作品タイトル不明
0556 吟遊詩人
涼、アベルを含む、ウェイ・フォンをリーダーとする一行は、待機所を引き払い、『龍泉邸』へと戻ってきた。
「やっぱり隠れてついてきていましたね」
「ああ。リョウが以前言っていた四人だが、動いて追ってくれば把握できるな」
「アベル、魔法も使えないのに分かったのですか!」
「その四人を含めた十二人の気配、捉える事ができたぞ」
アベルはそう言うと、嬉しそうに小さく頷く。
自分も捨てたものではないと感じているようだ。
それを見て、なぜか悔しそうな涼。
「剣士のくせに、魔法使いの 領分(りょうぶん) を侵すとはなんたる男ですか! 恥ずかしくないのですか!」
「まったく恥ずかしくない」
『龍泉邸』は、今まで通り一行を受け入れてくれた。
主が拘束されたからといって、迫害したり宿を追い出したりはしないようだ。
「さすがは一流のお宿です」
「いや、当然だろう?」
涼が称賛し、アベルが当然だろうと言う。
「何を言っているのですか。よくあるパターンとしては、『荷物をまとめて出ていけ!』って言われて宿を追い出され、外に出ると敵が包囲しているのです。そしてこう言うのです。『愚かな家臣たちめ。主もろとも息の根を止めてくれるわ!』と」
涼が、 滔々(とうとう) とラノベ王道展開を語る。
アベルが小さく首を振った。
「いつも思うんだが、リョウって、よくそうやって次から次に物語のアイデアが出てくるな。その 妄想(もうそう) 力は凄いな」
「いやあ、それほどでも」
「うん、褒めてない」
照れる涼、勘違いを指摘するアベル。
世界は、すれ違いからできている。
一行は、とりあえず部屋に戻り、各自で入浴した後で、再び食堂前に集合した。
「やはり、お風呂は良いですね。一日の疲れを洗い流してくれます」
「同感だが、流せない疲れもあるようだぞ」
涼の言葉に同意しながらも、アベルは疲れた表情のままの一行を見る。
集まりはしたものの、皆、顔色がすぐれない。
当然と言えば当然だろう。
主が皇宮内で剣を奪って斬りつけ、 拘束(こうそく) されたのだ。
御史台(ぎょしだい) の中ではきちんと扱われているらしいとは知らされても、不安なのは仕方ないであろう。
「食欲がわきません」
そう呟いたのは、副隊長的女性ニュアンだ。
「分かります。ですが、僕の故郷にこういう言葉があります。腹が減っては戦はできぬ。いつ、いかなる時でも戦えるように準備をしておくべきです。いざフォン・ドボーさんを助けることになった時、お腹が空いていて力が出せなかったら困るでしょう? いざという時のために、常に準備をしておくのは家臣としての務めだと思いますよ」
涼は、特にきつい調子ではなく、むしろ優しくそう言った。
ニュアンに対してだけではなく、そこにいた家臣十人全員に聞いて欲しかったのだ。
「そうだな、リョウさんの言う通りだと思う」
そう言って頷いたのは、ウェイ・フォン。
「領主様のためにも、我々はいつでも全力が出せるように準備しておくべきだろう。幸いなことに、御史台でも操られた可能性について考えてもらえるようだからな。もちろん、 無罪放免(むざいほうめん) とはならずとも……命を失わずに戻ってこられる可能性はある」
ウェイ・フォンの言葉に、他の家臣たちも頷いている。
涼もアベルも、その姿を見て小さく頷く。
希望は大切だ。
希望を失えば、無謀な暴発が起きる可能性が生まれる。
それは、誰も望んでいない。
「よし、食堂に入ろう」
「はい」
ウェイ・フォンの言葉に、他の九人が答え、涼とアベルも頷いた。
まずは腹ごしらえだ!
十二人は、六人ずつのテーブルに案内された。
今日は、ピアノは出てきていない。
「今日は、ピアノはないんですね」
涼が少し残念そうに言う。
「さっき入口に、吟遊詩人ワンア・シーが歌うとか書いてあったぞ」
アベルが答えた。
確かに、正面に高めの椅子が置いてある。
「おぉ! それは楽しみですね!」
すぐに嬉しそうに微笑む涼。
王国にいた頃に、リュートを弾きながら語るように歌う吟遊詩人の演奏は聞いたことがある。
行きつけとなっていた『カフェ・ド・ショコラ 王都店』でも、その演奏を聞いたことがあるのだ。
中央諸国の吟遊詩人が奏でるリュートという楽器は、小型のギターとでも言うべきものだった。
アベルのヴァイオリンもそうだが、弦を張って音を鳴らす楽器というのは、いつの時代も世界中に存在する。
そのため、今回の吟遊詩人が持つ楽器がどんなものかというのも、少し興味があった。
ちなみに、今日は奥に隠されているピアノも、弦が音を奏でる楽器だ……。
一行の食事も進み、デザートが運ばれてくるのと同時に、吟遊詩人が登場した。
薄い茶色の髪に、同じ色の瞳、整った顔貌は、女性受けしそうな外見である。
年の頃は二十代半ばほどだろうか。
若々しさと、大人の余裕の双方を併せ持っている……。
意識して使い分ける事ができれば、女性の多くを 虜(とりこ) にできるだろう。
手に持つ楽器は……。
「 竪琴(たてごと) ?」
涼が頭に浮かべたのは、ビルマの竪琴。
涼が生まれるはるか昔に撮られた映画で、その中に出てきた竪琴に似ている気がする。
シャララン。
ただ 一掻(ひとか) き。
その一掻きで、食堂にいる全ての客の視線が、吟遊詩人にくぎ付けとなった。
「王都は落ちた。王弟と帝国の手に落ちた。民の 嘆(なげ) きが王国の空を覆う。民の 憤(いきどお) りが王国の大地を 奔(はし) る。民の希望が……王国に新たな王を生む。その名はアベル王。辺境の街にて立ち上がらん。王国の暗雲を吹き払う冒険者の王。民の涙をまとめ、侵略者に立ち向かわん」
語るように歌う吟遊詩人。
その美声と竪琴の音色、そしてその内容に、客は一心不乱に聞き入っている。
約二名を除いて。
「アベル、これって……」
「ああ……うちの国の話だな……」
涼が確認し、アベルも同意する。
そして、当然のように、アベルの顔は真っ赤だ。
自分が歌われているのが、恥ずかしいようだ。
歌は進んでいき、侵略者を追い払う戦いの場面がくるらしい。
聞いている客たちは、この歌を知っているのだろう。
涼とアベル以外は。
聞き入りながら、興奮もしている。
なかなか珍しい光景に違いない。
「アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を 凍(い) てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻にあらず。人は 讃(たた) えて 氷瀑(ひょうばく) 、あるいは白銀公爵と 謳(うた) うなり」
「うぉー!」
「素晴らしい!」
「さすがワンア・シー!」
「当代一の吟遊詩人!」
湧き上がる称賛の声。
フォン・ドボーの家臣たちも、泣きながら拍手している。
照明が少し落とされているので気付く人はいないだろうが、二名ほど、顔を真っ赤にしている人物がいる。
国王と公爵だ。
「最後の場面って、やっぱりリョウだよな……」
「ま、魔法使いとしか言ってないので、別の誰かじゃないですか?」
ここで客の声が響く。
「やっぱり、最後の『ロンド公爵の歌』は最高だな!」
「アベル王とロンド公爵。まさに最高の王と家臣ですよ!」
さらに真っ赤になる二人。
「ロンド公爵の歌、だそうだ」
「自分が歌われると、これほど恥ずかしいとは……」
アベルも涼も、こういうのには慣れていないのだ。
拍手をしながらも、下を向いている。
だから気づかなかった。
歌い終わった吟遊詩人が、二人をじっと見ていたことに。
「やっぱりいいですね! ナイトレイ王国の歌は! 頑張ろうという気持ちになります!」
さっきまで、あまり元気のなかったニュアンが、元気いっぱいになっている。
奪われた国の奪還と、奪われた主の奪還を重ね合わせているのかもしれない。
「そういえばアベルさん、お名前がアベル王と同じですよね。王国の方では、よくある名前なんですか?」
「あ、うん、まあ、よくある名前だな」
ウェイ・フォンの問いに、背中に冷や汗をかきながら答えるアベル。
別に隠す必要はないのかもしれないが……少なくともこの場で公にするのは避けたい。
なぜなら、あまりにも恥ずかしすぎるから。
「この歌の禁止令とか出せないだろうか……」
「同感です……」
もしそんなことをしたら、アベルも涼も、歴史に悪名を残すことになったに違いない。
だが、人々にとって幸いなことに、禁止令が出ることはなかった……。