作品タイトル不明
0526 離宮防衛戦決着
「まさか、ヴォーグ卿が倒されるとは……。ですが、関係ありません。私が、全員倒せばいいこと」
デザイが言い放った。
「させない!」
シオ・フェン公主の前に立ち、その身を守るミーファ。
師匠たるアベルが、もう動けないのはミーファにも分かる。
体を張って守ったシオ・フェン公主を、ここで死なせては意味がない。
そして、ミーファの存在価値は、シオ・フェン公主を守ることにあるのだ。
だが……。
突然、謁見室の扉が吹き飛んだ。
「え?」
「なに?」
ミーファもデザイも、何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
「<スコール><氷棺>」
デザイの周りだけ、一瞬雨が降り、次の瞬間、氷の棺の中に閉じ込められた。
デザイが、懐から呪符を出そうとした時であった。
「アベル!」
扉から飛び込んできたのは、ローブ姿の、水属性の魔法使い。
「おせぇ……よ……」
息も絶え絶えであるにもかかわらず、片頬だけ笑って言うアベル。
「ピンチならピンチだと、ちゃんと『魂の響』で言ってください! 切ったままだったでしょう!」
「忘れてた……」
涼が非難し、アベルが再び笑う。
「とりあえず、ポーションです」
涼はそう言うと、ポーションを取り出し、アベルに飲ませた。
ようやく、そこで一息ついた。
「リョウさん……」
「ああ、ミーファも無事ですよね。ソナーで見た限りは、大きな怪我はしてなかったはずですが……怪我はないです?」
「えっと……はい、大丈夫です」
ミーファには、ソナーの意味は分からなかったが、怪我をしていない事は伝えた。
「え~っと、そちらが、シオ・フェン公主様?」
「フェン公主の地位を 賜(たまわ) っております、シオと申します。リョウ様ですね。どうぞお見知りおきを」
「これはご丁寧に。ナイトレイ王国の涼です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そんな挨拶を交わしていると、ポーションで動けるようになったアベルが、立ちあがってヴォーグに近付いた。
そして、首筋に指を当てる。
「生きてるのか……しぶといな」
アベルは呟いた。
「その人が、アベルを倒しそうになった人ですか? 黒い剣ってちょっとカッコいいですね」
「感心するのはそこかよ。ヴォーグ卿、この国一番の剣士らしい」
「なるほど。よく、そんな凄い人に勝てましたね」
涼は感心したように、何度も頷いている。
ちょっと見たかったですねその戦い、などと呟いている……。
「逆手に持った剣でな、ようやくだ」
「逆手? 剣を逆手に持つメリット……利点て、何かあります?」
アベルの予想外の答えに、涼は首を傾げながら問う。
地球にいた頃に、漫画やアニメなどで、ナイフや 苦無(くない) を逆手に持って戦う描写を見たことはあるが……実際、そのメリットは理解できなかったからだ。
だが、目の前のアベルは、逆手で戦い、強敵を倒したという。
「左手が痺れていてな。片手で、こいつの打ち込みを受けるために仕方なくだ」
「逆手で持つと、打ち込みを受けられる?」
涼は、首を傾げたまま、地面に倒れているヴォーグの元に座り、右脇腹に刺さったアベルの魔剣を引き抜いた。
「……ぐっ」
ヴォーグの口から、僅かに声が漏れる。
「おい……」
あまりの光景に、アベルが抗議する。
「アベル、自分用のポーション持ってるでしょう。左脇腹の短剣を抜いた後で、使ってあげたらどうですか?」
「いや、やるが……もう少し、丁寧にだな……」
「怪我したら、できるだけ早くポーションをかけたり、飲ませたりする方がいいって、ケネスが言ってましたよ」
「そ、そうか……」
涼が、抜いたアベルの魔剣を逆手に持って、いろいろ試している間に、アベルはヴォーグに突き刺さった短剣を抜き、ポーションを半分傷口に振りかけ、残りを強引に口から飲ませた。
「ああ、なるほど。小指と薬指を少し浮かせて、手首の角度を少し変えると、確かに肘から先全体で剣を支えられますね」
涼は、アベルの魔剣をちょいちょいと動かしながら、腕も同時に動かしている。
「そうなんだ。脇を締めて、剣と腕を体に近付けると、両手全力の打ち込みにも耐えられる。動きは自然と、足と腰の回転で行うことになるな」
「逆手に持つ利点なんて、相手に突き立てる時に力が乗りやすい、くらいしか思いませんでしたけど……アベル、よく気づきましたね」
「俺じゃねえよ。多島海地域の知恵だ」
「はい?」
アベルの答えに、よく分からず再び首を傾げる涼。
「多島海地域で読んだ、『船上でのナイフ戦』という本に書いてあったんだ」
「ああ! ダオ船長に借りていた本でしたっけ。なるほど。船乗りたちのナイフだと、逆手に持つ人もいますもんね」
「そういうことだ。あとは……昔、経験したんだよ、逆手や二刀を使う相手との戦いを」
アベルが思い出したのは、かつてのナイトレイ王国A級パーティー『五竜』のリーダー剣士サンとの戦闘であった。
ルンで、アベルら『赤き剣』と、『五竜』という、A級パーティー同士の戦闘が行われた。
その際、アベルが対峙したサンは我流の剣であった。
逆手、二刀流、変幻自在の剣に 翻弄(ほんろう) されたのを、アベルは覚えている。
だが、その経験はアベルを成長させた。
「経験が引き出しを増やす。引き出しの多さというのは、冒険者にとっては財産であり、 命綱(いのちづな) でもあるからな」
「確かに。そう考えると、今回の戦いも、いつかどこかでアベルの役に立つかもしれませんね」
「そうだな」
涼が何度も頷きながら言い、アベルも同意した。
本当に、何が、いつ、どこで役に立つか分からないものなのだ。
「くそ……」
ポーションが効いたのか、床に仰向けに寝転んだままではあるが、ヴォーグは喋れるくらいに回復したようだ。
「ヴォーグ、お前の負けだ」
「分かってるよ。それは認める……」
アベルが告げ、ヴォーグも敗北を受け入れた。
「その剣士、回復したら逃げるんじゃないですか? 氷に入れておきましょうか?」
「あれだけの傷だ。ポーションでも完全には回復しないだろう」
涼の提案に、アベルが首を振りながらその必要はないと言う。
だが、訝しげな表情となったのは、当の本人であった。
「氷に入れる?」
ヴォーグは、ふと横を振り向き……デザイが氷漬けになっているのを見た。
「おい……。あれ、氷漬けに……」
「そうだ。ヴォーグ、お前さんも、あんな風に氷漬けにした方がいいんじゃないかと提案されているんだ」
「いや、待て。待て待て待て。氷漬けにされたら、死ぬだろ?」
アベルの言葉に、慌てるヴォーグ。
慌てるのは当然だ。
デザイは、見事な氷漬けにされているのだから。
「いや、多分死んでないだろ。リョウ、あれ、死んでないだろう?」
「ええ、生きてますよ」
とても軽い調子で交わされる会話。
だが、アベルは、ふと疑問に思ったことを口にした。
「なあ、リョウ。あいつ、呪符を取り出そうとしたところで氷漬けになっているが、なんでそれが可能なんだ?」
「なんでとは?」
「ほら、スージェー王国の時もだったが、呪符って魔法を弾くだろう? なんで、氷漬けにできてるんだ?」
「アベル、素晴らしい質問です」
涼は、アベルの質問に、いい笑顔で頷いた。
「呪法使いたち、呪符を飛ばしますけど、あれって、指を離れた瞬間に呪符が機能し始めるのだそうです」
「ほぉ~」
「もちろん、その前の段階でも、呪法使いの……魂みたいなのと呪符は繋がってはいるらしいんですよ? ほら、ヘルブ公が、呪符には触れない方がいいみたいに言ったじゃないですか。だから繋がってはいるんですけど、呪符としての機能が働き始めるのは、指から離れた瞬間。だから、その前なら、呪符を氷漬けにすることも可能なのです。ですので街中でスー・クーさんを護った時も、今回も、上手くやれたのです」
「もしかして、その知識って……」
「ええ。例の、『実践 呪符と霊符が拓く未来』に載っていました」
「俺の逆手もそうだったが、リョウもだな」
「まったくです。僕ら、読書好きで良かったですね」
アベルも涼も、何度も頷く。
まさに、本こそ知識の宝庫。
その知識が、命を救うことがある。
二人とも、身をもって経験したのであった。
「いや、待て待て」
そのまま、解散しそうな空気を出していた二人に、割って入るヴォーグ。
「お前ら、いろいろおかしいぞ」
「失敬な! おかしいのはアベルだけです」
「俺じゃなくて、おかしいのはリョウだろ」
ヴォーグの指摘に、涼もアベルも反論する。
どちらも、自分はおかしくないと思っているらしい。
「おかしいかどうかは分かりませんが、どちらも普通ではないと思います。ミーファも、そう思いませんか?」
「シオ様、私は、そのご質問にはお答えできません……」
囁(ささや) き合うシオ・フェン公主もミーファも、ヴォーグの意見に近いようであった……。