軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第39話 心霊と故障のあいだ

統合室ができてから、変な話がよく集まるようになった。

前は、変なものを拾うのはこっちの役目だった。祖父の遺品、海鳴りの倉庫、整理室経由で流れてくる観測気球、そういう“こっちから触りに行った先で見つかる異物”が中心だった。

いまは少し違う。

向こうから来る。

もちろん、向こうは最初から「異常物体です」なんて言わない。そんな親切な連中ばかりなら、東都もこんなに面倒な器を作らずに済む。

来るのは、もっと曖昧な形だ。

妙に良くできたコスプレ動画。

偽物扱いされてるけど、本物っぽい古道具。

工場でたまに起きる“おかしな安全停止”。

心霊スポット扱いされているけど、話をよく聞くと機械だけが静かに止まってる場所。

業界の古株が「昔はそういうのがあった」と言って笑う、由来不明の実用品。

変な話、というのは便利な言い方だ。

説明しづらい本物は、だいたい最初、そういうところに埋まる。

その日も工房の奥の打ち合わせスペースには、いくつもの“変な話”が並んでいた。

机の上の端末には、統合室が拾ってきた国内情報の一覧。分類は雑だ。雑だが、その雑さが逆にリアルだった。偽物、未確認、評価保留、民俗由来、産業遺物、映像資料のみ。つまり、どこまで行っても今の段階ではまだ“ネタ”でしかない。

そのネタを、今日は漁っていた。

「……相変わらず多いな」

「増えています。統合室が動き始めてから、財閥系の古いルートと、産業遺物の情報網、それから単純に“東都なら見てくれるかもしれない”という持ち込みが重なりました」

向かいの天城が端末を操作しながら言う。

「最後のやつが一番困る」

「ええ。でも、いちばん面白い当たりが混ざるのもそこです」

そう言って彼女が画面を切り替えた。

表示されたのは、夜のイベント会場らしき動画だった。大きなロボットアニメ風の装甲。発光ライン。派手なヘルメット。周囲の観客が歓声を上げている。映像だけ見れば、よくできたコスプレか、金をかけた個人制作の外骨格スーツだ。

「何これ」

「パワーアーマーを着たコスプレがかなりよくできている、と一時話題になった案件です」

「かなり、ってレベルじゃないだろ。普通に怖いな」

「ですよね。最初はネタ扱いでした。ただ、統合室が動画解析をかけたら、いくつか人力では説明しづらい挙動が混じっていました。着地の衝撃処理、踏み込み荷重、背部フレームの追従速度。この辺りが怪しい」

「……ガチっぽい?」

「かなり」

「面白いな」

「面白いですね。ぜひ分析したいです。でも今欲しいのは、そっちじゃありません」

「分かってる」

そこが肝だった。

面白い。かなり面白い。

だが今の俺たちが追うべき線は、強化系じゃない。停止・鎮静・固定解除。札車の下札を安全に眠らせ、壊さず外すための系統だ。

俺は画面を戻した。

次に出てきたのは、真っ黒な山道にある鳥居の写真だった。夜の撮影らしく、手ブレした街灯と、半分だけ切れた注意看板が写っている。

「今度は神社か?」

「心霊スポット扱いの古社です。夜になると持ち込んだ電化製品が静かに落ちる。撮影機材が止まる。ドローンだけ帰ってこない。そういう噂です」

「うさんくさ」

「かなり。でも、こういうのは雑音が多い。心霊噂話、地元の都市伝説、単なる電波障害、湿気、古い設備、全部が混ざるので」

俺は少し眉を寄せた。

「停止系っぽい話って、こういうのに埋もれやすいんだな」

「ええ。派手に浮いたり燃えたりしませんからね。どちらかというと“なんか機械が止まる”“電気が落ちる”“昔からあそこだけ動かない”みたいな、心霊話と故障話の境目に埋もれます。一番怖いのは、止まったせいで助かってる場合です。事故が起きなかったなら、事故報告になりません」

その整理はかなりしっくりきた。

停止系が見つかりづらいのは、派手じゃないからじゃない。

止まった結果、被害が消えてるなら、誰も“異常な恩恵”としては報告しないからだ。

次の案件が出た。

古い織機。

妙な護符。

偽物扱いされている戦中の実験器具。

何を乗せても折れないと言われる脚立。

電源を入れた瞬間に周囲の機械だけ眠る作業机。

どれも面白い。

どれも嫌な匂いがする。

でも、今はまだ決め手がない。

「これ、選ぶの大変だな」

「そうですね。世界は思ったより変なもので埋まっています。問題は、面白いものと、今欲しいものが一致しないことです」

「お前、パワーアーマーかなり気になってるだろ」

「かなり。でも今の私たちが取りに行く線じゃありません。いま欲しいのは、止める側です」

「分かってるよ」

天城は次の資料を開いた。

今度は動画ではなく、設備ログの抜粋だった。グラフと停止記録と保守報告。さらに、手書きの現場メモらしきものが添付されている。

「これです」

「工場?」

「正確には、地方の古い荷揚げ施設です。現役ですが、いまは規模をかなり縮小している」

画面には、港湾寄りの古い昇降設備の写真が映った。むき出しの鉄骨、くすんだ滑車、更新されきっていない電装。見た目はただの古い設備だ。むしろ、いままでよく使っていたなと思うくらい古い。

「何が変なんだ」

「事故が起きそうな時だけ、妙に綺麗に止まるそうです。過荷重、荷崩れ直前、巻き込み寸前、バランス崩れ。その一歩手前でだけ、昇降機と周辺の補機が静かに止まる。しかも、“壊れた停止”じゃないんです。保守記録を見ると、再起動後は普通に動く。交換部品も毎回特定できない。ログ上は安全停止に見えるけど、安全装置の系統が噛んでいない事例が混じっている」

「後付けの安全装置じゃないのか」

「ならもっと記録が揃います。これは違う。古い。しかも、長すぎるんです。現場の聞き取りでは、少なくとも三十年以上前から“事故を起こさない荷揚げ機”として有名だったそうです」

「有名、って」

「地元の古い物流屋と港湾作業者の間で、です。表向きには“あそこは妙に運がいい”“古いのに人を食わない”という語られ方ですね」

「心霊と故障のあいだか」

「まさに」

その表現に、天城が頷いた。

「心霊スポットとしては地味すぎる。機械故障としては綺麗すぎる。だから長年、誰も深く掘っていない」

かなり、いい。

派手じゃない。

でも、停止系の匂いがある。

しかも、札車と同じく物流・搬送に寄っている。これなら別系統の偶然より、“同じ文明の一部”として繋げやすい。

「それ、どこから拾った」

「財閥系の古い保険査定ルートです。表向きには“事故率の低い旧式施設”として整理されていました。ただ、停止ログが妙に気持ち悪いと、統合室で引っかかった」

「なるほどな」

統合室が拾う網になった、というのはこういうことか。

前なら埋もれていた。今は引っかかる。

俺は画面の停止ログを見た。

荷重異常の一歩手前。

回転数過大の直前。

巻き込みリスク増大。

その瞬間にだけ、綺麗に沈黙する。

しかも壊れない。

ここが重要だ。

停止系の技術が“ただ壊す”だけなら、設備はとっくに廃棄されている。

そうじゃない。

止まり、助け、また動く。

これはかなり欲しい。

「……行くか」

「そう言うと思いました。パワーアーマーは惜しいですけど、後回しです」

「惜しいんだな、やっぱり」

「かなり。でも今はこれですね」

「そうだな」

俺は端末をもう一度見た。

地方の古い荷揚げ施設。

長年、事故を起こしかけるたびに静かに止まる。

故障扱いされ、怪談扱いされ、それでも現場では“あそこは妙に人を食わない”と語られてきた設備。

札車の下札を眠らせる。

災厄を止める。

固定を解除する。

その線の先にある案件としては、かなり綺麗だ。

「よし。次はこれだ。パワーアーマーは気になるが、それは今じゃない。欲しいのは、止める側の技術だ」

「そうですね。統合室側へは私が上げます。表向きは、旧式荷揚げ設備の安全性検証支援。産業遺物評価の延長で十分通せるでしょう。現地確認は私と佐伯さん、それから必要なら研究側を一人」

「神代は?」

「設備系の勘はありますが、今回は現場の温度を見る方が先です。最初は少人数でいいと思います」

「そうだな」

工房の中が少し静かになる。

決まった時の静けさだ。

こういう瞬間は嫌いじゃない。

世界中に面白いネタは転がっている。パワーアーマーも、偽物扱いされてる本物も、妙に動く護符も、全部気になる。だが、その中からいま必要な一本を選ぶのは、昔より少し上手くなった気がする。

「天城」

「はい」

「パワーアーマー案件、別フォルダで残しとけよ」

「もちろんです。かなり惜しいので。でも今の私たちは“止める”方を取りに行くべきです」

その言い方が、妙にしっくり来た。

天城が帰ったあと、工房の空気は少しだけ軽くなった。

机の上には、まだ軽身の札車の写真が表示されたままの端末と、地方の荷揚げ施設の停止ログ、それから祖父の手帳。ばらばらな資料のはずなのに、いまの俺には全部が同じ線の上に見える。

白い円盤は、もう海水ウランまで届いてしまう。

札車は、一台物のままでも充分すぎる。

だから次は、止める技術が要る。

「イヴ」

【はい】

「方向は間違ってないよな」

【はい。停止系技術は表面化しづらく、故障や心霊現象として埋もれやすい。従って、現行の探索方針は合理的です】

「心霊と故障のあいだ、か」

【適切な表現です】

俺は手帳を開いた。

例のページの端に、さらに薄い書き込みがある。消えかけた文字を拾うと、そこにはこうあった。

――止め具は派手に現れぬ

――壊れぬ停止を探せ

――災いを散らさず、まず眠らせろ

「……宗玄、そこまで書いてたのか」

【停止系技術を、札車専用の補助器具とは見ていなかった可能性があります】

「だろうな」

札車のためだけじゃない。

たぶん祖父はもっと広く見ていた。

動いているものを、壊さず静かに止める。

その技術は、搬送具にも、危険物にも、災厄にも効く。

だったら次に向かう先は、もう決まっている。

「次は荷揚げ施設だ」

【妥当です】

「面白いネタは山ほどある。でも今欲しいのは、止める側だ」

【はい】

短い肯定が返ってくる。

それで充分だった。

統合室が回り始めて、世界は前より少しだけ広くなった。

変な話はいくらでも拾える。

でも、拾えることと、選ぶことは別だ。

今の俺たちが行くべき場所は、たぶんそこだ。

事故の一歩手前だけを、静かに沈黙させる古い設備。

心霊とも故障ともつかない顔をした、本物の匂い。

「……よし」

机の上の端末を閉じる。

次の行き先は決まった。

あとは見に行くだけだ。