軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0490 それぞれの動き

スージェー王国大使館での園遊会が終わり、アティンジョ大公国大使館に戻ったヘルブ公。

彼が、真っ先に出した指示は……。

「園遊会に出席していた、ナイトレイ王国のアベルとリョウ、二人の情報を集めてください」

「かしこまりました」

恭しく頭を下げる二等書記官ズルーマ。

主人が、かなりその二人の情報を欲しがっているのを、口調から感じ取っていた。

それは、極めて珍しい事だ。

ヘルブ公は、感情が揺れることが少ない。

元々そんな性向があったのかもしれないが、訓練でも、それは鍛えられた。

なぜなら、呪法使いとして、とても重要な力の一つだから。

魔法使いと違い、呪法使いは、呪符や霊符を『飛ばして』、魔法現象を発現させることができる。

だがこの際の、呪符などを飛ばしたり、魔法現象を発現させる行為は、冷静に行わなければならない。

なぜなら、そこを失敗すると、呪法が暴走してしまうからだ。

暴走した呪法は、術者に降りかかる場合がある。

だからこそ、呪法使いになる者は、若いうちから心が揺らがないように鍛えられる。

ヘルブ公は、そんな強力な呪法使いのひとり。

ちなみに、魔法であろうが呪法であろうが、起きる現象は『魔法現象』と言われる。

『呪法現象』とは言われない。

その理由を知る者は、ほとんどいない……。

そんなヘルブ公の心を揺らす人物たち……ナイトレイ王国のアベルと涼。

その後ズルーマが、詳細な情報収集を部下に指示したのは当然であったろう。

一方、スージェー王国大使館でも、新たな指令が出されようとしていた。

「ゴリック艦長、ローンダーク号を率いて、至急調査してきて欲しい」

「調査?」

ランダッサ大使はそう言うと、ゴリック艦長に一枚の紙を渡した。

「この場所が、自由都市艦隊の大規模演習が行われているという海域ですか?」

「ああ、そうだ。演習が行われる前に手に入れていた情報だが……本当に、そこで演習が行われているかを調べてきて欲しい」

「先ほどの、ヘルブ公が言ったとかいう言葉ですね」

ゴリック艦長は、離れていたために直接聞いていないのだが、ランダッサ大使には聞こえていた。

『青い島』と『自由都市艦隊主力は壊滅した』

青い島も気にはなるが、とりあえず措いておくしかない。

だが、自由都市艦隊主力の壊滅は、聞き捨てならない。

「二週間前、艦隊は確かにこの自由港を出港していった。公にはされていない情報として、一カ月もの長期間の演習ということだった。補給艦付きのな。だが、あの言葉を聞いてしまったら、本当に演習だったのかどうかも疑わしい……」

「なるほど。それで、我々に見てこいというのですな」

「正直、何があるか分からん。場合によっては、自由都市艦隊が攻撃してくる可能性すらある」

「だから、軍艦であるローンダーク号に行けと」

「うむ。その情報には、大使館職員はもちろん、この自由都市に滞在するスージェー王国国民の命もかかっている。頼む」

ランダッサ大使は、そう言うと頭を下げた。

本来、海軍は大使館の指揮系統の中に入っていない。

だが、ローンダーク号は特に、涼とアベルを自由都市に送り届けた後は、臨時で大使館の指揮下に入るように言われている。

それは、本国が、大公国の動きからそう判断したからだ。

そのため、ランダッサ大使は、ゴリック艦長らに『命令』してもいいのだ。

調査して来いと。

だが、頭を下げて頼んだ。

危地に行ってくれと。

演習が行われていればいい。

そこに他国の軍艦が現れれば、あまりいい状況にはならないだろうが、話せば分かる。

スージェー王国と自由都市は、良好な関係であるから。

だが、演習が行われていなかったら?

大公国艦隊がいるかもしれない。

あるいは、もっと厄介な別の者たちがいるかもしれない。

どちらにしろ、そんな場所に行ってこいというのだ。

「調査命令、受領いたしました」

ゴリック艦長は敬礼をして、はっきりと言い切った。

そして、少しだけ声音を変えて問う。

「大使、この海域は北というより、だいぶ東です。ローンダーク号でも、片道二日はかかります。調査に半日として、四日から五日……」

「うむ」

「もし……もしもですが、我々が戻ってきた時に、すでに自由都市がなかったら、どこに報告すればいいでしょうか」

ゴリック艦長は、聞きにくい事を敢えて聞いた。

聞きにくい事だが、艦長である以上、それは確認しておかねばならない。

「この自由都市の大使館が閉鎖、または連絡が取れなくなっていた場合、最も近い大使館はゲギッシュ・ルー連邦首都モスの大使館だ」

「ですが、ゲギッシュ・ルー連邦は内戦状態とか……」

予想通りのランダッサ大使の答えに、問い返すゴリック艦長。

「そう、内戦状態だが、首都周辺はまだ大丈夫だ。知っているだろうが、首都モスも、この自由都市同様に海岸に面して作られた街。たとえ海上封鎖されていたとしても、ローンダーク号の精鋭たちであれば、なんとか大使館に連絡をつけられるのではないかと思う……」

「なるほど。まあ、その辺りは、お任せください」

ランダッサ大使が、少し笑みを浮かべて言い、ゴリック艦長ははっきりと笑いながら答えた。

二人はがっちりと握手をして、別れた。

一人は、自由都市内、特に海軍省と艦隊司令部への情報収集の指示を出しに。

もう一人は、愛艦と信頼する乗組員たちを率いて東の海へと。

大使館から戻る馬車の中でも、今まで以上の、情報収集の指示が出されるはずであった。

もっとも、副大臣は混乱しているのだが。

「艦隊主力が壊滅? 馬鹿な、馬鹿な……」

ずっと、うわ言のように呟いている。

馬車に同乗しているロンファン補佐官も、しばらくは、そっとしておいたが、さすがにそろそろいいのではないかと思って口を開いた。

「ミシタ副大臣」

「あ? ああ、すまん。そう、なんだったか……」

「先ほど、ヘルブ公が言った言葉の裏取りをするべきかと」

「そうだな、そう、そうだな。ヘルブ公が言っただけだ。艦隊主力が壊滅など、信じられん。情報の確認が必要だ」

ミシタ副大臣は、自由都市艦隊の力を、高く評価している。

強力な艦隊がいるからこそ、独立を保ってこられたと思っている。

「他省庁の補佐官たちには、私の方からあたってみますが、海軍省は難しいです」

ロンファン補佐官が言う。

省庁の補佐官たちは、いわゆる官僚であるが、海軍省や小さいながらも陸軍省の補佐官クラスは、軍人上がりだ。

そのため、ロンファン補佐官も、あまり太い人脈を持っていない。

「海軍省と艦隊司令部には、直接私が行こう。港湾大臣が動いてくだされば簡単なのだが、無理だろうからな」

ミシタ副大臣は、ため息をつきながら答えた。

本来、今日の園遊会も、港湾省を代表して来るのは、港湾大臣のはずだったのだ。

だが、大臣は頭痛が酷いということで、港湾省医務室のベッドから起き上がる事ができず……。

「いったい、頭痛というのは何なのだ……。ロンファン、言っていたな、全大臣が同じ症状だと」

「はい。確認できた限り、首相と、それこそ海軍大臣を除く全員です」

ミシタ副大臣の確認に、頷くロンファン補佐官。

「海軍大臣は……まあ、秘密主義だからあれだが、首相、か……」

ミシタ副大臣は、首相の顔を思い浮かべる。

自由都市クベバサの、ノソン首相。

国権の最高責任者であるが、最高権力を握っているわけではない。

自由都市の立法府は、自由議会だ。

議員数は八十人。

彼らは、自由都市民による選挙で選ばれる。

その自由議会議員の中から、首相は選ばれるわけだが、誰を首相にするのかを決めるのは、自由都市民でも、自由議会の議員たちでもない。

自由議会の隣にある建物、最高評議会の人間たちが決める。

最高評議会とは何かというと、自由都市において、力を持つ八人によって開かれる評議会である。

自由都市で力を持つ者とは誰か?

もちろん、大商人。

大陸南部に名を轟かせる八つの大商会。

その商会長たちが、最高評議会員だ。

誰が名前を連ねているかは、もちろん自由都市民全てが知っている。

だが、最高評議会の中でどんな話し合いがされているかなど、明らかにされることはない。

そんな最高評議会によって選ばれたノソン首相。

もちろん無能ではないが、 才気(さいき) 煥発(かんぱつ) というわけでもない。

年齢は、六十歳を超えたばかりだが、政府に名を連ねるミシタ副大臣の目から見ても、万事においてやる気を感じない……。

『枯れた』という印象を受ける。

元々、若い頃はそうではなかったらしい。

三十歳で自由議会に当選し、自由都市のためになる法案を数多く提出し、 市井(しせい) の民たちとの間でも討論会を開催し、その意見をくみ上げた。

まさに、新進気鋭の若手議員と言われていた。

だが、いつの頃からか……。

「副大臣?」

ロンファン補佐官の呼びかけに、意識を引き戻すミシタ副大臣。

「ああ、すまん。そう、首相にも、直接お目にかかってくる」

ミシタ副大臣はそう答えた。

そして、呟いた。

「本当に……いったい何が起きているんだ」

何も起きなかった者たちもいた。

大使館からの帰りの馬車の中で。

「今回の園遊会、何も起きませんでした」

「は?」

涼の呟きは、アベルにも聞こえた。

まあ、呟きと言うには、大きすぎな気もする。

「いえ、誤解のないように言うと、王道展開である『園遊会襲撃事件』とか、『敵陣営との突発戦闘』とかが起きなかったと言っているだけです」

「うん、いつものように、全く意味が分からん」

情報の共有というのは、なかなか難しいものなのだ。

「ほら、園遊会といえば、外部勢力による襲撃が起きるのが定番じゃないですか?」

「絶対定番じゃないと思うぞ」

「いや、ほら、アベルも経験したでしょう。ウィットナッシュ……」

「それは経験したが……ウィットナッシュのやつが、異常だからな。園遊会を襲撃とか聞いたことないからな」

「あるいは、敵陣営の人間との突然の戦闘とか」

「あるわけないだろう。そんなこと」

「戦闘までいかなくとも、喧嘩とか一触即発、みたいな……」

「外交の場だからな? そんなことやるわけないだろうが」

涼の言葉を、全否定するアベル。

「いつもいつもアベルは、否定からしか入りませんよね! そんな事では、周りの人間は離れていくと思うのです」

「仕方ないだろうが。リョウが、あまりにもあり得ない事ばかり言うからだろう」

「人のせいにばかり……」

「リョウに言われたくない!」

一息ついて、アベルは心を整えて、言葉を続けた。

「事は起きなかったが、驚くべき情報は聞こえてきたな」

「ええ。アベルがあんなに挑発したのに、事が起きませんでした」

涼が、重々しく頷く。

「そこは、もういいだろうが。大人げなくて悪かったよ」

「いえ、僕が言いたいのは、むしろもっと激しい言葉で、ヘルブ公を 面罵(めんば) すれば、『敵陣営との突発戦闘』が開始して……」

「リョウ以外は誰も喜ばんぞ、それは」

「またまたあ。戦闘狂アベルは喜ぶくせに」

「リョウと一緒にするな!」

戦闘狂仲間。

「自由都市艦隊主力が壊滅したという情報だ」

「まあ、大変なことですよね。確かにおかしいとは思っていたんです。大公国の艦隊が入港したけど、自由都市の軍艦は、ほとんどいなかったじゃないですか?」

「まあ、見る限り十数隻とかだったからな。あまりにも少ないよな」

行政島に行った際に、行政港も二人は見たのだが、軍艦は少なかった。

「演習はやっていないで、実は壊滅したとか……」

「いろいろ裏で起きているみたいだな」

「どうするんですか? 正義の剣士アベルが、バサッと一思いに斬って、全部解決しちゃいますか?」

「なんだそれは……。そんな簡単には解決しないだろうが」

「大丈夫ですよ。夜中、黒装束でも着て、大公国の大使館に忍び込み……」

「ヘルブ公を斬るのか?」

「そんなつもりは全くなかったのに。アベルは過激ですね。僕はただ、大使館で情報を収集するくらいかと」

わざと驚いてみせる涼。

ジト目で見るアベル。

「ヘルブ公……あの男、強いだろ?」

「アベルもそう見ましたか。あの人、呪法使いの親玉らしいですけど、かなり、剣も使うはずです」

「剣……俺は、雰囲気で強いだろうと思っただけだったんだが」

「僕は、雰囲気とかでは分かりませんもん。でもあの人、足の運びが、剣を使う感じでした。アベルと同じですよ」

「俺と?」

「ええ。小さい頃から、正統派な剣、つまり理屈立てて洗練された剣というか……そんなのを、基礎からみっちりと鍛えて、身につけてきた感じ」

「なるほど。確かに、俺はそうだな。ああ、ヘルブ公も、大公の弟だもんな……王族の宿命だ」

「ほんと、王族って大変ですね」

アベルが、苦笑未満の表情で言い、涼は小さく首を振る。

小さい頃から、『やらねばならない事』が多すぎる人生は大変だと思うのだ。

『やりたい事』を自分で選んでやるのなら、それは仕方ないとは思うのだが……。

「そういえば、あの人、なんとなくなんですけど、なんかアンバランス…… 歪(いびつ) というか、偏っているというか、バランスが悪い感じがしたんですよね」

「そうか? 見た目も悪くないし、呪術と剣と両方いけるなんて、均衡とれているじゃないか」

「う~ん、なんでそう感じたのかも、ちょっと分からないんですよ……」

涼は何度も首を傾げている。

何か変だとは思ったのだが、何が変で、どうしてそう思ったのかも分からない。

違和感といえば違和感なのだが……。

「人として、変?」

「……リョウが、自分の事を言っているようにしか聞こえん」

「失敬な! 僕はまともですよ!」

「まともな人間は、自分でまともとは言わんだろう?」

「くっ……罠にはめるとは卑怯な……」

涼は、アベルの罠にはまった。

「大公家で、小さい頃からいろいろやらされてきただろうから、それで歪になってしまったのか?」

「そう……その可能性はあるんですが……」

涼は考えるが、そういうのとは何か違う気もする。

だが、全く別の事に気付いた。

「もしかして……ノア王子も、そうなるんですか?」

涼は、アベルとリーヒャの息子、ノアもいろいろ仕込まれるのだろうかと思って問うた。

「そうだな、いろいろやることにはなるだろう。剣や魔法は、自分の身を守るのに必要だし。王子は、命の危険に晒されることは多いからな。自分の身は自分で守られないと、いろいろ大変だろう」

「でも、ほら、カイン王太子は体がよくなかったのでしょう? 剣とか振れないでしょうに」

涼は、アベルの兄、故カイン王太子の例を上げる。

カイン王太子は、病弱であったから。

「兄上は、そういうレベルじゃないんだ。自分の身が危険に晒される状況を、徹底的に排除されていた。人前に出られる場合でも、事前に、襲撃されるならどこ、方法はこう、というのを出されて、未然に防ぐタイプだ」

「頭脳派……」

驚愕する涼。

シミュレート能力が驚くほど高くないと、そんな事はできない。

「アベルとは違うのですね。アベルとは……」

「おい、今、絶対俺を馬鹿にしただろ!」

「そんなことないですよ~。アベルはアベルで、いいと思うんです。みんなが、カイン王太子みたいなことはできませんからね。自分にできる方法で頑張るしかありません」

涼は、まともに聞こえることを言っているが、アベルを見るその視線は、可哀そうな人を見る目であった。

当然、アベルもそれに気づく。

「お、俺だって、色々考える事はできるんだぞ」

「でも、最終的には、剣でなんとかなるって思っちゃってるでしょ?」

「うっ……それは否定できない。何で分かるんだよ」

「僕も、そのタイプだからです……」

顔を見合わせて、二人とも同時にため息をついた。

「頭脳派というのには憧れるんですが……」

「俺らには向いていなさそうだな」

人それぞれ、できる事をするしかないらしい……。