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作品タイトル不明

0604 勧誘

「六皇子リュン、その忠義と功績を評価して親王に 冊封(さくほう) する。以上」

「ありがたき幸せ」

総太監によって読み上げられた 聖旨(せいし) を、第六皇子リュンは 恭(うやうや) しく受け取った。

「ありがとうございます」

さらに感謝を表す。

「殿下、親王の新たな服、冠を用意いたしました。明日は、必ずそれを着用して参内し、印と 詔(みことのり) をお受けとりください」

「ご指南に感謝します」

総太監の説明に、両手を胸の前で重ねて礼をとって感謝を表すリュン皇子。

ここはリュン王府。

いつも、皇帝ツーインの傍に侍る太監の取りまとめ役、総太監自らが届けた聖旨。

もちろん、親王冊封に関する皇帝からの聖旨であるため、今日届けられることは事前に知らされていた。

本番は明日。

太極殿に上がり、皇帝から印と詔を受け取って、正式に親王となる。

第六皇子リュンが本拠を置く屋敷は、一カ月かけて改装され、王府へと生まれ変わっていた。

それは広大な……これまでの屋敷の十倍を軽く超える面積、直属部隊数千人すらその中に抱える府。

まだ王府と掲げられてはいないが、明日、親王に冊封され次第、正式なリュン王府となる。

そんなリュン王府であるが、空から見ると、少し 歪(いびつ) な形をしている。

隣接する屋敷を半包囲する形になっているのだ。

その隣接する屋敷も、決して小さいわけではないが、リュン王府の巨大さと比較すると……その二十分の一だろうか?

もちろん、そんな隣接する屋敷の主は、リュン皇子はもちろん、 下賜(かし) してくださった皇帝ツーインにも言ったのだ。

王府に吸収して構いませんよ、僕らは別のところに移りますよと。

だが……。

「そのままでよい」

皇帝ツーインは笑いながらそう言った。

そのため、屋敷の主は、今日も魔法と錬金術を 嗜(たしな) み、ピアノを弾き、気持ちよさそうに芝生で寝ている馬をなでている。

もちろん主は涼であり、護衛としてアベルがいる。

「先ほど、お隣さんに聖旨が届いたそうです」

「あれだよな、皇帝からのやつ」

「ええ、ええ。ついに、明日ですよ。リュン皇子が親王に冊封されます。次期皇帝への第一歩を踏み出すのです」

涼が我が事のように嬉しそうに言う。

涼は、ロンド公爵として、リュン皇子から協力を要請されて、それを受け入れた。

もちろんそれは、公に発表されたりはしていない。

そもそも涼は、異国の公爵であり、皇帝の 知遇(ちぐう) を得てダーウェイに滞在しているだけだ。

次期皇帝争いに、表立って介入する立場ではない。

とはいえ、ロンド公爵とリュン皇子の仲が良いというのは、皇宮では知らない者はいない。

同時に、ロンド公爵は皇帝陛下のお気に入りでもあるということも知られている。

そのため、異国の公爵であっても、涼を軽く扱うものはダーウェイ皇宮にはいない……。

「ここから、本格的な親王同士の争いになるんだろうな」

アベルはそう言うと、小さくため息をつく。

「アベルは、そういうの苦手そうですよね」

「ああ、苦手だ」

涼の言葉に、全く反論することなく完全に受け入れるアベル。

権謀術数や、宮廷内の暗闘などという類のものは、アベルには全く分からない……分からないという自覚がある。

「リョウだって得意じゃないだろう?」

「ええ。全く分かりません」

アベルの確認に、こちらも全く反論することなく完全に受け入れる涼。

二人とも、性格が良すぎるのかもしれない。

「実際、俺たちにできることはないだろう?」

「そうなんですよね……せいぜい、応援するくらいです」

「応援? 具体的にどうするんだ?」

「フレー! フレー! リュンおうじ! フレフレリュンリュン、フレフレリュンリュン、フレ~~~~リュンー!」

涼が、運動会の応援団的な応援をし……アベルはあんぐり口を開けて固まった。

十秒後、アベルが復活する。

「なあ、今のが応援か」

「ええ。どうですかね? 元気が出ますかね?」

「なんとなくなんだが……やめた方がいいと思うぞ」

「そうですか……残念です」

アベルが止め、涼も受け入れた。

涼的にも、今一つな感じはしたのだ。

一人でやっても、ちょっと盛り上がらない。

その視線は、庭を掃除するアイスゴーレムたちを捉える。

「ゴーレムたちも一緒にやれば……」

「うん、それもどうかと思う」

「僕が 音頭(おんど) をとって、ゴーレムたちだけで踊ればいけると思うんです」

「……踊る?」

「さっきの応援には、踊りがついていまして。僕が中に入ると、ちょっと一体感があれになるので、踊りをゴーレムたちで統一して、僕は外から音頭をとる。これの方がいいと思うんです」

「うん……俺にはよく分からんわ」

涼が力説するが、アベルは理解できずに首を振った。

「明日、太極殿で印と詔を与えられるそうですけど……何も起きないといいのですが」

「何も起きんだろう?」

「でも以前の……皇子と公主の披露宴では、幻人が襲撃しましたよ?」

「それもあって、かなり念入りに星辰網だったか? あれの検査がされたんだろう? リュン王府からもルヤオ隊長がわざわざそれに立ち会ったそうだし」

問題が起きないか懸念する涼と、大丈夫だろうというアベル。

もちろん二人とも、心の底から何事も起きなければいいのにと思っている。

思っていますよ?

本当ですよ?

「だいたい披露宴の時の襲撃も、結局よく分からんかったよな」

「皇帝陛下と、 主賓(しゅひん) 二人だけでしたもんね、あのマリエさんが狙ったの。ダーウェイの力を削ぐのであれば、あの場で<パーマフロスト>みたいな広域破壊を目的にする魔法を放つ方がよかったはずですもんね」

「過激だが……確かにそうかもしれん。まるで標的が決まっていたかのようだったからな」

「ダーウェイへの挑戦表明だったとしても、ちょっとあれだと思いました」

アベルも涼も、披露宴での襲撃には今でも首をかしげている。

確かに、あれによってダーウェイ皇宮はチョオウチ帝国の存在を知り、その後のユン将軍の捕虜、星辰網の情報収集へと繋がっていったのだろうが……。

「あの段階で、リュン皇子がすでに標的になっていたと考えた方が自然です」

「多分そうなんだろうな。だとして、なぜあの段階でリュン皇子が狙われたのか……他の三親王ではなくな」

「……三親王の誰かがチョオウチ帝国と既に結んでいて、依頼を出した?」

「可能性はあるが……」

「どちらにしろ仮説の域を出ませんね」

アベルも涼も、ため息をついた。

解けないと分かっている問題であっても、放置するのはなんとなく嫌なのだ。

「とりあえず、明日も何事もなく終わって欲しいです」

「皇宮との行き来も、リュン王府軍がつくのだろう?」

「王府親王羽林軍の隊長に昇格したルヤオ隊長が率いる、五百人の王府軍が周りを固めるそうです。正装を着て、帝都人に披露する形にすることによって、皇宮から許可が出たらしいですよ」

「いろいろ大変だな」

「まあ、帝都内で五百人の兵を動員するのですから……。皇帝陛下ならともかく、新親王がとなれば、いろんなところとの調整もあるでしょうね」

アベルも涼も、なんとなくでしかないが、その調整が大変そうである事は理解できる。

多分ルヤオ隊長だけでなく、侍従長リンシュンもかなり動いたのであろうとも。

「やはり皇宮の外で、ゴーレムたちと応援の踊りを……」

「うん、それは明確に、やめた方がいいと思う」

涼の提案を、今度はさすがにはっきりとアベルは止めるのであった。

翌日、皇宮禁城内太極殿。

「印を与え、親王に冊封する」

総太監が告げ、リュン皇子が印と詔を受け取った。

玉座に座る皇帝ツーインは笑顔で何度も頷いている。

居並ぶ廷臣のほとんどは、無表情のままだ。

彼らシタイフ層のほとんどは、既に他の三親王の誰かの派閥に属している。

そのため、今日新たに冊封されたリュン『親王』が面白いはずはない。

だが、皇帝がリュン親王を買っているという噂は、皇宮内で広まっていた。

そもそも、そうでなければ、ただでさえ混迷している空いたままの皇太子にどの親王が立てられるのかという問題があるのに、さらに新たな親王としてリュン皇子を進ませるというのはない。

だが、そうなると、シタイフ層にとっては難しい問題となる。

彼らが三親王の誰かの派閥に入っているのは、皇太子、さらに次期皇帝になる親王であろうからその派閥に入っているのだ。

だが、親王の誰を皇太子に立てるのかを決めるのは皇帝ただ一人。

そして、その皇帝は、今日親王になったリュン皇子を気に入っているらしい……。

どれほど気に入っているのか?

それが問題だ。

先の三人の親王を差し置いて、皇太子に立てるほどなのか?

それとも競わせて後に、四人の親王のうちから決めるつもりなのか?

早々に三親王の派閥から離脱してリュン親王の元に走ったとして……うまくいく保証はどこにもない。

それどころか、元いた派閥からは攻撃されるであろう。

しかもその攻撃から、リュン親王が守ってくれるのか……リュン親王の手腕は未知数……。

シタイフ層たちは結局動けなかった。

そんな無表情のまま居並ぶ廷臣……だが一人、その目に憎悪の光を宿している人物がいた。

第四皇子ビン親王。

さすがに人目をはばかってはいるが、少し注意して見れば、ビン親王の憎悪は誰にでも見て取れるほど明らか……。

中には、それに気付いた者もいたかもしれないが……。

とはいえ何事もなく、第六皇子リュンは正式に親王に冊封された。

リュン親王は太極殿を退き、広場でリンシュン侍従長以下取り巻きたち……王府が開かれた現在では家臣となった者たちと合流する。

そこに、声をかけてきた人物がいた。

「ルヤオ」

「ローウォン先生、ご無沙汰しております」

ローウォン卿が、錬金術の弟子であるルヤオ隊長に声をかけた。

「リュン親王殿下、この度の冊封、おめでとうございます」

「ローウォン卿、ありがとうございます」

ローウォン卿も、胸の前で手を重ねる正式な礼をとって挨拶し、リュンも返した。

「ちと、弟子に話したいことがあるので、お借りしたいのじゃが。よいかな?」

「もちろんです。ではルヤオ、先に戻っておく」

こうして、師匠と弟子の久しぶりの会話が交わされることになった。

「先生と話すのは……二年ぶりになりましょうか?」

「うむ、二年か。お主も成長したな」

ルヤオの言葉に、笑顔を浮かべながら答えるローウォン卿。

十九歳のルヤオ隊長と八十歳を超えるローウォン卿は、どう見ても孫と祖父であろう。

だがルヤオ隊長は知っている。

老齢と言ってよいローウォン卿であるが、その戦闘力は未だダーウェイの頂にいると。

だからこそ、ダーウェイの魔法使い、呪法使いの頂点たる『六聖』の一人なのだ。

「リュン皇子が正式に親王に進まれた以上、お主に伝えておかねばならんと思うてな」

「何のことでしょうか?」

ローウォン卿は笑顔のまま言い、ルヤオ隊長は首をかしげる。

「わしは、あるお方の 食客(しょっかく) となっておる」

「食客?」

「誰か分かるか?」

「わざわざこのタイミングでおっしゃるのですから、親王のどなたかでしょう」

「ふむ」

「そしておそらくは……第二皇子コウリ親王殿下」

「正解じゃ」

ローウォン卿は 破顔(はがん) 一笑(いっしょう) 、そして何度も頷いた。

弟子が、錬金術だけでなく、思考力においても成長していることを確認できた嬉しさ、といったあたりだろうか。

「その上でじゃ、お主もコウリ殿下の下に来ぬか?」

「お断りいたします」

「即答か」

即答で断るルヤオ隊長。それを笑うローウォン卿。

「私の主は、死ぬまでリュン殿下ただ一人です」

師ローウォン卿の目を正面から見て、はっきりと言い切るルヤオ隊長。

「先生も、私が断ることは分かっておいでだったはず」

「まあな」

「それなのに、なぜですか?」

「決まっておる。お主と戦いたくないからじゃ」

その瞬間、ローウォン卿が 纏(まと) う空気が変わった。

ルヤオ隊長がバックステップして距離をとったのは、完全に無意識だった。

もちろん、何も起きない。

ここは皇宮。

しかもその中枢、禁城。

剣を抜けば死罪。

騒動を起こしても死罪。

「良い反応じゃ」

ローウォン卿が、再び緩やかな空気を纏って言う。

「先生、試さないでください」

ルヤオ隊長の顔には、笑顔も穏やかさもない。

思わず後方に跳んだが……あのまま戦闘になったとしたら、すぐに倒されていただろうから。

まだまだ力の差がある事は分かっている!

「二十年あれば、お主は今のわしを越えるであろう」

「……」

「それまで死んでほしくないのじゃ」

「私も死にたくはありません」

「もう一度問うぞ。リュン殿下の下を離れ、コウリ殿下の下につかぬか?」

「もう一度お答えします。お断りいたします」

ローウォン卿が、今度は笑顔を収めて真剣な表情で問う。

ルヤオ隊長が、今度も拒否を即答する。

「差は圧倒的じゃぞ? こちらには、六聖のうち、四人がおる」

「……それでも、私はリュン殿下に全てを捧げております。主を替えるなどあり得ません」

ローウォン卿の言葉の内容に圧倒されながらも、再び言い切るルヤオ隊長。

だが、その内容はあまりにも衝撃的である。

『六聖のうちの四人』がコウリ殿下の下に?

(六聖……先生を見ても分かるが、いずれも人外の者たち。一人で一軍を 屠(ほふ) るとは、決して誇張ではない。そんな者たちが四人? 確か今は、特級冒険者に三人の六聖がいたはず……その三人と先生か? 戦力としては、確かに圧倒的だ)

ルヤオ隊長は頭の中で思考を進めた。

「コウリ殿下は寛大じゃ。後で仕えたいというのであればそれでもよいそうじゃ。お主とリンシュンであれば、いつでも傘下に欲しいと言うておった」

ローウォン卿は再び笑みを浮かべて告げる。

「私もですが、リンシュン 侍従長(じじゅうちょう) もリュン殿下の下を離れるはずがありません。ご存じのはずです」

「いずれ潰されるぞ?」

「潰すとはどういうことですか? コウリ殿下は、まさか内戦でも起こされるおつもりですか?」

「戦など起こさずとも……リュン殿下はお命を狙われたこともあったであろう? そういえばあの時は、わしが助けたのであったな」

ローウォン卿は笑いながら言った。

一月前、この帝都内で、皇宮から戻る途中のリュン皇子一行が、二級冒険者たちに襲撃された。

後ろで糸を引いていたのは第四皇子ビン親王。

だが、実行犯に命令を出していたリンスイこそ、任を解かれ、帝都から追放されたが……当然のようにビン親王には何のお咎めもなかった。

「あのような失態は二度と起こしません」

「まあ、あれは失態であったのかもしれんが……」

ローウォン卿は真面目な表情で言葉を継いだ。

「わしらが本気になれば、王府ごと潰せる」

「……」

ルヤオ隊長は絶句した。

考えるまでもなく、それは完全な事実だ。

ローウォン卿ただ一人でも、それを成してしまうであろう。

それだけの力がある。

「ダーウェイ最高の魔法使いたちが集まっておる。ルヤオや、お主がどれほど頑張っても太刀打ちはできぬ」

「……そうかもしれません。私では無理でしょう」

悔しそうな表情で答えるルヤオ隊長。

だが、その視線はまっすぐに、ローウォン卿を見つめ返す。

「ですが、私だけではありません」

「ふむ?」

「コウリ殿下の下にいるのであれば、先生もご存じでしょう。誰が、リュン殿下に協力しているか」

「聞いてはおる。ロンド公爵じゃな」

ローウォン卿は笑顔のままだ。

だが、目の奥は笑っていない。

いや、よく見ると笑っている……その笑いは狂喜。

「水属性の魔法使いにして、錬金術も嗜むと」

「はい」

「興味深いのぉ。じゃが、わざわざお主が言うということは……わしと比較しても強いということじゃな?」

「先生はまごうことなき人外です。おそらく、他の六聖の方々もそうでしょう」

ルヤオ隊長はそこで一つ言葉を区切った。

そして、頭の中に一つの光景を思い出していた。

件の水属性の魔法使いを訪ねて、ある女性が訪れた光景だ。

突然、角があり、黒く細い尻尾のある美女が現れた。

それは、人が触れていい存在ではなかった。

だがそんな存在と、件の水属性の魔法使いは親し気に話していた。

しかも、戦ったことがある口ぶりであり、互角の実力かのような……。

「ロンド公爵は……人が触れてはならない存在です」

「……なんじゃと?」

「先生……人のままであってください」