。

でも再現する。

机の端にスマホを置く。

「イヴ」

【はい】

「座の材質で、あそこまで変わるとはな」

【座は下札の作用を現実の運搬行為へ変換する媒体です。材質、構造、荷重経路、振動特性が影響するのは自然です】

「自然かなあ。地球側から見ると、抵抗だけが減ってる変な台車だぞ」

【その認識で十分です】

「雑だな」

【商品化するなら、過度な原理解明より安定した再現性が重要です】

「研究者が聞いたら怒りそうだ」

【すでに嫌な顔をしていました】

そこは見ていたのかよ、と思ったが、もう突っ込むのも面倒だった。

俺は椅子にもたれ、今日の試験を思い返す。

アルミでは駄目だった。

CFRPは癖が強かった。

セラミックは安定した。

花崗岩由来複合材で伸びた。

EEL-TC系で、さらに安定した。

座はただの受け皿じゃない。

下札の作用を、現実の運搬へ変換する媒体だ。

なら、ここから先は設計の話になる。

拾った道具をそのまま売るのではない。

地球側の材料で座を作り、劣化版を作り、サービスの顔を作る。

かなり面倒だ。

でも、かなり面白い。

「重さは変わっていない。だが、運ぶ負担だけが減っている」

【はい】

「なら商売の顔は決まったな。これは“軽くする道具”じゃない。重いものを、重いまま楽に運ばせる技術だ」

【妥当です】

短い肯定が返る。

それで十分だった。

俺は手帳を閉じ、工房の奥を見た。

次は実証だ。

研究室の中ではなく、実際の現場で使う。

重いものを運ぶ人間が、押した瞬間に何と言うか。

たぶん、それが一番分かりやすい答えになる。