軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0590 水面下でも動く

「いやあ楽しかった。またいつか」

「ああ。じゃあな」

『春望』の仲間に支えられながら剣士ジュン・ローが挨拶し、アベルも手をあげて答えて、彼らは別れた。

『春望』の五人には、領主であるバシュー伯ロシュ・テンが泊まる『 玲瓏(れいろう) 宿』に部屋が準備されているらしい。

『玲瓏宿』は、この聖帝広場にあるため、足元がふらついていても大丈夫なのだろう。

彼らは、今夜は帝都で一泊して、明日の朝ボアゴーに向けて出発するという。

「いやあ、楽しかったですね。彼らの 鵺(ぬえ) 退治とか、すごく面白かったです!」

「ああ、いるんだな、鵺って」

「アベルも見たことないって言ってましたよね」

「ああ、ない。というか、ここ百年以上、中央諸国での目撃例自体がない魔物だ」

鵺というのは、虎の胴と手足に、猿の頭、尻尾は蛇で翼があって空を飛ぶ……『春望』の説明では、そんな魔物だそうだ。

中央諸国でも本の中には出てくる魔物だが、もう絶滅したと言われていた。

だが、この東方諸国には数が少ないながらもいる。

しかも、魔法すら放ってくる驚くほど厄介な魔物。

『春望』たちによるその退治の話は、涼もアベルもハラハラしながら聞いた。

「いやあ、あれこそ冒険者ですよ! それに比べて、僕らは冒険をしていません」

「まあ、否定はできんな。とはいえ、俺は好きだぞ、空を飛ぶの」

「ああ、そうですね。空を飛ぶのは、確かに冒険かも」

アベルが飛翔環による練習を指摘し、空を飛ぶのは確かに普通の人にはできないことだから冒険かもと涼も認める。

そう、普通の人にはなかなかできないことをするのが、冒険者なのだ!

空を飛ぶのは……世界的に見れば、普通の人はなかなかできないことに違いない。

このダーウェイ『中黄』ではけっこうあるみたいだが……。

「冒険者を雇っての戦力強化は、非現実的だということが分かりましたからね。僕ら自身が強くなって、戦力強化とするしかありません。今夜はゆっくり休んで、また明日から空を飛んでください」

「ああ、そうしよう」

涼が笑いながら言い、アベルも笑いながら答える。

二人とも平和に満ちていた。

同じ聖帝広場にある『玲瓏宿』に戻った『春望』の五人は、そのまま領主であるバシュー伯ロシュ・テンの部屋に案内されていた。

そして告げられる。

「三級班『春望』に、バシュー伯として依頼したい。しばらく帝都に留まって、手伝って欲しいことがある」

「……ご領主様?」

「帝都の冒険者たちが、不穏な動きを見せている」

「不穏な動き?」

「うむ。それも三級以上の上級冒険者たちばかりだ」

「それはいったい……」

ロシュ・テンが眉根を寄せた表情で伝え、ジュン・ローら『春望』の五人も、顔を見合わせて首を振っている。

「この状況下での不穏な動きとなりますと、やはり親王方? あるいは第六皇子リュン様関連?」

「しかとは分からんが、その辺りに関係すると思われる」

そこで、ロシュ・テンははっきりとジュン・ローの目を見て言葉を継いだ。

「冒険者たちの動きの背後に何がいるのかを探り出してきて欲しい」

ジュン・ローは、傍らの魔法使いバリリをチラリと見る。

バリリは小さく頷いた。

「承知いたしました」

ジュン・ローが左右の人差し指、中指、薬指、小指の四本の指をそろえ、胸の前で一方の掌をもう一方の手の甲にあてるダーウェイ式の礼をとり、他の四人もそれにならう。

こうして、『春望』の帰還は延期された。

翌日、午前の早い時間。

司隷台(しれいだい) に所属するリー・ウー 刺史(しし) は、 御史台(ぎょしだい) を訪れた。

司隷大夫ジューオンから話が通っていたのだろう、すぐに司空であるシャウの元に案内される。

「刺史リー・ウー、参りました」

「おお、入ってこい」

中からシャウ司空の声が聞こえ、リー・ウーは部屋の中に入った。

だがそこには、見知らぬ先客がいた。

これは非常に珍しいことである。

シャウ司空を筆頭に、御史台の人間たちは、御史台の中で知らない者同士が顔を合わせるのを極端に避ける傾向があるからだ。

「ジューオンから聞いておるぞ、リー・ウー。こちらは、多島海地域スージェー王国の護国卿、カブイ・ソマル殿だ」

カブイ・ソマルは紹介されると、頭を下げた。

「多島海地域と言えば、かなり南方ですね。その中でもスージェー王国と言えば、コマキュタ藩王国と並ぶ海の強国家と聞いております」

リー・ウー刺史が思い出しながらそう言うと、カブイ・ソマルは驚きの表情を見せた。

そして、言葉でもその驚きを告げる。

「驚きました。これまでも多くの方に紹介していただいたのですが……詳しい方でも多島海地域の名前は分かっても、スージェー王国まではご存じなく。我がスージェー王国の事まで知っておられたのは、リー・ウー殿が初めてです」

「だから言ったであろう? こやつら司隷台の人間は、地方の監察が仕事じゃから、そのさらに外……異国についてもかなり知っておると。外交を司る礼部の連中などより、はるかに勉強熱心じゃわい」

シャウ司空は大笑いしながら褒めた。

確かに、と何度も頷くカブイ・ソマル。

頭を掻きながら照れているリー・ウー。

一通り挨拶を兼ねた会話が終わると、カブイ・ソマルが切り出した。

「では、私はそろそろ……」

「む? まだよいではないか。昨日までダーウェイ海軍巡りをしておったのじゃろう? 他に予定もないじゃろうに、ゆっくり帝都に 逗留(とうりゅう) でもしたらどうじゃ」

「そう言われましても……帝都に、シャウ司空以外の知り合いなどおりませんよ」

「それならほれ、今、知り合いが一人できたではないか」

シャウ司空はそう言うと、笑いながら顎でリー・ウーを示す。

いきなり自分に振られ驚くリー・ウー。

とはいえ、違うとは言えない……。

上司ジューオンの友人でもあるシャウ司空は、リー・ウーにとって第二の上司みたいなものだ。

「も、もちろんです、私でお役に立つのであれば……」

二メートル近い大柄で、髪を完全に剃りあげたリー・ウーが、あたふたと言う。

「ははは、お気になさらずに。懸案事項も解決しましたので、国への戻りはゆっくり本でも読みながら帰ります。私が乗ってきたローンダーク号の船員たちは優秀ですから、船上では暇ですので」

「読書 三昧(ざんまい) か、いいのぉ」

笑いながら言うカブイ・ソマルに、羨ましそうな表情になるシャウ司空。

「そういえば、東方諸国語に翻訳したその本がありますが、シャウ殿もいかがですか? 我が女王陛下の愛読書です」

「ほっほぉ、若き女王陛下の愛読書とな?」

カブイ・ソマルはそう言うと、一冊の本をシャウ司空に手渡した。

「なになに……『そんなアベルは、腹ペコ剣士』? 変わった題名じゃのぉ」

「ええ。ですが中身は、とても面白い冒険活劇ですよ」

シャウ司空は題名を読んで首を傾げ、カブイ・ソマルは笑顔のまま説明する。

一人、その題名を聞いて別の意味で首を傾げた人物がいた。

リー・ウー刺史だ。

「アベル?」

それは、聞き覚えのある名前。

その呟きを、シャウ司空は聞きとがめた。

「なんじゃリー・ウー。アベルがどうかしたのか?」

「あ、いえ、実は今日こちらにお尋ねした理由が人探しを手伝って欲しいのですが」

「うむ、聞いておる」

「探して欲しい二人のうち、片方の名前がアベルでして」

「なんじゃと?」

さすがに驚くシャウ司空。

「アベルという名前は、この辺り……ダーウェイはもちろん、多島海地域でもあまり聞かん名前であろう?」

「はい、多島海地域でも聞いたことありません。ただ……」

シャウ司空の確認に、カブイ・ソマルは頷いたが、ちょっとだけ衝撃的な言葉を続けた。

「知り合いに、その名前の剣士がおりますが」

「ほぉ?」

「それこそ、その本のモデルとなった人物、アベル殿です」

「なるほど」

一つ頷くシャウ司空。

「今……アベルは剣士とおっしゃいましたか?」

「はい」

驚きに目を見張りながら問うリー・ウー。頷いて答えるカブイ・ソマル。

「私が探しているアベル殿も、剣士です……」

「それはそれは……興味深いですね」

「リー・ウー、探しているもう一人はどんな人物じゃ」

「はい、リョウ殿といいまして、ローブを着た魔法使いです」

「それはそれは……」

さすがにここまでくると、カブイ・ソマルも意味深な笑みを浮かべてしまう。

そして、シャウ司空に向かって言った。

「シャウ殿、その本の著者を見てください」

「著者? なになに……リョウ・ミハラ著。このリョウ・ミハラというのが、もしやローブの魔法使いか?」

「おっしゃる通りです」

カブイ・ソマルは頷いた。

「え? つまり、どういうことですか?」

一人、よく理解できていないリー・ウー。

「つまりリー・ウー殿が探している二人を、私は知っています。その本の著者と、モデルですということです」

「なんともまあ、世間は狭いのぉ」

カブイ・ソマルの説明に、シャウ司空は笑った。

「つまりリョウ殿とアベル殿は、多島海地域から来た人物ということですか?」

「まあ、そうですね。ですがもっと正確に言うと、二人は、中央諸国のナイトレイ王国から来たそうですよ」

「中央諸国? あのずっと西にある中央諸国?」

「そう……ダーウェイからですと、かなり西にある……」

リー・ウーの驚きに、カブイ・ソマルは何度も頷いて答えている。

だが、ここにまた一人、首を傾げる人物が生まれた。

今度は、シャウ司空だ。

「中央諸国のナイトレイ王国? 最近、よく聞くのぉ」

「最近? よく聞く?」

「うむ、ほれ有名な吟遊詩人が歌っておろうが。帝都中で流行っておる。知らんのかリー・ウー」

「はい……一年ほど、帝都を空けておりまして」

「アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を凍てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻にあらず。人は讃えて氷瀑、あるいは白銀公爵と謳うなり」

独特のリズムで、カブイ・ソマルが歌った。

「おぉ、それよそれよ。異国の護国卿の方がよく知っておるわ」

「我が女王陛下が歌ってくださいましたので」

カブイ・ソマルは笑顔で答えた。

「なんとまあ、スージェー王国の女王陛下は書を読み、吟遊詩人の歌も聞かれるか。ダーウェイ皇宮以上に、 雅(みやび) じゃな」

楽しそうにシャウ司空は笑った。

そして結論付ける。

「アベルとリョウの組み合わせなど、そうはないであろう。リー・ウーが探しておる人物たちと、この者たちは同一人物であろうよ」

「はい、そんな気がします」

シャウ司空の結論に、リー・ウーも頷いた。

確かに、そうそういる名前の組み合わせではあるまい。

「名前は分かったが……この広い帝都の中で見つけるのは簡単ではないぞ。たとえそれが、ダーウェイ人がほとんど着ないローブを着ているものを探すのだとしてもじゃ」

「確かに……」

シャウ司空の言葉に、リー・ウーが頷く。

少しだけ護国卿カブイ・ソマルは首をかしげたが、二人はそれには気付かない。

(アベル殿とリョウ殿が、アベル王とロンド公爵であることは知られていない?)

カブイ・ソマルは心の中でそう考えた。

ロンド公爵が、第六皇子リュンの披露宴で巨大な青い魔石を贈ったことはカブイ・ソマルも聞いている。

その結果、皇帝が屋敷を与えそこに逗留していることも。

しかもなぜか、ロンド公爵の逗留は知られているのに、アベル王は知られていない……今は一緒にいない?

そんなことがあり得るか?

あり得ない!

(アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり……そう、一緒にいるだろう。ということは、『アベル王』という身分を隠しているということ。なぜかは分からないが……)

さすがに、多島海地域屈指の常勝提督カブイ・ソマルと 雖(いえど) も、アベルが身分証明を忘れたために、涼がロンド公爵として表に出る羽目になった事までは推測できなかった。

だが迷う。

彼ら自身が公にしていないことを、自分が勝手に言いふらすのはさすがにまずい。

しかも、リョウ殿=ロンド公爵、という図式は、あくまでイリアジャ女王の推測だ。

もちろん、カブイ・ソマルは、イリアジャ女王の高い能力を心から信頼している。

しかし……。

どちらにしても、勝手に言うのは間違っていると思う。

カブイ・ソマルが、心の中で 葛藤(かっとう) していることなど知る由もないシャウ司空とリー・ウー。

しばらくすると、シャウ司空が口を開いた。

「帝都で、ローブを着ている魔法使いを一人知っておる」

「本当ですか!」

驚くリー・ウー。

「どちらにお住まいで?」

「聞いてどうする?」

「決まっています。直接訪ねてきます」

「たわけ! お主のような者が、 軽々(けいけい) に訪ねて良いお方ではないわ」

「え?」

シャウ司空は 叱責(しっせき) したが、叱責されたリー・ウーはキョトンとしている。

「その方は、皇帝陛下の覚えめでたいだけでなく、強力な……いや、あれは恐ろしいというべき魔法使いぞ」

シャウ司空は、初めて会った時のことを思い出していた。

誰しもから漏れるはずの魔力が、全く漏れていなかったあの時。

「私がお会いしたリョウ殿は、恐ろしいとは思いませんでしたが……」

リー・ウーはむしろ、穏やかな表情と雰囲気であった記憶がある。

「もしや、別の方でしょうか?」

「さて……。まあ、見た目は穏やかに見えるのか? わしはそんな認識を持つ前に、魔力がまったく漏れておらんかったことに驚いたからのぉ」

「どちらにしても、確認はしなければなりません。ジューオン大夫より、リョウ殿とアベル殿を探してくるように言われおりますゆえ」

「そうであったな。ではわしが一緒に行ってやろう。ロンド公は知らぬ仲ではない。人違いであったとしても、無作法と叱責されたりはするまいよ」

シャウ司空は肩をすくめて提案した。

「はい? ロンド公?」

「わしの知っておるローブの魔法使いというのが、ロンド公じゃ。ほれ、先ほどカブイ・ソマル殿が歌ってくれた吟遊詩人の歌、あれに謳われておるのが、そのロンド公よ」

「そんな凄い方……」

「言うたであろうが、陛下の覚えめでたいと」

リー・ウーは顔をしかめて言い、シャウ司空は小さく首を振る。

そしてシャウ司空は首を振った後で、カブイ・ソマルの方を向いて言った。

「よし、カブイ・ソマル殿もいっしょに行くぞ」

「は?」

突然の提案に 素(す) っ 頓狂(とんきょう) な声上げてしまうカブイ・ソマル。

なぜ、関係のない自分に声がかかったのか理解できない。

「ダーウェイだけでなく、遠く離れた多島海地域でも吟遊詩人の歌に謳われる人物に会えるせっかくの機会じゃ。お主も行くぞ」

「いや、しかし……」

慌てるカブイ・ソマル。

もし、本当に自分の知っているリョウ殿であったら……どんな表情をすればいいのやら。

カブイ・ソマルですら、迷うことはあるのだ。

だが結局、シャウ司空の押しの強さに勝てる者はいないのであった……。