作品タイトル不明
0548 三色
「ふぅ、けっこう時間かかりましたね」
「ああ、そうだな」
空飛ぶ腕輪、 飛翔環(ひしょうかん) を手に入れて販売所を出た二人。
涼の感想に、アベルは答えているが、上の空であることは涼には分かっている。
いや、その様子を見れば、誰でも分かるだろう。
左腕にはめた飛翔環をいろんな角度から眺めているのだ。
とっても嬉しそうに。
横を歩きながら、フェイワンが珍しそうにアベルの顔と、飛翔環を交互に見ている。
さすが愛馬、主人が気に入ったものに興味があるらしい。
「取り外し自由なのは嬉しいですね。でも、調整に一時間以上かかりましたよ。まあ、そのおかげで、他の人は使用できないそうなので、盗まれないのはありがたいです」
「俺の飛翔環を盗むような奴は、八つ裂きにしてやる」
「あ、うん……完全にアベルの目が本気です、怖いです……」
アベルはその瞬間、怖い顔になったのだ。
涼は視線を逸らす。
なんかほんとに、相手を八つ裂きにしてしまいそうだから。
キンコーン、キンコーン、キンコーン……。
少し離れたところから、鐘の音が響いてくる。
「ああ、お昼の十二時でしょうか。調整に時間かかりましたからね。それに、一個金貨三十枚はびっくりしましたね。銀行カードからの直接お支払いができて良かったです。ダーウェイは、なかなか進んでいますね」
涼が感心して頷く。
「そういえばリョウは、飛翔環を二個買っていなかったか?」
ようやく、自分の飛翔環から、意識を離すことができたアベルが尋ねる。
「ええ、もちろんです。一個は僕用に調整してもらいました。もう一個は調整してもらっていないやつをそのまま購入しました」
「見比べるのか?」
「最初はそうですね。最終的には、分解しますけど?」
涼がそう言った瞬間、アベルの表情が変わった。
題名をつけるなら『絶望』だろうか。
「大丈夫です、アベルの飛翔環には手を出しませんから」
「そうか、それは良かった」
涼の言葉に、アベルの表情は戻り、いつもの口調となった。
「どこかで練習したいが……」
「さすがにこの辺では難しいでしょう。人が多すぎますよ」
「確かにな」
二人は、午前中に歩いてきた道を、そのまま戻っている。
特に理由があったわけではないのだが、先ほどの時計台のある広場には、多くの屋台が開きそうな様子があったのだ。
通ってきた時には、まだ十時過ぎだったので半分ほどは準備中だったが、今はお昼。
多くの屋台が開いているに違いない。
「さすがにお腹が空きました」
「昼だしな。どっかで食うか」
「そうしましょう。そうそう、お昼を食べたら、早めに宿に入ったらどうですか? 大きな宿なら、中庭とか裏庭とかあるでしょう。そこで練習すれば……」
「リョウ、冴えてるな!」
涼の言葉に、アベルが嬉しそうに称賛する。
だが、周りを見回して、少し不安げになる。
「人が多いんだが、宿が空いてないなんてことは……」
そう、二人は経験しているのだ。
公主輿入れで宿に泊まれず、野宿することになった……。
現在、この帝都も、シオ・フェン公主の婚儀間近ということで、帝国各地から人が集まってきているらしい。
貨物船に乗る時に、そんな説明をされたのを覚えている。
そうなると、宿が空いていないのではないか……。
「多分、お手頃な宿は空いてないでしょうね」
「おい……」
「でも、ここほどの規模の街なら、高級宿は空いているはずですよ。ずっと泊まり続けるとなるとあれですけど、一泊や二泊なら僕らでも泊まれるでしょう? それに、そういうところじゃないと広い敷地はないでしょうから、アベルの飛翔の練習ができませんよ」
「そうか……確かに、高級宿が満室になる事はめったにないな」
アベルは国王陛下だ。
しかも元A級冒険者だ。
高級宿に泊まることが多かった。
大きな街の高級宿が、ほぼ、満室にならない事は知っている。
今回の涼やアベルのように、飛び込みの客など、ほとんどいないからだ。
そもそもお金持ちや偉い人が、団体で泊まるわけで。
当然予約してある。
「さっきお店で、飛び方教則本みたいなのもらったじゃないですか?」
「ああ、十ページくらいのやつな。全部読んで覚えたぞ」
「うそ……」
涼が、お店で貰った飛び方の本について話を振ると、アベルはすでに覚えたと。
調整をしてもらっている間に読んで覚えたらしい。
「鍛えられた書類読みの力を、こんなところで活用しなくとも……」
日々の書類まみれで鍛えられた力、恐るべし。
そんな会話をしながら、二人は時計台の前を通りかかった。
「来やがったな!」
どこからか声が聞こえてくる。
当然、二人は、自分たちにかけられたものとは考えず、歩き続けている。
「こら、待て!」
その声は、アベルの前に立ち塞がった。
赤っぽい服を着ている男だ。
「うん? 誰だ?」
「は? ふざけんな!」
アベルが首を傾げて問うと、赤服は激高した。
それで涼は思い出した。
アベルに横から囁く。
「ほら、 喧嘩(けんか) を売ってきて、正午に聖帝広場で待つ、って言った人ですよ」
「リョウ、喧嘩を売られたのか? 大変だな」
「何で僕なんですか! 喧嘩を売られたのはアベルですよ」
「は? 俺はそんなことしないぞ。この腕輪を手に入れるのが最優先だからな」
アベルは左手の腕輪を、嬉しそうに眺める。
「うん、一刻も早くそれを手にれるために、適当にあしらったのです、アベルが」
涼は小さく首を振りながら言った。
「いやがったな!」
その時、二人の後ろの方から別の声が聞こえてきた。
アベルは振り返りもしない。
当然、自分には関係ないと思っているのだ。
だが、涼は知っている。
赤服の次は……。
「おい、お前、一時間以上も待たせやがって! ここでぶつかったんだから、あの時、あのまま……」
現れたのは、黄服の男。
卵をいっぱい割った男だ。
この広場で。
ここまでくれば涼でも分かる。
この時計台の前の広場が、『聖帝広場』なのだと。
そして、赤、黄とくれば……。
「見つけたぞ! 逃がさんからな!」
そう言いながら登場した、青服の男。
赤、黄、青と三色揃った。
「ん?」
三色の男たちが、お互いに顔を見合わせている。
「ガジ?」
「グザ?」
「ゴボ?」
三人の名前らしい。
誰がどの名前かは涼には把握できなかった。
「お前たち、何をやっているんだ?」
「お前こそ、俺はそこの赤髪に用がある」
「俺は、そいつに卵の恨みを晴らす!」
最後の一人だけ、誰なのかは理解できた。
「それにしても、俺たち全員に喧嘩を売るとは、赤髪も馬鹿なやつだ」
「生きては帰さんぞ」
「卵たちのように踏み潰してやる」
ようやく、涼にもいろいろ理解できた。
「アベル、間違いありません。これはばったりぶつかって喧嘩に発展ストーリーではありませんでした」
「ん?」
「その発展型、三銃士展開です!」
「うん、いつもの通り意味が分からん」
『三銃士』とは、フランス活劇文学の最高峰の一つだ。
他に『モンテ・クリスト伯』なども書いた、A・デュマの有名な本だが……。
実は、三部作『ダルタニャン物語』の第一部の名前にすぎない。
第一部:三銃士
第二部:二十年後
第三部:ブラジュロンヌ子爵
ダルタニャン物語の名の通り、全編を通しての主人公は、田舎ガスコーニュからパリに出てきたダルタニャンである。
最初、ダルタニャンがパリに出てきた時、いろいろ因縁をつけられて三人の男たちと、決闘の約束をするのだが……その相手が、アトス、ポルトス、アラミスという、銃士隊の強者三人。
通称、三銃士。
そう、ダルタニャン対三銃士の対決から、物語は始まる!
涼が頭に浮かべたのはそれであった。
「アベル、この三人はきっと、帝都を代表する強者たちに違いありません!」
「そうか~?」
涼の期待に満ちた言葉に、 胡乱(うろん) げな視線を三人に向けて答えるアベル。
三人は、誰から行くかの話し合いをしているようだ。
「さっさとかかってこい。三人まとめて相手してやるから」
アベルがめんどくさそうに言う。
「てめえ!」
「ふざけやがって!」
「やってやるよ!」
三人は、剣を抜いた。
「三対二でも遠慮はしないぞ」
「二?」
三人の誰かが叫び、アベルが首を傾げる。
後ろを向いて、その理由が分かった。
涼も人数に入れていたらしい。
「ああ、このリョ……ローブは見てるだけだ。俺が一人で相手してやる」
「……は?」
「こっちのローブが参戦したら、一秒かからずにお前ら倒されるぞ」
「ふざけんな!」
涼は気付いていた。
さっきから、ふざけんなしか言っていない男がいることに。
だが、賢明にも口には出さない。
涼の役割は、アンダルシアとフェイワンと一緒に、四人から離れておくこと。
当然、一人と二頭は、<アイスウォール パッケージ>の中から、安全な状態でアベルの活躍を見る。
「いくぞ!」
三人が飛び込んだ。
本当に一瞬だった。
赤い光が駆け抜ける。
三人が崩れ落ちた。
「やっぱり大したことなかったじゃないか」
アベルが小さく首を振りながら呟く。
崩れ落ちているのは、赤、黄、青の三人。
一人はお腹を押さえ、一人は後頭部を押さえ、一人は仰向けに寝転んでいる。気絶しているようだ。
周りを取り囲んでいた一般人には、理解できなかったかもしれない。
それ程の早業。
だが、涼には見えていた。
「全員、剣の 柄(つか) で倒しました……」
柄を 鳩尾(みぞおち) に叩き込み、柄で後頭部を殴り、柄で 顎(あご) をかち上げた。
「なんでしょう……無駄に、アベルの剣技が冴えわたったのです」
「無駄にとか言うな」
近付いてきた涼の言葉に、顔をしかめて答えるアベル。
「で、これがさっき言ってたサンジューシなんとかなのか?」
「いいえ、あれは幻想でした。こんな弱っちい人たちでは不可能です」
「だろうな」
アベルは三人の内の一人に近付いていった。
「おい」
「ひいっ!」
「めっちゃ怯えています」
アベルが声をかけ、黄服が声をあげ、涼が事実を述べる。
「帝都で、一番庭が広くて、高級な宿はどこだ?」
「……はい?」
「庭で、飛翔環の練習ができそうな宿だ」
「そ、それなら、『龍泉邸』かと……。金は、高いけど、広大な訓練施設があって……護衛付きの大商人とか、領主とかが……泊まると……」
「ほぉ。いいじゃないか。案内しろ」
「え……」
アベルは軽い調子で言ったのだが、言われた黄服の男は、この世の終わりかといえるような表情で悲鳴を上げた。
「迷惑をかけたのは、誰だ?」
「……俺たちです」
「うん、そうだな。普通、そういう場合、どうする?」
「……謝る?」
「うん、そうだな。誠意をみせて謝るな。今回の場合、誠意が俺たちの案内だ。それさえすれば、許してやる」
「本当に?」
「ああ、約束しよう」
話し合いは決着した。
先に立って、二人と二頭を案内する黄服の男。
「アベル、脅迫が様になっていましたよ」
「人聞きの悪いことを言うな。冒険者の頃とか、捕まえた盗賊の尋問とかはやっていたが、それに比べれば、今のは優しかったぞ?」
「『赤き剣』で、尋問が一番怖かったのは……?」
「リーヒャだ」
涼の問いに、アベルは即答した。
現王妃様は、怖いらしい。
「そういえば、さっき、見られてたよな」
「アベルも気付きました?」
「ああ。船に乗ってた十人だろう?」
アベルと赤、黄、青の喧嘩を、船に同乗していた十人の兵士たちが、少し離れたところから見ていたのだ。
特に何も行動は起こさなかったために、そのままにしておいたが……。
「あの十人の方が、三色よりも圧倒的に強い」
「三色って……ひどいまとめ方です」
今、先導している黄服の男を含めて、赤服、青服の三人が、三色なのだろう。
三人と二頭は、十五分ほど歩いた。
「けっこう歩いていますね」
「ああ。だが、この辺りも人通りは多いな」
アベルが言う通り、店も多く、人も多い。
帝都そのものが、かなり広く、人口も多いのだろう。
「あれです」
ようやく、黄服が言う。
正面奥に見えてきたが、かなり巨大な門構えであることが分かる。
「ほぉ、確かに凄そうだ」
「良かったですね、アベル」
アベルが感心し、涼も頷く。
「じゃ、じゃあ俺はこれで」
「ちょっと待て」
そそくさと去ろうとする黄服の男を、アベルが止める。
そして、懐から何かを取り出すと、投げて渡した。
「駄賃だ。助かった。だが、喧嘩を吹っかけるのはやめろよ」
「き、金貨! いいんですか?」
「おう。じゃあな」
アベルは、案内してくれた駄賃に、金貨を一枚あげたらしい。
「アベル、太っ腹すぎです」
「そうか? 俺たちだけだと、辿り着けなかったかもしれんしな。リョウが、飛翔環を二個買ったのに比べれば、たいしたことないだろう?」
「それとこれとは、全然別物だと思うのですが……」
なにはともあれ、二人と二頭は、帝都の宿に入る事ができたのであった。