軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話閑話 イヴの考察と雑談

永冷石――正確には、イヴの言うところの冷却概念付与核。

その試作品が並んだ工房の作業台を見下ろしながら、俺は紙コップのぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。

バッテリーの次は冷却。

電源を握り、熱を握る。

言葉にするとずいぶん大げさだが、実際に俺たちがやっていることは、花崗岩の板を冷媒に変えて、どのサイズならどれだけ冷えるかを延々と試しているだけだ。

絵面は地味。

だが、その地味さの奥にある中身は、明らかに地球の文明水準からはみ出している。

天城はさっき帰ったばかりだった。

去り際まで「保冷ライナーの厚みは三パターンで比較しましょう」とか「港湾向けと医療向けでは必要な保証の文言が違います」とか言っていた。あの女、本当にこういう時は一切ブレない。

工房のシャッターの外では、夜の気配が少しずつ濃くなっている。

静かな室内で、小型冷媒片だけが黙って熱を吸っていた。

俺は椅子にもたれながら、耳の奥の骨伝導イヤホンを軽く押した。

「なあ、イヴ」

【はい】

「永冷石ねぇ。どんな文明が作ったんだ?」

少し間を置いて、イヴはいつもの平坦な声で答えた。

【概念操作を得意とする文明が作成した物だと思われます】

【地球の言葉に寄せるなら、“魔法使い”に近い文明です】

俺は思わず、持っていた紙コップを机へ置いた。

「魔法使い?」

【はい】

「文字通りの意味のやつか?」

【概ね】

【もちろん、地球における童話や神話の魔法使い像とは異なります】

【しかし、“思い込みの力で現実へ干渉する存在”という意味では、かなり近い表現です】

「……さらっととんでもないこと言うな」

【恒一の認識補助を優先しています】

「補助で済ませていい情報量じゃないだろ、それ」

俺は苦笑しながら、作業台の上の永冷石化した花崗岩片を指先でつついた。もちろん手袋越しだ。

冷たい。

冷たいというより、そこにあるだけで熱が吸い寄せられていく感じがする。

「つまり、こいつは“魔法使いの遺物”ってことか」

【その表現は大きく外れていません】

【概念操作を主軸とする文明が、花崗岩へ“お前は冷媒を作成できる物体である”と強く固定した結果が、永冷石の原型です】

「お前は冷媒を作成できる石」

【はい】

「すごいな。日本語にすると途端に雑だな」

【本質は非常に簡潔です】

「まあ、言いたいことは分かるけど」

分かる。

分かるが、納得は別だ。

俺たちが今まで“科学”とか“工学”とか呼んできたものは、基本的に物質の性質を理解して、その法則の上で加工するものだった。

だが永冷石のやっていることは、どう見てもその一段外側にある。

花崗岩の構造を利用している。

だが利用する以前に、“こう振る舞え”と決めている。

それはもう工学というより、命令だ。

現実への命令。

「で、その“魔法使い”ってのは宇宙だと珍しいのか?」

【いいえ】

【地球では一般的ではありませんが、概念操作能力を持つ知性体そのものは宇宙的には珍しくありません】

【文明の中核にまで昇華できるかどうかは別ですが、“思い込みの力で現実へ干渉する”という素質自体は、広く確認される形質です】

「そんなもんが一般的であってたまるかよ」

【恒一が所属する文明圏が、現状その分野に極端に疎いだけです】

「言い方」

【事実です】

相変わらず容赦がない。

だが、イヴの声に悪意はない。

本当にただ“分類上はそうです”と言っているだけだ。

だから余計に、話がでかい。

「人間にもあるのか、その素質」

【あります】

「あるのかよ……」

【地球人類にも概念干渉素質を持つ個体は存在します】

【ただし、強度が低い】

【偶然、伝承、儀式、信仰、怪異、直感、才能、奇跡といった形で散発的に観測されることはありますが、恒常的かつ工学的に運用できる段階には至っていません】

「それでも居るには居るんだな」

【はい】

イヴはそこで一拍置いた。

【地球人類ではせいぜい単一惑星を制圧出来る程度が限界ですね】

俺は数秒、何も言えなかった。

「……それはそれで恐ろしいけど?」

【恐ろしい部類です】

「“せいぜい”って副詞の使い方おかしくない?」

【宇宙的な基準では妥当です】

「その宇宙基準が嫌なんだよ……」

思わず顔を覆う。

地球で魔法使いがいたとして、せいぜい惑星制圧レベル。

何をどう比較したら“せいぜい”になるんだ。

だがイヴは淡々と続ける。

【安心してください】

【現代地球に、その水準へ到達している個体は存在しません】

「それはまあ、ちょっと安心した」

【概念操作能力は、環境、文明補助、認識体系、媒介装置、系譜などの支援があって初めて高出力化します】

【地球はそのどれもが不足しています】

「つまり、才能ある奴が一人いても駄目ってことか」

【単独では限界があります】

【だからこそ、概念操作文明は個人技ではなく、文明工学としてそれを制度化していました】

俺はその言葉を頭の中で転がした。

文明工学。

魔法使いの文明。

永冷石は、その産物。

なんというか、思っていたよりずっと真っ当だ。

もっとこう、呪文とか儀式とか、そういう胡散臭い方向だと思っていた。

だがイヴの説明を聞いていると、概念操作ですら宇宙では“学問”とか“産業”とか“標準技術”の延長にあるらしい。

「じゃあ永冷石って、そいつらにとっては特別な秘宝でも何でもないのか?」

【希少ではあります】

【しかし、文明の枠組みを揺るがすほどの至宝ではありません】

【冷却と保存の分野における優秀な基幹技術の一つ、という位置づけでしょう】

「基幹技術、ね」

今の俺たちがこれを振り回して大騒ぎしていることを思うと、なんだか少し情けない。

いや、情けなくはないか。

向こうが化け物みたいに進みすぎているだけだ。

「で、さっき“原型”って言ったよな」

【はい】

「今手元にあるこいつは、最初に作られたものじゃない?」

【まず違います】

イヴの返答は早かった。

【世代を経ています】

【少なくとも十代以上は経ていると推測されます】

「十代……」

作業台の上の永冷石本体へ目をやる。

灰色の石板の欠片。

俺たちから見れば十分すぎるほど異常な代物だが、あれですらコピーのコピーのさらにその先、ということか。

「十代ってことは、最初の本体はもっと化け物じみてたわけだ」

【その可能性は高いです】

「で、その起源はどこだ」

何となく聞いた。

いや、本当は何となくじゃない。

この手の話になると、イヴは平気でスケールを三段くらい飛ばすので、少し身構えながら聞いた。

そして案の定、返ってきた答えは俺の予想よりずっと遠かった。

【宇宙が出来る前の存在ですね】

今度こそ、俺は完全に黙った。

工房の空調音だけが、やけに静かに聞こえる。

「……前宇宙の産物ってことか」

【正確には、前宇宙由来の概念工学体系に属する遺産の断片です】

【現在の宇宙で再利用・劣化・継承された結果が、恒一の手元にある個体と考えるのが自然です】

「すげー壮大な話になったな……」

【恒一が質問した結果です】

「そうだけどさあ……」

俺は天井を見上げた。

異星文明の遺産。

宇宙人の超技術。

そこまではまだ分かる。

SFとしては真っ当だ。

だが、前宇宙の産物となると、もうスケールの単位が違う。

しかもそれが今、工房の作業台の上に置かれていて、しかもそれを元に次の商品ラインを考えているのだから、本当にどうかしている。

「じゃあ」

少し落ち着いてから、俺は聞いた。

「永冷石みたいな類は、他にもあると思っていいんだよな」

【当然です】

イヴは即答した。

【永冷石は冷却概念系の一例にすぎません】

【概念操作文明由来の技術群には、保存、再生、浄化、翻訳、結界、軽量化、修復、認識補正など、多様な派生が存在します】

「さらっと便利ワードのオンパレードだな……」

【恒一が好みそうなものを優先して列挙しました】

「余計なお世話だ」

でも、否定もできない。

翻訳。浄化。軽量化。修復。

どれも一つあるだけで社会がひっくり返りそうだ。

「なんで今までそういう製品が無かったんだ?」

【セル・チューナーが無かったからでしょう】

あっさりと、核心を突かれた。

「ああ……そうだったな。充電が必要だったんだっけ」

【はい】

【概念操作文明由来の技術は、外見上は“ただの石”や“ただの道具”として残ることが多い】

【しかし、その多くは再活性化に外部エネルギーまたは認証が必要です】

【セル・チューナーは、その不足を埋めることができます】

「万能だな、やっぱり」

【万能に近いです】

「近い、で済ますのか」

【セル・チューナーが無ければ、こうした技術は“奇妙な伝承”や“由来不明の便利道具”のまま終わった可能性が高いです】

【あるいは、概念操作能力者が直接増やしていたでしょう】

「魔法使いなら増やすこともできる、ってことか」

【ええ】

イヴの声は相変わらず平坦だった。

【実際、セル・チューナーという万能基盤技術が無ければ、概念操作文明は人手で増やすことを前提にしていたはずです】

【お前は冷媒である、お前は壊れにくい、お前は翻訳できる――そのように、既存物質へ役割を与え続けることで技術体系を広げていたと思われます】

「……めちゃくちゃだな」

【宇宙的には一般的です】

「その言い方やめろって」

俺は笑いながら、作業台の上の永冷石をもう一度見た。

花崗岩。

冷媒。

前宇宙。

魔法使い文明。

全部、言葉だけ切り取ると冗談みたいだ。

でも実際に冷えている。だから冗談にならない。

「そういう魔法使い由来のテクノロジーって、他にも多いのか?」

【多いです】

イヴは迷いなく答えた。

【大抵は既存の物質や道具をそのまま使用し、概念だけを拡張しています】

【地球の言葉に寄せるなら、“オカルト的な不思議な道具”という理解で概ね正しい】

「なるほどな」

ここでようやく、今まで見てきた色々な怪談や民間伝承が、一本の線で繋がる気がした。

夏でも冷たい石。

腐らない供物箱。

触れると異常に軽い荷車。

毒を抜く杯。

死者の声が残る鏡。

全部が全部、本物じゃないだろう。

だが、本物が混じっていたとしてもおかしくはない。

「宗玄の収集品の中にも、そういうのまだあるのか?」

【あります】

その返事だけは、妙に力強かった。

【まだまだあります】

【宗玄の収集品の中には、異星文明テクノロジー由来の物が多数混在しています】

「あー……」

思わず、長いため息が出る。

「そうだった。すっかり忘れてたが、整理まだ終わってないんだよな」

【はい】

忘れていたわけではない。

正確には、バッテリー事業と永冷石の件で目の前の作業が忙しすぎて、“祖父の遺品整理の続き”が後ろへ押しやられていた。

海鳴りの倉庫の一室。

宗玄の家から運び込んだ箱。

木箱、金属ケース、古い道具、石、札、紙、意味の分からない器具。

あれらの大半は、まだ未整理のままだ。

俺は頭の後ろを掻いた。

「海鳴りの倉庫の一室に、全部押し込んであるし……」

【ええ】

「普通、異星文明の遺産ってそんな扱いするか?」

【少なくとも、推奨はされません】

「だよなあ……」

でも、現実問題としてそこまで手が回っていなかったのも事実だ。

そして今、永冷石という前例ができてしまった以上、“ただの古物に見える未整理品”の中にも本物が混じっている可能性はかなり高い。

というか、混じっていると考える方が自然だ。

【探索しがいがありますね】

イヴが、珍しく少しだけ楽しそうに言った気がした。

「お前、そういう時だけ若干テンション上がるよな」

【気のせいです】

「絶対違う」

【否定します】

だが、そのやり取りのあとで少しだけ静かになる。

工房の外では車の走る音が遠くに聞こえた。

作業台の上には永冷石と試作品。

頭の中には、前宇宙の魔法使い文明。

そして海鳴りの倉庫の一室には、まだ開けていない箱の山。

俺は椅子から立ち上がり、工房の壁にもたれた。

「……忙しくなるな」

【既に忙しいです】

「そうだけど、そういう意味じゃなくて」

俺は苦笑した。

「なんかこう、一個ずつ片付けてるつもりだったんだよ」

「バッテリーやって、工房作って、永冷石拾って、次の商品考えて。順番に進んでると思ってた」

「でも実際は、まだスタート地点の荷物整理すら終わってなくて、しかもその荷物の中身が前宇宙由来の魔法工学かもしれないって言われるとさ」

【興奮しますか】

「するな」

即答だった。

怖さもある。

面倒さもある。

でも、それ以上に好奇心が勝つ。

たぶん、それが今の俺の一番危ないところなんだろう。

未知の技術。

文明の断片。

今の社会じゃ理解されない道具。

そういうものが、倉庫の一室に雑に積まれている。

そんな状況で、見ないでいられるほど俺は真面目な人間じゃない。

「よし」

俺は作業台の上の永冷石をケースへ戻した。

「次の暇な日……いや、暇なんてもう無いか」

「とにかく時間を作って、宗玄の収集品を本格的に洗うぞ」

【妥当です】

「今度はどんなのが出るかね」

【恒一の好みに合う物は多いと思われます】

「それ、嬉しいような怖いようなだな……」

骨伝導イヤホン越しのイヴの声は、いつも通り抑揚がない。

けれど、その無機質な声の向こうに、今までよりずっと広い宇宙の層がある気がした。

魔法使い文明。

前宇宙。

概念操作工学。

オカルトの正体。

世界は思っていたよりずっと深くて、俺はまだその入口で拾った石を磨いているだけらしい。

そう思うと、少し笑えてきた。

「……やっぱり、面倒だな」

【はい】

「でも嫌いじゃない」

【知っています】

それはたぶん、イヴじゃなくても分かることだった。