軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0499 会談

その建物は、『自由の風亭』の二軒隣。

東方商会。

その名は、自由都市において、もっとも有名な商会といっても過言ではない。

その裏手から、一台の馬車が敷地内に入っていった。

敷地の中、周りの建物から見えない位置に着くと、中からフードを目深にかぶった男が降りてきて、すぐに商会の扉をくぐる。

「到着されました」

「通せ」

執事が告げると、主が答えた。

そうして、男は、会長室に通された。

「す、スクウェイ様、ご機嫌麗……」

「よい、ミシタ副大臣、すぐに本題に入る」

ミシタ港湾副大臣の挨拶は、東方商会会長スクウェイによって遮られた。

スクウェイは、七十歳を優に超えると言われている。

だが、見た目はまだまだ五十代でも通る。それほど若々しく見える。

特に、その目……正面から見られれば、物理的な圧力すら感じると言われる緑色の 双眸(そうぼう) 。

髪は全て剃り上げており、ある種、異相と言ってもいいのかもしれない。

一度会えば嫌でも分かる。

彼こそ、力ある商人。

最高評議会の八人に名を連ねる、大商人の一人であった。

「大臣たちの頭痛の話は私も聞いていたが、すでに 傀儡(くぐつ) と化していたとはな」

「も、申し訳ございません……」

「いや、ミシタ副大臣が謝る事ではない」

背中を落ちる冷たい汗が止まらないミシタ副大臣は、思わず謝罪する。

もちろん、そんな必要はないと言うスクウェイ会長。

そう、大臣たちは、大公国側の呪法使いによって、操り人形と化していたのだ。

もちろん、普段の行動、受け答えは普通に行われていた。

頭痛が酷いと言われ、覇気に欠ける部分はあったが、『人形』というイメージとは程遠い。

「ミシタ副大臣は……自由都市艦隊主力の事は、どこまで知っている?」

「はい……ヘルブ公に言われました。艦隊主力は壊滅したと」

「そう、それは事実だ」

スクウェイ会長は、はっきりと言い切った。

ミシタ副大臣は誘惑に駆られた。

他の、疑問に思っていたことも尋ねてみたいと。

目の前にいる人物は、この自由都市で最も多くの情報を持つ男。

しかも、普段なら、絶対にミシタ副大臣が会うことなどできない人物。

今回会えたのは、スクウェイ会長自身が、ミシタ副大臣を指名したからに過ぎない。

「何か、私に聞きたいことがあるのなら聞いても構わない」

「えっ……」

「そういう顔をしていた。構わんよ?」

ミシタ副大臣は、嬉しいと思う以前に、恐ろしいと感じてしまった。

この人の前では、隠し事はできないと。

「私とて全知全能には程遠い。全てを理解していれば、今回の大公国の動きに関しても、もう少しうまくやれただろうしな。目の前の人間が考えていることが、なんとなく分かる程度でしかない」

スクウェイ会長はそう言うと、苦笑とも微笑とも判別しにくい笑みを浮かべる。

その瞬間、ミシタ副大臣は決断した。

「艦隊主力の件は理解しました。ただ、大臣の中でも首相以外ですとただ一人、海軍大臣ロマノラ殿はいったい……」

「ロマノラ大臣は監禁されているようだ」

「監禁……」

スクウェイ会長の言葉に、驚くミシタ副大臣。

「彼は、なかなか慎重な男だ。だから傀儡にはならなかったようだが、結局監禁されて、保護下に置かれる宣言には署名させられた」

スクウェイ会長はそう言うと、小さく首を振った。

「そもそも、なぜ艦隊は壊滅を……」

「それが、副大臣がヘルブ公から聞いたもう一つの言葉だ」

「まさか、青い島……」

「そう、青い島。それに関しては、私もまだ調査中だが……その島に近づき、壊滅したらしい。そういえば、明け方、スージェー王国が派遣した遠洋巡航艦が帰ってきたな。その件に関する何らかの情報を掴んだようだ。いずれは、私の手許にもその情報があがってくるだろう」

「スージェー王国大使館の情報? いったいどうやって」

ミシタ副大臣の素朴な疑問には、スクウェイ会長は答えず、うっすらと笑うだけだ。

「その……艦隊主力もいないこの自由都市は、これからどうなるのでしょうか」

「対外的には、大公国に守ってもらうしかないだろう」

「なっ……」

あっさりと答えるスクウェイ会長、驚くミシタ副大臣。

「少なくとも、新たな艦隊が整備されるまでは、そうしてもらうしかないであろう?」

「新たな艦隊の整備など……大公国が許すでしょうか」

「そこは、これからの交渉……というか、市民の動き次第だろうな」

「市民?」

「抵抗運動さ」

「そんな事が?」

ミシタ副大臣は疑問をぶつける。

「それこそ昨日、大公国大使館前に、市民が大勢詰めかけたようだ。大公国が食料を買い占めたからな。しかもその後、大使館の一部が崩壊したらしい」

「そ、そんな事が?」

「港湾副大臣の下には、そんな報告はいかなかったのか。縦割り行政もほどほどにせんとな」

「はい……」

そこまで話したところで、扉がノックされた。

ミシタ副大臣を最初に案内した執事が入ってきて、スクウェイ会長に紙片を渡す。

「ふむ、そうか」

スクウェイ会長は、それだけ言うと、紙片を暖炉にくべて燃やす。

完全に燃え尽きたのを確認して、ミシタ副大臣に言った。

「すまんが、ちと野暮用ができた。出かけねばならん」

「えっ……」

スクウェイ会長が出かける?

首相すら、この会長室に呼びつける事ができる人物が?

この会長室と店、最高評議会以外に行くことなどないと言われる男が?

だが、ミシタ副大臣はさすがにその件に関しての疑問はぶつけなかった。

問うべきではない事を、感じ取ったからだ。

「では、私はこれで失礼いたします」

これが、ミシタ副大臣の最適解。

「また近々来てもらうことになるだろう。その時は頼む」

「承知いたしました」

こうして、ミシタ副大臣の冷や汗まみれの会談は終了した。

十分後、スクウェイ会長の姿は、東方商会本店の二軒隣の宿のカフェにあった。

「失礼、アベル殿とリョウ殿ですかな?」

「ええ、そうですが」

「まあどうぞ、お座りください」

「……」

スクウェイ会長が尋ね、アベルが答え、涼が椅子を勧める。

その場にいたもう一人、ゴリック艦長は驚きのまま、何も言えなかった。

声をかけてきた人物が誰で、そんな事はめったにない事だと理解しているからだ。

自由都市民ではなく、スージェー王国の軍人で、はっきり言って自由都市の事情にそれほど詳しいと言うわけでもないゴリック艦長であっても、知っている人物。

そして、ゴリック艦長が抱いた驚きは、カフェにいた他の人物たちの間にも広がっていった。

なにせ、スクウェイ会長といえば、この自由都市で最も力を持っている商人だ。

当然それは、最高評議会の一員。

自由都市で活動している者であれば、名前と顔をよく知っている……。

「どうも、有名人のようですな」

「いや、しがない商人です」

アベルが、広がる驚きからそう問い、スクウェイ会長が苦笑しながら答える。

あたふたというか、どう行動すべきか迷っているゴリック艦長。

小さな右往左往と言うべきか。

「どうした、艦長」

「いや、こちらの方……会長は……」

アベルが、小さく右往左往するゴリック艦長に問う。

それを受けてではないだろうが、スクウェイ会長が自己紹介を始めた。

「自己紹介をさせてください。この『自由の風亭』の二軒隣で、東方商会を営んでおりますスクウェイと申します」

「俺はアベル、そっちはリョウ。あと艦長は……」

「スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号艦長のゴリックです」

ゴリック艦長が自己紹介すると、スクウェイ会長は驚いたようであった。

ゴリック艦長がここにいるのは、想定外だったのだろう。

「ローンダーク号の艦長さんでしたか。そういえば、お二方はその船で入国されたのでしたな」

「会長殿は、国の上層部が持つ情報を手に入れる事ができる立場なのだな」

アベルが笑いながら言う。

だが、目は笑っていない。

油断できない相手である事を認識したのだ。

そして、そういう人物である事を、スクウェイ会長が、あえて今の一言で知らせてきたことも理解している。

交渉はすでに始まっていた。

そんな二人を、ハラハラしながら見ているゴリック艦長。

三人で、そんな『場』が形成されていた。

しかし、この場には、もう一人いる。

水属性の魔法使い涼が。

涼は難しげな顔をして、何もしゃべらない。

じっと一点を見つめたままだ。

しばらくすると、大きく一つ頷いて言った。

「マンデリンコーヒーと、カリンチュンにしましょう。甘味のところに書いてあるので、カリンチュンは甘い物に違いありません」

難しい決断を下した後、人は満足するものだ。

涼も例外ではない。

嬉しそうに、決断の理由を語っている。

「え~っと、リョウさん?」

「あ、ゴリック艦長は、カリンチュンがどんなものか知っているんですよね? どうですかね、僕の決断は正しいですかね?」

「はい、えっと……確かにモチモチしてて甘いです……」

「やはりですか! これは楽しみですね」

ゴリック艦長の答えに満足する涼。

「リョウ……」

「アベルも食べてみますか? コーヒーのお替りはいるでしょう?」

「いや……まあ……」

そのうちに、店員さんがやってきた。

「マンデリンコーヒーとカリンチュンを!」

嬉しそうに注文する涼。

他の三人は、コーヒーだけであった。

「ふむ……リョウ殿は、芯の強い方のようですな」

「ああ、リョウは俺なんかよりもはるかに大物だ」

スクウェイ会長が笑いながら言い、アベルが小さく首を振りながら同意した。

注文を終えると、それが届くのを嬉しそうに待つ涼。

だがしばらくすると、他の三人の視線が自分に向いていることに気付いた。

「あ、僕の事は気にせずに、お話を続けてください」

丁寧に会話を促す。

「リョウさんは……気にならないんですか?」

「はい? 何がですか?」

ゴリック艦長が問うが、涼には意味が分からない。

「自由都市の行く末と、こちらの方……」

「そうは言っても……確かに併合されましたけど、国は併合されても、民は生活していかねばなりません。働き、お金を稼ぎ、家族を養う。だからこそ、このお店もやっているわけですが……その点は、今のところ変わりないでしょう? あと、会長さんは最高評議会の誰かでしょう? わざわざ出張ってきた理由は分かりませんけど」

「これは、ご 慧眼(けいがん) 、恐れ入る」

ゴリック艦長の言葉に、ふんわりとした雰囲気のまま答える涼。

涼の答えを肯定するスクウェイ会長。

涼の言葉に驚いたのは、ただ一人、ゴリック艦長だけだ。

アベルは全く表情を変えていない。

アベルも、同じように考えていたらしい。

言ったのはただ一言。

「だろうな」

「あの……お二人は分かっていて、そんな……」

ゴリック艦長が少し声を潜めて言った。

もちろん、同じテーブルにいるスクウェイ会長にも聞こえているのだが。

「最高評議会の一員ってことは、要は国主みたいなものでしょう? スージェー王国で言ったら、イリアジャ女王みたいな。もちろん、敬意は払いますけど……でも、ほら、同じ人間ですし」

「はい?」

涼の説明に、ついてこれていないらしいゴリック艦長。

だが、そこで涼は何かを思い出したらしく、少し目を見開いて、スクウェイ会長に問うた。

「会長さん、人間……ですよね?」

「ええ、人間ですよ」

スクウェイ会長は、少し微笑んで答える。

それを見て、涼は一つ頷いてホッとした。

頭の中に、大使としてやってきたどこかの大公弟の事が思い浮かんでいたからだ。

彼は、人間ではなかったから……。

「ベヒちゃんやグリグリに比べれば、同じ人間なのですから、話せば分かります。侮辱したり馬鹿にしたりは、もちろんしてはいけないと思うのですけど、必要以上に壁を作るのもどうかと思うんです」

「比較対象が……。その辺のプレッシャーと比べれば、そりゃあどんな人間もたいしたことないだろうさ」

涼が力説し、アベルが呆れる。

ベヒモスやグリフォンは、それこそ小指一本で、人間など倒してしまう存在……な気がする。

確かにそれに比べれば、どんな人間であっても……。

「お二人は、多くの経験をされてきているようですね」

「冒険者を長くやっていますと、自然とそうなってしまいます」

スクウェイ会長が感心したように言い、涼がしたり顔で頷きながら答える。

アベルは、涼の冒険者としての活動は、それほどたいしてやっていない事を知っているが、何も言わないことにした。

武士の情け……いや、剣士の情けと言うべきか。

「そう、お二人は、中央諸国ナイトレイ王国の冒険者でしたね。中央諸国は、冒険者の活動が活発なのですね」

「そうなのです。我がナイトレイ王国は、冒険者の国とすら呼ばれるほどに、冒険者の活動が盛んな国です。そんな中にいますと、いろんな経験をせざるを得ません。それはとても……驚くべき事もあり、恐ろしい事もありますが楽しいものでもあります」

滔々(とうとう) と、冒険者の喜びを語る涼。

まあ、冒険者としての依頼はそれほどこなしてはいないが……。

それでも、一流冒険者の証、C級冒険者だ。

「自由都市は、正直、冒険者の活動が活発とは言えませんな」

「そうみたいですね。ですが、そんな場所でも、若い冒険者たちは育っています」

涼はそう言うと、薄い冊子を取り出した。

「これは、この自由都市で、千五百デナリ以下で食べる事ができる美味しい食事処をまとめた、食事処ガイドです。これは、まだ若い冒険者、『虎の牙』の三人が調査してくれた結果です」

そして、嬉しそうに、一ページ目を開き、スクウェイ会長に見せる。

「今日のお昼は、この『食!食!食!』に行ってきたのですが、それはもう絶品でした。僕もアベルも、他にも美味しいお店をいくつか知っていますけど、全く遜色ないほどに。素晴らしい調査結果と言わざるを得ません」

「ほぉ。ちょっと見せていただいてよろしいですかな」

「もちろんです、どうぞ」

涼は、満面の笑みを浮かべて、食事処ガイドを渡した。

その間に、四杯のマンデリンコーヒーと、涼が注文したカリンチュンが届く。

アベルとゴリック艦長がコーヒーを飲み、涼がカリンチュンをつまみながらコーヒーを飲む。

「甘い物とコーヒーはやっぱり合いますね」

とか言いながら。

しばらくすると、スクウェイ会長が食事処ガイドから目を上げた。

「なるほど。これは見事に良い店を選んでおりますな」

「ああ、やはりそうですか!」

「はい。良心的な値段と、ある程度の量、それと市民の間でも評判の味、全てが高いレベルで調和した店ばかりです」

「会長さん、ご存じなんですか?」

「もちろんです。これでも、自由都市の商人ですからな。素晴らしい店は、常に頭に入っておりますよ」

「おぉ~」

スクウェイ会長も涼も、笑顔である。

美味しい料理は人を笑顔にするが、美味しい料理を提供する店の話題も、人を笑顔にするのだ。

「だが、そこで問題があった」

割り込んできたアベルの声は、決して非難の響きを纏ってはいない。

だが、なあなあで済ませる感じでもない。

「彼らは、食料を手に入れられなかった。その事に関して、自由都市政府は傍観した」

「ええ、おっしゃる通りです」

「その辺り、最高評議会の一員としてどうお考えか」

「明らかな失政ですね」

アベルの問いに、スクウェイ会長は何の気負いもなく答える。

「大公国が買い占めたからだとは言わないんですな」

「さすがに、最高評議会の一員としては、その言葉は言えませんな。民を飢えさせれば、非難されるのは当然です」

「だが、実際の行政には、最高評議会は口を出さないのでは?」

「まあ、そうですが……あの首相を選んだという一点だけでも、最高評議会の失政でしょう?」

「任命責任は負うと」

アベルは、小さく頷いた。

「そう、私が今回、ここに伺ったのは、その件に関して大公国大使館に話をつけに行かれたお二人とお話をしたかったからです」

「なぜそれを……」

「調べさせましたから」

涼が驚き、スクウェイ会長は笑顔で答えた。

「アベル、全てが露見しました! アベルが大公国大使館を襲撃した事を、最高評議会は知っているらしいです」

「この期に及んで、俺に責任を押し付けようとするな。俺じゃなくて、突っ込んだのはリョウだろうが」

「アベルが必死に止めてくれれば、あんな事にはならなかったのに……」

「どの口が言うのか……」

「あ、いや、あれは大使館の方が入口を開けて、僕らを招き入れてくれたんでした。そう、向こうが呼んだので入っていっただけです」

涼は、大使館に押し入った時の設定を思い出し、ここでもそれを展開しようとする。

もちろん、アベルは首を振った。

そして、一言。

「無駄だ」

「アベルの裏切り者!」

涼の心の叫び。

「いえ、もちろん非難しようとか、そういうつもりはありません」

スクウェイ会長が、不毛な会話を打ち切った。

「あ、そうなんですか?」

あからさまにホッとする涼。

「そろそろ、本題に入ってはどうですか?」

アベルがスクウェイ会長に促す。

それに対するスクウェイ会長の答えは、明快なものであったが、理解はしにくいものであった。

「自由都市民は、大公国に対して自治権を要求します。その動きに関して、お二人にお力をお借りしたいと思い、まかりこしました」

「独立ではなく自治の要求?」

「はい。艦隊主力が壊滅した今、独立の要求は通りますまい。市民が力による抵抗運動を繰り広げても、力で押さえつけられるでしょう。それだけの軍事力を、大公国は投入しています。ですので、現実的な要求は、自治権の獲得です」

アベルの問いに、スクウェイ会長は 澱(よど) むことなく答える。

スクウェイ会長を見ながら、アベルは考え込んだ。

こういう時、アベルは深く、けっこう長く思考する。

その事を知っている涼は、別の話で場を繋ぐことにした。

「そういえば、スクウェイ会長は、ゴリック艦長の事をご存じでしたね」

「え?」

涼が関係のない話題を振り、ゴリック艦長がそれについていけずに問うた。

「さっき、ローンダーク号の艦長さんでしたかって、おっしゃっていましたから。ここにいるのに驚きながら」

「ええ、存じております。スージェー王国中央海軍第一艦隊所属ですね」

「知っているのはそれだけではないのでしょう?」

重ねて問う涼。

美味しそうにマンデリンコーヒーを飲みながら、笑顔でだ。

「と、言いますと?」

「ローンダーク号がどこに行って戻ってきたのか。それもご存じなのでしょう?」

涼の言葉に、ゴリック艦長もスクウェイ会長も表情を変えた。

ゴリック艦長は純粋に驚き。

スクウェイ会長は驚き以外の何かも含めて。

だが、スクウェイ会長はすぐに元の表情に戻った。

少しだけ笑顔を浮かべた表情に。

「正直に言いますと、存じ上げております」

「では、艦隊主力が壊滅した原因についてはご存じですか?」

「……いえ」

「全然知らないわけではないのでしょう?」

涼が再び、無邪気な表情で問う。

「リョウ殿……どこまでご存じなのです?」

「何についての問いか分かりませんが……いろいろ仮説の段階なのですが……多分、この大陸南部の動きほとんどを理解しています」

涼は表情を変えずに、コーヒーを飲みながら事も無げに言う。

「ほとんど、と言いますと?」

「例えば、会長さんを含めて最高評議会は、今回の、大公国がクベバサを保護下に入れる宣言をすることを、事前に予測していた」

「……」

「その上で、あえて何も手を打たなかった。首相さんは、クーデターが成功したとほくそ笑んでいるかもしれませんが、最高評議会はその上を行っていた」

「……」

「さらに、大公国が、この自由都市を含め、南のなんとか連邦も勢力下に収め、大陸南部を統一しようとしている理由についても、薄々感づいている……何か、そういう情報を握っているのでしょう。抵抗しても、絶対に大公国は引き下がらない。これまでの数十年と違って、今回は引き下がらないであろう理由を何か掴んでいるのでしょう。だから、保護下に入るのは仕方ないが、自治権は認めさせたい。大公国が絶対に引き下がらない何かが終わった後で、再び独立をする可能性はあるが」

「……」

「さらに、これは仮説の上に仮説を積み重ねたのですが、相手にしているのが人間ではない事も知っているのではないですか? それが、艦隊を壊滅させたものと同一のものかは分かりませんが……何か、東方諸国全体のレベルで起きている……」

「……」

「まあ、なんとなくそう思いました」

涼は、そこまで一息で言い切ると、満足したようにマンデリンコーヒーを飲んだ。

ずっと無言で聞いていたスクウェイ会長であるが、表情は冴えない。

涼が仮説を披露している途中から、僅かな微笑みは消えていた。

「なんというか……それは、全て仮説ですか?」

「ええ、最初に言った通り、全て仮説です」

スクウェイ会長の問いに、笑顔のまま答える涼。

冴えない表情を消して、スクウェイ会長は問うた。

「リョウ殿、もしよろしければ、その仮説に至った理由を教えていただけないでしょうか?」

「え? 理由と言われましても……」

涼は驚き、首を傾げる。

どう言うべきか少し考えた後、口を開いた。

「え~っと、この自由都市は、まあ都市なので人口はそれほど多くはなく……いえ、もちろん街一つだと考えれば多いのですが、国としてはそれほどでもありません」

そこで、一度言葉を切ってから、再び続ける。

「ですので、大商人の方々は、市場を国外に求めているでしょう。この大陸南部であれば、連邦や大公国です。で、連邦は内戦をしています。しばらく前から、連邦の国内はきな臭くなっていたと、スージェー王国で聞いていたので……あまり、商売はしやすくなかったでしょう。純粋な武器商人ならともかく、それ以外の商売はしにくい状態だったはずです」

「……」

「そうなると、商売の多くは大公国で行われる。商人は情報が命です。商売をする国の情報を集めていないはずがありません。当然、大公国が出征の準備をしていたことは把握していたでしょう。戦争というのは、突然起きたりはしません。準備にけっこうな時間と手間がかかるものです。その兆候を把握していなかったはずはない……だから、最高評議会の皆さんは、大公国が自由都市に侵攻することは知っていたでしょう」

「……」

「あ! 大公国で商売というと、もしかして、むしろ併合された方が商売はしやすい……? いえ、それはさすがにうがった見方ですかね。失礼、今のは忘れてください。まあ、そんな感じで、皆さんは大公国による併合は掴んでいた……」

「そこまでで結構です」

涼の説明を、スクウェイ会長は遮った。

そして小さく首を振る。

「なるほど、とても興味深い仮説でした」

「ええ、もちろん、ただの仮説です」

スクウェイ会長の言葉に、笑顔のまま返す涼。

だが、同じテーブルのゴリック艦長は、生唾を飲み込んだ。

恐ろしいものを見る目で涼を見て、爆発しないか不安そうな目でスクウェイ会長を見る。

ゴリック艦長は、おそらく涼が言った仮説は、ほぼ事実なのだろうと認識していた。

最後の、併合された方が大公国での商売がやりやすくなるくだりは分からないが。

なぜなら、併合されれば、彼ら最高評議会の特権はなくなる可能性が高いから。

そこまでして併合されることを望むとは、さすがにちょっと考えられない。

「あ、アベルがようやく目を覚ましましたね」

涼は、アベルの顔が上がったのを確認して、話題を切った。

「寝てないぞ。考えていただけだ」

アベルが不機嫌そうに答える。

「言葉のあやですよ。アベルが無言の間、場を繋いでおきましたから」

涼は、仕事をしたアピールを行う。

仕事をした事を、周りの人に認めてもらわねば。

その積み重ねが、ご飯やおやつを奢ってもらう成果に繋がっていくのだ!

「まあ、リョウがいろいろ言っていたのは、この際横に置くとして」

「えぇ……」

アベルの宣言に、不満そうな顔になる涼。

せっかく、仮説を披露して場を繋いだのに……。そんな表情だ。

「自治権獲得の手伝いだが、条件付きで引き受ける」

「その条件とは?」

「俺とリョウが、東方諸国を北上する足を手配してもらうこと」

「承知いたしました」

アベルの条件を、間髪を容れずにスクウェイ会長は受け入れた。

「いいのか、即答して」

「ええ、もちろんです。先ほどの、リョウ殿の仮説に出てきましたが、確かに自由都市商人の商売の多くは、大公国相手です。ですが、いくらかは、さらに北まで行く船を持っております。それにお乗りいただけば問題ないでしょう」

ここで一度言葉を切ってから、スクウェイ会長は続けた。

「もちろん、大公国が自治権を与えるとの宣言を出した後になりますが」

「そこはかまわん。できるだけ早く出してもらう努力をしよう」

「もう一度……そうですね、三日後にお会いできませんか? いくつかの準備を整えたいと思いますので」

「承知した」

こうして話はつき、スクウェイ会長は『自由の風亭』を去っていった。