軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0576 暢音閣

鎮圧軍が帝都に戻った翌日。

リュン皇子と供回りの者たち、黒旗軍ビジャン・ルウ将軍、そして涼とアベルらが太極殿に呼ばれ 褒美(ほうび) が渡された。

「凄くカッコいい東服をいただいてしまいました」

「ああ……俺にもだ」

屋敷に戻って、皇帝から 下賜(かし) された東服に着替えてみる二人。

涼の服は、水色地に濃い青の縁取りがされ、唐草模様のようなものが金糸で縫われている。

アベルの服は、紅地に黒の縁取りがされ、こちらは模様が銀糸で縫われている。

二人で姿見の前に立ってみると、なかなか似合っているのだ。

しかも、驚くほどサイズはピッタリ。

「採寸された記憶はないのですが」

「俺もない。何だろうな、ダーウェイの特殊技術か?」

そう、二人とも採寸された覚えはない。

それなのに、あらゆる箇所がぴったり。

これは驚くべき事だ。

「でも、僕には師匠からいただいたお気に入りのローブがあります」

「まあ、時々着ればいいんじゃないか? 少なくとも、普段着る服じゃないだろ、これ」

式典や、皇宮内だけならいいだろう。

でも、街中に着ていける服ではない……。

翌日。

二人の姿が皇宮にあった。

素晴らしい服をいただいたので、それを着て皇帝ツーインにお礼を言ってきた帰りだ。

「それにしても、皇宮は本当に広いですね」

「ああ。俺たちだけだと絶対に 迷子(まいご) になるな」

涼もアベルも、二人だけで迷わずにこの中を歩く自信はない。

そのため、案内人が二人の先に立って出口まで導こうとしている。

だが、今日は、いわば正門とも言える 朱雀(すざく) 門が何か儀式のために通れないということで、いつもとは違う道を案内されていた。

いつもとは違う道。

いつもとは違う光景。

そんな景色をきょろきょろと見ていた二人の耳に、楽器の音が聞こえてきた。

「あれ? この音ってヴァイオリンじゃ?」

「そうだ、ヴァイオリンだな。下手だな」

涼の問いに、正直すぎる答えのアベル。

さすがに、あまりの言葉に目を見開いて言葉を続けられない涼。

「何だ、リョウ」

「いえ……確かに、アベルのヴァイオリンは上手ですが、あまりそういうことをはっきり言うのはどうかと……」

「うん? 下手だからといって価値が下がるものではないだろう? 好きであればそれでいいと思うのだが。いや、もちろん、本人に面と向かって言ったりはしないぞ。やる気を削ぐのは良くないからな」

「アベルの基準は難しいです」

涼は小さく首を振る。

国王陛下などというお仕事をしていると、良い提案とは思えないものも上がってくるのだろう。

だが目的や、目指す部分が素晴らしい場合、やり方を変えて再提案しろと突き返したりするのかもしれない。

その判断の際には、明確に『うまい』『へた』の区別をつけなければならないのだろうか……。

立場の違いで色々あるのかもしれない。

本人への言い方、伝え方さえ間違わなければ、確かに問題はないのだが。

「これは 暢音閣(ちょうおんかく) からの響きでしょう。恐らくは、工房統領のロン・シェン様かと」

二人の案内人が教えてくれる。

「工房統領というのは、何かを作る方ですか?」

「はい。楽器の制作をされております」

「おぉ!」

皇宮内に、そんな部署があることに驚く涼。

「演奏家じゃなくて楽器制作者だそうですよ。上手くないのは仕方ないでしょう」

「そうだな。作る人間がいなければ、良い楽器は生まれないからな」

涼の言葉に、素直に頷くアベル。

「ぜひ、その暢音閣とかいう場所に行ってみたいのですが。可能でしょうか?」

「もちろんです。どうぞこちらへ」

案内人はそう言うと、二人を暢音閣へと案内するのであった。

「アベルは下手って言いましたけど、音はそんなに外れていませんよ?」

「そんなに、と言っているのがすでに下手と言っているも同然じゃないか?」

涼とアベルがそんな会話をしながら導かれた暢音閣。

そこは文字通り、演奏が行われ、それを皇帝などが楽しむ場所だ。

案内人が言うには、室内、室外などいくつもの演奏場所があるそうだ。

ちなみに今演奏しているのは、室外の最も広い場所。

二人は、観覧席ともいうべき場所に案内された。

シタイフ層以上でなければ出入りできないが、涼は皇帝ツーインから、多くの場所に入る許可が与えられているらしい。

もちろん涼は、そんな事は初めて聞いたのだが、案内人らの間では共有事項となっているそうだ。

「なかなか凄いな」

「ええ。今のダーウェイは、武よりも芸が重く見られているということでしたけど……以前からそうだったのだと思いますね」

暢音閣は、決して最近の建物というわけではなく、何代か前の皇帝の時に造成されたように見えるからだ。

そんな暢音閣の屋外舞台で、気持ち良さそうに演奏している一人の男性。

まだ二十代半ばだろうか。

髪はきちんと結い上げて、頭の上で、冠で留めている。

だが服は、皇宮にいる多くの者が着ている、きっちりとした東服ではなく、動きやすそうな切れ目の多く入った庶民風な東服だ。

そんな、髪と服のギャップはなかなか興味深い。

だが……。

「ロン様!」

怒鳴(どな) られた。

その声にびくりと震え、演奏を止める男性ロン。

「あれほど……室外での演奏はお控えくださいとお伝えしたでしょう!」

「いや、でも、こんな気持ちのいい陽の光があったら、外で弾きたくなる……」

「それでもダメです!」

「いつになったら許可してもらえるの……」

「もっと上手くなったらです!」

はっきりと、下手だと言われるロン。

いつものことなのだろう。

落ち込んではいないが、顔をしかめている。

「毎日練習はしているんだよ。もっと教え方の上手な……いや、せめて私と同じくらいの体格の人に教えてもらいたいよ。みんな背の低い方ばかりで、手の回し方からして少し違って……」

「そう言われましても、ロン様ほどの体格で演奏の上手な方は……」

ロンが文句を言い、怒鳴った人も小さく首を振っている。

確かにロンは、身長180センチほどはあるだろうか。

どちらかと言うと、がっしりした体格であり、芸術家というよりスポーツ選手という雰囲気の方が似合っている。

いや、本来は『工房』の人間らしいが。

「アベル、出番です」

「俺?」

「ここでカッコよく演奏してみせて、皇宮内での信頼を勝ち得るのです」

「そんな必要、無くないか?」

「必要です」

涼はそう言うと、舞台の方に歩いていき……。

「すいません!」

ロンと怒鳴った人に声をかけた。

「はい?」

「はい。あの、えっと……もしかして、ロンド公爵閣下でしょうか?」

ロンはぼんやりした答えだが、怒鳴った人はすぐに頭を下げる。

皇宮内では、いろいろと情報が共有されているらしい。

「はい。実はうちの護衛の者が、ぜひそのヴァイオリンを弾きたいと申しておりまして」

「え?」

涼の突然の申し出に戸惑う怒鳴った人。

だが、少し考えた後で許可を出した。

ロンが少しだけ不満そうな顔をしながら、ヴァイオリンを差し出す。

受け取るアベル。

確かに、二人とも同じような体格だ。

涼は、アベルの剣を受け取り、観覧席に戻る。

それを合図に、アベルの演奏が始まった。

曲は、いつものパガニーニ「24の奇想曲」だ。

ソロで、華があって、しかも演奏技術の高さを見せるのにはうってつけの曲といえる。

ロンはもちろん、ロンの演奏を怒鳴って止めた人もうっとりとした表情で聴き入っている。

もちろん涼も。

アベルのヴァイオリンは、華がある。

高身長でありながら、しなやかさを感じさせる立ち姿。

左手が生み出す超高速の世界。

全てを圧倒的なスケールで包み込む演奏。

四分半の演奏は、あっという間であった。

沸き起こる四人の拍手。

涼、ロン、怒鳴った人、案内人。

実は、暢音閣の外でも、その演奏に聞き惚れた人たちが続出したのだが、この時の涼やアベルはその事をまだ知らない。

「素晴らしいです! さすがはロンド公の護衛の方」

怒鳴った人が絶賛する。

「あの、今の左手の回し方なのですが……」

演奏の 余韻(よいん) から覚めて、すぐに演奏技術に興味を移すロン。

「ああ、それは……」

丁寧に教えてあげるアベル。

それは 目論見(もくろみ) 通りの展開であるため、うんうん頷いている涼。

その後、暢音閣にお茶が運ばれ、アベルによるロンへの指導が続いたのは仕方のない事だったろう。

「明日! 絶対明日も来てくださいね!」

「ああ、分かったから」

二人が皇宮を去る際も、明日の約束を取り付けるロン。

分かったからと答えるアベル。

「目論見通り、取り入ることに成功しましたね」

「取り入るって……。まあ、練習熱心なやつに教えるのは嫌いじゃない」

涼が悪そうな顔でニヤリと笑って言い、アベルが昔を思い出したかのような顔で答える。

きっと、冒険者時代も、後輩剣士たちに剣を教えたりしていたのだろう。

ルンの街でのアベル人気は、もの凄いものだったから。

約束通り、二人は翌日も皇宮を訪れた。

暢音閣に隣接した工房に、ロンを訪ねていったのだ。

そこには、昨日とは打って変わったロンがいた。

髪は昨日同様にきちんと結い上げてあるが、服も皇宮の上級官吏たちが着るきっちりとした東服である。

二人を、左右の人差し指、中指、薬指、小指の四本の指をそろえ、胸の前で一方の掌をもう一方の手の甲にあてるダーウェイ式の正式な礼で迎えた。

「皇宮工房統領、ロン・シェンです」

「え~っと……」

非常にかしこまった礼に、涼が言葉を続けられない。

アベルもその後ろから、驚いた表情で見ている。

「お恥ずかしい話ながら、私、ロンド公の事を存じ上げず……。いえ、もちろん吟遊詩人の歌は聞いたことがあったのですが、そのロンド公が貴殿であることを知りませんで。しかもその護衛の方に指導していただいていたとは……。重ね重ねのご無礼、ひらにご 容赦(ようしゃ) を」

ロンが両手の礼をとったまま、深々と頭を下げる。

「ああ。そんな事はお気になさらずに。護衛のアベ……アルバートも、熱心な人間に教えるのは好きなようですから、問題ないですよ。そんなにかしこまる必要もありません」

「そう、問題ないし、そんな状態ではヴァイオリンの指導もできんだろう」

涼が言い、アベルも頷く。

「本当に?」

「はい」

「ああ、良かった」

そう言うと、ロンは笑った。

「いえ、あの後、 太監(たいかん) 様からそのあたりの話を聞かされまして。あ、太監様は昨日怒鳴っていた方です。 尚宝監(しょうほうかん) の太監様で、ダーウェイにおける芸関連は、全て尚宝監に含まれます。ですので、工房もその下に入ってはいるのですが……」

「怒鳴ってはいましたけど、 罵倒(ばとう) する感じではなかったですよね」

ロンの説明に、涼が昨日の様子を思い浮かべながら確認する。

「はい。太監様は、芸関連全ての責任者と言ってもいいお立場なのですが……皇宮工房統領は、皇帝陛下直下の役職でして。ですので、太監様もいろいろと遠慮されてはいるのです」

「楽器制作がお仕事なのですよね」

「はい。まだこの世界にない楽器を生み出すのが役割です」

「まだこの世界にない?」

「あ、いえ、こっちの話です」

涼が問うと、ロンはごまかした。

そして、話を変える。

「その太監様から、ロンド公は皇帝陛下が直々にお話をされるような、高貴な身分の方だと聞きました。そんな凄い人についている護衛の方のお時間を割いて、指導してもらうのは申し訳なくて……」

「ん? じゃあ、指導はやめるか?」

「いえ、お願いします!」

アベルの確認に、即答するロン。

太監様に言われはしたものの、アベルの指導は受けたいらしい。

「あの後、思い出したのですけど、アルバートさんが弾かれた曲って……パガ……」

「すまん、詳しくは俺も知らんのだ。実家にいた頃に弾かされて……難しいから一番弾きこんだ曲だ。だから今でも指が覚えているんだが。曲名は、『奇想曲24番』とだけ聞いている」

「そ、そうですか」

アベルの説明に、ロンは何やら残念そうだ。

涼は、昨日の曲に関してはある程度知っている。

作曲者はニコロ・パガニーニ。

『24の奇想曲』という、24の曲がまとめられたヴァイオリン独奏曲。

アベルが演奏したのは、その中で最も有名で、最も美しく、最も難曲なラスト、第24番イ短調。

もちろん、感想は全て涼の独断と偏見による。

ちなみに、奇想曲というのは、イタリア語のカプリッチョ capriccioからで、きまぐれ、変わっている、普通じゃない、例外的といった感じの意味合いらしい。

まるで、どこかの水属性の魔法使いだ。

「いずれは、私もあの曲を弾けるように……」

「高い目標だが頑張れ」

ロンが熱く語り、アベルが励ます。

アベルは、面と向かって相手の熱意を折るようなことは言わない。

熱意があればこそ毎日の努力を続ける事ができ、その先にこそ栄光の果実があることを知っているから。

「奇想曲は措いておくとして。実は昨日、あの後も指導された通り練習をしてみたのです。そうすると、新たな疑問点が出てきまして……」

「そういうものだ。どれだ?」

こうして、ロンとアベルは、再びヴァイオリンの集中指導へと入っていった。

涼は工房の中を見て回り始めた。

そこには、多くの楽器が並んでいる。

ヴァイオリンはもちろん、少し小さいヴィオラっぽいもの、大きいチェロ、さらに大きなコントラバス。

そんな弦楽器が中心だが、涼の目は、奥にある 衝立(ついたて) の向こう側にあるものを見つけた。

「まさか……」

そんな呟きと共に、なぜか抜き足差し足で近付き、そっと衝立の向こうに頭を突っ込んで見る。

それは、アベルが言うところの黒い異形のテーブル。

「グランドピアノ……」

その後、午前中、涼は運ばれたお茶を飲みながら、氷の板を読んでいた。

「皇宮内は魔法が使えないということなんですけど、普通に生成できます」

とか呟きながら。

お昼休憩的な中休み。

お昼御飯的なものが工房に運び込まれる。

おにぎりを中心とした、簡易食だ。

その間も、ロンはヴァイオリンを手放さない。

おそらく、いつもそんな感じなのだろうと、涼もアベルも推測できた。

「ロンさん、奥にあるのって、ピアノですよね?」

「え?」

涼の突然の確認に驚くロン。

「確かにその通りですが……。どこかで見られましたか?」

「以前泊まっていた『龍泉邸』で」

「なるほど。あそこは、真っ先にピアノを入れてくださったお宿です。あれは最初期のモデルですので、54鍵しかなかったはずですが。ただ、打鍵の構造などは完成形と言っても過言ではなく……」

ロンはそこで、自分が熱く語りすぎていることに気付いた。

「すいません、そんなこと言っても分からないですよね」

そう言って苦笑する。

以前、誰かに指摘されたのかもしれない。

だが……。

「もしかして、『龍泉邸』のピアノって、ロンさんが作ったのですか?」

「はい」

「もしや、ピアノを初めて作ったのも、ロンさん?」

「……はい」

涼が驚きながら確認し、ロンは照れながら、だが何か付け加えたそうな表情で頷いた。

涼ははっきりと驚いた。

ピアノの打鍵構造を知っていれば驚くのは当然だ。

「『龍泉邸』のは54鍵ですけど、そこの奥にあるのは初めての88鍵フルサイズなのです。もちろん、88鍵盤全てを使うことはめったにないのですが、ピアノという楽器は、弦が多いほどピアノ全体が出す音の深みが増して……」

ロンの言葉を受けて、涼は思い出す。

言われてみると、確かに『龍泉邸』のピアノは、少し幅が小さかったかも。

でも、88鍵あればいろんな曲が弾ける……。

「その、奥のピアノは、もう完成しているのですか?」

「楽器としては完成しています。他に、完成した物が三台あります。ただ、 銘入(ない) れがまだなのです」

「銘入れ? 剣とかに入れる作者名みたいな?」

「ええ、ええ。皇帝陛下が、それを入れろとおっしゃいまして。完成形というのなら、ダーウェイ全土、ひいては世界中に広めるぞと」

「さすが、芸好きといわれる皇帝陛下……」

ロンの言葉に、頷く涼。

ヴァイオリンは中央諸国にもあった。

この東方諸国にもある。

そんな風に、ピアノも世界中に広がるかもしれない!

涼は手を綺麗に拭いて立ち上がり、衝立をどけて奥のピアノに近付いた。

確かに、『龍泉邸』にあるピアノよりも大きい。

形は、昔からよく見てきた平型のグランドピアノ。

鍵盤(けんばん) の 蓋(ふた) を開ける。

そこには、白と黒の鍵盤が綺麗に並んでいる。

「おぉ……」

思わず漏れる感嘆の声。

そして、押してみる。

ド。

聞きなれたピアノの音が出た。

「おぉぉ……」

再び漏れる声。

ミーミッミミーファーミードーミー♪

連続して押してみる。

ちゃんと音が出る。

ミーミッミミーファーミードーミー♪

もう一度、今度は少し続けて、音の繋がりを意識して……押すというより弾いてみる。

とても、いい感じだ。

「あれ? それ、どこかで……」

ロンが呟くが、その言葉は涼の耳には聞こえない。

「リョウ、その暗い感じの音の連なりは何だ?」

「これは、冬の暗い寂しい感じを表した音なのです。この後、木枯らしが吹き荒れる前の……」

アベルの言葉に、涼が解説的説明を行う。

さらに……。

バーン♪

両手で、意味ありげに押される和音。

「いいですね! 和音も綺麗です」

「その音は、荘厳な中にも、強さと華やかさを感じるな」

涼がピアノの性能を称賛し、アベルが四音からなる和音を称賛する。

「そうですか! アベルが気に入ってくれたようでなによりです。これはアベルにふさわしい曲の出だしですよ」

「そうなのか?」

「でも、この先を弾くには……僕の指はピアノから離れすぎてしまいました」

涼はそう呟くと、ゆっくりと弾き始めた。

それは曲ではなく、ハノンによる指の練習。

とてもとても小さな音で。

でも、決して鍵盤を押す力が弱いわけではない。

はっきりと下まで鍵盤を押す。だけど出る音は小さく。でもしっかりとした音。

ピアノよりももっと小さな音、ピアニッシモ。

その練習。

ゆっくりと、小さな音で。

一音一音を確かめながら。

何十年ぶりかで弾く鍵盤を確認しながら。

午後もロンはヴァイオリンの練習に明け暮れ、アベルは指導し、涼はピアノを弾き続けた。

夕方。

「ぜひ、明日も……」

「すまん。明日は来れん」

ロンが明日の指導も約束しようとすると、アベルは断った。

「え……」

絶望の表情になるロン。

「明日は、うちの屋敷に 御史台(ぎょしだい) の方が見えられるんですよ。捕縛した人がうちの屋敷に置かれているんですけど、その人への聴取ですね」

「だから、皇宮には来れんのだ」

涼とアベルが説明する。

「そうなのですか……」

ロンは理解したのだろう。

俯きながら言う。

だが、少しだけ考えて頭を上げた。

「では、私がお屋敷に伺って指導していただくのはどうでしょうか?」

「それは……」

アベルは判断できず、涼の方を見る。

涼はちょっとだけ首を傾げて考える。

特に問題はない気がする。

「うちとしては問題ないですよ。皇帝陛下に戴いたお屋敷ですので広いですし。御史台の方々が来られるとはいっても、使うのは屋敷の一部でしょうから」

「おぉ。では、伺わせていただきます!」

練習熱心な人は、多くの人に良い感情を抱かせる……。