作品タイトル不明
0595 衝突
「チョオウチ帝国特使、エルデネト家のベルケ・ホランが面会を求める!」
門の辺りで先触れと思われる人物が叫んでいるのが聞こえる。
「ダーウェイとはこの辺りも違うんですね」
「確かにそうじゃが……まさか話題の特使、自らとは」
涼がなぜか嬉しそうに言い、それを受けてシャウ司空が顔をしかめて答えた。
涼はゆっくりと門に向かって歩いた。
後ろにはアベルがついている。
「まさか敵の 首魁(しゅかい) が直接ここに乗り込んでくるとは!」
「リョウ、嬉しそうだな」
「そ、そんなことはないですよ。恐ろしいですからね」
アベルの指摘を、涼は否定する……笑みを浮かべたまま。
「いちおう、ダーウェイと外交交渉中の相手だ。 穏便(おんびん) に進めないと」
「分かっていますよ。当然じゃないですか、僕を誰だと思っているんですか? 平和の使者涼ですよ?」
「うん、破壊と暴虐の使者の方がしっくりくるな」
アベルの言葉に、涼は反論できなかった。
ちょうど、門についたために。
「お待たせいたしました。当家の主、ロンド公爵リョウ・ミハラです」
「チョオウチ帝国特使、エルデネト家のベルケ・ホランです」
そう言って挨拶したのは、180センチの身長に、堂々たる体躯、黒い東服の背に長く垂らした白髪が映える。
年齢は三十歳ほどであろうか。
気負うことなく、威張り散らすこともなく……そこにいるだけで、多くの者が思わず頭を下げ、片膝をついて礼をとってしまうような、そんな存在感がある。
「チョオウチ帝国の特使殿といえば、皇宮において外交交渉を行っている方ですね。今日、交渉はお休みですか?」
一方の涼は、笑顔すら浮かべて問いかける。
もちろん、ベルケ特使の存在感などどこ吹く風。
竜王ルウィンやグリフォンのグリグリ、あるいはベヒモスのベヒちゃんの存在感を知っているので……。
「いえ、先ほどまで交渉しておりました。ですが、不幸な行き違いがあり、私の部下がご迷惑をおかけしたと報告を受けまして。直接、説明と謝罪に伺いました」
「なるほど、不幸な行き違いですか。よくありますよね。そう言えば、後ろにおられるユン・チェン将軍も不幸な衝突の結果でしたよね、捕虜となったのは」
涼は、ベルケ特使の後ろに立つユン将軍を見つけて、そう言った。
その瞬間、ユン将軍の顔が若干強張った。
だが、ベルケ特使の表情は何ら変化なく。
「ええ、その通りです。ユン・チェンのことを、よくご存じで」
「それはもちろん。ああ、立ち話もなんですので、どうぞ中へ。今、 御史台(ぎょしだい) の方も見えられているので、手狭ですが」
涼はそう言うと、先に立って歩きだした。
それについていくベルケ特使。そして部下が二人と、ユン将軍。
特使側は、その四人だけが輪舞邸に入った。
他の者たちは、門の外で待つようだ。
四人の後ろを、アベルがついていった。
涼が四人を案内したのは庭。
そこには、氷の棺が二つある。
頭部は、氷の外に出ており、意識もある。
「少し衝撃的かもしれませんが、御史台による取り調べ中ですので、心を落ち着けて見てください」
涼があえてそう言ったのは、氷漬けの二人を見た瞬間、特使の部下二人の表情が強張ったからだ。
そして、ユン将軍の表情は真っ青に。
ただ一人、全く表情を変えず、うっすら微笑みを浮かべたままなのはベルケ特使。
「氷漬けになっていますが、生きてはいるようですね」
「もちろんです。もしやこちらのお二人が、不幸な行き違いとなった方々ですか?」
「はい。私の部下です」
「なるほど。であれば、すぐに解放したいところなのですが……今回の取り調べは、皇帝陛下の許可もいただいております。当然、御史台は陛下への報告をする必要もありますし、私も御史台の力をお借りした以上、陛下に何も言わないと言うわけにはいきません。ですので、まず特使ご自身からお話を伺いたいと思うのですが。よろしいでしょうか」
「構いません」
涼もベルケ特使もうっすら笑みを浮かべたまま。
六人は建物の中に入った。
「正直、特使自らがこちらに見えられるのは予想しておりませんでした」
涼が笑みを浮かべてお茶を飲みながら言う。
「部下がご迷惑をおかけした以上、直接出向くのが礼儀ですので」
ベルケ特使も笑みを浮かべてお茶を飲みながら答える。
なぜか、二組の間に座らされている 矍鑠(かくしゃく) たる老人がいる。
見た目はいつも通り、矍鑠たるという言葉がぴったりな様子であるが、心の中は違う。
(なぜ、わしはここに座らされておるのじゃ……)
もちろん、涼に招き入れられたからここにいるのだが……その時、シャウ司空は心の中で叫んだのだ。
(嫌じゃ!)
もちろん、表には出さない。
余裕、 泰然自若(たいぜんじじゃく) 、そんな様子で部屋の中に入り、今も座っている。
「そちらのユン将軍は覚えておいででしょうが、あの時に取り調べをされたのも、こちらの司空のシャウさんです」
涼がわざわざ指摘する。
紹介そのものはすでに済んでいるため、シャウ司空は一つ頷くだけで目をつぶってお茶を啜る。
「ええ、覚えています」
そう答えるユン将軍。
表情は、まだ強張っている。
先ほど庭に入り、捕まった者たちを見て思い出したのだ。
自分が捕らわれていた庭はここだったのだと。
ずっと、皇宮の誰かの屋敷だと思っていたのだがそうではなかったと。
ユン将軍がわざわざ捕まったのは、皇宮または重監獄を含めた御史台に収監されるためであった。
そこで取り調べをされる間に、眼球内に刻印された魔法陣によって、ダーウェイ皇宮を守る『星辰網』のシステムを丸裸にする……それが役割だったのだが。
集められた情報はあまりに少なかった。
そのために、現在の皇宮内で行われる外交交渉にユン将軍も連れて行かれ、そこにいる間に『星辰網』の情報を収集している。
だが、外交交渉に使われる建物は、その役目柄、異国の人間を多く通すためにそれ用の防御に関する錬金道具が使われており、これまた情報の収集速度が速いとは言えない。
もちろんゼロではないため、毎日連れ出されているのだが……。
「私が捕らえられ、尋問されたのは皇宮内ではなく、こちらのお屋敷だったということも分かりました」
ユン将軍のその言葉にも、ベルケ特使の表情は全く動かない。
だが、ついてきた二人の部下の表情が、ほんの少しだけ……本当に少しだけ動いた。
それこそ、涼やアベルクラスでなければ気づかないほどに。
だが、二人は気付いた。
(ただ驚いただけ、ではないよな)
アベルが考える。
(今気づいたことをベルケ特使含めた三人に、伝えたかった? その真意は?)
涼も考える。
だが、どちらも眼球内の魔法陣による情報収集に関してのことだとは、さすがに分からない。
「そう、ベルケ特使に確認したいのですが」
「はい、なんでしょうか?」
涼がにこやかに問い、ベルケ特使も笑みを浮かべたまま答える。
「あのお二人は、どうして私を監視していたのですか?」
「ロンド公爵と知っていて監視していたのではないと、報告を受けました」
「ほう?」
「別の者を監視していたのですが、情報が 錯綜(さくそう) してしまい、現場が混乱したようです」
「つまり、誤って監視してしまったと」
「はい。申し訳ございませんでした」
ベルケ特使は謝罪の言葉を述べると、深々と頭を下げた。
にこやかな表情のまま涼は 鷹揚(おうよう) に頷く。
もちろん、ベルケ特使の言葉など信じていない。
もしかしたら、二人が捕まった事さえ計画の中に入っているのではないかと思っているのだ。
回収するために、自分が訪れて、対象に……つまり涼に直接対峙する。
(あれ? そうなるとやっぱり、ユン将軍が捕まったのもわざと? う~ん……)
さて、どうするかと考えていた時に、扉が開かれ、シャウ司空の部下が入ってきた。
「御史台から報告が届きました」
そう言って、部下が一枚の紙をシャウ司空に渡す。
シャウ司空は急いでそれに目を通すと……明らかに表情が変わった。
「これは皇宮には?」
問う声も、すこし揺れている。
「こちらへの報告と同時に、皇宮にも報告してあるとの事です」
「よし。ではいつも通りに」
シャウ司空は一つ頷くと、その紙を涼に渡してきた。
涼はちょっと驚いた。
御史台の情報であり、部外者である涼に見せてもいいのかと。
だが、わざわざ問い直したりはしない。
シャウ司空が、良いと判断して渡してきたのだから。
そこに書いてあったのは……。
(ユン将軍から引き出した情報ですね。緊急事項? 体内に刻まれた魔法陣で、錬金道具の仕組みを解析している? つまり……皇宮を守るとかいう『星辰網』の仕組みを解析? ああ、そのためにユン将軍は捕まったのですね)
心の中で小さく首を振る。
(なんと大胆な)
涼は素直にそう感じた。
その瞬間、ベルケ特使がニヤリと笑って言った。
「なにやら、お屋敷、表の方が騒がしいようですね」
シャウ司空の顔色が変わる。
庭にいる部下たちに、涼たちが気付かないうちに何らかの指示を出したのだろう。
だが、それはベルケ特使の知るところとなったのだ。
だが、シャウ司空は御史台。
ダーウェイに害をもたらすものを取り締まるのが仕事。
ここで退いたりはしない。
「ベルケ特使、そちらにいらっしゃるユン・チェン将軍が、ダーウェイに 仇(あだ) なす行動をとっていた証拠が上がりました。身柄を引き渡していただきたい」
シャウ司空が言い放つ。
同時に、御史台の人間が部屋に入ってくる。
「はて……ユンは、確かそちらに捕らわれていたのを、皇帝陛下の温情によって解放していただいたはずですが。今さら、再び引き渡せというのは意味が分かりませんな」
ベルケ特使は、うっすら笑いから、明確に笑いながらの反論になる。
「とても 看過(かんか) しえない、新たな証拠が挙がりましたゆえ」
「だとしても、ユンも外交特使団の一人です。そんな人物の身柄を引き渡せというのは、特使として受け入れられませんな」
「……ご協力いただけないとなれば、実力での行使も選択肢になりますが」
「そうなるでしょうな」
シャウ司空の言葉に、笑いながら答えるベルケ特使。
特使側は、ベルケ特使を含めて四人が部屋の中にいる。
御史台側は、シャウ司空を含めて六人が部屋の中に入ってきている。
おそらく、門の外で待っている特使一行にも、庭にいた御史台の者たちが当たっているはずだ。
まさに、 一触即発(いっしょくそくはつ) 。
そんな中、涼は……変わらず、座ったままお茶を飲んでいる。
揺るがぬ山のようでありながら、 飄々(ひょうひょう) と風を受け流す柳のようでもあり……。
だがアベルは知っている。
涼が心の中で、ワクワクしているのを。
動かないのは、そこが特等席だから。
衝突の最前線だから。
うっすら浮かべたままの笑みは、実は心の底からの笑み。
とはいえ、アベルとしては一応確認しておかねばならない。
「どうする?」
涼の耳に顔を寄せての、本当に小さな 囁(ささや) き。
「ぶつかったら介入してください」
「承知した」
涼とアベルの会話はそれだけ。
だが、それだけで十分。
「もう一度お尋ねします。そちらのユン将軍を引き渡していただきたい」
「もう一度お答えしましょう。お断りします」
シャウ司空が厳しい表情のまま問い、ベルケ特使が笑いながら答える。
「捕らえよ!」
シャウ司空が命じると、御史台の五人が飛び掛かった。
だが……。
飛び掛かった五人が、逆に吹き飛ばされる。
ベルケ特使とユン将軍の前に進み出た、黒い長髪に眼鏡をかけた男が腕を一振りしただけで、五人が吹き飛ばされたのだ。
「ジュウラン、まだ殺すなよ」
笑ったまま命じるベルケ特使。
無言のまま頷くジュウランと呼ばれた男。
「<風五爪>」
シャウ司空が、五本の風属性の攻撃魔法を放つ。
「<石槍陣>」
だが、ベルケ特使の横に控えていた女性が魔法を放って迎撃する。
「タオラン、やりすぎるなよ」
やはり笑ったまま命じるベルケ特使。
無言のまま頷くタオランと呼ばれた女。
二つの勢力が衝突した。
それは、介入の引き金となる。
カキンッカキンッ……。
一気に間合いを詰めて剣を突いた赤き剣士。
それを弾き、流すユン将軍。
三つ目の衝突は、純粋な剣戟。
突く、突く、薙ぐ、再び突く……。
アベルの攻撃、ユン将軍の防御で進む剣戟。
「アベルは 窮屈(きゅうくつ) そうです」
涼は、笑みを浮かべてお茶を飲みながら、そう呟いた。
窮屈そうに見える理由は分かっている。
室内だからだ。
アベルの剣は、刃渡り90センチ強の標準的と言ってもいい長さの剣。
決して長大ではない……だが、室内で振り回すには長い。
大きく振りかぶれば、横に走る 梁(はり) に剣がぶつかってしまう。
そのため、アベルの攻撃も突きと横薙ぎがほとんどだ。
「やはり、室内戦闘は刃渡り70センチが限界なのでしょうか」
涼が呟いたのは、日本刀を頭に描いたから。
室内戦闘が想定されるようになったのは、室町末期から。
江戸末期の新選組やそれらをめぐる戦いはよく知られたところだろう。
室内戦闘向けの刀である打刀の刃渡りは70センチ弱。
90センチ近くあった太刀に比べればかなり短い。
わざわざ 磨(すり) 上げという手法を使ってまで、太刀から打刀に縮められた名刀もいくつもある。
武器は、時代によって少しずつ形を変える。
それは命が懸かっているから。
命が懸かった時、人は妥協しない。妥協してはいけない。
医療用具と武器は、その最たるものであろうか。
命を救う道具と、命を奪う道具という、両対極にあるように見えるのは皮肉なことであるが。
室内で起きている三つの戦闘。
だが、動かない二人がいる。
涼とベルケ特使だ。
「ロンド公は参戦されないのですかな」
「もう少し見学させていただこうかと」
ベルケ特使が笑いながら問い、涼も笑みを浮かべたまま答える。
実は、弾き飛ばされた魔法が二人に着弾することもあるのだが……当然のようにダメージはない。
どちらも、不可視の障壁のようなものを展開しているのだ。
「特使の障壁は、呪符によるものですかね」
「よくお判りに。ロンド公のものは<魔法障壁>ですかな?」
「いえ、私のはただの氷の壁です」
「ほぉ、それはそれは」
文字だけ見れば、二人の会話はとても 和(なご) やかなものだ。
いや、表情を見ても、二人の周りで 熾烈(しれつ) な戦闘が繰り広げられているとは思えないであろう。
「ユン将軍自身に魔法陣を描きこんで送り出すというのは、なかなか大胆な策ですね」
「もうしわけありません、ロンド公。おっしゃる意味が分かりかねます」
「ああ、独り言です。それにしても、例えば肌に魔法陣を描いたとしても、歪んだりしますよね。伸びたり縮んだり。展開している錬金道具の魔法式を解析するなどというのは、かなり複雑な魔法陣になるはずです……いや、収集だけですか。でもやっぱり、収集だけであってもかなり複雑でしょう? それをきっと縮小して体に転写する……よく正常に動いたなと感心したところです」
「もちろん私も独り言ですが、けっこう大変だったと思いますね。おっしゃる通り、伸び縮みすると魔法陣としての正しい形を保てません。かといって、例えば骨に刻むと、途中で筋肉や皮膚を通過することになりますが……それですと、本人の魔力と干渉しあって正確な情報が収集できなくなる。できる限り、体の外に近くそれでいて尋問する人間などにも気付かれず……いろいろと大変だった、と推測されますね。全て独り言ですが」
涼とベルケ特使は、そんな独り言を言い合っている。
その後、ベルケ特使は部屋に置いてある時計に目をやった。
そして切り出す。
「ではロンド公、我々はそろそろお 暇(いとま) 致します」
「戦闘を長引かせて、何か時間の調整をされていたようですが」
「ああ、気付かれていましたか」
「もう、調整ができたということですね」
「ええ」
ここに至っても、二人とも笑顔のままだ。
「ジュウラン、タオラン、ユン帰るぞ」
その瞬間だけ、ベルケ特使の雰囲気が変わった。
それは穏やかとは対極にある、荒々しい、だがそれでいて鋭い雰囲気。
知性のある暴力と言えばいいだろうか。
ベルケ特使が言葉を発すると、その瞬間に三人が集まった。
そして特使を含めた四人は間髪を容れずに……『発射された』
そう、発射されたのだ。
四人が、ロケットのように……天井を貫いて空へ。
その際、パリンと何かが割れる音も響いた。
音が響いた瞬間、涼が顔をしかめる。
離脱防止用に展開していた<アイスウォール10層>を破られたためだ。
「<アイスウォール10層>を簡単に破るとは……」
そこまで呟いて、思い出したように庭に出る。
そこには、頭の先まで完全に氷漬けになった二人の幻人がいる。
「その二人は置いていったのか?」
涼の後ろから庭に出てきたアベルの声。
「そのようですが……」
涼は首をかしげる。
残していっても害はないと考えたのか?
だが、そうではなかった。
次の瞬間……氷の中から幻人が消えた。
二人とも。
「馬鹿な!」
さすがに想定外の光景に思わず叫ぶ涼。
ベルケ特使自身が、何らかの方法で脱出するであろうことは想定していた。
<アイスウォール10層>で囲んでいても、突破される可能性も考えていた。
正直、それは仕方ないだろうと。
強力な幻人ということは、アティンジョ大公弟であるヘルブ公と同じくらいには厄介な相手だ。
周囲の破壊を考えないで戦えば勝てる可能性もあるのかもしれないが……ここはそういう場所ではない。
涼の屋敷だ。
しかも屋敷の奥には、大切なピアノもある。
ベルケ特使らを倒す、あるいは捕まえるのと、ピアノとを 天秤(てんびん) にかけた場合どちらをとるか?
考えるまでもない。
ピアノの方が大切に決まっている。
だから最初から、涼はここで全力戦闘するつもりなどはなかった。
もちろん、特にピアノのある一角は<アイスウォール50層複合氷>で覆って万全を期していてもである。
そのため、ベルケ特使が逃げたのはいい。
氷漬けになった二人も、何らかの方法で連れて行くだろうと思っていたのだが……まさか、氷の中から消失とは。
「消えた、な」
アベルもその光景を目にして驚いている。
<氷棺>の中には、幻人たちがつけられていたヘルメット型情報収集器だけが残されていた。
突然消えたその光景……。
「ああ、見覚えのある光景だと思っていましたが」
「うん?」
「以前、西方諸国にいた時、教皇聖下を氷漬けにしたのですけど、一瞬で消え去られてしまったことがあります」
涼は思い出したのだ。
氷漬けにした教皇が、消失したことを。
「でもあの時のは、次元の違う、天使みたいな存在の力というか能力によるものだったと思うのですよね。そう考えると、今回のはよく分かりません」
「厄介な相手というのは分かったな」
涼が小さく首を振り、アベルも小さく首を振る。
とても厄介な相手だ。
そして涼が、アベルの方を向いて言い始めた。
「それにしてもアベルは、口ほどにもなかったですね!」
「んあ?」
「アベルが、ちゃんとユン将軍を倒して捕まえてくれれば、一気に形勢は傾いたのです」
「いや、あいつ、めっちゃ強かったぞ?」
涼が、ユン将軍に手こずったアベルを責め、アベルが言い返す。
全力でやれればともかく、室内での戦闘にはアベルの魔剣は長すぎるらしい。
「だいたいリョウだって、そこに座ってないで戦ってよかったんだぞ?」
「ぼ、僕はここにデンと座って、大物っぽい感じを出していなければならなかったのです!」
「大物は、自分で大物っぽいとか言わんよな……」
「ぐぬぬ……」
アベルが肩をすくめながら言い、涼が言い返せずに頬をすぼめる。
「とはいえ……アベルの戦闘を見ていると、三十年前に互助会の建物を建て直した人たちの考えがよく分かります」
「ああ……室内でも剣を振り回せるだけの天井の高さと広さか」
そう、二人が見た帝都冒険者互助会の控室は、天井が高い造りになっていた。
それは、室内でも剣が振れるようにと。
主に、今回のような戦闘……あるいは 喧嘩(けんか) のために。
「世界中の建物は、天井高4メートルにするべきです」
「……そうだな」