作品タイトル不明
0473 異変
船の上の生活は、ある意味規則正しい。
朝食を食べ、東方諸国語を勉強し、昼食を食べ、錬金術や剣に没頭し、夕食を食べて寝る。
練習のために、行き交う乗組員さんたちと、カタコトの東方諸国語で会話したりする……。
途中、涼が『水』をふるまうことがある。
長い航海において、真水は貴重だ。
周囲全てを水に囲まれているとはいえ、それは全て海水。
飲めず、体を洗うこともできず……。
だが、今回は水属性の魔法使いがいる!
しかも、なぜか無尽蔵の魔力を誇る……。
涼も、人が喜ぶ姿を見るのは好きなので、甲板が臨時シャワー室になったりすることがあるのだ。
はしゃぐ乗組員を見ながら、偉そうに腕を組んで頷いている。
ちなみに、ローンダーク号には、女性の乗組員が二人いる。
副長と料理長だ。
もちろん涼は、二人のために、巨大な氷の浴槽を作り、お湯を溜めて入浴のお手伝いもするのだ。
副長は、艦長に次ぐ艦のナンバー2の権力者。
料理長は、最も大切な食事を牛耳る権力者。
味方につけておくに越したことはない!
「まあ、誰かの役に立つのは善い事だ」
涼の、魚心あれば水心の考えも分かったうえで、それでもアベルは、そう言って涼の行動を褒める。
素直に、称賛しているだけなのだが……なぜか、魔法使いは疑い深い。
「もちろんその裏には、 狡猾(こうかつ) な腹ペコ剣士の思惑があるのです」
涼が、呟きと言うには大きな声で、独り言を装って言う。
わざと、アベルに聞かせるのが目的だ。
「なんだ、狡猾な腹ペコ剣士って」
「僕に修復系の錬金術を勉強させて、いざという時に自分の鎧を修復させるためです」
多島海地域の錬金術の中に、革鎧を完璧に修復する技術がある。
涼は、鎧修復職人さんお勧めの本を読んでおり、この船旅でも、わざわざ安い革鎧を購入して持ち込んでいた。
その安い革鎧に傷を入れては修復、貫いては修復を繰り返して、技術を身につけつつある。
ちなみに『修復系』というのは、いつものように涼が勝手につけたカテゴリーだ。
「さすがリョウだな。俺の考えなどお見通しか」
「ほ、褒めたって、ただでは引き受けませんからね!」
「何が欲しい? 焼き魚か? 今のうちに先払いで焼き魚をやろうか?」
「焼き魚は、毎日の船上での食事に出てきてるでしょう……そんな先払いはいりません」
「わがままな魔法使いだな」
「アベルに言われたくないです!」
時々、ボケとつっこみが入れ替わることがあるらしい。
いずれ、交互にボケていくダブルボケに進化する可能性を秘めている……。
だが、そんな平和な時間は突然破られた。
「艦長! 北の水平線に何かあります!」
マストに上って、遠眼鏡で周囲を警戒している乗組員の一人が叫ぶ。
それを受けて、ゴリック艦長は船首に走り、遠眼鏡を前方に向けた。
船は大陸を目指して、北上中。
つまり、北の水平線とは、船が向かっている先だ。
涼とアベルも船首に行くが、二人とも遠眼鏡は持っていないので、よく分からない。
目を凝らすと、ポツンと何かあるようにも見えるが……。
ゴリック艦長も判断できないらしく、しばらく見ていたが……。
「操舵手! 面舵(おもかじ) 一杯! 急いで進路を真東にとれ!」
「アイサー!」
ゴリック艦長の指示に、操舵手が答える。
ゴリックが船べりをしっかり掴んだのを見て、慌てて涼とアベルも同じように掴まる。
その瞬間、ローンダーク号は急転換した。
二人が乗艦して、初めて経験する転換。
それだけ、切迫した何かが近づいてきており、よけなければならないのだろう。
転換終了後、ゴリックは再び北の水平線を遠眼鏡で見ている。
「アベル、何か大変なことが起きているようです」
「ああ、そのようだな」
「こういう場合、 生贄(いけにえ) を捧げると難を逃れる事ができるという物語が、世界中にあります」
「……展開が読める」
「アベルを生贄に捧げて……」
「だろうと思ったわ!」
涼の展開は、アベルに正確に読まれていた。
そんな馬鹿話をしているが、二人とも視線は北の水平線に向いたままだ。
肉眼ではよく分からない。
気にはなるが、疑問解決のために遠眼鏡を貸してくださいとは、さすがに言えない。
お仕事の邪魔をする客……それは、最悪だ。
客のために、全力でお仕事をしてくれているのだから、客は黙って待つべきだろう。
うずうずはしていてもいいが……。
「……巨大な波?」
「アベルにも、そう見えますか? でも、大きな波に対処する場合、船って、波に直角に……波に向かって突っ込むんだった気が……」
二人の会話が聞こえたのだろう。
ゴリック艦長が、遠眼鏡から目を離して答えた。
「リョウさんの言う通りです。巨大な波なら、それに向かって船は突っ込み、乗り越えます。ですが、あれは波ではないようです」
そう言うと、遠眼鏡を貸してくれた。
まず受け取った涼が見る。
だが、正直よく分からない。
「……波に見えます」
少し残念そうにそう言って、遠眼鏡をアベルに渡した。
アベルも同じように見た。
だが、出てきた言葉は涼とは違った。
「俺も波かと思ったが違うな。トビウオ? 海上を飛ぶ魚の大群か?」
「トビウオ? この辺にもいるんですね!」
懐かしい言葉を聞いて、ちょっと嬉しくなる涼。
トビウオとは、海面付近を『飛ぶ』魚だ。
日本近海にもいる。
そう、『跳ぶ』ではなく『飛ぶ』
胸ビレが、グライダーのように発達して滑空するのだ。
船の上を飛び越えることもあるが、その際、人に当たる事もあり……当たると痛い。
「ええ、多島海地域ではフライフと呼ばれています。多分、アベルさんが言っているのと同じ魚でしょう。フライフ自体は、そう問題ではありません。厄介なのは、あれがクラーケンの大好物だという事です」
「クラーケン!」
ゴリック艦長の説明を受けて、二人は異口同音に叫んだ。
クラーケン、それは、二人の宿敵。
「あの下には、あるいはあれを追って、間違いなく大量のクラーケンが移動してきます。そして、クラーケン相手では、さすがのこの艦も相手になりません」
「あれは、仕方ない……」
アベルがクラーケンの襲撃を思い出し、納得した。
「くっ……一体だけならニール・アンダーセンで葬ってやるものを!」
なぜか、悔しそうに言う涼。
宿敵ではあっても、やってくるクラーケンたちには、罪はないはずなのだが……。
「まあ、そこの戦闘狂魔法使いは置いておくとして。こういう現象はよくある事なのか?」
「いえ、多島海地域や、大陸南部ではあまり聞かないですね。それで、私も判断が遅れてしまいました……。コマキュタ藩王国が、安全海域の西限なのですが、それよりもさらに西の海では起きると聞いたことがあります。ですがそれでも、普通の事ではありません」
アベルの問いに、ゴリックは顔をしかめて答える。
「この前のカニといい、このトビウオといい……北の方から、だよな」
「はい。あまりいい兆候ではありませんね、向かう先からこういうのが起きてくるというのは。少し余計な時間は食いますが、航路を東寄りにします」
「承知した」
アベルが答え、涼は無言のまま頷いた。
時間がかかっても、沈むよりはましだ。
「それにしても……北の方で、何が起きているんだろうな」
「やっぱり、起きていることを鎮めるためにアベルを生贄……」
「却下だ」
「無念……」