作品タイトル不明
0509 黄金の街
密林では、食べ物には事欠かない。
果物と肉は、食べ放題といってもいい。
そして、水も。
「僕が、水属性の魔法使いで良かったです」
「確かにな。旅をしていて、水の心配をしなくていいというのは、想像以上に大きいな」
涼が胸を張って主張し、アベルが同意する。
人はパンのみにて生きるにあらず……水も大切なのだ。
「自由都市……いえ、今は自治都市クベバサですか。あそこで購入しておいた調味料一式も、役に立っていますね」
涼はそう言うと、鞄に入れて持ち歩いていた、氷瓶に入った調味料たちを褒める。
「リョウは、その辺りは几帳面だよな」
「その辺り?」
「調味料だ。ロンドの森からルンに向かった時も、塩とコショウを持っていただろう? もちろんそのおかげで、美味い飯にありつけたんだが」
「ああ。調味料って、ごく少量で料理を美味しくしてくれるじゃないですか? 調味料だけでは美味しくないですけど、素材の味を引き立ててくれるというか、縁の下の力持ち的な感じで。かさばらないのに食を豊かにしてくれるので、僕は高く評価しているのです」
アベルが涼を称賛し、涼は調味料を称賛した。
なお、今回、涼特製氷瓶に入っているのは、塩、コショウ、醤油らしきもの、よく分からないいくつかの辛いやつだ。
基本、肉料理や魚料理に合う調味料……らしい。
まあ、果物や野菜は、生のままでも食べられるしね。
だが、アベルの視線は、時々涼の後ろにいく。
涼の後ろからは、小さめの氷製の荷車のようなものが追ってくる。
涼の魔法<台車>で生み出されたものだ。
今回のはかなり小さめで、サッカーボール一個が入るくらいの箱型。
中には、二つの袋が入っている。
「なあ、リョウ」
「何ですか、アベル」
「その後ろのは、<台車>とかいう魔法だろう?」
「よく覚えていましたね! アベルには最もなじみ深い……あ、いえ何でもありません」
涼は、慌てて言葉を切った。
かつて、アベルがロンドの森に流れ着いた際、海岸で倒れていたアベルを<台車>に載せて家まで運んだ。
だが、その事はアベルには伝えていない。
その際、けっこう雑に扱った気がしたので……なんとなく言い出しにくいのだ。
「その中に入っているのって……」
「ええ、コマキュタ藩王国とか、スージェー王国で貰い、自由都市通貨に両替してもらった僕らのお金ですよ」
「大公国の船にも載せたのは覚えていたが、よく沈む船から救い出せたな」
「後部マニュピレーターで掴んで、ニール・アンダーセン号の後部にそのまま押し込んだのです。僕ら自身は、鞄とか剣を掴むくらいしかできませんでしたからね。備えあれば憂いなしです」
アベルが感心し、涼が得意そうに頷く。
「お金は人を狂わせます。それは多すぎてもそうですが、少なすぎてもです。ほんのわずかなお金のために、人を殺したりすることもありますからね……。ある程度は持っていた方がいいのは確かですよ」
「確かにな」
涼もアベルも、現実主義者だ。
<アイスバーン>で整地された道を、<台車>は今日もついてくる。
夜、休むときも、涼が氷の家的なものを建てて、その中で休むために、どちらも見張りはしない。
涼的には、様式美として、交代での見張りというのはいいなと思っているのだが……現実的に必要ないということも理解している。
日中歩き続けることを考えると、様式美よりもしっかり休む方が優先されるべき。
涼だって、それくらいは分かっているのだ。
「アベルが、どうしても見張りをしたいというのなら止めはしませんが……」
「いや、寝たい」
「はい……」
いろいろ仕方ないのだ。
「でも、アベルって、お城で王様のお仕事をしている時とか、朝早くから夜遅くまで書類まみれになっているじゃないですか?」
「まあ、そうだな」
「なら、夜遅くまで起きて見張りをしていても……」
「うん、不要なことはしたくない」
「あ、はい……」
王様のお仕事は、必要だからしているのだ。
「それにしても、この密林はどこまで続くんですかね……」
「そうだな。歩きはじめて……明日が五日目か? 密林とはいえ、涼のおかげでけっこうな速さで北上しているはずだから……かなり歩いたよな」
「歩きましたね。いちおう、真北に進んでいるはずなのですが……あっ……」
不自然に、涼が口ごもった。
たいてい、こういう場合、不都合な真実に辿り着いてしまったのだ。
「怒らないから言ってみろ」
「い、いえ……。明日、上空から見てみます」
「……そうだな。何で今までの五日間で、一度もそれをやらなかったんだろうな」
「な、なんですか、その目は! 確かに僕は忘れていましたけど、アベルだって一度も言わなかったじゃないですか!」
「別に、何も言っていないし、変な目でも見ていないだろう?」
「嘘ですね! 僕を非難する目です。魔法使いは、いつも剣士の犠牲になるのです……」
「うん、わざわざ職同士の対立を 煽(あお) るな」
きっと、旅が楽しかったから思いつかなかったのだ……。
上空から見てみよう、という簡単なことを。
そういうことにしておこう。
翌朝。
二人は出発した。
上空に上がる事もなく。
一晩寝たら、二人とも忘れてしまったらしい。
思い出したのは、お昼前。
だが、遅かった。
なぜなら、密林の前方が、開けていたから。
「切れましたね……」
「ああ、林が終わったな」
そして、二人の目の前に現れたのは……。
「黄金の都市……」
「全て……金……か?」
光り輝く黄金の街。
二人は北上してきた。
そして、今はお昼時。
ちょうど、真後ろから太陽の光が当たっていたのも関係したのだろう。
見事なまでに輝く黄金の街が現れたのだ。
「密林の中に黄金に輝く街とはな……」
「需要と供給のバランスを、どう取っているのでしょうか」
アベルが感嘆し、涼が疑問を呈す。
周囲と隔絶した街。
ただ、それだけで、ある人は感動し、別のある人は疑問を抱く。
人とは、かくも複雑な生き物か。
涼は、隣にいるアベルをじっと見た。
何秒も見ていれば、当然アベルも気付く。
「何だ、リョウ?」
「アベル……黄金に目がくらんで、この街をナイトレイ王国の植民地にしようなどとは考えないでください」
「何を言ってるんだ。当たり前だろう?」
アベルは 訝(いぶか) しげな顔をする。
涼が、頭に思い描いたのは、地球の歴史であった、スペインによるインカ帝国の征服である。
十六世紀、スペインの コンキスタドール(征服者) たちは、南米ペルー周辺のインカ帝国を侵略した。
インカ帝国の街は、決して黄金に輝いていたわけではなかった。
だが、金も銀も、かなり持っていた。
コンキスタドールの一人、フランシスコ・ピサロは、インカの皇帝アタワルパを捕えた。
皇帝アタワルパは、金と銀を払うから自分を解放し、帝国から出ていってくれと交渉した。
そして、部屋いっぱいの金、倍の銀を実際にピサロに与え、皇帝は解放された。
だが……結局、ピサロは約束を 反故(ほご) にし、皇帝アタワルパを処刑した。
そんな悲しい話だ。
「黄金は、人の心を狂わせます。アベル、心をしっかり持ってください!」
「おう、大丈夫だ」
「もちろん、臣下に、お給金として大量の黄金をくれるのは問題ないですよ?」
「リョウの心が、すでに黄金に狂わされているんじゃないか……?」
人の心は弱いもの……。
そして、二人は、密林を出て、黄金の街に足を踏み入れ……。
ガツンッ。
「うぉ?」
「見えない……壁?」
入れなかった。
だが、すぐに二人の頭の中に声が響いた。
<<失礼した。入って来られよ>>
その声と同時に、二人の侵入を遮っていた透明の壁が消えたのが分かった。
「アベル、今の、聞こえましたか?」
「ああ。入ってこいと」
涼が恐る恐るアベルに確認し、アベルは頷いた。
二人は一度顔を見合わせてから、街の中へと入っていった……。
街は、全て金色に輝いている。
だが、よく見ると、それは街というより……。
「寺院?」
涼は呟く。
目の前にある建物の造形や、街の構成は、アンコールワットや、ボロブドゥール寺院の方が近い気がする。
「人の気配がないな」
アベルが呟いた。
涼も隣で頷く。
そう、人の気配はしない。
『人の』は。
『その気配』は上空から降ってきた。
二人の目の前、広場のようになっている場所に。
「黄金の……」
「竜……」
アベルも涼も、口出せたのはそれだけ。
それほどに圧倒されたのだ。
<<異国の王よ、そして妖精王の 寵児(ちょうじ) よ、ようこそ我が家へ>>
再び、二人の頭の中に声が響いた。
先に口を開いたのはアベルであった。
「ナイトレイ王国のアベルだ」
「……同じく涼です」
涼も、なんとかアベルに続いて自己紹介できた。
未だに圧倒されたままであるが。
<<アベル王、寵児リョウ、訪問を歓迎する。我は竜王ヌールスだ>>
(ヌールス? nullus? Nullの語源? 何もない、無、空、あるいは零を意味する?)
涼は、持っている知識から名前の意味を探る。
名(な) は 体(たい) を表す。
持っている名、付けられた名は、時間が経つほど、少なからず本体に影響を与える。
人の数十年の人生ですらそうなのだ。
ドラゴンであればどれほどになるか……。
「この……頭の中に入ってくる声は、目の前のあなたか? あなたが竜王ヌールス殿との認識で間違いないか?」
<<アベル王よ、その通りだ。正しい認識だ>>
アベルの問いに、竜王ヌールスは頷いた。
巨大な、五十メートルをゆうに超える巨体が頷いただけで、けっこうな風が起こる。
だが、アベルはまったく揺るがない。
最初こそ圧倒されていたが、今はもう、同格の王と話しているかのように堂々としている。
涼は、その姿を見て驚いた。
「アベル……堂々としていて凄いです」
「んあ? 竜王が俺らを殺すつもりなら、もう死んでるだろ? そもそも、ドラゴンと会うことすら伝説となっているのに、竜王と会えるなど……冒険者 冥利(みょうり) に尽きるだろうが」
涼の言葉に、アベルは笑いながら答えた。
その時、涼は心の底から震えた。
アベルの器の大きさに。
感動した。
<<この時、この場所に二人が来たことは、驚くべき事だと我は思う>>
「どういうことだろうか」
<<我は、もうすぐ死ぬ>>
「えっ?」
竜王ヌールスの驚くべき言葉に、涼もアベルも絶句した。
ドラゴンは、永遠に生きるとすら言われている。
もちろん、先日の『死竜』の件で、そうではないことは知った。
それでも、数十万年の寿命があると。
「もしや、死竜が生じるのか?」
<<いや、あれは青竜だけの特性じゃ。我は、一度完全に消える。そして、再び生まれる>>
「また生まれるんですね、良かったです」
竜王ヌールスの説明を聞いて、涼は喜んだ。
特に理由はないのだが……。なんとなくだ。
<<我も、数十万年ぶりの転生でな。そこへ、ほとんど誰も訪れることのないこの場所に、二人が……それも特別な二人が訪れてきたことに、驚いておる。何か見えざる力が働いておるのかな>>
竜王ヌールスはそう言うと笑った。
涼もアベルも、よく理解できていない。
ただ、涼にとっては、『転生』という言葉は少し懐かしいなと感じてはいた。
「俺たちが、何か手伝えることがあるか?」
<<いや何もない。その気持ちはありがたいが。そう、あと一時間もせぬうちに消える故……それまで話し相手でもしてくれればありがたい。こうして、人……的なものたちと話すのも数千年ぶりじゃからな>>
「数千年……」
「竜王ともなると、時間の感覚が俺たちとは全く違うな」
涼もアベルも、その時間の長さに驚いた。
涼なんて、二十年ほどしかスローライフをしなかったわけで……。
<<消えて、十年もすればまた我は現れる>>
「ハッ。もしや、幼生ドラゴンとなって、その間僕らが育てるとかそういうことは……」
<<うん? 幼生ドラゴンというのは聞いたことないな。現れる時には、またこの姿じゃ>>
「あ、そうですか……」
涼は、地球にいた頃に読んだ漫画的知識から問うたのだが……。
ドラゴンの幼生を育てる必要はないらしい。
<<ふむ。寵児リョウは、ルウィンと知り合いか>>
「え? はい、ルウィンさんは、お隣さんです。どうして分かったんですか?」
<<ルウィンの印が、僅かにあるからじゃ。本当に僅かじゃな、よほど注意深く見んと気付かんわい>>
「印……いつの間に……」
<<他の竜王が、寵児リョウを食べんようにじゃろうかな>>
「食べ……」
「リョウは美味いのか……」
笑いながら言う竜王ヌールスに、驚いて絶句する涼。
涼を見ながら、アベルが呟く。
「あ、アベル、僕は美味しくなんかないですから! 食べようとしたら反撃しますからね!」
「いや、俺はいらん。腹を壊しそうだしな」
「それもなんか、嫌です……」
人が人を食べる行為は、あまり推奨されていない。
「他の竜王が、と言ったが、ヌールス殿とルウィン殿以外にもいるのか? 俺はそもそも、竜王ルウィンしか聞いたことなかったが」
<<うむ。中央諸国は、ルウィンのテリトリーじゃからな。ずっといついておるから、あの辺で竜王と言えば紅竜ルウィンであろう。竜王は、ルウィンと我を含めて、五体おる。もっとも、我のようにあちらこちらフラフラ動き回っているものもおれば、ルウィンのように居座るものもおるし、あるいはいろんな所にちょっかいを出してまわるものもおれば、ほとんど眠ったままのものもおる。一口に竜王と言ってもいろいろじゃよ>>
おそらく、こういう事を誰かに話すというのも、滅多にないのだろう。
アベルの問いに、竜王ヌールスは楽しそうに答えた。
「はい! 質問があるのですが」
涼は挙手して質問の許可を願い出た。
<<うむ、なんじゃ寵児リョウよ>>
「ルウィンさんとこには、いっぱい赤い竜がいたのですけど、ヌールスさんの金竜さんは……」
<<おらぬのじゃ>>
「いない?」
<<うむ。我は、ただ一人。他のドラゴンたちとは少し違っておってな。種を増やすことはない>>
「なんと……」
涼は驚き、少しだけ寂しい表情となった。
<<まあ、こればかりはな。そういうものなのじゃから仕方ない。我らを作った何者かに、いつか問いたいと思うているが……さて、いつか会えるのかどうか>>
竜王ヌールスは、寂しさなど全く感じさせない。
こういうものだと認識しているのだ。
だが、一つ、大きな内容がその言葉の中にあった。
「数十万年を超えて生きてきても、造物主には会えていないと」
<<姿を見せたことはないな。もちろん、そんな者がおるのかどうか分からんが……じゃが、我らを含め、この星の自然など、全てが偶然生み出されたと考えるよりは、造った者がいると考えた方が論理的であろう?>>
「おっしゃる通りです」
笑いながら言う竜王ヌールスの言葉に、涼は頷いて同意した。
進化論全てを否定はしないが、多くの分野を研究すれば研究するほど、論理的に考えれば考えるほど、全てではないがポイントポイントに、造物主あるいは創造主と呼ばれるものが介在したと考えた方がいい『システム』が垣間見える。
無論、それが『神』とは限らない。
設計者と、創設者と、管理者はそれぞれ別……などということは、よくある事なのだし。
最初に始めた者と、それを引き継いだ者と、今引き継いでいる者がそれぞれ別……などということも、よくある事だ。
地球においては、特に欧米の、超一流の物理学者や数学者であればあるほど、創造主の存在を否定しない。
論理性を重んじる科学者の方が、否定しない。
超一流、あるいは頂点に近ければ近いほど、否定しない。
必ずしも創造主のようなものを信じているとは限らないが、否定する論理的根拠を持っていないからだ。
さらに一歩進めて、創造主がいると考えた方がいろいろ楽とすら言う人もいる。
むしろ、下に行けば行くほど否定する……専門分野以外の知識が足りず、自分の頭で考えることもできないから、仕方ないのだろうが……。
自分の頭で考える。
それこそが、人として最も大切な事だと、涼は思っている。
「アベル、良かったですね。ヌールスさん、転生するのにアベルを食べる必要はないみたいで」
「は? なんだそれは?」
「偉大な存在が転生するのには、 生贄(いけにえ) が必要なのだと思うのですよ。生贄は、やはり王様みたいな人の世界で偉いと言われている人がなるのがいい……」
「代理で筆頭公爵でもいいんじゃないか?」
「ダメです! 僕はダメです!」
「なぜだ?」
「生贄になるというのは死んじゃうことですからね。僕はまだ死にたくありません」
「……俺も死にたくないんだが?」
涼とアベルは、いつもすれ違いだ。
魔法使いと剣士なのだから、仕方ないのかもしれない。
ふと涼の頭に、何の脈絡もなく、ある記憶が蘇った。
それは、涼が『ファイ』に転生してから、ミカエル(仮名)に最初に準備してもらった二冊の本のうちの一冊、『魔物大全』
『魔物大全』の最後には、ミカエル(仮名)が追記したであろう二種類の魔物が記されていた。
一つがドラゴン。もう一つが悪魔。
その二つが、その二つだけが、並んで記されていたのには、何か理由があるのではないか?
ふと、そう思ったのだ。
せっかくだし、聞いてみることにした。
「はい! もう一つ質問があります!」
もちろん、挙手して尋ねる。
<<うむ、どうした?>>
竜王ヌールスは、穏やかに先を促した。
「もし……答えられない質問というのなら、そう言っていただければいいのですが……。悪魔というのは、何なのでしょうか?」
涼は、そう問うた。
<<ふむ……>>
竜王ヌールスは、そこで言葉を切った。
今まで、スムーズに答えてくれていたのに比べると、やはり違う感じだ。
そして、ちらりとアベルの方を見た。
<<アベル王も、悪魔を知っているのか?>>
「ああ、知っている。戦ったことはないが……つい先日も、騒動には巻き込まれた」
<<悪魔が引き起こした騒動……。人が、そう認識することなど、ほとんどないものなのじゃが……。寵児リョウはともかく……いや、アベル王も普通ではないか>>
竜王ヌールスは、チラリとアベルが背負う剣を見て言う。
<<さて……我も悪魔についてはそれほど詳しくはないのだ。そもそもあやつらは……この世界の者たちではない>>
「この世界の者たちではない?」
「ああ、やっぱり」
竜王ヌールスが言い、アベルが首を傾げ、涼は頷いた。
涼は以前、『十号室』の三人に言ったことがある。
悪魔は、この世界の生き物の系統とは違う気がすると。
もちろん、確たる根拠があっての事ではない。
なんとなくだ。
だが、なんとなくを馬鹿にしてはいけない。
実際、こうして正解だったわけで……。
<<正確に、いつこの世界に来たのかは知らん。気づいたら、いたのだ。そう、遥か昔……十万年前だったか、五十万年前だったか、五億年前だったかもしれん……まあ、ドラゴンと悪魔は戦ったことがある>>
「マジか……」
「なんと……」
竜王ヌールスの言葉に、アベルも涼も驚いた。
だが、すぐに涼は思った。
確かに悪魔は強いが、ドラゴンたちに比べれば……どうだと。
そのまま問うことにした。
「悪魔は確かに強いですが、ドラゴンたち……そう、竜王さんたちなら圧勝するのではないですか?」
<<フハハハハハ。寵児よ、よう言うた。確かに我ら竜王は強い。世界中、普通の世界でならな>>
「普通の世界でなら?」
涼は意味が分からず首を傾げる。
<<悪魔たちがいる……奴らは悪魔大陸とか言うておったが、あの世界では我らですら劣勢となるのだ>>
「なんですと……」
<<竜王こそ、皆生き残ったが、他のドラゴンたちはかなり打ち倒された。調子に乗って攻め込んだ我らのミスじゃ。以来、我らドラゴンと悪魔は、お互い不干渉と決まった。奴らは奴らで、色々と動いていることもあるが……我らドラゴンに手を出してくることはないしな>>
「この前、死竜は利用していたがな」
<<それは我も感じ取った。死竜は朽ちたものゆえ、干渉とは言えぬ>>
竜王ヌールスは、小さく首を振った。
「人にとっては、死竜も面倒だぞ」
<<人も髪を切ったり爪を切ったりするであろう? 切られた髪が悪さをしたと言われても困るであろう? そういうことじゃ>>
「そ、そうか……」
竜王ヌールスの説明に、微妙に納得できない表情のアベル。
その横で、涼が小さく首を振りながら言葉を紡いだ。
「人は、本体自体も迷惑をかけますからね。存在自体が面倒です。それに比べれば、ドラゴンはまともだと言えるでしょう」
「そ、そうか……?」
涼の説明に、ほとんど納得できない表情のアベル。
三人で、そんな他愛もない話を続けた後。
ついに、竜王ヌールスが告げた。
<<そろそろ時間のようだ>>
「そうか。しばしの別れだな」
「転生されたら、中央諸国にも遊びに来てください。アベルとかいう王様がダメって言ったら、うちのロンドの森にでも。ルウィンさんも交えて、お話ししましょう」
<<寵児リョウの提案は面白いな。転生は記憶も保持されるからな。覚えておこう>>
そう言うと、竜王ヌールスは一層強く、金色に輝いた。
<<また会おうぞ、アベル王、寵児リョウ>>
そう言うと、竜王ヌールスは消えた。
同時に、黄金の街も消えた。
二人は、密林に囲まれた草原にいた。
「竜王の転生に遭遇するとはな」
「今になって鳥肌が立ってきました。確かに、冒険者冥利に尽きますね」
アベルと涼は感想を述べあった。
普通の人間が遭遇することのない現場に、遭遇した。
そして、経験した。
興奮するのは当然だろう。
「転生は十年後か」
「はたして、アベルが十年後まで生きているかどうか……」
「だ、大丈夫だろう……」
「無謀と書いて、アベルと読む。それくらいにヤバい人ですからね」
「何だそれは……」