軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0641 情報精査

青空の下、第一甲板上に氷の机と椅子を出し、涼とアベルはリー・ウー刺史が持ってきた資料を読み始めた。

そこには、二人が知らない情報……朗報も悲報もたくさん書いてあった。

まず 朗報(ろうほう) 。

チョオウチ帝国には幻人十万人がいるということだが、そのほとんどが『中身が空』。

中身が空とはそのままの意味で、ただそこにいるだけ。

他の幻人が動かすことはできるが、意志はもたず自分で動くこともできない。

ただの人形。

他の幻人たちからは『器』と呼ばれている。

実際、ちょっと叩くだけで消えてなくなる。

幻人の『幻』とは、そこから来ているらしい。

ただし呪法を使うことはできる。

そのため、移動砲台的な使い方がよくされるらしい。

そして悲報。

チョオウチ帝国のある場所は、かなり北。

一月の気温がマイナス三十度になる年もあるほど……北。

今の季節はそこまではないが、場所はかなり遠い。

そしてもちろん、ダーウェイ公船は行ったことのない海域。

ラー・ウー船長は、途中ペイユ国で地図、可能ならば海図を手に入れるつもりらしい。

いちおう涼からラー・ウー船長に、リュン親王の書状に書いてあった内容は全て伝えてある。

その前から、ラー・ウー船長はリー・ウー刺史から聞いた内容から推測はしていたらしいが。

涼がリュン親王から貰った、第十船に対する親王としての正式な命令書もラー・ウー船長に渡した。

それがなくとも協力はしてくれたようだが……この命令書があれば、船の乗組員たちが処罰されることは絶対になくなるそうだ。

国の財産である『公船』を運用するというのは、いろいろと融通が利きにくいものらしい。

他にもいくつかの驚くべき情報があったが……。

「ああ、幻王に関する情報ありますね」

「幻王府? リュン親王とかのリュン王府みたいなもんか?」

涼とアベルが、幻王に関連した情報に目を通す中、そんな単語を見つけた。

「やはり幻王というのは、幻人の中の 市井(しせい) の人たちの誰か、みたいな立場ではなくて、チョオウチ帝国の中でも帝国政府が存在を認めているというですね」

「わざわざ『王府』があるからな。だがこの資料によると……権力が二分されているように読み取れないか?」

「え?」

アベルが読み終えた書類を涼に渡す。

三年間の書類まみれの国王をしていた結果、アベルの書類読みの速度はかなりのものだ。

涼も決して遅い方ではないと思っているのだが、アベルにはかなわない。

「……確かに。しかもチョオウチ皇帝よりも幻王の方が、権力が上?」

「幻人を操れるわけだから……皇帝も操り人形か……?」

「あ、でもほら、こっちの書類だと、それぞれの目的が書いてありますよ」

「チョオウチ皇帝は南下してダーウェイを支配したい。それは分かる。だが、幻王の目的って……」

「『回廊』を抜けて中央諸国へ? はい? 何で中央諸国に行きたがるんです?」

幻王の目的が、中央諸国に至ることだと書いてあり、アベルも涼も混乱する。

なぜ中央諸国?

「中央諸国に至る『回廊』を開くために、ダーウェイ皇帝が必要って書いてあるが……?」

「どういうことでしょう」

おそらく 珠玉(しゅぎょく) と言っても良い情報の宝庫。

だが、断片的すぎてよく分からない……。

「こういう時は、優先順位をきちんとつけないとプロジェクトが失敗します!」

「ぷろ……何?」

「まず最優先は、皇帝陛下の救出です」

「確かにな。それが最優先だ」

「他は、出たとこ勝負で」

「……仕方ないか」

涼もアベルも 妥協(だきょう) の産物を受け入れる。

涼としても、可能なら幻王を倒してヘルブ公を氷の中から解き放ってやりたいとは思うが……二番目以下の優先事項とならざるを得ない。

そこへ、ラー・ウー船長がやってきた。

いちおうの日程の説明らしいのだが……。

「正直、どれくらいで着くのか分かりません」

「ですよね……」

顔をしかめて申し訳なさそうな顔で言うラー・ウー船長に、涼もさもありなんと頷く。

正確な距離が分からず、潮の流れも分からず、風も分からない。

それで日程は、と言えるはずがない。

「ダーウェイ皇宮が、本船の動向をどこまで掴んでいるか分かりませんが、主要な港への寄港は避けます。水はリョウさんがいらっしゃるのでいいのですが、食料はどこかで積み込まねばなりません」

「確かに」

「出港したホイアンで、かなり多めに食料は積み込みましたので二十日分はあるでしょう。帝都ハンリンまで十四日ですから、ハンリンを過ぎて六日分は北上可能です」

「ハンリンを過ぎて六日の辺りに、いい港があるのか?」

「帝都ハンリンとペイユ国のちょうど中間あたりなのですが、一つ心当たりがあります。シュンボウルという港町なのですが……予定通りなら、ここから十八日から十九日で到着できるでしょう」

アベルの問いに力強く答えるラー・ウー船長。

さすが公船船長だけあって、ダーウェイの港にはかなり詳しいようだ。

「そこで補給して北上。目的地のチョオウチ帝国は、ペイユ国のさらに北ということですが、ペイユ国で地図は手に入るでしょう。海図が手に入るかどうかが……」

「そこが難しいところだな」

知らない海を航海するというのはいろいろと難しいのだ。

ラー・ウー船長が船員に呼ばれて去った後に、涼とアベルの再びの話し合いが行われた。

「最悪、ペイユ国からは陸路を行くことになるかもしれんな」

「アベルもやっぱりそう思います?」

涼もアベルも、現実的なのだ。

どれほど北に行くのか分からないが、海が凍り、船が進めない可能性もある。

「本当に、いろいろ出たとこ勝負です」

「見通しが持てないというのはいろいろ大変だな」

ふと涼の視界に、二人同様に乗組員じゃない人物が入った。

「リー・ウー 刺史(しし) さんもこのまま乗っていくんですよね」

「そうなるだろうな。もしかしたら、十九日目に寄港する港で降りるかもしれんが……そこまでは乗ることになるだろう?」

「皇宮からというか、コウリ親王陣営から追及されたりはしないですかね?」

「どうだろうな。元々刺史だから、ダーウェイ中を監察してまわるんだろう? 帝都にいなくても不思議じゃないんじゃないか? それを見越してシャウ司空は任せたんだろうし」

「ああ、なるほど」

二人がそんな会話をしていると、リー・ウー刺史は剣を振り始めた。

剣の訓練らしい。

「ほぉ」

「結構鋭い剣筋ですね」

アベルも涼も、リー・ウー刺史の剣を称賛する。

地方を監察してまわる刺史ということだが、かなり剣を使えるようだ。

とても文官とは思えない。

確かに二メートルもある体格自体が、文官には見えないが……。

二人の視線に気づいたのだろう。

リー・ウー刺史は剣を振るのをやめ、二人の元にやってきた。

「すまん、俺たちの視線が気になったか?」

アベルが軽く謝罪する。

「いえ……」

気になっても、気になった! とは言えないものだ。

「リー・ウーさん、とても文官には見えません。剣筋もかなりのものですね」

「お恥ずかしい。刺史として地方を回っていますと、命を狙われることが多くて」

「え?」

リー・ウー刺史の言葉に驚く二人。

「悪いことをする領主……いや、領主とは限りませんね、代官など高い立場の人たちもおりまして。彼らにとっては、私は目の上のたんこぶらしく……」

「彼らは、 賄賂(わいろ) を贈って 懐柔(かいじゅう) しようとするだろう?」

リー・ウー刺史の自嘲気味の言葉に、アベルが問う。

為政者(いせいしゃ) であるアベルからすれば、中央の目が届きにくい地方の領主や高級官僚たちがどんなことをするかは、よく分かるのだろう。

それこそ、いつの時代、どんな世界でも共通することだと。

「おっしゃる通りで。ただ私、そういうのを一切受け取りません。ですから不正の証拠を掴むと、そのまま 司隷台(しれいだい) に提出してしまいます」

「 清廉潔白(せいれんけっぱく) ……」

「たいしたもんだな」

リー・ウー刺史の言葉に、涼が感嘆し、アベルも称賛する。

「いや、なんというか……実家が金持ちですので、賄賂とかいらないだけです……」

「あるある……」

「いるよな、そういう奴……」

苦笑しながらのリー・ウー刺史、公職についているが大金持ちなために賄賂を受け取らない人たちを知っている涼、頭の中でフェルプスあたりを思い浮かべて頷くアベル。

多分、アベル自身も賄賂を受け取りはしないはずなのだが。

「命を狙われるから剣も鍛えたんだな」

「そういう側面は大きいですね」

リー・ウー刺史は苦笑しながら認めるのであった。